1日に約2万冊。
これは、オンラインを中心に本の買取・販売を手がける会社「バリューブックス」に届く本の数です。そしてその半分、つまり約1万冊は、さまざまな理由で値段がつかず、廃棄されています。
この本を使って、何かできないか。そんな思いから生まれたのが「本だったノート」です。
その名の通り、このノートはかつて本だった再生紙からつくられています。
いったいどんな経緯で「本だったノート」は生まれたのか、バリューブックスの取締役副社長・中村和義さんと取締役・内沼晋太郎さんに詳しくお話を伺いました。
値段のつかない本を活用したい
長野県上田市に拠点を置くバリューブックスは、約160万冊というオンライン中心の古本屋としては日本最大級の在庫数を誇り、主にインターネットと上田市内の実店舗「NABO(ネイボ)」で販売を行う古本屋です。「古本で社会を変える会社」として、施設や学校に無償で本を届ける「ブックギフトプロジェクト」や買取価格相当の金額を寄付として社会に還元する「チャリボン」など、本を通じたさまざまな社会貢献活動を行なっていることでも知られています。
買い取りを希望する人は、不要になった本を箱に詰めて、集荷を申し込むだけ。査定が完了したら指定口座に買取金額が振り込まれる、という手軽さが好評で、毎日大量の本がバリューブックスに届きます。
一方で、その中には値段をつけることができない本も多いそう。たとえば、どんなにきれいでも、ベストセラーのようにたくさん世の中に出た本は、その本の価値や面白さとは関係なく、古本市場の中での需要と供給のバランスが崩れてしまうことが多く、なかなか売れないため、値段がつきません。また、状態の悪い本や、発売から年月が経っている本も販売が難しくなることが多いです。そうした本は古紙回収に出され、再生紙としてダンボールや更紙、ペーパータオルなどに生まれ変わります。
でも、できれば本を本のまま活用したい。
そんな思いから、バリューブックスでは「捨てたくない本プロジェクト」を立ち上げました。
先ほども紹介した「ブックギフトプロジェクト」で寄付する本にしたり、1冊50円などの格安で販売する「バリューブックス・ラボ」を運営したり。また主旨に賛同した「良品計画」が無印良品の店鋪でも販売するなど、本を本というかたちのまま読み手に届けようと取り組んでいます。
しかし、それでも多くの本が古紙回収に回ってしまうのが現実。ならば「本だった紙」をつくれないか? と考えるようになったと言います。
内沼さん 「本だった」という事実を、再生紙の付加価値にできないかと考えました。もし本だけで作った紙ができたら、本が好きな人にとって特別な意味のあるものになるのではないか、と。
しかし、製紙会社に相談したところ、小ロットで何かをつくるのは難しい、という返事が。
一度は諦め、止まってしまったアイデアが再び動き出したのは、松本市にある印刷会社「藤原印刷」の藤原さんの一言がきっかけでした。
中村さん 藤原さんから「最近ペーパーラボを導入した山陽製紙という製紙会社があるよ」と教えてもらったんです。ペーパーラボは使用済みの紙を原料に新しい紙を生産する機械で、それを使えば「本だった紙」がつくれるかもしれない、と。その会社を紹介してもらい、相談したら「小ロットでもできますよ」という話になって。
ちょうどそのときに、キャンペーンのノベルティとしてノートをつくろうという話をしていたんです。このタイミングが合って、「本だった紙」でノートをつくることになりました。
各工程のプロフェッショナルが集結!
こうして「本だったノート」の企画は動きはじめました。
過程はこちらに詳しく紹介されていますが、まず2021年にノベルティとしてつくられました。その反響も思いのほかよく、展開の可能性を感じたため、2022年に立ち上げた出版部門である「バリューブックス・パブリッシング」より、製品版を出版することになりました。
大阪にある「山陽製紙」で再生紙を製造。さまざまな再生紙を手掛けてきた製紙工場ですが、古本を使った再生紙をつくるのは初めてだったとか。
続いて「本だった紙」は藤原印刷に運ばれ、表紙を印刷。印刷も通常とは異なる方法だったようです。
内沼さん オフセットの印刷機というのは、決めた色になるようインクの色を実際に印刷しながら調整するんですね。最初のほうは狙った色にならなかったりするので、その分の紙は無駄になってしまいます。
でも今回は捨てる予定だった廃インクを使って、ローラーに複数のインクを載せて自然に混ぜるという特殊なグラデーション印刷をしています。そもそもコントロールができないので調整の必要がなく、自然なグラデーションができて、1冊ずつちがう色合いになります。
企画の最初からカラーバリエーションのある表紙にしようと思ったわけではなかったのですが、なるべく無駄を減らそうという視点からアイデアを考えていたら、結果的にそうなったんです。
この印刷の仕方であれば、表紙の色がすべて異なる「世界で1冊のノート」になるうえ、廃棄される無駄な紙も出ず、廃インクの再利用にもつなげられます。
そして最後に、長野市の製本会社「ダンクセキ株式会社」にて製本されます。
それぞれの工程のプロフェッショナルが叡智を持ち寄って、完成した製品版「本だったノート」。
めくってみると「本だった跡」として活字が残されているところも。私も何の文字があるかな?とワクワクしながら探しました。
理想はノートをつくれないこと
じつはこのノートは、素材が均一で加工しやすいということもあり、文庫本だけでつくったのだそう。サイズも文庫本と同じです。
価格は1冊800円。ノートにしては高い印象ですが、「正直、これでもギリギリなんですけどね…」と内沼さん。
内沼さん 出版業界は、販売価格に対するパーセンテージで収益が決まっています。だから価格を安くすると、運ぶ人や売る人の利益も減ってしまいます。そうした出版業界の課題への投げかけもこめて800円にしました。「高い」と思う人もいるかもしれませんが、生産と流通のコストについて考えてもらうきっかけになればいいなと思います。
さらに、今後は第2弾、第3弾を構想中とのこと。
内沼さん 現在、「漫画だったノート」と「雑誌だったノート」を準備中です。コミックだけ、雑誌だけでつくると、またちがった雰囲気の紙になると思うんですよね。コミックなら、吹き出しのかけらがあったり、大きさもコミックサイズにしてみたり。雑誌なら中綴じにしたりなど、それぞれ「らしさ」を生かしたつくりにしたいと思っています。
あと受験参考書や問題集だけで作ったらどうかな、とも。先輩たちの血と汗と涙の結晶を受け継いだノートは、ゲン担ぎになるかもしれない(笑) 参考書や問題集って年号がついていたりして版が代わりやすく、そもそも使い込まれてボロボロだったりして、送ってもらっても活用できないものが多いんですけど、いい使い道になるような気がしています。
その一方で、「ノートを作れないことが理想」だとも話します。
内沼さん 誤解を生みそうだなと心配しているのが、「バリューブックスに本を送ればノートにしてもらえるから、いらない本を全部送ろう」と思われること。
僕らとしては、本当はこのノートはつくれないことが理想なんです。つまり、捨てなくてはならない本をなくしたい。少しでも減らしたいんです。
活用方法は模索していくものの、あくまでも目指しているのは、捨てなくてはならない本を減らしていくこと。そのためにも、値段のつく本だけを送ってもらえるようにお願いしています。どうやって本を見分けるかというと、バーコードや本棚をスキャンすることで買取価格の目安がわかる「おためし査定」ができるのだそう。
内沼さん 本を送る前に査定して、買取できるものだけを送ってほしい。だから僕らはあえて送料を有料にしていて、その分、高く買い取っています。世の中には送料無料のサービスがたくさんありますが、実際は送るのに当然コストがかかりますから、必ずどこかにそのコストが紛れて上乗せされています。バリューブックスはそこを透明化して、ちゃんと送料をいただく分、買取価格に還元するということをしているんです。
また、日本の古紙再生の仕組みはとてもよくできていて、回収された古紙の95%が再生紙になるんですよ。だから値段のつかない本は友だちに譲るなど、本のまま再活用できれば一番ですが、もしそのような次の読み手がいなければ、ご自身で資源ごみに出していただくのが一番サスティナブルな方法だといえます。
ゴミの分別と同じで、本も買い取れるか否かで分別してもらえれば、本が適切に再活用されるだけでなく、輸送が減る分CO2の排出量も少なくなり、配送や倉庫に携わる人の負荷も減り、買取価格も結果的に高くできる、ということになります。
情報をどんどんオープンにして、透明性のある会社に
古紙回収に出せばほとんどの本が再生紙になるとわかっていても、わざわざノートをつくる。それは、本をもっと大事にしたい、大事にしてほしい、という思いの現れのようでした。
中村さん 毎日2〜3万冊の本が届いて、選別して、買取できない本の大半を古紙回収にまわすというのは、やっぱり気持ちのいいことではないんですよね。現場で見たり作業したりするうちに「何かできることはないのかな」とずっと引っかかっていて。責任感みたいなものですかね。
毎日1万冊を破棄しているというと「たくさん本を捨てて大事にしていない」と捉えられることもあるかもしれません。でも僕らとしては、そういうこともできるだけオープンにしていきたいんです。
内沼さんも「透明性を大事にしたい」と続けます。
内沼さん 本をたくさん捨てているとか、売っても著者に還元できないとか、古本ビジネスにはいろいろな矛盾があるし、まだまだ不十分なところもあります。僕らはそれに蓋をするのではなくて、現状をどんどん見せて、少しずつ改善し、本の流れをよくしていきたいと思っています。
アメリカに「エバーレーン」というアパレルブランドがあるんですけど、理念に「徹底した透明性」を掲げていて、材料費や人件費など生産コストをすべて開示しているんです。バリューブックスもなるべく情報をオープンにしていきたいし、そのためにはどうしたらいいのかをずっと考えています。
本が循環する世界を目指して
今年、創業15周年を迎えたバリューブックス。
それを機に、現在地から見えている光景を描いたイラストがこちらです。
内沼さん 紙がどうやってつくられて、その紙からどう本が生まれてくるのか、捨てられていく本をどうやって再生するかなど、出版業界の課題や地球環境問題も含めたうえで、本のよりよい循環を生み出す会社にすることを目指しています。
ノートをつくったのはその一環でもあります。「本だった紙」が使われれば使われるほど、本を大切に思う気持ちや、本の流通について考える機会が世の中に増えて、本がよりスムーズに循環する世界に近づけると思っています。
今後はいろいろな人たちとコラボレーションして「本だった紙」を使ってもらいたい、と言います。
内沼さん 買い取れる本の割合が増え、すべての本を本のまま生かせることが究極の理想ですが、そこに到達するのはなかなか難しい。それまでの間は、僕らはある意味で紙メーカーのような立ち位置で、この再生紙がどんどん使われるように営業や開発をしていきたいですし、その次には、古本を紙以外のものにアップサイクルする可能性も追求していきたいですね。
今はまだ最小ロットでつくっていますが、活用方法が見えてきてもっと生産量が増えたら、コストも少しは下がるし、安定的にこうした活動を続けることができます。ぜひいろいろな企業や団体とコラボレーションができたらいいなと思っています。
単に古本を買い取って売るだけでなく、本のよりよい循環をつくることを目指す。
その先に、バリューブックスではどんな未来を思い描いているのでしょうか。
内沼さん 本を読む人が増えて、たとえば気候変動とか貧困とか、あらゆる社会課題について考える人が増えたら、何事も少しずつ解決に進んでいくと思うんですよね。
古本のビジネスを通して、世界を少しだけよくしていく。そういう仕事をしていきたいですし、そんな会社にしていきたいです。
最後に、本記事の公開に合わせて、グリーンズとバリューブックスがコラボレーションすることになりました。
本の買い取り依頼をするときに下記のキャンペーンコードを入力すると、「本だったノート」がプレゼントされるとのこと!
家に眠っている本がある方は、バリューブックスを通して、次の読み手に届けてみませんか?
そして「本だったノート」から”本の循環”を感じてみてください。
– INFORMATION –
本の買い取り依頼をする方、全員に「本だったノート」をプレゼント!
売りたい本をダンボールにまとめたら、買取申込みページにて下記のクーポンコードを入力し買取をお申し込みください。お申込みいただいた方全員に「本だったノート」をプレゼント!
※「本だったノート」はインターネットのほか一部の書店で取り扱われています。(詳しくはこちら)
(写真:五味貴志)
(編集:平川友紀)