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学長は、学びのあり方を代表する人。さとのば大学の名誉学長(Chief Co-Learner)に井上英之さんが就任した理由。

大学ってどう選べばいいんだろう?

「大学に行くのがあたりまえ」と思っていた高校生の私。大学選びはきっと「いい感じの会社」に入るためには重要なんだと悟り、塾の先生に鼓舞されながら「いい大学」を目指していました。

とりあえず大学に行って、就職する。見えない誰かに自分の人生をコントロールされているような感覚は大学4年生で就職活動をしていたときに、より強く感じました。

もやもや。
違和感。
不信感。

そんな気持ちを抱いていた私が出会ったのが、「さとのば大学」でした。

2022年2月、さとのば大学に名誉学長として井上英之(いのうえ・ひでゆき)さんが就任すると発表されました。

学長は、「そこでの学びのあり方を代表する人」「ともに学ぶ人」「学びの見守り手」。

就任イベントで井上さんが話した学長像は、私のイメージよりもずっと等身大で素敵なものでした。

1年ごとにおもしろい地域に留学するさとのば大学って?

greenz.jpでは、これまでのさとのば大学の歩みや、連載「学習するコミュニティに夢を見て」を通じた日々の模索を記事でお届けしてきましたが、2021年から新たにはじまった4年制の「さとまなプログラム」と、さとのば大学が思い描く学びの方向性を、まずは簡単におさらいしていきます。(井上さんの言葉にすぐ飛びたい方は、こちらをクリック)

さとのば大学は「地域を旅する大学」として、4年間で日本国内の4つの地域に1年ずつ暮らしながら、オンラインで授業を受けつつ、地域で活動するプログラム。

2022年3月現在の、さとのば大学の連携地域は以上の10か所。それぞれの地域に特徴があるため、1年ごとに自分の関心や目的に合わせて住む地域を選択できます

大学4年生で就活を中断して、3か月の短期プログラムに参加した私としては、4年間じっくりといろいろな地域に住みながら、オンラインで授業を受けつつ、リアルで心と身体を動かしながら活動できるなんて、なんて贅沢な時間なんだ…! とうらやましく感じました。

2021年にスタートした4年制の「さとまなプログラム」では、新潟産業大学の通信教育課程である「ネットの大学 managara」と提携し、4年間で大学卒業資格・経済経営学士号の取得と、地域での活動を通して自分で課題を解決し、成果を生み出す力を身につけることができます。

ネットの大学 managaraと、さとのば大学という組み合わせが、4年制の「さとまなプログラム」という仕組みです

気になる具体的な生活スタイルに関しては、平日3日間の午前中は、さとのば大学のオンラインLIVE授業。そのほかの時間は現地コーディネーターに伴走してもらいながら地域でプロジェクトを進めていきます。そして、 managaraの授業は、好きなときにオンラインで受講することができるんです!

1週間の過ごし方の例

筆者が2019年に参加したさとのば大学、短期プログラムの講義の様子。オンラインでこんなにも深く人と対話し、つながることができるのか…!と驚かされました

地域に身を置き、そこに住むひとりの人間として活動してみること。そしてその過程で多様な仲間と対話を重ね、「わたし」として学び、仲間とともに未来を創っていくことを、さとのば大学のプログラムでは目指しています。

「地域の中では、『未来って自分たちの手で変えていけるんだ』という確かな手ごたえを味わいやすい」と話す、さとのば大学発起人の信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)さん。地域で若者が小さな縮図としての社会を実感し、その中にいる自分はどう動くのか、時間をかけて観察していく中で生まれる気づきがありそうです。

学校教育を終えて社会に出る前に、「社会は自分たちの手で変えていける」という実感を持つことで、やがて困難に直面しても自分にできることがあるとわかる。それはきっと、生きる力や希望になるように感じます。

ソーシャルイノベーションの第一人者、井上英之さんが名誉学長に就任

学びはそれぞれの人間が中心だから、学長なんていなくていいんじゃないかと思っていた。

名誉学長就任イベントにて、信岡さんはこんなふうに口にしました。

さとのば大学の発起人でありながら、あえて学長とは名乗らなかった信岡さん。それは、教える・教わるという従来の学びのあり方ではなく、「学ぶ仲間がほしい」という想いで学びの場をつくったから。そんな信岡さんは2021年4月から4年制の「さとまなプログラム」を開始し、大学卒業資格取得が可能になったことが節目となり、学長として最適な人を探すことにしたのだそう。

そして名誉学長に就任したのは、日本で「ソーシャルイノベーション」や「社会起業家」という言葉を定着させた井上英之さん。信岡さんは、井上さんについてこう話します。

信岡さん 自分の感性の中で、本当に探究したいことを学んだ結果、ソーシャルイノベーションなど多くの知見を日本にもたらした人。自分自身の探究したいことを大事にすることの価値を伝える人でもあると思います。今ここで生きて感じていることの中で、しゃべりたいことをしゃべればいいというあり方なんです。

学長のあり方や人柄が、学びの代表性を端的に表しやすいんじゃないかと思っています。自分たちの中で大事にしたいことのひとつに、「ビジネスとソーシャルの両方の領域を行き来できること」があったので、井上さんにお願いしました。

おふたりそれぞれのあり方が、さとのば大学のあり方、そして目指す未来につながっているように感じました。トークイベントで語られた「学び」に対する姿勢や、大切にしている思いから、私たちが日常の中で見過ごしてしまう、一人ひとりの思いや学びにきっと気づけるはずです。

名誉学長(Chief Co-Learner)という肩書き

井上英之(いのうえ・ひでゆき)

井上英之(いのうえ・ひでゆき)

日本で「ソーシャルイノベーション」や「社会起業家」という言葉を定着させた貢献者のひとりであり、「マイプロジェクト」という手法の生みの親。
一般社団法人 INNO-Lab International 共同代表/慶應義塾大学大学院特別招聘准教授。
2001年よりNPO法人ETIC.にて、日本初のソーシャルベンチャー向けプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、社会起業家の育成・ 輩出と市場の創出に取り組む。2003年ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)東京を設立。2005年より慶應義塾大学SFCにて「社会起業論」などの実務と理論を合わせた授業群を開発。

みなさん、こんにちは。

僕は人生で学長なんていうオファーが来るとは想像したこともなくて、「そもそも学長って何ですか?」と尋ね、「他の人にお願いしたほうがいいよ」と最初は静かにお断りしたんです。

でも、さとのば大学で一緒に学ぶこと、そして素敵な学びがあまりにも多く生まれているこの場所に関われることは、すごく素敵だと思いました。

名前に関しては、「学長」を一歩譲って「名誉学長」にしていただき、そのあとに英語で「Co-Learner(ともに学ぶ者)」を付ければ、僕の伝えたいことがなんとか肩書きで語れるかなと思ったんです。そして、さとのば大学らしいんじゃないかなとも。 そんな経緯で、名誉学長(Chief Co-Learner)という肩書きにさせていただきました。


ものすごく身近なところにこそ学びがある

「学びって何だろう?」という問いは、僕にとってすごく大事なことです。

学びということで考えると、教室の中だけでなく、原っぱにも、出会った人や八百屋さんとの会話の中にも、あらゆる場所に生きる人のなりわいがあり、生きる全てがある。

そして、何かができるようになったり、知ること、喜びがたくさんあって、それこそシールを集めているとか、そのコレクションの中に学びと喜びがあるだとか。それを交換する・しないという、さまざまな段階があります。つまり、ものすごく身近なところにこそ学びがあるんです。

学ぶ喜びこそが僕たちの人生をつくると思っていて、だから僕は学校に興味があったわけでも、授業がやりたくて大学で教えるようになったわけでもないんです。ただ学生たちと出会って一緒に学びをつくりたかったし、彼らから学びたいと思っていました。そこで始めたのが慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で始めた、「マイプロジェクト(※)」というものでした。

(※)誰かに頼まれたからではなく、個人的な問題意識をきっかけに自発的に始めたプロジェクトのこと。

Chef Co-Learnerという言葉にもつながっていく話なんですけれども、僕が35歳のときに大学の教壇に立つことになった経験が前提にあります。

そのとき、自分は何を教えられるんだろうということで、正直ちょっと怖さもありました。これは、あらゆる先生が日々感じていることだと思うんですね。教壇に立つ瞬間に、自分はどこまで知っているんだろう? そして、知らないことがある怖さ。だって、誰でも永久に知らないことは絶対にあるんだから。

教壇に立つことになった当時の僕は、学生たちに対して自尊心が低いというか、傷ついているというか、寂しさをすごく抱えているという印象を持ちました。

だけど、はじめから成功する必要なんてなくて、やってみたことをまず人に話してみることで、失敗しながら前に進んでいける。その過程で、「ここに居るとそのままで居ていいんだ」と思う。そのことだけで、何か次にやってみようと思えるんです。

たとえば、お祭りに参加してみるとか、話しかけられなかった誰かに話しかけてみるとか。すると初めてそれによって結果が出て、反応がもらえる。そして「こんな人に出会った」とか、「苦い経験をした」とか。

その話を聞くと、周りはその挑戦に対して、「え、どんなことをしたの? うまくいかなかったとしたら、どんな告知を出して人が集まらなかったの?」と聞くんです。そのうまくいかなかったときこそが、すごいチャンスであり、輝く瞬間であり、みんな喜んで手伝いたがるんですね。

初めから成功する必要はなくて、そのリアリティを教えてもらったときに、初めて他の人も動き出し、一緒の夢を見たり、描いたり、手伝ったりし始める。その発表をマイプロジェクトとして共有して、いろいろな失敗があり、転んで立ち上がる、転んで立ち上がるという作法を学んでいくんです。

見ていてもらうことで、勇気づけられる私たち

たとえば、マイプロジェクトを発表して、動いている18歳の学生の姿を見ると、聞いている大人たちは敬意が湧いてくるんですね。なぜなら、そこには自分の知らなかった18歳のリアリティがあるから。どこかで勉強して、持ってきた情報を発表しているのではなく、やってみてわかったリアルな生情報を聞くと、「そうだったんだ。君、本当に頑張ったね」と感じるんです。

もちろん、40歳・50歳にも年齢ごとのリアリティがあり、大変なことがあり、苦しんでいることがある。そこで敬意が自然と生まれていく姿や学びの場が、本当は学校だけでなく、あらゆる職場において生まれる可能性があります。

ある会社のクリエイティビティに関するリサーチによると、多くの日本人は社会を変えるとか変革するということへのハードルを異常に高く設定しているそうです。本当はちょっとしたことから変えることはできるのに。

たとえば、キオスクのおばちゃんに「おばちゃん、ありがとう」とか、食堂の人に「今日の服、似合ってるね」「いつも美味しい」とか。そんな一言が、その人の1日にどれだけ光を与えることになるか。もしかしたら「今日こんなこと言われたんだよ」って夕飯で語っているかもしれない。

ジャッジするためではない。あなたのことを「見てるよ」「知ってるよ」というメッセージになるんです。

一番怖いのは、自分が忘れられてしまうこと。大切な人の記憶の中から自分が消えていくことで、自分自身が消えるような思いがする。ということは逆に「あなたのことを覚えているよ」「あのときのこと、覚えているよ」とお互いに伝え合うだけでも、僕たちはものすごく豊かな人生を、社会をつくっていけるかもしれない。

みなさんがここに居るということで、初めて今、僕は話すことが成立している。絶対にひとりじゃ話せないから。そういう意味で、一人ひとりがこの世の中をつくっている紛れもない証人であると感じています。

固まっていないものの美しさ

さとのば大学って、「こうやるものだ」って決まってない。ここに参加してくださる若者たち、講師陣、スタッフ、周りの手伝ってくれる人たち、受け入れてくれる地域と一緒につくっていく場なので、そのプロセスごとに一緒に成長していく。いろんな会話を続けていくことで、いろんなものが新しく発明できるかなと思っています。

学びの場となると、年齢や経験に差があるという前提で、つい「受け手に学んでもらう」みたいなことがよく起きるけど、あらゆる年齢の人が、いつも前に進み、学び続けて変化し続ける。ずっと大事にしていく部分もあるけど、いつも何かを生み出し、今をつくることがいいんじゃないかと思います。

少なくともふたりいれば、会話が生まれて、何かを学び合える。教室なんていらなくて、大学でも公園でもどこでもいい。校庭とか、外でふたりの人間が、地面になにか、線や文字、図を書き始めて「こうじゃない、ああじゃない」って。あの図式が本当に大好きで、なんて楽しくて美しいんだろうって。その喜びや学びの体感を忘れたくないなと感じています。

(トークここまで)

井上さんの話から、自分の内側から湧き出る思いを元に行動を起こすマイプロジェクトという学び方や、私たちは人と人とのあいだの中で気づきを得て、学び、自ずと助け合うことができるということの尊さを感じました。

学ぶことや、自分から行動を起こすことは、想像しているよりもシンプルなことなのかもしれませんね。

ここからは、井上さんに名誉学長をお願いした理由や期待する未来を、信岡さんにお聞きしました。

21世紀型人材は、ビジネスとソーシャルを行き来できる人

信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)

信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)

2019年より地域を旅する大学「さとのば大学」発起人。大学卒業後、ITベンチャー企業に就職するも、大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2,400人弱の島に移住。6年半の島生活を経て、地域活性というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全ての繋がりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年より東京に活動拠点を移し、都市と農村の新しい関係を創るために、2015年に株式会社アスノオト創業。

学長というただの名前だけじゃなくて、あり方の代表として講義にも出てくれるし、さとのば大学の未来にも関わってくれるという意味で、学長というポジションを検討していることは井上さんに就任前、お伝えしていました。

僕にとっての学長って、学びのあり方の長老みたいな感覚なんです。この人の学び方は素敵だよね、と背中を見せてくれる人として井上さんに学長をお願いすることにしました。

生徒の4年間を預かるのは責任が重いことだと思っています。学生時代に理想だけを語れても、その子たちの行く場所がなくなったら、結局不幸になってしまう可能性がある。だからと言って、今のビジネスだけの仕組みを理解したり、そこに適応できるようになったとしても、これから未来で楽しく生きていける・働ける人になれるかというと、そうは思えないんです。

そういった点で、ビジネスとソーシャルの見方を持ち合わせた人が、21世紀型人材になっていくんじゃないか。もうひとつは、自分自身の世界観や感性から「本当に創造したい未来ってなんだろうね」と感じるところから物事を進めていき、縦の人間関係じゃなくて、横の人間関係の仲間をつくっていくやり方もある。この両方を行き来できる人を育てるのが、さとのば大学のカリキュラムだと思います。

自分自身が学びに対して真摯であるとか、人の変態性、ひとりずつが持っているギフト(持って生まれた才能)を大事にするスタンスとか、そういうところが井上さんは超一流だと思っていて。彼は講義の中でそのひとりずつが持っている小さな課題と世界の課題とを学びに変えていくことをやってくれるんですけど、それがめちゃくちゃ美しいんですよね。

そして、井上さんにメンタリングしてもらうことで、自分の奥深さに気づくこともできるので、これから学生と触れ合う機会をもっと増やしていきたいと思っています。

「月に1回学長室」のような感じで、ふらりと相談に乗ってもらえる機会を設けられたらとイメージしています。「今日はいのさん、学長室に居るから遊びに行ったらいいよ」って感じ。

(トークここまで)

背中を見せてくれる人

学長ってなんだか遠くて名前だけの存在に感じていた私。でも、ふたりの話を聞いて、肩書きだけでない学長の存在を感じられてホッとした気持ちになりました。

自分と他者がいて、はじめて学びが成立する。そんな大切なことに気づかせてもらいました。

私がさとのば大学を受講していた当時も、自分が話すことで聞き手の学びが生まれること、そして他者が話すことで自分にも学びがあることを実感しました。

それぞれの人が中心にいる学びの場。
仲間とともに学ぶこと。
その学んでいく道に、背中を見せてくれる人がいること。

井上さんが名誉学長(Chief Co-Learner)としてさとのば大学により深く関わっていくことで、講師陣やスタッフ、生徒のあいだに今まで以上にやさしく力強いエネルギーが巡っていくだろうなと期待しています。

(編集: 中鶴果林、スズキコウタ)