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ワサビの栽培を実験中。電気屋さんが飯館村で循環型水耕促成栽培に挑戦する理由

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「さあ、どうぞ。」

大雪が降る3月、ワサビの水耕栽培に取り組む会社があると聞きつけ、阿武隈高原にある福島県飯舘村を訪れました。福島市を拠点に電気設備業を行う「六洋電気」代表の後藤英司さんと顧問の渡邉典雄さんに案内されて室内に足を踏み入れると、LEDのライトに照らされた、まだか細いワサビの苗が並んでいました。その脇にはゆらゆらと金魚が泳ぐ水槽があり、まるで異空間です。

「ここでアクアポニックスを実験してみたんですけどね。まだまだ試行錯誤中なんです。」

アクアポニックスとは、淡水魚のいる水槽の水を循環させて野菜を育てる次世代の循環型農業。六洋電気では、この場所で土を使わずにろ過した水道水と肥料だけでワサビの栽培に取り組んでいます。

「この村に新しい産業をつくりたいと思ってワサビの水耕栽培をはじめました。でも正直、こんなに難しいとは思っていなかったんですけどね。」

そう話す後藤さんは電気工事業を営み、一方の渡邉さんは元県職員で、飯館村の復興アドバイザーをしていたキャリアの持ち主。農業の経験なし、ワサビづくりの経験もなし。そんなおふたりがなぜ今、飯館村でワサビを育てているのでしょうか。

ワサビの水耕栽培施設の様子

「日本で最も美しい村」に認定された飯館村

飯館村は阿武隈高原の北部に位置し、標高が高いので夏は涼しく、冬は真っ白な雪景色が広がる自然豊かな山村です。そうした景色はもちろん、独自の地域文化を築いてきたことが評価され「日本で最も美しい村(※)」に認定されています。

(※)飯舘村は2010年にNPO法人「日本で最も美しい村」連合に認定された。2023年7月時点で全国59村町が加盟している。

2010年にNPO法人「日本で最も美しい村」連合に認定された飯舘村。「いいたて村道の駅までい館」には、レストランやコンビニ、子ども広場、ドッグランなどが集約され村の中心的な場所。取材のこの日は真っ白な雪で覆われていました

この村を象徴する言葉に、道の駅の名称にもなっている「までい」という方言があります。「丁寧に心を込めて」「時間をかけてじっくりと」という意味があり、村の人たちは自然と人のつながりを大切にしながら、「までい」に田畑を耕し暮らしてきました。

ところが東日本大震災の発生に伴う原発事故の影響で、約6,500人の全住民が村外へ避難を余儀なくされました。それから長泥地区を除き、避難指示が解除され、村に足を踏み入れることができたのは6年後の2017年3月。2024年現在、人口は約1,500人と震災前の3割にも満たない数字です。

そんな飯館村の復興の足がかりにしたいと六洋電気がはじめたのが、ワサビの水耕栽培でした。

ワサビを育て、飯舘村に灯をともしたい

もともと飯舘村では、山あいの冷涼な気候を活かして葉ワサビの栽培がおこなわれていました。畑で育てる葉ワサビは一般的に、すりおろしてお寿司やお蕎麦などでいただく根茎は育たず、葉や茎部分をおひたしなどにしていただきます。村の大切な農産品でしたが、原発事故による出荷制限や担い手の高齢化もあり、その産業が消えかけていたのです。

そこで後藤さんは、飯舘村のワサビを復活させようと考えました。

後藤さん ワサビは和食ブームもあって海外でも人気があり、単価が高いため、成功すれば村の復興に大きく貢献できます。畑で育てる葉ワサビではなく、水耕栽培なら気候に左右されず安定的に生産できるし、根茎も収穫できます。一方で、栽培方法が確立されておらず、取り組みはじめた時点ではまだだれも成功していませんでした。困難性が高いワサビを生産するノウハウを農家さんたちに伝え、それぞれが栽培できるようになることで村全体が元気になるのではと考えたんです。

その構想が浜通り地域の新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の補助事業に採択され、2021年から本格的に走り出しました。

そもそも、六洋電気は中通りに位置する福島市の会社ですが、なぜ飯舘村でワサビを育てるという新しい挑戦に踏み出したのでしょうか。

後藤さん 震災後、私たちは浜通りの復興のために電気工事に通っていました。福島市から
海側の浜通りへ行くためには、飯舘村を経由するんです。復興支援業者は避難区域であっても入ることができたので、震災直後から飯舘村を通っていたのですが、全村避難となった村は灯ひとつなく本当に真っ暗でした。この道を通るたびに『村に必ず灯をともす』と心に決めていたんです。その手段として、ワサビの水耕栽培に着目しました。

「飯館村でワサビを育てて村を元気にしたい」という思いを周囲に相談すると、飯舘村で復興アドバイザーをしていた渡邉さんを紹介してもらったそうです。渡邉さんは当時を振り返ってこう話します。

元飯舘村アドバイザーで現在は六洋電気顧問の渡邉さん(左)と六洋電気代表の後藤さん

渡邉さん 後藤さんの話をはじめて聞いたときは、変わった人が来たなと思いましたね(笑)。ただ、今まで経営者の方を何人も見てきて、うまくいく事業は最終的に経営者の『思いの強さ』に尽きると確信していました。後藤さんにはとにかくそれがあった。だから村の復興を願うひとりとして、実現のための後押しをしてきました。

そんな渡邉さんを信頼する後藤さんは「一緒に手伝ってほしい」と声をかけ、ふたりはタッグを組むことに。まだ技術が確立されていないワサビの水耕栽培を論文や文献を頼りに手探りながらも進めてきました。

実験は、秘密基地のような「図図倉庫」の一角で

水耕栽培の実証実験ができる場所を探していた後藤さんたちが、そのフィールドに選んだのがホームセンターを改装し、2022年11月にオープンした「図図倉庫(ズットソーコ)」です。

図図倉庫は、福島市出身の松本奈々さんと東京都出身の矢野淳さんが飯舘村に移住し、「合同会社MARBLiNG」を設立して立ち上げた、これからの地域環境づくりにアプローチする秘密基地。研究者やアーティスト、地域再生の活動をおこなう人たちが、地域の人たちと関わりを持ちながら、「人と自然の共存のあり方」や「これからの地域コミュニティのあり方」を考え、実験していく場として活用されています。

取材のこの日は演劇レストラン「ヒカリノトリ 〜観測者たちの集い〜」のアーカイブ展示がおこなれていました

コーヒースタンドやシェアオフィスなどもあり、村の人たちの憩いの場にもなったり、移住してきた若者、来訪者などさまざまな人が訪れています

後藤さん 水耕栽培ができる場所を探していたときに、たまたまここが立ち上がるタイミングだったんです。人や環境の新しい循環を生み出したいと想いを持つ図図倉庫と私たちの理念が重なり、ご縁があってこの場所にテナント企業として入ることになりました。

図図倉庫は交流や表現の場にもなっていて、ここを起点に移住や二拠点生活をする若者が増えているそうです。水耕栽培の定期的な管理も、ここに足を運ぶ若者が巡回して成長の具合を確認してくれているのだとか。地域とゆるやかなつながりを持ちながら、ワサビ栽培の実験は行われています。

ワサビが育つ自然環境を再現

早速、実験室の中へ入らせてもらいました。入口ではスリッパに履き替え、ネットキャップを被り、入室前にはエアシャワーを浴びてからと、念入りな衛生管理が行われます。

渡邉さん 実は1年目に、白さび病とアブラムシが発生してしまってうまく育たなかったんです。外気から衣服などについた菌を持ち込んでしまったのかもしれないので、それ以降は衛生管理も徹底しているんです。

沢ワサビはきれいな水の流れる場所で育ち、暑さや直射日光に弱いデリケートな植物です。ここでは、ワサビが育つとされる自然環境を限りなく人工的に再現しているそうです。

渡邉さん 室内の温度を1年中14〜17℃に設定して、光も太陽光に最も近い特別なLEDで調節しています。ワサビが育つ最適な環境を常時再現することで、通常2年かかる生育期間を1年に短縮して収穫することが可能になるんです。けれど、生育環境を整えてもワサビの水耕栽培は一筋縄にはいかないというのが本音ですね。今は、苗を植える間隔を5cm、10cm刻みで変えてみたり、肥料の量を調節してみたりと、まだまだ試行錯誤中です。

そう言って、渡邉さんは3つ並んだ栽培棚を見せてくれました。

渡邉さん この3つの棚は、それぞれ肥料の量や光の強さを変えて最適に育つ環境を模索しています。いま、一番奥の棚の葉っぱがすごく元気なんです。このまま育ってくれたら、葉っぱを収穫して葉ワサビとして出荷できますし、近い将来、根茎の収穫もできるのではと期待しているところです。

そう話す渡邉さんから、まるで我が子を可愛がるような愛情が伝わってきました。

魚と野菜を同時に育てる「アクアポニックス」

後藤さん 今後、ワサビの価値はますます高まっていきます。水耕栽培の技術を確立して収穫できるようになったら、飯舘村の農家さんたちと一緒にワサビをドバイに売りに行くことだってできるかもしれないでしょう。そんなことができたら面白いじゃない?

そう言ってニヤリと笑う後藤さんは、この実験自体を楽しんでいるように見えました。地域の産業を育てるということは、未来の希望につながる。そして、それはユニークな方がいいに違いない。そこで後藤さんは、冒頭で説明した「アクアポニックス」に挑戦しています。

アクアポニックスは野菜と魚を一緒に育てる循環型農業で、魚のフンからでた天然の栄養を肥料として植物が吸い、肥料を吸収した植物が水を浄化することで、魚と野菜を同時に育てることができるシステムです。動物のフンを土の中のバクテリアが分解して、植物が吸収するように、アクアポニックスはその仕組みをそのまま水耕栽培に持ってきたもの。だから自然に野菜が育つのだそうです。

渡邉さん 実は先日までは1つの栽培棚に対して、10匹の金魚を入れて実験していました。ところがワサビの葉が弱ってきてしまって、肥料としてはまだまだ金魚の数が足りないことがわかりました。これから魚の数や種類を変えるなど、最適な方法をトライ&エラーで探っていきますよ。

飯舘村から、未来の環境へアプローチしていく

後藤さん でもね、いくら環境に配慮してアクアポニックスを導入したところで、水耕栽培は電気を必要とするでしょう。私たちは、いずれ電気も太陽光パネルに切り替えて、限りなく資源を無駄にしない水耕栽培を目指しているんです。

こう話す後藤さんは六洋電気で廃プラスチックを生成油にする事業に力を入れるなど、長年、環境に配慮した取り組みを行ってきました。電気設備業を営みながらも、次世代の子どもたちへ渡す地球環境が少しでも良いものであるように、さまざまなアクションを実行しています。

おふたりは、ワサビの水耕栽培でどんな未来を描いているのでしょうか。

渡邉さん アクアポニックスが軌道に乗ったら、魚の展示をして図図倉庫に来る人たちの目も楽しませるようなことができたらいいなと思っているんです。栽培と魚の養殖の両輪がうまくまわるようになったら、もっといい循環が生まれていくんじゃないかな。

後藤さん この取り組みは、未来の何かを変えられるような大きなものではないのかもしれません。だけど、どんなことも面白がるところから物事は進んでいくと思っています。栽培方法が確立して飯舘村の農家さんたちが環境にやさしい水耕栽培を行い、飯舘村がワサビの産地になっていったら面白いでしょう。

聞けば聞くほど、おふたりの挑戦はワクワクさせてくれました。今後、村ではじめてワサビの根茎が収穫できる日も近いかもしれません。まだまだ実験中。けれど、確実に希望の芽は育っています。

(撮影:中村幸稚)
(編集:増村江利子)

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