みなさんは、2022年4月から高等学校の教育が大きく変わるのを知っていますか?
各学校でカリキュラムを編成する際の基準となる「学習指導要領」が改訂され、すでに小・中学校では全面実施が始まり、高等学校では2022年度からスタートします。
改訂の大きなポイントは「社会に開かれた教育課程」。学校教育を学校内に閉じずに、「地域社会と目的を共有し、連携をはかりながら教育を進めていこう」という意志が明確に示されたのです。
実は学習指導要領に明記される以前から、全国各地には人口減少、地方衰退を背景に、地域と連携した「開かれた学校」を体現すべく取り組んできた学校が数多くあります。
今回紹介するのは、学校の存続をかけ早い時期から「地域連携」に舵を切った学校の一つ、兵庫県立北条高等学校。人口減少が著しく、「消滅可能性都市」とも言われている兵庫県加西市にある同校では、平成28年度に「人間創造コース」を創設しました。
このコースでは“総合的な学力”の育成を目標とし、地域と連携して学習する「ふるさと創造」の活動を中心に、探究的な学びのカリキュラムが充実。探究のテーマごとに、「まちづくり班」、「読み聞かせ班」「うずらの班」「あびき(エコチャレンジ)班」「グローバル班」の5グループを立ち上げ、社会に開かれた教育課程の実現に取り組んできました。
今回は「うずらの班」の地域活動を取材。社会に開かれた学校と、その先にある「地域が人を育て、人が地域をつくる“持続可能な循環型モデル”」について、活動を通して学んできた北条高校生と“仕掛人”の先生から話を聞きました。
地域資源を掘り起こし発信する「うずらの遺産ツーリズム」
ある休日の早朝、北条高等学校人間創造コース「うずらの班」の生徒たちが集まったのは、加西市にある鶉野飛行場跡。第二次世界大戦末期に、優秀なパイロットを養成するためにつくられた旧日本海軍の飛行場跡です。昭和20年に神風特別攻撃隊「白鷺(はくろ)隊」が編成され、その後全国各地の航空隊へ配属されていき、終戦までに63名の尊い命が失われた歴史があります。
「うずらの班」の生徒たちは2年前より、うずらの遺産ツーリズム推進協議会(以下、協議会)が鶉野飛行場跡の歴史を後世に語り継ぐために主催している「うずらの遺産ツーリズム」に、ボランティアツアーガイドとして参画してきました。
活動の中心となるのは人間創造コースの1年生と2年生。経験の浅い1年生に対し2年生がアドバイスをしたり、初めてのツアーガイドで緊張する生徒に友人が優しく声をかけたりと、協力し合いながら進める様子が見られました。
教師が関わるタイミングはごくわずか。ツアーのほとんどの工程が、生徒たちと協議会のみなさんで行われます。
ツアーは約45分間。防空壕や飛行場跡、機銃が設置されていた機銃座などの各スポットを回りながら、生徒が中心となってガイドを行います。協議会のみなさんはサポートとしてツアー客の質疑に応対したり、補足の説明をしたり。
ツアーの最後は、巨大防空壕の中をシアター化した施設にて、神風特別攻撃隊「白鷺(はくろ)隊」の隊員が遺した遺書や遺詠をもとにつくられたドラマ仕立ての映像作品『遺書・遺詠集』を上映。特攻に向かう兵隊たちから両親や家族に宛てて書かれた手紙に涙する参加者たちの姿が見られました。
探究活動を通して醸成される、生徒たちの地域への想い
「うずらの班」の生徒たちは、この取り組みをどのようにとらえているのでしょうか。2年間活動に取り組んできた、3年生(2022年3月現在)の生徒たちに話を聞くことができました。
最初に話してくれたのは山下天舞(やました・ひらり)さん。山下さんは「うずらの班」の創設メンバーとして2年間活動を行いました。加西市で生まれ育ったものの、「うずらの班」として活動するまでは鶉野飛行場跡に一度も行ったことがなかったそう。調べ学習を進める中で鶉野に眠っている歴史・文化を学び、興味関心が深まっていったと山下さんは話します。
山下さん 調べ学習の中で、鶉野飛行場の建設に関わった方にお話をうかがう機会があったんです。黒板に建設の際に使用した機械の絵を描いてくださったり、トロッコの模型をつくってくださったりして、一生懸命教えてくださいました。当時の新聞が残っていて、黄色く灼けた誌面を見せてくれたりもしました。他にも当時のお給料や仕事現場で起こったあれこれを詳しく聞かせていただいて、さらに興味が深まりました。
ただ文献やインターネットで調べるにとどまらず、実際に地域に出て現地に足を運び、その時代を生きた人たちに話を聞くといった、“生”の学習を積み重ねてきました。
「うずらの班」第一世代としての想いは強く、「今後の発展をとても期待している」と、あたたかい視線を後輩たちに向けます。
山下さん 私たちは「うずらの班」の活動をどのように形にしていくかを一から模索していく過程にありました。今の後輩たちは、つくりあげた活動をさらに発展させ、もっともっと意義あるものにしていけると思うので、積極的に取り組んでいってほしいと願っています。
調べ学習の中で、情報が残っていない空白の時代を知り、伝える大切さを身に染みて感じたと話す生徒にも出会いました。山下さんと同級生で、同じく「うずらの班」立ち上げ期の創設メンバーである高見莉乃愛(たかみ・りのあ)さんです。
高見さん 小学校や中学校で平和学習を受けてきて、「戦争は二度としてはならない」との意識はあったのですが、それだけでした。うずらの班の活動では、過去の情報を調べるにあたり、残っていない情報が数多くあることに驚き、後世に伝えていく大切さに気づきました。
自分なりに活動の意味を見出し、積極的に取り組んできたのが第一世代。うずらの遺産ツーリズムの活動は、そうした理由から強い課題意識を持って取り組んでいたといいます。
高見さん 当時のことを教えてくださる語り部さんはご高齢だし、遺品、遺構だってずっと残っていく確証はありません。自分たちが遺そうと努力し、後世の若い人たちに伝えていかないと、未来の人たちが「戦争の歴史について学びたい」と思ったとき、遡るための資料がこの地域からなくなってしまう。それは避けないといけないと強く感じました。後輩たちには、今後若い人たちにも足を運んでもらい、歴史を伝えられるような工夫や仕組みづくりをしていってほしいと思います。
後世に伝えていきたいという彼女の強い想いは結実し、うずらの班での活動を通して綴られた平和へのメッセージが、日本で最も多くの特攻隊が飛び立った地として知られる鹿児島県鹿屋市が主催する「かのや未来創造プログラム平和の花束2020」で最優秀賞を受賞。加西市長の前で朗読する機会を与えられました。
活路は“地域”にあり! 生き残りをかけた大転換。
地域団体の大人たちと連携し、積極的に活動している人間創造コースの生徒たち。「うずらの班」のような探究活動の取り組みが始まった背景を、コース創立から現在の形になるまで、人間創造コースの先鋒として敏腕をふるってきた北条高校人間創造コース委員長、衣川顕子(きぬがわ・あきこ)先生に伺いました。
衣川先生 生徒数が年々減っていく状況でどうやって生き残っていくのか。それを真剣に考え、実行に移したのが、当時の校長でした。本校のような普通科の高校では進学に力を入れた「特進コース」をつくるのが一般的ですが、周りの進学校に追随する形では今から勝負しても生き残れない。じゃあ“地域連携”に特化した方向に舵を切ろうということで、今の「人間創造コース」が誕生しました。
年々進む加西市の人口減少、通学しにくい地理的な課題、近隣地域に有名な進学校が多いなど、困難な状況下にある北条高校が、生徒数を増やすためにあえて選択した“地域連携”の道。地域にとって魅力的な学校を目指すとともに、生徒たちの知識だけにとどまらない“総合的な学力”を伸ばせるようなカリキュラムを設計したのです。
大義名分をかかげ教育改革を進めようとする学校園は多いものの、実際形にするのはとても困難。絵に描いた餅にならないよう、衣川先生たちはあることを大事にしていると話します。
衣川先生 当時の校長もそうでしたが、とにかくやる、“一緒にやる”ことを大事にしてきました。上から通達があったから、みなさんとりあえずやってください、じゃない。一緒にやるんです。
最初は手刷りの名刺を持って地域に出て行き、地域団体やNPO、民間企業、その他さまざまな場所へ出向き「うちで何かご協力できることがあればやらせてください!」と頼んで回りました。公立高校教員では考えられないくらい、いろんな方と名刺交換をしましたよ(笑)
こうした取り組みは、一部のスーパーマンのような先生がワンマンでプロジェクトを担当しているケースが多く、転任に伴って継続できなくなるといった話をよく聞きます。しかし、人間創造コースでは、誰か一人に頼り過ぎない盤石な“チーム教育”の仕組みをつくりあげてきました。
衣川先生 人間創造コースは原則ツーマンセル(二人一組)。探究班には必ず担当の先生を二人以上配置し、どちらか一人が転任になっても継続できる体制にしています。探究班を担当する教員の人選は、専門や興味関心に合わせて行い、それぞれが輝けるようなポジションに就いてもらっていますね。
最初こそ地域の窓口は校長や私でしたが、今では担当の先生方に引き継ぎ、さらには生徒たち自らが窓口となって関係各所のアポ取りをしているところもあります。
各探究班では、それぞれ担当の先生のもと、地域の人たちと連携しながらさまざまなプロジェクトを進行。衣川先生の言葉通り、先生たちは各々の専門性をいかせるので、生徒たちとともに楽しんで活動に取り組んでいるそうです。
こちらが実際に出演した番組「加西突撃探検隊」。
開かれた学校、その可能性は未知数。
コース創立以来、多くの地域連携プロジェクトが誕生し、探究班での活動は生徒たちの学びの場になっただけでなく、地域にも大きな活力を与えてきました。実際にこれらの活動が地域内外から注目を浴び、評価される機会が増えてきたそうです。
衣川先生 昨年、「うずらの遺産ツーリズム」を本校の放送部の生徒たちが取材撮影し、ドキュメンタリータッチに仕上げた作品『LEGACY』が、ありがたいことに高い評価を受け第68回NHK杯全国高校放送コンテストのテレビドキュメント部門に出場させていただきました。
また、入学希望者からの見え方にも変化があったらしく、年々新入生たちの意識が変わってきているとのこと。北条高校のオープンハイスクールは生徒たちが主体となって運営しており、彼らが楽しそうに学校案内をする様子を見て「私たちもこんなことがしたい!」と入学を決めた生徒が多く、年々探究班での活動に積極的な子たちが増えてきているそうです。
進学実績においても一定の成果を出しており、在学中の探究班での活動をいかし有名大学に総合型選抜(旧AO入試)で合格する生徒もいるとか。
授業の中でさまざまな人や団体と関わり合い、対等な立場で主体的にプロジェクトを進めてきた生徒たちにとって、総合型選抜は活躍実績をアピールできる絶好のチャンス。大学側から見ても魅力的に感じることは容易に想像できます。
人口減、コミュニティの衰退といった課題を抱えた加西市にあって、地域に広く開かれた学びを実践し、新たなチャレンジを行っている北条高校。一過性で終わらない持続可能な仕組みを持つ人間創造コースは、加西市だけでなく日本全国の同様の課題を抱えている自治体にとって、明るい未来を見せてくれる存在です。
今後、全国各地でこうした取り組みが増え、地域を明るく彩っていくことを願ってやみません。
そこには「地域が人を育て、人が地域をつくる」という、循環型の未来地図が見えてくるはずです。
(Text & 取材時撮影:中野広夢)
(その他の写真提供:兵庫県立北条高等学校)