greenz.jpの連載「暮らしの変人」をともにつくりませんか→

greenz people ロゴ

現在のロシアへと至る道はどこから始まったのか。戦車に立ち向かうレニングラード市民の姿を伝える映画『新生ロシア1991』からの問いかけ

1991年8月、ペレストロイカが進行中のソビエトで、ゴルバチョフ大統領が軟禁され、軍事クーデターが起きました。そんな8月19日から24日までの、ソビエト第二の都市・レニングラードの模様を伝えるドキュメンタリー映画『新生ロシア1991』が公開されます。レニングラード市民が求める自由や民主主義、そして平和を思うとき、ウクライナへの侵攻を続ける現在のロシアを思い出さずにはいられません。過去を知るだけでなく、現在へとつながる、いま見たい映画です。

軍隊にさえ怯むことなく立ち上がったレニングラード市民の熱気と興奮を伝える映像

まず、映画の背景となる当時のソビエトの状況を簡単に振り返ってみましょう。冷戦が続く中、ソビエトは経済的に行き詰まり、社会主義国家としてどう歩みを進めていくか、難しい局面に入っていました。1985年に共産党書記長に選ばれたゴルバチョフが始めたのが、ペレストロイカ(建て直し)です。対立してきた西側諸国との関係を改善し、国内での言論統制も緩和され、社会は変化しつつありました。

当時10代後半で、冷戦期に物心ついた私は、ソビエトの変化を報じるニュースに触れ、遠くにある大きな国が何となく近しい存在になってくるような感覚を抱いていました。“ゴルバチョフ”や“ペレストロイカ”という言葉からは、明るい印象を受けていたと記憶しています。

ソビエトの各共和国では、社会の変化にともなって民族が独立を求めるようになっていました(同じロズニツァ監督による『ミスター・ランズベルギス』は、当時のリトアニアの独立運動を描いた作品)。変化をおそれた保守派は、1991年8月19日、クリミアで休暇を過ごしていたゴルバチョフ大統領を軟禁し、国家非常事態委員会をつくります。そして、モスクワに非常事態宣言が下りました。8月クーデターの始まりです。

レニングラードでは、クーデターの一報が入ると、抵抗する市民が広場や大通りへと集まってきます。そんな市民の声や表情を、「レニングラード・ドキュメンタリーフィルムスタジオ」の勇敢なカメラマンたちはつぶさにとらえています。スクリーンからは、「1917年(社会主義国家設立につながった革命の年)には戻らない」という意思を掲げる彼らの熱気が伝わってくるようです。モノクロ映像のため、ずいぶん古い記録のようにも感じられますが、人々の表情に現れている興奮や緊張はとてもリアルです。

軍隊に鎮圧される可能性がある中、勇敢に立ち上がる市民の行動や強い意志もあり、クーデターは8月21日に失敗に終わります。けれども、クーデターの首謀者たちが裁かれることはありませんでした。映画の最後に、そう告げる字幕が流れます。権力の強大さに脱力してしまいそうになる一文ではありますが、それでも立ち上がったレニングラード市民一人ひとりの偉大さを改めて感じ入るシーンでもあります。

民主的な社会を求めて声をあげて終わり、ではない。私たちが取るべき行動とは。

クーデターを阻止し、民主主義や自由を求めたレニングラード市民は、まさに命をかけて戦いました。その結果ソビエトが崩壊して生まれた国は、どれだけ民主的で自由なのだろうと2023年を生きる私たちは首をかしげずにはいられません。クーデターから30年を経て、ロシアがウクライナに侵攻することを知っているからです。

映画の中には、ロシアはバルト三国などほかの共和国の姉であらなければならないという表現が出てきます。ソビエトからそれぞれ独立を果たした共和国に対して、ロシアはそんな関係を築いてきたでしょうか。現在のロシアのふるまいは、旧来の封建的な父親のようです。

自由で民主的で、何より平和な社会を求めていたにもかかわらず、ロシアはなぜ現在のような状態になったのでしょうか。そこで思うのは、民主主義とは一度手に入れさえすればいいというものではなく、手に入れたときこそが始まりなのかもしれません。

ねじを巻き続けなければ止まってしまう時計のように、市民の不断の努力や行動がなければ、民主主義は死に絶えるのでしょう。ソビエトという大国を崩壊させて生まれたロシアでさえ、プーチン大統領が2036年まで大統領を続投できるように法整備されており、国内外における政治を我がものとしています。

では、日本は? 敗戦により民主主義を与えられた私たちは、その価値さえ忘れがちです。昨年末、岸田内閣は、敵基地攻撃能力の保有を安保三文書に明記すると閣議決定しました。憲法に謳われている平和主義を揺るがしかねない重大な決定を、おとなしく受け入れている自身がいることに私はもっと危機感を覚えるべきなのでしょう。

日本や世界の現状を踏まえると、『新生ロシア1991』が2023年に生きる私たちに問いかけているのは、「自由で民主的で平和な社会を守ろうとし続けているのか?」、そんな問いではないでしょうか。一見穏やかに見える日々の生活の中で、そんな問いを自身に向け続けるのは簡単ではありません。だからこそ、この映画を目にすることは大きな意味を持つはずです。劇場に足を運んで、どうぞそんな機会を手にしてください。

(編集;丸原孝紀)

– INFORMATION –

新生ロシア1991

1月21日(土)よりシアター・イメージフォーラム公開

監督:セルゲイ・ロズニツァ
2015年/70分/ベルギー=オランダ/ロシア語/4:3/日本語字幕:守屋愛
配給:サニーフィルム