身の回りには大量にモノがあふれ、一見豊かな生活を送っている私たち。けれども、“あなたは幸せですか?”と問われると、答えに窮する人もいるはず。そんな私たちにぴったりのドキュメンタリー映画をご紹介します。それは、チベットの最高指導者であるダライ・ラマ法王と、南アフリカでアパルトヘイト撤廃運動の中心にいたデズモンド・ツツ元大主教の対談をもとにした『ミッション・ジョイ~困難な時に幸せを見出す方法~』。二人の対話をもとに幸せへのヒントを探るところから、2024年をスタートさせてみてはいかがでしょうか。
(トップ画像 ©Miranda Penn Turin)
思いやりを持つことが喜びとなる。シンプルなアドバイスがなぜ心に響くのか
ダライ・ラマ法王14世とデズモンド・ツツ元大主教の対談は、チベット亡命政府の本拠地である、インドのダラムサラで行われました。5日間、15時間にわたった対話をもとに、90分の映画がつくられました。二人が語り合うのは、愛、罪や許し、喜び、信仰や瞑想など、幅広いテーマ。彼らの発言は示唆に富みつつ、まっすぐ心に届いてくるようです。
喜びを感じるための方法のひとつとして二人が挙げるのは、思いやりを持つことの大切さ。周囲に対して思いやりを持つことが自身の喜びにつながるのだと。思いやりを持ち、利他的に行動すること自体は、誰もがその大切さを理解しているでしょう。けれども、実際に行動するのは簡単ではありません。思いやりを持つことがなぜ自分の幸せにつながるのか、詳しい説明があるわけではないので、すんなり納得しにくいところもあるでしょう。
「利他」は最近よく目にするようになった言葉ですが、キリスト教では「隣人愛」の大切さが説かれ、仏教では「自利利他」と自分の幸福も併せて「利他」が語られます。では、宗教や信仰が背景にないと理解や行動はできないのかと言えば、そんなことはないように思います。
誰でも、自分から挨拶をしたり、ちょっとした親切をしたときに、何となく心が明るく清々しくなるのを感じたことがあるはずです。個人的には、理不尽な目に遭った仕事の帰り、疲れてイライラしているときに、地下鉄で目の前にお年寄りがいらしたので、決して心から喜んででなくても席を譲ると、自分でも不思議なくらい気持ちがすっきり晴れるという経験をしたことがあります。思いやりを持つことは、そんなささやかな喜びをもたらしてくれるのではないでしょうか。それは、生活の中にある小さな、けれども確かな幸せです。
二人の言葉を行動に移すのはなかなか難易度が高そうに思われたとしても、映画を観終えた後も、その言葉の数々が心にじんわりと残り続けるように感じました。書店にあふれる啓発本のアドバイスのような一過性のノウハウとは違う智慧のようなもの…そんな気がしています。それはどうしてなのでしょう。
対談の合間には、それぞれの苦難に満ちた人生がアニメーションで描かれます。5歳のときに、ダライ・ラマ法王14世に正式に即位した後、中国の侵攻によりインドへ亡命、現在に至るまでチベット亡命政権の元首として、チベット人から熱い崇敬を集めるダライ・ラマ法王の人生は波乱に満ちています。デズモンド・ツツ元大主教は、さまざまな困難に向き合いながらアパルトヘイト撤廃運動に取り組み、その後も人権活動家として、宗教家として、世界中の人権問題に力強く立ち向かってきました。この映画は、二人の言葉の背景が、ごく一部ではありますがイメージできる親切な構成になっているのです。
状況はまるで異なるものの、壮絶な厳しい人生を経た二人の言葉に何か特別なものが感じられるのは、そんな経験のうえにたどり着いた境地から発されているからではないでしょうか。表層だけを取り繕うアドバイスや短絡的なポジティブシンキングではなく、二人が苦しみ、迷い、葛藤し、答えを求め続けた結果なのですから。
それだけではなく、二人の言葉が人を惹きつけてやまない理由は、二人の表情や態度にあるのではないかと、試写から時間が経つに連れ、深く感じるようになっています。
思いやりを行動に移す第一歩は微笑むこと。笑顔が幸せを運んでくる
対談の間、ダライ・ラマ法王もツツ元大主教も文字通り“ずっと”笑っています。微笑みを絶やさないだけでなく、朗らかに声をあげて笑っているのです。それはそれは楽しそうに。
正直なところ、そんなに面白いかな? と思うような他愛もない内容でさえも、二人は満面の笑みで笑っています。そんな表情を見ていると、これこそが幸せを見出す方法だと思えるのです。笑顔を見せることは、コミュニケーションを円滑に進めるための工夫であり、相手への大きな思いやりにほかなりません。そしてそれが自身をも喜ばせるのです。
思いやりを持つと考えると難しく感じられるかもしれませんが、二人が対談に向かっているこの姿勢そのものが、思いやりを行動に移す方法を教えてくれています。笑顔を絶やさずにいることが、幸せへ一歩近づくためのスタートではないでしょうか。その点においてこの対談は、映像で目にするのが最もふさわしいと言えるはず。対談の内容を言葉でなぞるだけでは手にすることができない、たくさんの大切なメッセージがこの映画には詰まっています。
二人とも偉大な宗教家であり、仏教とキリスト教それぞれへの信仰が二人を支えているのは間違いありません。信仰心は、特定の宗教を信仰することがあまり身近ではない日本人には、なかなか理解しづらいものでもあります。では、信仰心のない人にとって二人は遠い存在なのかと言えば、そうではないはずです。
二人が信仰の違いをまったく問題にすることなく、お互いを思いやり、理解し合っているのは、最も大切にしているのが信仰ではなく、愛だからではないでしょうか。愛と言うと口幅ったいですが、平たく言えば人とのつながり。信仰がなくても、思いやりを大切にすること、とびきりの大きな笑顔を浮かべることで、人とのつながりを強くすることができます。そしてそのつながりは、きっと私たちを幸せにしてくれることでしょう。
世界には厳しい状況に置かれている人たちがたくさんいます。残念なことに2024年を戦時下で迎えた人たちも少なくありません。平和で安全な日本に生きているのなら、ささやかにでも思いやりの心をもって、笑顔を絶やすことなく生きていきたい。2024年の始まりに劇場へ足を運んで、幸せへのヒントを、そしてそれを広げていくヒントに触れてみてはいかがでしょうか。
(編集:丸原孝紀)
– INFORMATION –
ヒューマントラストシネマ渋谷での劇場公開初日に、幸福学の第一人者である前野隆司教授による上映後トークがあります。
ぜひ劇場に足を運んでみてください。
https://unitedpeople.jp/joy/archives/15528