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私たちは「作物」を身にまとっている。いわき産の綿花で「衣」の地産地消を目指す酒井悠太さんが伝えたい、共生と循環のモノづくり

あたりまえのように毎日身につける衣類。
それはどこから来て、どんな人たちが関わり、どんな原料からつくられているか、想像したことはありますか?

Tシャツやジーンズ、肌着などのコットン製品は、私たちの生活に欠かすことのできないものですが、その原料となる「綿」の国内自給率がほぼ0%だという事実は、あまり知られていないかもしれません。

日本に流通する綿は、アメリカやインドなど海外からの輸入に頼っているのが現状です。

そんな綿を有機栽培で育て、糸を紡ぎ、モノづくりをしている会社が福島県いわき市にあります。「株式会社起点」です。

代表の酒井悠太さんは「モノをつくる人、使う人、それぞれの暮らしが正しく循環していく仕組みを追求したモノづくりを目指している」と話します。

いったい、どんなモノづくりなのでしょう。

起点のコットン畑を訪れてみると、その答えは、言葉よりも実感としてスッと体に入り込んできました。私たちが身にまとう衣類は作物であり、自然の営みと人の手によってつくられているのです。

簡単にネットで買えてしまうからこそ、見えにくくなってしまったモノの裏側にある背景。そこにはどんな想いがあるのか、種から育てるモノづくりを通して酒井さんから学んだことをみなさんにお届けします。

酒井悠太(さかい・ゆうた)
福島県いわき市出身。震災後からふくしまオーガニックコットンプロジェクトに携わり、2019年4月に株式会社起点を立ち上げる。有機農業による綿花の栽培、オーガニックコットン製品の企画・開発・製造・販売を行っている。

五感で味わう収穫祭

よく晴れた秋の日。「コットンの収穫祭があるよ」と誘われ、福島県いわき市四倉町にある起点の畑を訪れました。

この日は、コットンを収穫しながら一年の豊作を感謝する収穫祭。畑の中を走り回る子どもたち、一心不乱に綿花を収穫するおとなたち…。たくさんの笑顔があふれていて、鳥のさえずりに耳を傾けながら「気持ちいいなぁ」と自然の中に身をゆだねてしまうような一日です。

綿花の収穫は、ひたすら無心になれる作業。自分自身と向き合う時間にも感じられます。この畑に定期的に訪れるという女性は「仕事で落ち込むことがあっても、ここに来ると自然とリセットできるんです」と話していました。

たしかに、畑仕事を終えるとなぜか心がスッキリとしているから不思議です。

体を動かしたあとは、おにぎりと豚汁でお昼ごはん。青空の下でいただくご飯は、五感をフルに使って、全身で「おいしい!」を味わう特別なものに感じました。

収穫祭では綿花を収穫するだけではなく、糸を紡ぐ体験ができます。

まず、収穫したての綿を、棉繰機(わたくりき)という道具で綿とタネに分離させます。ローラーの間に綿の実を吸い込ませるように入れて、ハンドルをゴリゴリと回すとふわふわの綿だけが出てくる仕組みです。ただハンドルを回せば良いわけではなく、コツと根気が必要でこれがけっこう難しい…!

タネと綿を分離させたら、糸車を使って糸を紡ぎます。ふわふわの綿から繊維をねじりながら引き出して、細く長くしていく作業。この日は糸にするだけの体験でしたが、一枚の布ができ上がるまでには、気の遠くなるような手間と時間がかかることが実感できました。

綿花を収穫して自分の手で紡いでみると、普段使う布製品がどこから来て、どうやってつくられているのか、興味が湧いてくるように。私たちの身の回りにはモノがあふれているし、流行を追ってはファッションを楽しむけれど、使い捨てのように扱ってこなかっただろうか? と思わず、自分自身にそう問いかけました。

綿花を使ったワークショップも開催されていました。道端で摘んだススキやアザミなどの野草と畑で収穫したコットンを束ねて、素敵なスワッグに仕立てます。普段の風景のなかにも、クリエイティブの種はあるのだと気づかされる時間でした。

育てるのは「綿」と「人」

起点代表の酒井さんは「この畑からモノをつくるだけではなくて、人との関係性も育んでいきたい」と話します。

モノづくりをするために、なぜ人との関係性を育む必要があるのでしょう?

酒井さん 僕たちもはじめは気づかなかったのですが、畑での体験を通して得られるものって思った以上に大きいのかもしれません。

この畑に一度来てくれた人は、種まきだったり、草刈りだったり、農作業をしに何度も足を運んでくれるんです。何に魅力を感じるかは人それぞれですが、こういう体験が求められているんだと気づきました。だったら、僕らのフィールドにもっとみんなを巻き込んで、価値観を共有していければと思ったんです。

種まきからはじまる起点のモノづくりは、製品として完成するまでに約2年の時間を要します。モノづくりの背景を知り、その過程に少しでも触れてみると、暮らしの中の消費の仕方について考えたり、環境や未来について思いを馳せたり、今までとは違う視点でものごとが見えてくるような気がしました。

綿繰機で分離したタネは春になると畑へまかれ、またコットンとして収穫されるそうです。繰り返される循環の中で、私たちは生かされているのだと気づかされます。

そもそも、酒井さんがこのようなモノづくりを始めようと思ったきっかけは、何だったのでしょうか?

「農家さんを助けたい」から始まったプロジェクト

そのはじまりは、2011年の東日本大震災までさかのぼります。

いわき市の沿岸部では、津波で農地が冠水し、塩害によって作物を育てることができなくなりました。そのうえ福島第一原発事故による風評被害の影響で、農業を断念せざるを得ないという農家が後を経ちませんでした。

苦境に立たされた農家さんたちに少しでも希望を見出してほしい…。

そうして2012年の春からスタートしたのが「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」です。食用の作物ではなく、塩害に強いコットンを有機栽培で育て、製品化して販売することで地域に活気を取り戻そうという取り組みです。

プロジェクトで育てるのは、日本の在来種である「和綿」です。綿というと白色のふわふわのものを想像するかもしれませんが、和綿は茶色。葡萄のように下向きに実がなり、繊維は太く、短いのが特徴です。

在来種とは昔からその地域に根付き、品種としての特性が親から子、子から孫へと保たれていきます。種をまき、育て、収穫し、また種を翌年にまくという循環の中で、地域の風土に適した種を次世代へとつないでいくことができるのです。

世界を見てみると、綿産地では生産性や経済効率のためにコットン栽培に農薬が大量に使われることが多く、生産者の健康被害や環境破壊が懸念されています。この現状に課題意識を持ち、酒井さんは有機栽培でコットンを育てることにこだわりました。

酒井さん 僕たちが住む福島は、原発事故で環境に大きなダメージを受けました。だからこそ、環境に配慮したカタチは絶対に貫きたいと思いました。環境への負荷が少ない有機栽培で、人の営みと自然が関わり合い、循環しながらモノづくりをすることを目指したかったんです。

酒井さんはこのプロジェクトで栽培から製造過程のすべてに関わり、震災復興の文脈だけではなく、ローカルブランドとして確立させていきたいと2019年「株式会社起点」を立ち上げました。

価値観をコットンに反映させる

コットンを育てるなかで、背景を大切にしたモノづくりをしたいと考えた酒井さん。そうしてつくられたのがオリジナルブランド「SIOME(潮目)」です。

ブランド名は、親潮と黒潮がぶつかる福島県近海の豊かな漁場 “潮目の海” から由来。いわきの海やコットンの種など、身の回りのモチーフをデザインした手ぬぐいや、肌触りにこだわったタオルを、手塩にかけて育てたコットンでつくりました。

現在、酒井さんは商品のディレクションを担当していますが、ひとつの商品ができるまでにはたくさんの人の手が加わっています。綿の生産、紡ぎ・織り・編み・縫い・染め、パターンやデザインまで、すべてがつくり手です。

酒井さん 起点を立ち上げて間もないころ、老舗の織元さんに出会いました。そこで、「体も機械も元気だから本当はもっと続けていきたいけど、二束三文の取引にしかならないから廃業する」という話を聞いたんです。その時に、つくる側、つかう側、お互いの暮らしの循環を良くしていくためには、適正な対価が、適正な所に届く仕組みが必要だと実感しました。

そこで酒井さんは、モノを使う側にも、モノづくりの背景を知ってもらうことの重要性を感じたそうです。

酒井さん 適正な価値でモノを売ることは、つくる人の誇りと伝統を守ることにつながります。もちろん、モノはつかう人の生活を快適にする品質でなければいけません。だからこそ、モノづくりの裏側を見て、感じる場が必要だと思うんです。

「衣」の地産地消を目指していく

起点の畑には、さまざまな生き物が共生しています。酒井さんが見せてくれたのは、コットンの中でじっと眠るクモでした。

酒井さん 僕は専門家じゃないのでハッキリとしたことは言えないですけど、コットンがあったかいからクモはここで暖を取っているんじゃないかな。

クモが苦手な筆者でも、そうやって見せてくれた小さな命はとても愛おしいものに感じました。害虫退治にひと役かってくれるクモは、畑の中の働き者なのだそうです。

生き物や自然と共生し循環する暮らしをつくることで、最終的には「身の回りのモノを自分たちでつくっていきたい」と言います。「衣」の地産地消への挑戦です。

商品をつくるだけでなく、自分たちの想いを地元の人たちにも知ってもらいたいと、酒井さんは積極的に中学校の出前授業や公民館で講座を行っています。その想いに触れた人たちが、今度は定期的に畑を訪れるような流れも生まれています。収穫祭で出会った女性は、公民館での講座をきっかけに起点の畑に通うようになったそうです。「仕事であった嫌なこともここに来るとどうでもよくなるんです」と笑う姿が印象的でした。

酒井さん 僕は昔からファッションが好きで、古着もハイブランドも楽しんできました。最終的には、自分が心から信頼できるモノを選ぶようになったわけですが、だからと言って若い子たちの使うものを最初から指定したいわけではありません。いろいろなものを知って、選ぶ目を育ててほしいと思っているんです。

日々の暮らしのなかで、考えたり感じたりしていくことで感性も考え方も育っていくものなのかもしれません。そのきっかけのひとつが、コットン畑であったらいいなと思っています。

消費社会のなかで、見えにくくなってしまったモノの背景や人の想い。ちょっと立ち止まって自然のなかで深呼吸すると、心がクリアになる感覚とともに見えてくるものがあると思います。

サスティナブルな取り組みは、つくり手だけが行っても成立しません。私たち一人ひとりが、感じて、考えて、行動することで、可能になっていくのかもしれません。

普段身にまとうモノにどんな物語が隠されているのか、耳を傾けてみること。畑のなかの小さな生き物に目を向けてみること…。そうやって一つひとつに真摯に向き合うことは、未来の豊かさにつながっていくような気がしました。

身の回りのものをもう一度、見直してみよう。そんな気持ちにさせてくれたコットン畑へ、みなさんも一緒に行ってみませんか?

– INFORMATION –

起点のコットン栽培体験の申し込みはコチラから受け付けています。
http://kiten.organic/works_tour.html

(取材・執筆・撮影:奥村サヤ)
(編集:廣畑七絵)