ゲストハウスは、旅する人のためのものだけじゃない。コロナ禍で自分たちのビジネスも厳しい状況に置かれるなか、宿の持つ「公共性」に気づき、新たな役割を担うべく、行動を始めた宿があります。
北海道・札幌市内にあるゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL(アンタップド・ホステル)」は、2021年に宿の別館を改装し、困窮者の一時受け入れ先(シェルター)とまちに開かれた書店をオープンさせました。目指すのは、カルチャーと福祉が融合した「新しい公共の場」。宿の経営も困難な状況が続くなか、新しい分野にギアを踏み込むゲストハウスの挑戦をご紹介します。
本館ビルと裏の一軒家で構成、札幌市中心部のゲストハウス
UNTAPPED HOSTELは、2014年に開業した札幌市にあるゲストハウスです。場所は、地下鉄北18条駅から徒歩すぐ。近くには北海道大学があり、飲食店が立ち並ぶすすきのにも近く、旅行者にとって便利な立地です。5階建てのビルを一棟まるごと利用していて、相部屋のドミトリーを中心に、ダブルルーム、4名まで泊まれるグループルームもあります。
また、一階には20年以上前から営業している人気の家庭料理のお店「ごはんやはるや」があり、地元の方と国内外のゲストが美味しいごはんを通して交流するきっかけにもなっています。
開業後は、外国人観光客が飛躍的に増えた時期と重なったこともあり、宿の経営は堅調。2016年にはビルの裏手の古民家も借り受けて、別館の営業をスタート。敷地内でトークイベントやミニコンサート、展示販売会、映画上映会など、数多くのイベントも行ってきました。
宿営業に加え、多くのイベントを開催してきたのは、オーナーの神輝哉(じん・てるや)さんの、札幌というまちの文化に寄与したいという思いがあったから。
1980年札幌生まれ。高校卒業後に上京し、出版社の営業職を4年半勤めるなど10年間の東京生活の後、結婚を機にUターン。2014年、UNTAPPED”(=未開発の・まだ見つかっていない)な北海道を満喫する旅人のためのゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」を開業。2020年、コロナ禍で困窮する人の避難施設・シェルターを開設、2021年に別館1Fを改修し「Seesaw books(シーソーブックス)」をオープンさせる。
神さんは、大学入学を機に上京、卒業後は都内の大手出版社の営業をしていましたが、結婚を機にUターン。改めて札幌へ戻ると、飲食店、バーなどの音楽や食を楽しむ店が数多くあり、その上、都市に隣接してスケールの大きい自然がある。まちの奥深さや音楽文化の質の高さから、この地に対する愛情が深まったといいます。
札幌市内の飲食店やライブに通ううちに、バーやクラブなどを営む経営者とのヨコのつながりもできました。ホステルのイベントは、そうした仲間との縁から企画されたものが多く、旅で訪れたゲストが偶然イベントに遭遇して市内の飲食店オーナーと友達になる光景もよく見られたそう。
宿の運営スタッフは神さん以外に4名。みんな長期で働く個性豊かなメンバーで、それぞれがガイドブックでは知り得ない、一歩踏み込んだ札幌の美味しい・楽しい・おもしろい場所を案内してくれます。
コロナ禍で路頭に迷う人は他人事じゃない。ゲストハウスの一部を住まいとして提供
開業後、インバウンド増加の波に乗ることができ、2016年からはビルの裏手にある別館も稼働し、経営状況も安定していました。
わたしが以前、取材で訪れた2018年頃は、宿もまちも世界各国から訪れた人たちで賑わい、館内にいるだけで国籍や年齢を超えた旅の雰囲気を味わうことができました。宿泊取材の後、ネット検索でもたどり着けないであろう「ひとりジンギスカン」ができる隠れ家バーを教えていただき、大満足の夜となったことをよく覚えています。
2020年初頭、新型コロナウイルス関連の影響が北海道にもやってきます。UNTAPPED HOSTELのゲストは外国人が多かったことから、瞬く間に宿の売上は落ち込み、昨年比90%減の月も出てきてしまいました。先行きが見えない状況の中、神さんはどのように経営を存続させていくか? 宿泊業以外で打つ手はないか? と、この場の活用法を考え続けていました。
そんな時、偶然友人のSNSシェアで「都内でネットカフェ難民急増」というニュースを見た神さん。ネットカフェは普段は24時間営業のところが多く、日雇い労働者や帰る家がない人の仮住まいの場所として機能する側面があります。それが一回目の緊急事態宣言の際、深夜営業できなくなったネットカフェから、利用者が追い出されてしまう事態が発生していました。
ネットカフェを追い出された人が路頭に迷う状況に「かわいそうだな、大変だな」と思いを寄せることは誰でもできますが、そこで自らの行動を変化させる人はごく少数。けれどもそこで、神さんは「自分にできることがないか」と考えはじめました。
これって都市圏ならどこも同じで、札幌も他人事じゃないと思ったんです。もともと宿は人を泊める場所だし、このまま建物の造りを変えずとも人の役に立てるかもしれない。今はまだ自分たちが支援側になれるけれど、何かの拍子にすぐ逆の立場になることもあり得ることだと思って。
そこからの行動は素早く、ネット検索を通じて「北海道の労働と福祉を考える会」に連絡し、そこから「札幌市ホームレス相談支援センターJOIN」ともつながりました。2020年5月には、札幌市と連携し、生活困窮者自立支援事業の一環として、別館を住まいを喪失した人を受け入れる3食付きの「シェルター」としてスタートを切ることになったのです。
シェルター運営で広がった福祉の視野。炊き出しを宿のイベントとして名前をつけて開催
シェルタースタートから数ヶ月。特に広報活動などはせず、静かに稼働していた施設ですが、ある時、宿のSNSで「実は今、住まいを失った人の受け入れ事業を行っている」と活動報告をしたところ、その投稿を見て、ご自身の500円玉貯金を寄付したいという女性が現れました。
寄付をいただくという経験がない僕たちはびっくりしたんですが、できるだけ多くの人に目に見える形でお返ししたいと思って。スタッフと話してその場で「炊き出し」することに決めました。
炊き出しとは、困窮した状況下にある人を対象に、料理やその他の食料を無償提供するもの。その多くは広く告知されることもなく限定された地域で行われます。けれども、神さんたちが2021年3月に開催した炊き出しイベント「おおきな食卓」では、ポップなデザインのチラシをつくり、各種SNSでも告知を行いました。
このチラシからもわかるように、炊き出しという言葉から想像される堅苦しい社会貢献やボランティアというイメージとはまったく違う、カジュアルでやさしいイメージが印象的です。そこには神さんの「社会問題にそれまで興味がなかった人、知っていても何となく避けていた人たちに、関わりやすい雰囲気をつくりたい」という想いが反映されています。
炊き出しにあたって寄付を募ったところ、今までの交友関係に留まらず、これまであまり交流の機会がなかった近隣住民やアーティストなどからの賛同が。多数の寄付も寄せられ、情報の拡散や留学生に向けた各国語への翻訳の協力など、さまざまな協力を得ることができたのです。
炊き出しでは、10代から80代までの路上生活者をはじめとした生活困窮状態にある人たちや、アルバイトの働き口を失って生活に困っている学生や留学生など約150名に物資やお弁当の食糧支援を行いました。さらに美容師による無料ヘアカットも実施されました。
シェルターや炊き出しのニュースは新聞記事やテレビでも紹介され、今まで旅人の世界にだけ開かれがちだったゲストハウスが、近隣住民に存在が広く認知されることにもなりました。
スタートから半年でシェルター等を利用した人の数は80名あまり。困難な状況にあるさまざまな背景を持っている人たちと出会い、会話をするなかで、これらの事業を一過性のものにはしたくない! と、活動を継続することを決意します。
それまで自分とは縁遠かった福祉の世界で、誰かに褒められなくても人のために奔走する素晴らしい人たちに出会えたこともよかった。勇気が湧きました。
社会と福祉の接点をつなげる入口を考えたら「書店」にたどりついた
シェルターや炊き出しは、収益性が見込めない事業です。条件などが厳しい行政の補助金などの援助に頼らず、公共や福祉をゆるやかにつなぐ場所として、持続的に運営していける場所とはどんな形だろうか? 考え続けて神さんが出した答えは、シェルターのある建物の一部に「新しく書店をつくる」というものでした。
ちょっと唐突に思えるようなプランですが、どうして書店だったのでしょうか?
自分の中から出てくる社会と福祉との接点を考えると、自然と浮かんできました。シェルターとくっつけたときに何がいいか? と考えたときに、今までの出版社の営業という自分のキャリアも考えると、腹落ちできるのが本屋だったんですよね。
「書店+シェルター」にしたもうひとつの理由は、そこにはあらゆるものやこととつながることができる懐の広さと可能性があると考えたから。
経営者としてはよくない言い方ですが、本屋ってお金を使わなくてもいられる場所じゃないですか、待ち合わせしたりだとか。
そうした意味で、書店という場所は「公共性が高い」と神さんは考えています。
もう少し、社会的な困難を抱えた人たちと、一般の社会が行き来する場所に近づけたかった。両方をそれぞれ半歩ずつでもいいから歩み寄らせるものとして、本屋はフラットな場として機能するんじゃないかと思ったんです。
そこで別館を書店に業態変更することに決定。とはいえ、もちろん改装費や本の仕入れ資金も必要です。コロナ禍で、本業の宿泊業の運営状況も相当厳しいなか、資金をどうするのか? 選択したのはクラウドファンディングで資金を調達することでした。
正直、クラウドファンディングには積極的じゃなかった。人様のお金をそんなにかんたんに頂けないというか。でも、もうお金もないし、背に腹は変えられない。一生に一度という気分でしたね。
クラウドファンディングに際して、神さんがありったけの思いを込めて書いた、シェルター+書店事業への支援を求める文章にこんな一節がありました。
社会への希望につながるドアを、持続可能なものにしていくための書店。神さんは、この場所を、カルチャーと福祉が融合した「新しい公共の場」として育てていきたいと考えました。
強い決意と覚悟をもってはじめたクラウドファンディングは、なんと初日で目標金額の150万円を達成、最終的には目標額の488%、732万円あまり、580人の支援を受けて終了しました。
スタート初日の目標到達に「何が起こってるかまったくわからなかった」と目を白黒させた神さんですが、特別な仕込みをしたわけでもなく、自然発生的に拡散されて、支援が広がっていったそう。多くの支援があっという間に集まったのは、神さんのそれまでの行動や熱い思いが乗った文章に多くの人が共鳴し、共感したからに他なりません。
本当にありがたいですよね。これまで関わってきた街の友人たちにもたくさん支えられました。オープンしたときも「ここは酒屋か」ってくらい、すごい量のお祝いのお酒をいただいて。
想定以上のクラウドファンディングの成功によって、新たな金融機関からの融資を得ることなく書店の改装費、本棚、本の仕入れをすべてまかなうことができ、書店は2021年10月30日に無事オープン。
Seesaw Books(シーソーブックス)と名付けられ、17坪の店舗にスタッフ自らが選書した宿、旅、福祉、文化などの分野の新刊が4,000冊並べられています。コンセプトは「みんなでつくる、みんなの書店」。書架の棚を1年間貸し出す棚オーナー制度や本に関するイベント開催、店頭でコーヒーやソフトクリームなども販売しています。
旅も本も、新しい世界と知的好奇心の入口
現在、ゲストハウスに泊まりにくるメインの客層と、書店を訪れる札幌在住の学生や社会人が交わることはあまりないそうですが、宿と書店、神さんにとってそのどちらも底辺に流れる思想は同じで、そこには「出会い」があるといいます。
自分は若い頃に旅して、いろんな人種や価値観に触れて、視野がぐんと広がった。そういう旅をいろんな人にしてほしいし、本も同じで旅のようなもの。一冊の本との出会いが、人生の可能性や選択肢が広がるきっかけになり得ますよね。
北海道大学のキャンパスに近いという場所柄、神さんは学生とコミュニケーションを取る機会も多い。外出の機会を制限され、メンタルの不調を訴えている学生の話も耳にしていました。「Seesaw Books」は、そうした学生や若い人向けに気軽に訪れることができる書店にしたいのだそう。
ここを知的好奇心の入口にしたいんです。選書は素人だし本の数も大型書店ほど多くはないけれど、旅から哲学、児童書までジャンルはいろいろ揃えている。市民向け講座やイベントなどもこれからどんどんこれからやっていければ。
その言葉通り、本を媒介に哲学からストリートカルチャーまで、さまざまな領域をまたいだイベントを開催。参加者と共に考え学ぶ「Seesaw Books講座」や、書店オープンにあたって、相談役のような存在として親しくしている東京・神楽坂「かもめブックス」の柳下恭平さんとネット音声番組「ブックブックこんにちは」の定期配信するなど、独立系書店らしいユニークな活動を続けています。
神さんは、Seesaw Booksやシェルターの存在は、たとえ小さな一歩でも、人生を自分の意志で選ぼうとする人たちの背中をそっと押せる場所でありたい。そうした場所はまた、弱さや生きにくさを抱えている人ほどより必要とされていると感じています。
書店オープンから半年。共に支え合う社会に向かって、今ある場所を磨き続ける
「Seesaw Books」がオープンしてから半年。現在もまだ宿の稼働率は戻らず、厳しい状況が続いています。今はスタッフ3人の雇用は守りながら、本館のゲストハウス、別館の書店とシェルターの運営を少人数でなんとか回している状況。今後については「とにかく今は、宿を黒字化させることが目標」だと話します。
超現実的な直近の目標は、すべての運営を安定させるためにも本業の宿をしっかり稼働させること。本屋はすごく儲かるという業態でもないですし。その上で、今後は福祉の分野に比重を置いて、一般社団法人を立ち上げて、シェルターの運用を継続できるようにして、支援やケアといった活動も増やしていければと考えています。
シェルターほか困窮者支援に関しては、開始直後の5ヶ月間は札幌市の生活困窮者自立支援事業として運営、その後は助成金を活用しつつ、現在は手弁当で活動資金を工面している状況です。
シェルター事業を通して、身近になった「貧困と孤独」という課題。利用者のみなさんから、育った家庭環境で受けた苦しみや、身寄りのない孤独、仕事と住まいを簡単に切られてしまう派遣労働の不条理などを聞き、その切実さに辛く、無知や無自覚さを感じることも多々あったと言います。
一方、そうした人を支える、日々の相談対応や炊き出し、夜回り、調査などの地道な活動を続ける人や組織があることを知ったことは、神さんにとって大きな励みとなりました。
神さんは、コロナ禍以前、2018年に起きた北海道胆振東部地震の際にも、停電で交通が断絶し帰国できない旅行者を、他の宿と連携して無料で空港送迎を行ったり、お風呂が使えなくなった近隣住民にシャワー利用を提供するなどの支援をしていました。そうした他者への優しい目が、新しい事業へと向かわせる今の状況につながってきているようにも思えます。
宿とシェルター、書店と、さまざまな形態の「場所」をもっているからこそ、それを最大限利用し、社会にとってできることを考え続けたいという神さん。
旅人を「UNTAPPED(アンタップト)=まだみつかっていない」場所へといざなうゲストハウスと、本を通して「こうあってほしい社会」と課題の多い現状を行ったり来たりするシーソーのようにつなぐ「Seesaw Books」。「共に支え合う社会」という未来の可能性に向けた挑戦に心が踊ります。
社会貢献や支援活動というと、どうしても真面目さや正しさが前面に押し出され、なんとなく恥ずかしさからか、支援することに躊躇してしまう人は多いのではないかと思います。ゲストハウスや書店という「誰でもウェルカム」な場所で、スタッフのみなさんも肩肘はらずにカジュアルに、社会的にもインパクトのある事業を行い、その敷居を低くしている神さんの挑戦。
ぜひあなたも札幌へ行ったなら、まだ見ぬ世界を体験しに、UNTAPPED HOSTELとSeesaw Booksに立ち寄ってみてください。
(編集:南未来)