今やすっかり耳馴染みのある言葉になった「ダイバーシティ」。しかし、その定義は人によってまちまちな気も。「多様性」と訳されるこの言葉に、あなたはどんなイメージを持つでしょう?
今回お話を伺ったのは「NPO法人ダイバーシティサッカー協会」。
「すべての人を包み込む社会」を実現するために、さまざまな生きづらさを感じている人々と一緒にサッカーをすることでつながりをつくる活動をしています。
もともと、2003年の雑誌『ビッグイシュー日本版』創刊の4年後に始まった、ホームレスの人の自活をサポートする「NPO法人ビッグイシュー基金」のクラブ活動の一つ、フットサルクラブが始まり。今では、ひきこもり、精神障がい、LGBTQの人たちやその支援団体、大学生など、幅広く参加者を募ってサッカーをしています。
理事を務める川上翔さんと竹内佑一さんとの対話を通じて、いまいちど「ダイバーシティ」とは何なのかという問いが、みなさんの中に生まれるといいなと思います。
関西大学在学中から、ホームレスサッカーチーム「野武士ジャパン」の活動にボランティア・インターンとして参加。卒業後、NPO法人ビッグイシュー基金のスタッフとして、ホームレス当事者の就業、スポーツ・文化活動の応援を担当。関西での「ダイバーシティカップ」も担当し、NPO法人ダイバーシティサッカー協会の設立に参加、理事に就任。社会福祉士。
事務局長。PSIカウンセリング代表としてひきこもり支援に従事。2017年、サッカーを通じた居場所作りに新しい可能性を感じ、全国の若者支援の現場に届けたいと考えて、関西ダイバーシティカップの運営委員に。チーム「ひきマップ」を率いて大阪の「野武士ジャパン」の練習にも参加。多様な背景の人たちでつくる代表チームでのホームレス・ワールドカップ再出場が悲願。協会の事務局長も務める。
とりあえずサッカーしよう
ダイバーシティサッカー協会の主な取り組みの一つで、運営をサポートしているホームレス当事者・経験者が主体のチーム「野武士ジャパン」は東京と大阪で活動しており、大阪では毎月第2・第4土曜の18時から、扇町公園(大阪市北区)で練習会をしています。
現在は新型コロナウイルスの感染防止のため、人数を絞っているそうですが、基本的にはいわゆる“当事者”でなくても、誰でも参加OK。運営スタッフはもちろん、ボランティアや大学生や外国人、道行く人に声をかける場合もあるとか。いつ来てもいいし、いつ帰ってもいいというゆるやかなルールを大事にしています。
最初に目指していたのは「ホームレス・ワールドカップ」。2003年より毎年開催されている、ホームレス状態の人が一生に一度だけ選手として参加できるストリートサッカーの世界大会です。「野武士ジャパン」は日本代表として、2009年のミラノ大会、2011年のパリ大会へ出場しました。
その後、国内でのサッカー大会開催へ注力し始め、2015年から東京で始まったのが「ダイバーシティカップ」。このときからホームレス以外の人たちも参加するようになり、2018年からは関西でもダイバーシティカップが開催されるようになります。
ダイバーシティサッカー協会は、この大会の実行委員メンバーを中心に2017年に設立されました。代表理事の鈴木直文(すずき・なおふみ)さん、今回お話をうかがった川上さんや竹内さん、その他さまざまな有識者や多様なバックグラウンドを持つ方々が「面白がって」集まったと竹内さんは振り返ります。
竹内さん 鈴木は大学教授、川上は社会福祉士、僕はひきこもり支援。他にも運営メンバーには銀行員とか作家さんとかいろいろ。JFA(日本サッカー協会)の職員とかカメラマンとかシリア難民とか、めちゃくちゃいろんな背景の人が参加していて、そういう人たちがお互いの名前くらいしか知らずにサッカーして、なんちゅうおもしろい大会なんやと。そういう魅力に引き寄せられた人たちなので、なんだか離れられないんですよね。
僕らの業界では「支援と被支援を越えて関わる」という言い方をよくしますが、まさにこれです。支援するかされるかなんて関係なく、サッカーという共通項だけで楽しんで一喜一憂している。それを「良いな」と思った人たちが集まってわちゃわちゃしてるのが今、っていう感じだと思います。
昨今、日本ではあまりホームレスの人を見かけなくなりましたが、かつては、都市部で路上生活をしている人は珍しくなく、子どもの頃、親に「失礼だからあんまり見ちゃだめ」なんて言われたことがある人もいるかもしれません。
そんな形での出会いと、たまたま一緒にサッカーした人がホームレスだったという出会いとだったら、その印象は全く違うはずだと川上さんは言います。
川上さん サッカーは、言ってしまえば「言い訳」みたいなもの。持っている困難も背景もいったん脇において、今はサッカーを楽しみましょう、と。すると、プレイ中とか休憩時間に自然に話せるようになるんです。サッカーでは結構性格も出るから、アグレッシブな人や守備的な人もいて、サッカーして「この人はこんな人なんだ」って知って仲良くなってから、実はホームレスだったとかひきこもりだったとかを知る、そういう出会い方って良いなって思ってるんですよ。
僕自身も大学生のときにボランティアとして「野武士ジャパン」の練習に参加して、困難を抱えている人たちとの最初の出会いが「楽しかった」っていう印象だったのは、すごく価値のあることだと思うんです。
対外的には「こんな意義がある」と説明しなければいけないけれど「サッカーやってるだけでいいじゃないか」という思いもあって。これって「支援者あるある」で、揺らぐこともありますが、当事者の声を聴きながら一緒にやっている感じです。
ダイバーシティサッカーで大事にしているのは、スタッフも支援者も当事者もみんなが一緒にサッカーをすること。ウォーキングサッカーや2人1組でのサッカーなどオリジナルのルールもつくり、どんな人でも参加できるよう工夫しています。
サッカー、楽しい!
7月某日。梅雨の晴れ間に大阪・天下茶屋で開かれたのは「ダイバーシティリーグ」。ダイバーシティサッカー協会が主催するこの大会で、取材者として私もプレイしたのですが、この日集まった3チームについて、「野武士ジャパン」以外はどんなチームなのかはあまり知らずに参加しました。
パス回しなどでウォーミングアップを終えたらゲーム開始! 大人も子どもも、いろんな人たちがただただサッカーをする。名前も背景もほとんど知りません。
サッカーなんて高校の体育の時以来だから、ボールが来たら怖い! でも、なぜか一緒に走っているだけで楽しい。すぐに息が上がってしまうけど、それでもゼエゼエ言いながら顔を合わせるとなぜか笑い合ってしまう。休憩中も、いつのまにかコート脇で「頑張れー!」「ナイスキーパー!」と叫んでしまう自分が。そして「疲れたからもうイヤ」と言って休むことも許される。
「まずはとにかく参加してみてください」と言っていた川上さんの言葉を「こういうことか」と体感を通じて理解。誰も置いてけぼりにならないし、だからといってがんじがらめでもなく、シンプルに本当に楽しいのです。
「お互いの属性を知らなくても、サッカーを通じて交流できる」という竹内さんの言葉にも納得です。「相手を理解しなければ」という謎の義務感のない場の、なんと自由で気楽なことでしょう。お互いの背景や属性なんか知らなくても私たちは共に笑いあえるという当たり前のことを、ダイバーシティサッカーの場は思い出させてくれました。
ただボールを蹴ることから生まれる変化とつながり
ダイバーシティサッカーの練習に参加している人の中には、自身のセクシャリティを初めてコミュニティ外の人にカミングアウトし、夢だったサッカーに関わる仕事を得たトランスジェンダーの人や、他者とのコミュニケーションが苦手なのに練習後の食事会に必ず参加するようになったひきこもりの人など、さまざまな変化が起きているそう。
3年ほど練習に参加し続けている山本竹善(やまもと・ちくぜん)さんは、10代の頃にひきこもりを経験しており、大学在学中にも体調を崩して定職につくことができず家にこもりがちでした。そのときお母さんからダイバーシティサッカーの存在を聞き、自身の体力回復のために参加し始めました。
最初はただ「サッカーがしたい」という目的でしたが、参加していろんな背景の人と知り合ううちに「そんな考え方もあるんだ」と刺激を受け、ダイバーシティサッカーの社会的意義に興味が強くなっていったと言います。
竹善さん はじめは、体力に不安がある自分のような人でもここなら参加しやすいというのが大きかったですね。ここに来て、自分の体力も行動力も上がってきました。何か行動をするためには、勇気と体力の両方が必要なんです。そのどちらもが、こういうコミュニティに参加してると叶えられるのかなって思います。
ハローワークの求人から特例子会社(障がいのある人の雇用促進及び安定を図るために設立された会社)に就職した竹善さん。ダイバーシティを謳う企業よりも、実際にいろんな人と関わるダイバーシティサッカーの方が「本当のダイバーシティだな」と感じているそう。
竹善さん 障がい者雇用という枠組みだと、どうしても障がい者だけに焦点が当たる。そんなふうに枠を決めて進める「ダイバーシティ」じゃなくて、こっちは実際に障がいのあるなしにかかわらずみんな一緒にサッカーしてる。それは、実際にすごく居やすい空間ですよね。
いずれは独立し、自分のような経験の持ち主や生きづらさを感じている人が、努力して報われるような世の中になるよう「居場所」をつくりたいと言います。そう思えるようになったのは、ダイバーシティサッカーに参加し、実際にその大変さも目の当たりにしたから。「これからのことは不安よりもわくわく感の方が強い」という頼もしい言葉にこちらの胸も熱くなりました。
また、約10年ほど路上でビッグイシューを販売している吉富卓爾(よしとみ・たくじ)さんは、2009年にホームレス・ワールドカップへの参加経験もあります。
吉富さん 当時、ビッグイシューの人からいくつかのクラブ活動のリストを見せられて。サッカーはやったことあると言うと、サッカー部がある、ホームレス・ワールドカップでイタリアに行ってどうのこうのと言われたけど上の空で。突拍子もない話だったから、そんなことホームレスにできるもんかと思ってた。
しかし実際に日本代表としてミラノへ。その際に、世界中のいろんなメディアからの取材を受けました。今でも、取材のオファーがあれば名前も顔も出して受けています。同時に、TikTok、Twitter、Facebookなど、さまざまなSNSで自身のことを発信していますが、その理由をこう語ります。
吉富さん なぜ取材に応じているのかというと、日本中に身内がいるから。その人たちに風の便りじゃないけど、自分が生きてるということを伝えたい。サッカーしていれば取材もしてもらいやすいから。
切実な思いがあるんです、と語る吉富さん。また、サッカーによって「寂しくなくなった」とも。
吉富さん サッカーするまでは販売仲間とかビッグイシューのスタッフくらいしか関わることがなかったけど、ここはボランティアやインターンの人も来るし、そういう人が1冊買ってくれたり励ましてくれたり、それだけで気持ちがポジティブになりますよね。それに、「次はダイバーシティリーグがある」と、仕事以外の目標ができたのも大きいですね。
さらに、ダイバーシティサッカーには「支援者同士がつながる」という裏のテーマも。やる気がある人ほどバーンアウトして辞めてしまいがちな業界だからこそ、ネットワークの必要性を感じているそう。「今度こんなこと一緒にしましょうよ」と声かけをして、定期的なイベントにつながることもあるといいます。
もうひとまわり大きな社会をつくる
ホームレスやひきこもりの支援には、「社会復帰」というキーワードがついて回ります。しかし川上さんは、そもそもそこを目指していないと言います。その真意は?
川上さん 「社会復帰」と言うと、あるべき社会があってそこに戻らないといけない、みたいなイメージですよね。でも、僕らの目指しているのって、もうひとまわり大きな社会をつくることに近いのかなって思うんです。とある社会からこぼれ落ちた人も含めた社会をつくるイメージ。普通に働いてる人がやりたいときにサッカーできるなら、ホームレスやひきこもりの人でもサッカーしたいと思った時にできる社会にしていこうぜと。
ホームレス支援では、就職やアパートに住むことはひとつのゴールなんですが、やっぱりしんどくなってまたホームレスになってしまう人も少なくありません。なぜなら、自分がホームレスになった原因がある環境に戻ることになってしまい、再び孤立してしまうためです。
でも、サッカーの場だったらどんな状況でもどんどん来てくださいって言える。だから、「戻ってこれる場所」としてここが機能したらいいなと思います。
竹内さん ダイバーシティサッカーにはひきこもりにもホームレスにも全然関係ない人がいっぱい来るから、誰が何者なのかってよくわからん感じですけど、それぐらいでいいと思ってるんですよ。相手が何者であるかわからないとお付き合いできない社会って、僕たちが目指す社会ではないと思うんですよね。
「社会」というものの概念を覆された気がします。私たちは無意識に「あるべきひとつの社会」をイメージしていなかったでしょうか?
ダイバーシティサッカー協会では、「ホームレス」を路上生活者だけでなく、ドヤや施設、ネットカフェ、カプセルホテル、友人宅、飯場などを転々とするような行き場のない人も含むと考えています。これは欧米諸国の法律上のホームレスの定義「安心できる住まいがない人」と同様の捉え方だそう。
それと比べると「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」という厚生労働省が定めるホームレスの定義は、とても狭義だと感じます。日本でホームレスが“あるべき社会”から切り離され、排斥的な空気や自己責任論が強い背景には、こうした捉え方の違いがあるのかもしれません。
竹内さん ホームレスやひきこもりの人たちに関しての偏見って海外でももちろんあるんです。でも、そこでその人たちを「許容する」っていう土壌が日本はなかなか育ってないと感じます。排除アート(パブリックスペースが損壊されたり予め想定された用途以外で使われたりしないよう建造物に手を加えるデザイン)みたいに余白や遊びがどんどんなくなっていって、結局ホームレスの人たちは行く場所がなくなってしまいますよね。
もちろん、ホームレスの人に公園やお店の前で寝られたら困る人の気持ちもわかりますが、だからこそ、双方がプラスになるように考えられるような仕組みって必要だと思うんですよ。
実は、ホームレス・ワールドカップには「開催地でもっとも目立つ場所で開催する」という工夫がなされており、例えばパリ大会ではエッフェル塔の近くで開催されています。もし日本で開催されるとしたら、どこになるのでしょうか?
また、大会中にはホームレスの選手が亡命してしまうこともあり、オーストラリアで開催された際には難民になった人もいました。そのとき当時の首相が放った言葉は「Welcome to Australia!」。はたして、日本でこんな対応がされるでしょうか?
日本で「許容」が育たない理由のひとつとして根強い「自己責任論」について、二人の話にはっとさせられます。
竹内さん 人それぞれに大切なものや「なくなったら困る」っていうものがありますよね。電気や水道などのインフラもありますけど、それに加えていろんな大切なものが積み重なって人の生活は成り立ちます。そこへの理解が、日本はすごく狭い。だから「なぜホームレスがサッカー?」となる。貧しいなら貧しいなりの最低限の生活をしろ、必死で働け、それができないのはサボってるというのは自己責任論ですよね。
川上さん 日本には一般認識として自己責任論があるということ以上に、当事者自身がそれを内在させてしまっていることが、すごく根深い問題だなと思うんです。自分はすごく困窮しているのに「生活保護なんて怠惰だ」とか、SOSを出すことは恥ずかしいとか思っている人が多い。でもそれを否定してまで僕たちは支援できない。だからこそ、サッカーすることを通じてつながって、自然な形でお声がけできればと思うんですが、難しさもあります。
川上さんたちは、メディアの人たちに「一度でいいから、ぜひ一緒にボールを蹴ってほしい」と伝えています。そうすることで、日本の自己責任論や、外国人・生活保護受給者などに対する排斥的な空気へのアンチテーゼをつくっていきたいと考えています。
スモールステップを経て、再びワールドカップへ!
コロナ禍の前までは毎年、東京と大阪で200人規模のダイバーシティカップを開催していましたが、その人数で一堂に会することが難しくなったこともあり、地域分散型で小規模な交流試合を行う「ダイバーシティリーグ」を始めました。実は先述のゲームの様子は、そのダイバーシティリーグの記念すべき第1回でした。
川上さん 感染予防という意味合いだけでなく、日常的にサッカーや居場所を提供できるように、年1回のダイバーシティカップへ向けてのスモールステップがあるといいなと思ってはじめました。それを経て、またダイバーシティカップを来年くらいにできたらいいなと。そして将来的にホームレス・ワールドカップにまた出られたらいいなぁって思います。
竹内さんも、2011年以降参加できていないホームレス・ワールドカップにやっぱり代表選手を出したい! と言います。
竹内さん とはいえ、日本で選手を募るときに、ホームレス・ワールドカップの定義する「ホームレス」って、日本ではそう思われていないひきこもりの人や施設暮らしの人に「あなたは世界的に見ればホームレスなんですよ」っていう新たなスティグマを与えてしまう可能性がある。だからお声がけはすごく難しいとは思うんです。
でも、日本代表は48カ国中48位で失点も100以上という状態ですけど、参加することで世界のいろんな人と交流して、なにかプラスなことをつくれたらいいなと思っています。
「多様性」を“体感”するときに、私たちは「多様性」なんて考えてはいないし、相手を“理解”しようとするときそこに「多様性」は存在しないーー。
つまり「多様性」にはトラップがあるのです。なんとも皮肉な結果ですが、今回いっしょにサッカーすることを通じて感じたのはこういうことでした。多様性が重要だと言うより先に、とりあえず一緒にサッカーすることのほうがいかにそれを体感として落とし込むことができるか。
つまり「あのおっちゃんめっちゃおもろかった! また練習行ったら会えるかなぁ」という想いが芽生えたときに「多様性が大事」なんて考えていないということです。
これって、相手の属性を“理解”するよりも「多様性」を学ぶよりも、ずっとシンプルであたりまえで人間らしい感覚だと、頭でっかちな私を揺さぶってくれたのです。
あなたにとっての「多様性」はなんですか?
それは“学ぶ”ことではなく、体感して感じることなのだと思うのです。
ということで、とりあえずいっしょにサッカーしませんか?
(編集:村崎恭子、スズキコウタ)
(インタビュー撮影:村崎恭子)
(ダイバーシティリーグ撮影:鈴木杏奈、村崎恭子)