気候変動をはじめとする環境問題はますます深刻になり、多くの人が関心を持たずにはいられない状態です。不安をあおるようなニュースを目にすることも増えましたが、リジェネラティブ(大地再生)を描いたドキュメンタリー映画『君の根は。 大地再生にいどむ人びと』は、ひと筋の希望の光を見せてくれるでしょう。
リジェネラティブとは? 世界中で広がりつつある理由をさぐる
リジェネラティブという言葉を耳にしたことはありますか?
この映画の字幕翻訳を手掛けた辻信一さんは、リジェネラティブはひとつの世界観だと紹介しています。映画では、主にリジェネラティブ農業のさまざまなケースが登場しますが、単なる農法を指しているわけではないと理解するのがいいようです。
リジェネラティブ農業は、実はすでにアメリカの農地の半分を占めるほど広がっています。日本では、その言葉も存在自体もまだまだ知られていないかもしれません。けれども、オーガニック(有機農業)という言葉がいつの間にか市民権を得たように、数年後には日本でもリジェネラティブという言葉がふだんの会話で飛び交っているかもしれません。
リジェネラティブ農業の特徴は、まず土を耕さないこと。農業と言えば、昔は鋤や鍬で、現在であればトラクターで、土を耕すのが当たり前だと思いがちです。けれども、リジェネラティブ農業では耕すことをしません。耕さないことで、土の中に固定されている炭素をそのまま留めておくことができるからです。
そして、マメ科やイネ科などのカバークロップ(被覆作物)を栽培。土を覆うことで土壌の侵食を防いで保水力を高めることができるほか、雑草が生えにくく虫も寄りつきにくくなるため、化学肥料や農薬を減らすことができます。土壌の生物多様性を復活させることで炭素の吸収量を増加させることができるリジェネラティブ農業は、脱炭素が喫緊の課題であるいま注目を集めているのです。
ただし、アメリカでリジェネラティブ農業が大企業が参画するほどに広がった背景は環境面だけではありません。「収入が増えた」とほほ笑む牧場主たちの姿が、リジェネラティブ農業は経済的に大きなメリットをもたらすことを物語っています。
経済成長を絶対的な善とするかはさておき、映画全体にわたってワクワクするような希望があふれているのが印象的でした。さらにアフリカでの実践例では、草原の生態系がよみがえったり、野生動物と人間の牧畜や農業を両立させることに成功したりと、さらなる可能性をも示しています。
その一方で、マサイ族の人びとの、「これは何も新しいことではなく、先祖たちがやっていたことなのだ」という言葉からは、現代の私たちが見失ってしまったものを考えさせられました。
金銭で計れないリジェネラティブの可能性。ただし、万能の魔法ではない
リジェネラティブ農業は、収益以外にさまざまな付加価値を生み出していることがこの映画からは読み取れます。
映画に登場するリジェネラティブ農業の導入を決心する人たちの多くは、牧場所有者の子どもである若い世代。リジェネラティブ農業が成功すると、最初は懐疑的だった親が喜ぶだけでなく、さらにきょうだいも親のもとに戻って共に働き始めるといったケースもありました。そのうえ、畑の草取りや家畜の排せつ物の処理といった作業が軽減され、これまでの過酷な労働から解放されるなど、働き方だけでなく暮らし方や生き方までも変化します。
影響を受けるのは人間だけではありません。ひとつの作物だけで埋め尽くされていた畑が、カバークロップが植えられ、化学肥料や農薬が減らされることで、たくさんの植物や昆虫など無数の命あふれる大地へと生まれ変わります。人間も生き物も還るべき大地に、本来行われるはずの自然の循環がよみがえり、失われつつあった生物多様性が取り戻されます。
映画を観ることで、リジェネラティブが単なる農法というだけでなく世界観を表しているという意味が、実感を伴って理解できるでしょう。ただし、リジェネラティブが100%の正解だと受け止めてしまうには注意が必要です。
カーボンプライシングによって、土地の炭素吸収量を企業に販売することで、利益を得ている話も出てきます。いくら数字の上でオフセットできるからといって、企業がさらに多くの炭素を排出する免罪符となってしまうのであれば、気候変動対策とはまるで逆行してしまいます。
多くの可能性を秘めてはいますが、それをどのように運用していくかは考える必要があります。けれども、現在のような工業型農業や畜産業のあり方を改めて振り返るとき、リジェネラティブは重要な選択肢のひとつであることは間違いないでしょう。
この映画をきっかけに、日本でもリジェネラティブが広く知られることになるでしょう。ただ、この映画は映画館で上映されません。映画館ではなく、スペースを用意さえすれば、誰もが気軽に上映会を開くことができる仕組みが整えられているのです。
それぞれの土地に種を撒くように、自分たちの地域で上映会を開催してみませんか? そんな一人ひとりの試みが大地の再生につながっていくはずです。
(Pictures: (c) Mystic Artists Film Productions)
(編集:丸原孝紀)
– INFORMATION –
原題:「To Which We Belong」(2021年、アメリカ、89分、英語)
監督:パメラ・タナー・ボル、リンゼー・リチャードソン
編集:ナンシー・C.ケネディ
プロデューサー:ポーラ・カーク
撮影:ジェリー・ライシアス
音声:マイケル・ジョーンズ
制作:Mystic Artists Film Productions
配給:Passion River Films
日本語字幕:辻 信一
日本語版制作:メノビレッジ長沼+ナマケモノ倶楽部
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