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オンライン化だけが肝じゃない。大事なのは、未知の世界で生きるために必要な個人の思考能力を育てることだ。「ミネルバ大学」に学ぶ。

「既存の大学での学びになんとなく違和感がある」 
「“新しい生活様式”の中で、分散型社会や地域での学びに興味が湧いてきた」
「オンライン授業って、今まで通りの授業をオンラインでやるだけじゃないの?」
 
世界的なパンデミックを経験した世界で、都会一極集中でない暮らしなど、新しい考え方が広まっています。

また、オンラインツールの活用もコロナ前と比べて大きく進展しました。世界中で進む実践は、私たちがどう在るべきかを示す希望の光のように思います。

一方で、教育分野は制度による縛りが多く、日本の学生のみなさんの中にも窮屈さを感じる方は多いのではないでしょうか。

そんな時代に世界中から入学者が殺到し、ハーバード大学より難関と言われる新しい大学がアメリカにあります。すべての講義がオンラインでありながら、世界7都市を渡り歩くフィールドワーク型カリキュラムを実現した「ミネルバ大学」です。今年の春から社会人向けのコースが日本でも始まり、さらに注目を集めています。

「ミネルバ大学」と「さとのば大学」。名前の響きも似ていますが、私たちさとのば大学のメンバーも、新しい学びのつくり手としてミネルバ大学を意識してコンセプトやカリキュラムをつくっています。最近では「日本版ミネルバ大学」といった評価をいただくことも増えてきました。

もちろん、海外と日本との違いはありますし、それぞれに設立背景があるので、真似をする必要はありません。ですが、ミネルバ大学について語ることは、すなわち教育の未来を語ることであり、さとのば大学の大切にすることを語ることではないかと思います。さとのば大学は、まだまだ始まったばかりで不定形な部分も多いので、この記事を読んだ読者の方々と一緒に、教育の未来を語ることで発展させていければと思っています。

それでは、一体ミネルバ大学は、どんな学びを展開しているのでしょうか。

今回、ミネルバ大学で日本連絡事務所代表を2017年まで務めた山本秀樹さんと、日本の地域を1年ごとに巡るプロジェクト実践で学びながらオンラインで日本中の仲間と学びあう「さとのば大学」の発起人である信岡良亮との対談が実現しました。

対談を通じて、「あたらしい学び」の可能性について、探っていきたいと思います。

左:信岡良亮、右:山本秀樹

山本秀樹(やまもと・ひでき)
AMS合同会社代表、Dream Project School主催
1975年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。大学卒業後、東レ株式会社にて高機能繊維の新規用途開発を担当。2008年ケンブリッジ大学経営管理学修士(MBA)。その後、ブーズ・アンド・カンパニー(現PwC Strategy&)を経て、住友スリーエム株式会社(現スリーエムジャパン)へ。2014年独立。2015年から2017年までミネルバ大学日本連絡事務所代表を務める。
信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)
さとのば大学 発起人
同志社大学卒業後、東京のITベンチャー企業でWebディレクターとして働いたのち持続可能な社会を追求し、島根県隠岐諸島の中ノ島海士町という人口2400人弱の島に移住。2008年株式会社風と土と(旧名:巡の環)を起業。6年半の島生活を経て東京に拠点を移し2015年株式会社アスノオト創業。2016年5月より「地域共創カレッジ」主催。2018年より地域を旅する大学「さとのば大学プロジェクト」を起こし、2019年7月より始動する。現在はネットの大学 managaraと提携し4年制「さとまなプログラム」を運営している。

 

本来大学で育むべきは「思考コミュニケーション」の力

信岡 早速ですが、ミネルバ大学での学びについて伺いたいと思います。

僕が認識しているのは、「全寮制」というスタイルで学生が「世界7都市を4年で巡り」ながら、「体系化された実践のスキル」が落とし込まれた学習メソッドを、専用の「オンライン学習ツール」を使って学ぶということ。

特に、オンライン学習ツールは、90分間の授業で教員が10分しか発言できないとか、それぞれの生徒の発言量を把握できるとか、特徴的な仕組みだなあと感じますが、実際いかがですか?

山本さん 確かに日本でミネルバ大学が取り上げられると、授業のプラットフォームとしてのオンラインアプリケーションがやたら強調されますね。

「ツールさえ手に入ればみんなミネルバになれる」みたいな勘違いがよくあります(笑)

信岡 本質は違うということでしょうか。

山本さん ミネルバ大学の授業プラットフォームは、彼らが考える「理想の高等教育」を実現するために開発されたテクノロジーなんです。授業中の画面よりも、授業後に生徒の発言を分析したり、授業設計をサポートしたりする機能に利点があるんですよ。

信岡 サポート機能としてのツールなんですね。

山本さん 本来大学の役割って、変化し続ける社会でも、ちゃんと自分で考えて問題解決するための「思考コミュニケーションの力を育む」ってことですよね。

思考コミュニケーションの力を育むためには、一人ひとりの発言にどんどんフィードバックしてあげることが大切です。例えば「批判的思考力」や「情報の質」という観点から見たときに、この生徒はどのくらいできているか? というデータをしっかり蓄積します。本人の理解度を先生が確認して、それを次の授業設計に反映する、というサイクルです。

信岡 そこに、プロジェクト学習が組み込まれていくということですか?

山本さん そう。ミネルバの授業って、日本の学校で言うところの「授業+課外活動」のようなものなんです。オンラインで展開する授業と同時に、世界7都市で特定の文化圏や地域にとどまらないプロジェクトを経験できる仕組みになっています。

つまり、日本でいう、教室の中でする授業とプロジェクトがセットになっているんですね。授業だけでなく、それぞれ環境の異なる、複雑性をもった都市の中で課外活動することによって、関係構築力やコミュニケーション能力といった非認知領域的なものが鍛えられる、ということです。

信岡 そんなミネルバ大学の中で生徒がどのように育っていくのか、山本さんからはどう見えていましたか?

山本さん 例えば、いま日本で働いている元ミネルバ生を見ると、キャリアの進み具合が全然違うんです。日本に来た中国人の子は、孫正義さんの下で、普通はMBAを取ってベンチャーキャピタルを何年かやった人がするような仕事を、いきなり2年目からやっていました。

彼らを見ていると、自分の意思で生きているなと思います。普通の「安定」とかではなく、自分自身がこう生きたいという確固たる目標に向かって、ちゃんと歩いている感じがします。

信岡 本当に、グローバルなリーダーを輩出し始めているわけですね。どうすればそんな人材が育つ「学び方」が提供できるのでしょうか。

山本さん ミネルバ大学は、専門的な教育というよりむしろ初年次教育や学部教育にフォーカスしています。つまり、未知の世界で生きるために必要な個人の思考能力を育てる、ということ。基礎的な「コンピテンシー」を重視しているということです。

信岡 それって、どんな能力なんですか?

山本さん まずは、正しく情報を判断する力。次に、クリエイティブ(創造的)に考える力。それから、人に伝えるコミュニケーション能力。そしてインタラクション、つまり他者と関係を構築する力です。

情報の裏には、何らかの意図がありますよね。正しい情報から意図を抽出することができれば、自分が判断するときの選択肢や、どんな要点を押さえればよいかが分かってきます。これが「情報判断」であり、分野横断的に使える力なんです。

信岡 正しい情報をもとに、自分の考えを創り出し、他者に伝え、協働していくようなイメージでしょうか。本来教育で育むべき力の本質という感じがしますね。

個人の思考能力を育てるミネルバ大学流の仕組み

山本さん これを科学的に、かつ効果的にトレーニングするために、専用のオンラインアプリケーションを使っています。「今の発言は、説得力という観点で見るとこういうところが弱いですよ」と授業中の学生の発言ごとにフィードバックして、それをすぐ次の授業に反映していくんです。つまり、アスリートがプロのコーチに横についてもらいながらする筋力トレーニングのような繰り返しができるわけです。

信岡 テストの成績というより、日々の授業での発言に対する評価なんですね。これは授業だけでなく、プロジェクト学習にも当てはまるのでしょうか?

山本さん そうです。例えば学生がインターンシップする時も、「この生徒はこういう思考のクセがあって、ここが強化ポイントなので、こういうタスクをプロジェクトとして与えましょう」と実際にデータを見ながらオファー先の企業や個人・団体と調整していました。「私たちは、こういうリーダーを世の中に輩出したい。あなたたちも、自分たちの人材育成像っていうのがあるでしょう」と。

将来リーダーになってもらいたい人に、どんな資質を兼ね備えてほしいか、という観点でマッチングしてくれる仕組みです。

信岡 何のためのプロジェクトなのか、学生側も企業側もお互いに分かっているということですよね。背景思想がしっかりしている感じがします。

山本さん こういう背景思想があるから、このツールを使おう、という発想なんですよね。ツールがあるからとりあえず使ってみますかという次元とは全然違います。

アプリケーションは何であろうと、自分たちが本当に使えるものを探して試していました。外部のシステムでも、自前のものでも、より良いものがあればどんどん採用していくんです。

信岡 ガバナンスチームの設計思想として、「なぜこれをやる必要があるのか?」と考えた上で採用するものを選ぶというのはとても共感します。

さとのば大学も、「たくさんのプロジェクトを小さく始めて、ステージをどんどん上げていけるような実感値を持つ経験が大事なんじゃないか」という思想から始まりました。

たくさんのプロジェクトを立ち上げる機会に恵まれるためには、物事が動いている地域のコミュニティに入るのが良いけれど、地域だと人やノウハウなどのリソースが足りない。そこで全国をつないで水平軸に仲間がいる状態をつくれたら面白いのでは、と発想してオンラインを活用する今の仕組みに落ち着いた経緯があります。

山本さん 目的から仕組みに落ちているというプロセスは、ミネルバ大学もさとのば大学も同じかもしれませんね。

地域での「没入経験」が経験学習のカギ

さとのば大学の受講生が地域で実施した「森の文化祭」

信岡 実はさとのば大学も、日本全国の地域を1年ずつ巡り、プロジェクト実践とオンライン対話型の講義でハイブリッドに学ぶという点で「日本のミネルバ」みたいな表現をしていただくことがあります。山本さんからすると、さとのば大学はどんな風に見えていますか?

山本さん まず、グローバルとローカルの違いはありますよね。一般的なミネルバ大学のイメージって、学びの拠点をグローバルに移動することや、経験学習による「思考コミュニケーション」を重視しているというところだと思うんです。

信岡 グローバルなミネルバ大学に対して、ローカルなさとのば大学。

山本さん そうです。さとのば大学は、日本のいろんな地域を回って、地域創生プロジェクトにかなり深く関わっていきますよね。ローカルな分野に進みたい人を、経験学習を通して育てるという意味では、ミネルバ大学における1プロジェクトをめちゃくちゃ深くやるようなもの、という印象ですね。

信岡 なるほど、なるほど。1学科みたいな感じですね。

山本さん ミネルバにも、地域創生みたいなものがたまらなく好きな子っているんです。そういう子は、3、4年生になったら、さとのば大学みたいなものに入ったら楽しいんじゃない? と思います。

信岡 ミネルバ大学を経て、さとのば大学へ。面白いですね。

両者に共通する「あたらしい学び」みたいなところはあるのでしょうか?

山本さん 「没入学習」ですね。いろんな地域に行って、イマージョン、つまり没入経験から学ぶ、という点はすごく似ていると思います。さとのば大学が「ネットの大学 managara」と提携したことも、とても良いと思いました。

信岡 プロジェクト学習を取り入れる学校は増えてきたけれど、授業時間だけの経験学習にはやっぱり限界があるんですよね。

「どこにいても学べる」というオンラインの利点をいかすと、没入経験が豊富な地域で実際に生活しながら、もっとリアルで深い経験学習ができると思っています。

山本さん 僕も日本でミネルバ大学のように思考コミュニケーションを学べるインフラをつくりたいと思っている中で、managaraのようなオンラインの大学に、さとのば大学のような、とことんイマ―ジョンするプロジェクトが加わると、よりミネルバっぽさが増すだろうと思っていたんです。

さとのば大学で学ぶ子も、オンラインの柔軟性をいかしながら、学んだことをどんどん地域の実社会で試してほしいです。

「あれ、なんかうまくいかないじゃん」「ほんとはこういう風にしたほうがいいのでは?」と自分でアレンジするのが、本当の学びですよね。

信岡 そうですね。

さとのば大学受講生の活動の様子

信岡 ちなみにミネルバ大学は、ライセンス契約も進めていると聞きました。「あたらしい学び」の広がりについてはどう感じますか?

山本さん ミネルバ大学に向いている子もいれば、そうでない子もいます。

創業者のベン・ネルソンさんも、「ミネルバのような新しい思想を持った学習機関が、もっともっとたくさんできた方がよい」と話していましたが、彼らもブランドを維持しなきゃいけないので、ライセンス先は世界のトップ大学やトップ企業に限られているんですよね。

本来、ミネルバが目指しているような「思考コミュニケーション力を育む」という教育の恩恵を受けるべきなのは、もっとボリュームゾーンの人たちなんじゃないのかな、と僕は思うんです。

信岡 なるほど。山本さんの言葉、さとのば大学としてはとても心強く感じました。

「あたらしい学び」を日本で実現するためには

信岡 そもそも、ミネルバ大学が目指している「理想の高等教育」みたいなものって、日本にも当てはまるのでしょうか。

山本さん アメリカの高等教育は、「エリート」と呼ばれる大学が主軸を担っています。

理想の高等教育については、「もっと効率的に」「より質の高い教育を」とさまざまな研究が行われてきましたが、残念ながら既存の大学では実装できませんでした。それを、情報技術(インフォメーションテクノロジー)を使えば実現できると証明するためのプロジェクトとして、ミネルバが生まれたんです。実は一番初めの考えは、理想の授業を実現できる教育プログラムとソフトウェアをつくって売るという発想だったんですよ。

信岡 今ある仕組みを使って、最高の学習メソッドをつくろう! とスタートしたけれど、メソッドを採用して建付けをつくってくれる大学がなかったから、自分たちが大学まで創っちゃった……という感じでしょうか。

山本さん まさにそうです。

実績のないものは採用しない、という保守的な大学業界を変えるためにミネルバ大学は創られました。だから、設置認可や単位認定方式などについては他の大学と同じ制約に挑戦しているんです。自ら改革するインセンティブがないトップ大学が、ミネルバをベンチマークにして「変わらざるを得ない状況をつくる」ことがミッションなんですね。

信岡 さまざまな制約の下で教育が変わりにくい実情は、日本も同じかもしれませんね。

山本さん 正直な話、文科省が用意してるガイドラインに沿って新しい学校を創るなんてつまらないと思うんですよ(笑)

何年もうまくいっていない仕組みに乗っかるより、むしろ、自由な発想で新しいものを創ってしまって、それを役人が「すごい、なんだかうまくいっているな」とか「自分たちも真似したい」ってなるくらいが理想かなと思います。

信岡 確かに、教育機関にこそ、そういうアントレプレナーシップというか、未来創造力みたいなものが求められる時代になってきているのかもしれませんね。

僕たちも、ローカルがただただ素晴らしいとか、オンラインを使った新しい学びだとかいう発想ではなくて、学ぶ人が「自分たちで未来を創れる」という感覚をどうやったら持てるのか、というところを基軸に考えています。

「危険から守り給えと祈るのではなく、危険と勇敢に立ち向かえますように」(※)という願いを持っているんです。

(※)
危険から守り給えと祈るのではなく、
危険と勇敢に立ち向かえますように。

痛みが鎮まることを乞うのではなく、
痛みに打ち克つ心を乞えますように。

人生という戦場で味方をさがすのではなく、
自分自身の力を見いだせますように。

不安と恐れの下で救済を切望するのではなく、
自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。

成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような
卑怯者ではなく、失意のときにこそ、
あなたの御手に握られていることに気づけますように。

(ラビンドラナート・タゴール『果物採集』より 石川拓治訳)

山本さん 自分たちで良いものを創って、それが社会に認知されて、社会的に「何でこんなことが役人にはできないんだ」となって、仕方なく役人が動く……。

そういうのが、あるべき姿なんじゃないのかと思うんです。外からどんどん面白いプロジェクトを創ってあげて、提携して、社会的に気運が高まってくると、ようやく規制が外れる、みたいな流れで。

それこそ、信岡さんが言っている「自分が社会を変えられる」と考える人たちは、そうしないと育たないのではと思います。

信岡 日本の教育機関は、本来カバーしなければならない範囲を超えていろいろと担っていますよね。

教育の多様化がもっと受け入れられるようになれば、例えばプロジェクト学習やアントレプレナーシップのテーマに絞って、さとのば大学で生徒を預かることもできます。それによって、学校がアカデミックな学びという本来の役割に集中できるようになれば、お互いの強みをいかせる理想的な関係性になると思っています。

山本さん それこそ、テクノロジーをちゃんと使えば、既存のものも新しいものもシームレスにつなげるんですよね。

本当に大切なのは、どういう目的を持って、どういう風に育てたいか、そのためにどんな経験を積ませるのか。そこにどういうアプリケーションが便利で、使えるのか、ということのはずです。そっちにツールや仕事の方法を合わせていきたいですね。

時間はかかりますし、なかなか簡単には理解されないですが、地道にやっていくしかないのかなと思います。

信岡 いやー、本当にそうですね。
今この大変化の時代に、学びの目的を再創造するというところを、勇気を持ってやっていきたいです。

(対談ここまで)

お二人の言葉を紐解いていくと、そこには変化の時代に直面する私たちにとって、自らの意思で生きていくためのヒントが見え隠れする感覚がありました。

こだわりぬいたカリキュラムや徹底したキャリアサポートを設計しているミネルバ大学は、他の教育機関とは一線を画す凄みがあると感じます。それは、生徒一人ひとりの思考コミュニケーション力を育み、グローバルなリーダーを育てるという背景思想がきちんとあるからなのだと腑に落ちました。

そして、私たちが目指す未来を信じて、社会をアップデートする意義のあるものに私たち自身が挑んでいくことでしか、社会は変わらないのだと改めて感じました。

(Text:平真弓)
(編集:大竹悠介、スズキコウタ)