『生きる、を耕す本』が完成!greenz peopleになるとプレゼント→

greenz people ロゴ

広島県・大崎下島の限界集落に、遠くても食べに行きたいケーキ屋をつくる。スイーツ業界を離れたパティシエがもう一度挑戦する理由

広島の大崎下島にある、久比(くび)という小さな村。“日本の未来の姿”と呼ばれるような限界集落ですが、「一般社団法人まめな」が拠点を構えてから、年間約500人以上の人たちが訪れる不思議な場所となっています。

そんな久比という場所で生活をし、課題だらけのこの社会を自分たちの力で変えていこうとする人たちを紹介する連載「“まめな”な人」。「まめな」では、人から借りた言葉ではなく、自分で手足を動かし自分の頭で考えること、そしてその体験から得た学びをものづくりを通じて世の中に還元していくことを大切にしています。

今回お話を伺ったのは、2020年より「まめな食堂」のマネジメントを担当する他、久比のある大崎下島で唯一のパティシエとして活動する佐々木正旭(ささき・まさあき)さん。2022年に「Sunny-side UP合同会社」を設立し、久比でケーキ屋を開くために奮闘中とのこと。

大阪と広島にて修行を積み、パティシエとしてたしかな腕を持つ佐々木さんが、活動場所としてなぜこの村を選んだのか、ケーキ屋を通じて見てみたい村の未来について伺いました。

(※「まめな」についてはこちらの記事で紹介しています。)

佐々木正旭(ささき・まさあき)
1992年7月1日広島県東広島市出身。東広島の農業高校卒業後辻製菓専門学校へ入学。大阪と広島で約6年間修行し一度は別業種へ。現在は一般社団法人まめなに所属。Sunny-side UP合同会社を設立し奮闘中。趣味は猫を吸うこと。

夢物語で終わらせたくない。パティシエが久比を選んだ理由

「おもしろい場所があるよ」と友人に誘われたことから「まめな」に関わりはじめたという佐々木さん。代表理事の更科安春(さらしな・やすはる)さんにパティシエであることを伝えると、「経費は持つからお菓子づくりに来てよ」と声をかけられ、自宅のある東広島・西条と久比の二拠点生活をスタートさせました。

佐々木さん 正直、最初は「無料でお菓子つくらせてもらえるんだ! ラッキー!」くらいの気持ちで来ていました。「まめな」がどんな団体で、どんなビジョンを持っているか全然知らないまま過ごしていたんです(笑)

ただ好きなお菓子を経費なしでつくれて、それを食べてくれる地域の人たちがいる。それが嬉しいから久比に通うくらいの動機からはじまったんです。

「まめな」の社員であるメンバーたちは日々遊んでいるようにしか見えず、とても不思議に思っていたそうです。

「まめな」という組織は、上司から指示があるわけでもなく、自分の好きなことややりたいことを見つけて自ら動いていきます。社員としてこの場所にいるというよりも、自己実現していくために「まめな」にいる。一般の企業ではなかなか見られないような働き方に、最初は戸惑いながらもだんだんと馴染んでいきました。

2020年の4月から、本格的に「まめな」に就職した佐々木さんですが、なぜ活動場所としてこの久比を選んだのでしょうか?

佐々木さん 自分が好きなことをやらせてもらえるっていうのももちろんですが、純粋に「まめな」が目指す未来を見てみたいと思ったからですね。このビジョンを夢物語で終わらせたくないんです。

「まめな」の未来像で語られるものの中に、「介護のない世界をつくりたい」という言葉があります。久比に住むおじいさんおばあさんのように、高齢になっても生き生きと過ごせる人が増えれば、逼迫した介護業界を変えていけるのではないか、そんな更科さんの想いから「まめな」はスタートしたのです。

来た当初は、過疎地域に関心があったわけではない佐々木さんですが、久比が持つ不思議な明るさに興味を惹かれていったそう。

佐々木さん 「まめな」ができる前からなのかわかりませんが、久比は限界集落の寂れたイメージを変えてしまうくらい活気があります。夢に向かって先陣を切る人がたくさんいるし、地域のおじいさんおばあさんもすごく元気です。

久比がある大崎下島は、知名度があんまり高くありませんが、下島にいる人たちの魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいし、とびしま街道などの他の過疎地域にも活気あふれる景色が伝搬してほしいなと思っています。

「クリスマスケーキは車で30分かけてコンビニだった」

2020年から「まめな食堂」のマネジメント職を担っていた佐々木さんですが、2022年より自分のケーキ屋を開くため「Sunny-side UP合同会社」を設立。

起業するまでの間は、定期的に開催されるイベントでお菓子を提供したり、月に一度、看護師の見守りとともにお菓子の訪問販売をしたりしながら、地域の人たちと交流を深めていきました。ついには、「お菓子の人」として多くの人から認識されるようになったと言います。

そして転機となったのが、クリスマス前の季節。とあるお母さんから「せっかく佐々木さんがいるならクリスマスケーキをつくってほしい」という注文を受けます。

佐々木さん 「これまで車を30分走らせてコンビニのクリスマスケーキを買いに行っていた」と言われて、それはさすがに放って置けないなあと。僕ひとりでつくれる量には限りがあるので、大きく宣伝はせず口コミでほしいという人たちにだけつくることにしたんです。

30個程度、地域の人たちのためだけにつくったクリスマスケーキは大好評。車で1時間近くかけて呉市まで買いに行っていたケーキよりもおいしいと、喜びの声が届いたと言います。

佐々木さん 「車で30分もかけてコンビニのケーキしかない」という言葉が僕の中でかなり衝撃でした。Google mapで見る限りは、下島にはケーキ屋さんが1つもないんです。

お菓子は日常的に楽しめることはもちろん、クリスマスのような特別な日を彩ってくれるものだと思います。自分がいることでそういうささやかな喜びをもたらせるのであれば、学生時代から漠然と感じていた「いつかケーキ屋さんになりたい」という夢をここで叶えたいと思うようになりました。

その後、佐々木さんは「まめな」に寄贈された建物をお菓子工房にリノベーションするための資金集めとして、呉市のふるさと納税型クラウドファンディングに挑戦。返礼品として、久比の柑橘類を使用したパウンドケーキとボンボンショコラを選ぶことができます。

地域の人たちが求めるものならどんなケーキでもつくっていきたいという佐々木さん。しかし、今回のクラウドファンディングや「まめな食堂」では、久比の魅力を外の人にも知ってほしいという願いを込めて、大崎下島の名産品である柑橘を使ったお菓子をつくっています。

佐々木さん 熟したみかんやレモンが地面にたくさん落ちている様子を見て、「もったいないなあ、誰か加工して使えばいいのに」とどこか他人事のように思っていたのですが、農家さんやJA全農(全国農業協同組合連合会)に直接話を聞きに行くなかで、廃棄の問題は自分が思っていた以上に深刻であることを初めて知ったんです。

表面に少し傷がついていたり形が歪んでいるものは「規格外」とされ、日本では毎年約1000tを超える柑橘が廃棄されています。規格外で引き取ってもらえたとしても、みかんは1kg10円程度。加工し付加価値をつけるにしても、農家さんは高齢化し人手不足の状態ではそこまで手がまわらない現状を目の当たりにしたと言います。

佐々木さん 「誰かがやればいいのに」と思っていたけれど、日々の業務で忙しい農家さんにそれを求めるのも違うなと。ネットで調べてみると、お菓子であれば皮や柑橘の葉っぱまで幅広く使えるレシピがたくさん出てきたんです。

他人任せにするのではなく、パティシエである自分が自分なりにこの課題に向き合ってみればいいのかと、スイッチが入った感覚がありました。

さっそく「まめな」の敷地内にある甘夏を使ってパウンドケーキをつくり、オンラインでの販売を試してみることに。すると、またもや大好評。「こんなにおいしいお菓子をはじめて食べた」と、地域外の人からの感想も届いたそうです。

佐々木さん 規格外の柑橘を使えば農家さんの課題に対しても貢献できるし、地域外の人からすればおいしいお菓子を通じて久比の魅力を知る機会にもなる。自分がやりたいことを続けながら地域に貢献できるなら、こんなにいいことはないですよね。

現在は、2022年5月頃のオープンを目指して、お菓子工房のリノベーションを進めています。これまではイベントや口コミでの販売が主でしたが、今後は「まめな食堂」での定期販売を計画中なのだそう。

佐々木さん いままでは、他に選択肢がなく“仕方がないから”車で30分かけてコンビニにケーキを買いに行っていたのを、今度は車で30分という時間をかけても食べにいきたいケーキ屋さんをつくりたいと思っています。

地域の課題に関心がある人は少なくても、おいしいものに目がない人は多いと思うんです。だから、「おいしいものが食べたい!」というモチベーションで久比のことを知ってもらえたらいいなと思っています。

コロナ禍で感じた「いつ死ぬかわからない」ということ

パティシエを夢見始めたのは幼少期の頃。今はもうなくなってしまったテレビ番組「伊藤家の食卓」で紹介されていたプリンづくりの裏技をお母さんと試してみたことが、強く記憶として残っているのだとか。

佐々木さんのパティシエとしての原動力は、「お菓子を届けた先で人が笑顔になってくれること」。

佐々木さん お菓子屋さんで修行していたとき、キャラクターのデコレーションを頼まれたのですが、本来は顔だけでいいところを、時間をかけてキャラクターの全身を描いてみたんです。お客さんと直接話したわけではないので、その人が喜んでくれたかどうかは定かではありません。それでも「きっと驚いてくれただろうな」と想像するだけでうれしい気持ちになりました。

あくまで「お菓子は人を笑顔にするための手段のひとつ」と捉える佐々木さんですが、トライアンドエラーを繰り返すお菓子づくりのおもしろさについても教えてくれました。

佐々木さん お菓子づくりは、科学の実験に近いと思っています。ちょっとした温度の違いでも完成度が変わってくるので。失敗するギリギリのラインを攻めて、それでもいいものをつくれたときはすごく気持ちがいいですよね。一番のやりがいは人に喜んでもらうことではありますが、お菓子づくりの作業自体もとても楽しいんです。

そんな佐々木さんですが、実は6年間パティシエとして修行を積んだ後、一度スイーツ業界を離れる選択をします。

佐々木さん いつか自分でケーキ屋さんを開きたいと思っていたのですが、実際にスイーツ業界で働いてみると限界を感じてしまって。何十時間もスタッフが働いてなんとか経営が成り立つような世界なんですよ。自分の夢を叶えるために、スタッフに過酷な労働をさせるというのは、僕にとっては想像できないことだったんです。

スイーツ業界を離れた佐々木さんは、ある日、好きだったアイドルが病気で亡くなったというニュースを目の当たりにします。その方はまだ20歳にも満たない少女でした。

佐々木さん その後の新型コロナウイルスの流行もあって、死って年齢問わず、誰にいつ訪れるかわからないものなんだなあと、実感せざるを得えない時期でしたね。いつ死ぬかわからないと思ったときに、正直新しい仕事は全然楽しいと思えなかったし、このまま死んだらさすがに後悔するなと思ったんです。だから、1年くらいで仕事は辞めて、もう一度ケーキ屋さんの夢を叶えるために頑張ろうと腹を括りました。

できない言い訳が出てくるたびに、自分と対話し、本質に立ち返る

そんなタイミングで佐々木さんにチャンスをくれたのが、「まめな」だったそう。久比には余ってしまっている食材や使われていない建物、人手不足など、関われる余白が多くあり、一般企業よりは少ないけれどお給与をもらいながら好きなことを続けられる環境を恵んでくれたと言います。

佐々木さん 先ほど「柑橘を使って地域の課題を解決する」といったお話をしましたが、正直それも後付けというか、純粋に自分がやりたいことを優先させた先で地域に貢献できたらいいなという順番なんです。

むしろ自分がやりたいことを試せる場として「まめな」を活用し、いつか恩返しをするというのが僕たちの理想なんです。

「まめな」にはすでに先陣を切って起業している人たちがいるため、助成金の申請の仕方など時折アドバイスをもらいながら、着実に歩みを進めてきたと振り返ります。「まめながなければ、起業もクラファンもきっと踏み切れなかったと思う」と佐々木さん。

多くの人が地域の課題を見聞きしながらも行動に至れないなか、なぜ佐々木さんは「自分がやるんだ」と決断できたのか、その理由を改めて聞いてみました。

すると、「なにかを始めたり学んだりするのに、年齢や時期は関係ないってこと。何歳からでも、いつでも、今すぐにでも、自分を変えて行動することはできる。」(孫泰蔵、2022年、『冒険の書』)という「まめな」へ出資をしている孫泰蔵さんの言葉を引用して話してくれました。

佐々木さん 「やるぞ!」と決めたとはいえ、できない理由はいくらでも浮かんでくるものだと思います。僕はその壁を突破できたわけではなく、都度ぶつかっては自分と対話して、またぶつかってを繰り返してきました。その度に、この孫泰蔵さんの言葉を思い出すようにしています。

すごく月並みな表現にはなってしまうんですけど、悩みすぎずにやってみるしか方法はないし、また壁にぶつかったら、また自分と対話して「自分が好きなこととは何か」という本質に立ち返ることをずっと繰り返していくのだと思います。

長い時間あたためてきた「ケーキ屋さんを開く」という佐々木さんの夢は、ついに動きはじめました。スイーツ業界を離れたタイミングやコロナ禍の影響で、壁にぶつかるたびに、自分の本当の気持ちは何なのかを問いかけ続けたことが、今の佐々木さんをつくっているように見えます。

いつか大崎下島という場所が、“車で30分かけてでもケーキを食べに行きたい場所”に――。

私自身も、佐々木さんや久比の農家さんの想いが込められたケーキを食べに行ける日を心待ちにしています。

(編集:古瀬絵里)

– INFORMATION –

3月27日(月)00:00まで!「Sunny-side UP」のふるさと納税型クラウドファンディング

 「Sunny-side UP」では現在ふるさと納税型クラウドファンディングを開催しています。集めた資金は現在改装中の厨房設備の一部に当てられます。「純粋応援」もよし、佐々木さんがつくったパウンドケーキやボンボンショコラを食べたいからというのもよし◎興味のある方はぜひチェックいただけると幸いです。
詳細はこちら