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お互いを認め合うなら、好き嫌いがあってもいい。アジア人女性がシェフとして働く多国籍食堂「SALA」で高まり続けるエンパワーメントとは。

突然ですが、みなさんの身近に、結婚を機に日本へやって来た外国人女性はいますか?

2016年の厚生労働省の人口動態統計特殊報告 「婚姻に関する統計」の概況によれば、2015年で夫が日本人、妻が外国人という夫婦の人数は14,809人で、一番多い妻の国籍が中国、次にフィリピン、韓国・朝鮮、タイとアジア人女性が大半を占めているようです。

今回紹介する黒田尚子さんは、国際結婚で日本に来たアジア人女性たちと学生時代に知り合い、「実は日本の社会に馴染めず、長い間、自宅にひきこもっていたことを知り、衝撃を受けた」と言います。

黒田さんは彼女たちと親しくなる中で、「日本に滞在する外国人に対する支援制度は整っていない」と感じて学生団体を立ち上げ、彼女たちを支援しはじめました。社会人になってからは、日本で暮らす就労が困難なアジア人女性が「自分の強みで働ける雇用の場」を生むために、神戸の南京街で「神戸アジアン食堂バル SALA(以下、SALA)」を経営しています。

SALAとはいったいどんなお店なのでしょうか?

神戸・元町の南京街にある、神戸アジアン食堂バル SALA

在日アジア人女性の強みをいかす、多国籍食堂のビジョン

アジアン食堂SALAの特徴は、日替わりでアジア人シェフが料理を出すこと。例えばこれは2021年8月のスケジュール。毎日アジア人のお母さんがおいしい料理を提供しています。

8/19時点のスケジュール 画像元

2021年8月は緊急事態宣言を受け、店内での営業を休業せざるをえない期間もありましたが、本来であればランチとディナーでシェフが入れ替わることもあり、店舗の規模に比べて雇っている人数が多いのも特徴です。

従業員が増えたり減ったりしながらも、現在のお店の外国人シェフは6人。タイ出身が3人とモルドバ、台湾、フィリピンが1人ずつ、さらにホールスタッフとして日本の大学生が5人、黒田さんのお父さん、店主の黒田さんの合計13人が働いています。

ランチタイムの人気メニュー。手前は台湾の魯肉飯セット。奥の左がタイのカレーセット。右がタイのカオマンガイのセット

実はこの状況はまだ、黒田さんが目指す目標へ向けてのSTEP1の段階です。

最終的なゴールは「Empowerment of ALL People(すべての人々がエンパワーメントされる世界をつくりたい)」。国籍も関係なく、男性も女性も、子どもも妊婦さんも、それぞれがそれぞれのお互いの価値を認め合い、自分の価値も認められ、夢を持って生き生きと暮らしていける社会にすること。

SALAはエンパワーメントのきっかけの場として、就労が困難な滞日アジア人女性の“自分の強みをいかして働ける”雇用の場を、飲食事業を中心により多くつくることで、彼女たちが胸を張って日本社会で生活しやすくなることを目指しています。

SALAのビジョン。事業が拡大すると、雇用やエンパワーメントの場が増えるだけでなく、個人個人の適材適所にあわせた職の紹介、ステップアップの仕組みをつくることができる、と黒田さんは考えている

 

いったい何が雇用の場をつくるまで黒田さんを突き動かしたのでしょうか? アジア人女性の自立支援に取り組むきっかけから紐解いていきます。

黒田尚子(くろだ・なおこ)
株式会社CASA GLOBAL 神戸アジアン食堂バルSALA店長。1989年、兵庫県生まれ。関西学院大学 人間福祉学部 社会起業学科卒業後、飲食店への広告営業を経て、2016年7月「神戸アジアン食堂バル SALA」を開業。

アジアの“お母さん”たちが誰も笑っていなかった

高校時代に当時学校になかった剣道部を立ち上げるなど、黒田さんは「ゼロから何かを生み出すのが好きだった」と言います。学生時代の夢は社長になること。そして関西学院大学の社会起業学科に進学しました。

授業で学ぶだけでなく実際の現場を見てみようとNPOやNGOに足を運び、外国人女性の生活相談事業を行うNGOで、現在SALAでシェフをつとめる台湾出身の游(ユウ)さんやタイ出身のアサリさんたちと出会いました。黒田さんはアジア出身の彼女たちのことを親しみをこめて“お母さん”と呼びます。

黒田さん 最初にアジアのお母さんたちと話したときは全体的に表情が暗かったのが印象的でした。

お母さんたちは20年以上日本に住んでいるものの、出かける場所は近所のスーパーと自宅の往復だけ。日本語がうまく話せず、家に引きこもりがちでした。学校に通い、自分よりも日本語が堪能になった子どもに馬鹿にされたお母さんもいたそうです。

黒田さん 何度かお話を重ねるうちに、お弁当を持ってきてくださって、初めてエスニック料理を口にしたんです。そしたらすっぱいのと甘いのと辛いのが絶妙なバランスでおいしくて。料理を褒めたらすごく楽しそうに語ってくれたんです。

画像元

大学生時代の黒田さん(右端)、その隣がアサリさんで、左端がユウさん

この体験から、黒田さんは学生団体を立ち上げ、お母さんたちに母国料理をつくってもらうイベントを大学内で企画しました。

黒田さん 今シェフをしてくれているユウさんはそれまで料理に自信がなくて、最初は「30食なんてつくれない」と言っていました。でもイベント開始後にすぐ売り切れて、「なんでもっとつくろうと言ってくれなかったの」って逆ギレされました(笑)

ユウさん自身も、そのイベントがきっかけで大きく変わったと振り返ります。

台湾出身の游(ユウ)さん。黒田さんがお店を開業するまでの期間、腕を磨くためにほかの飲食店で修業し、そのひとつは以前greenz.jpで紹介した豊中市のカフェ・サパナであり、現在も働いているそうです

ユウさん 私、黒田さんに会う前は台湾料理が下手やってん。夫は日本食を好んで食べるので、当時は焼きビーフンが私のつくれるオンリーワンの台湾料理やった。「30食つくって」と言われて、故郷に国際電話をかけてつくり方を聞きながら、がんばって42食つくったんよ。それが1時間で売り切れたんで自信がついたんよ。

生き生きと変化していくお母さんたちの姿を見た黒田さんは、自分がお母さんたちに出会わなければつらい思いをしている彼女たちの存在に誰も気づけないままだったことから、「そんな社会で暮らしたくない」と思い、大学卒業と同時にユウさんたちアジアのお母さんがシェフとして働く料理店をつくり、彼女たちが日本社会で胸を張って暮らせるようにしたいと考えました。

しかし、現在の共同経営者である黒田さんのお父さんは「ボランティアを商売にするな」と大反対。飲食店をオープンするために物件を探していたものの、開業資金を貯めるために一旦就職することに気持ちを切り替えたと言います。

黒田さん 父に反論できなくて泣いてました。貯金がなかったのもあって、お金を貯めてからお店を出す道を選びました。お母さんたちには「3年待ってほしい」とお願いしました。

夢を叶えるため、勉強のために就いた仕事は飲食店への広告営業。そこでどんなお店がうまくいくか・いかないかを分析する力を身に付けたとか。3年間の社会人生活と1年の準備期間を経て、2016年7月にSALAをオープンしました。

3年間の赤字経営期間に培った、エンパワーメントのかたち

今でこそ、ランチタイムは予約で満席になるほどの人気店ですが、最初から順風満帆だったわけではありません。

黒田さん オープン当初はぜんぜん人が来なくて3年間はたいへんでした。1日のお客さんが6人しかいない日もありました…。

スタッフは時給で雇っているため、すごいスピードでお金がなくなっていったそうです。共同経営者のお父さんとは2018年12月頃に店を続けるかどうか話し合ったとか。しかし黒田さんにはお店を続けたい理由がありました。

黒田さん 少しエンパワーメントが高まっていく兆しがあったんです。もともと自信を失っていたお母さんたちが自分のやりたいことを語るようになり、定休日にここでイベントを開催するようになりました。

そのイベントのひとつが「チャレンジショップ」という、定休日にシェフやスタッフがお店をレンタルし、イベントを自主的に企画運営する取り組みです。雇われの立場ではできないようなチャレンジ・思考の場を一緒につくり、振り返って、自分たちのスキルアップへとつなげていくのが狙いです。

チャレンジショップの様子。黒田さんは基本ノータッチなのだとか。画像元

お母さんたちはお客さんにアンケートを用意し、イベント終了後に「カタカナの商品名だけでは味の予想がつかない」などのコメントを見ながら反省したそうです。

黒田さん これまで時給をもらってパートで働いているお母さんたちが、お金を稼ぐことのたいへんさをここで体感したのもあり、自分ごとになっていったと思います。その中でタイ出身のコッフさんから、「屋台を使って販売する場所を増やしたい」という意見が出たんです。

そして2019年2月に「多国籍のチャルメラ屋台をつくりたい!」とクラウドファンディングに挑戦。目標額をはるかに超えた、223万円が集まりました。

LINEの事前予約制でカオマンガイを屋台で届けるサービス「SALAっとマチアワセ」も定期的に行っている

5月に屋台が完成し、黒田さんはできるだけたくさんのイベントに顔を出し、またSNSなどを駆使してアピールしました。さらに7月には黒田さんが全国放送の番組に取り上げられ、その反響で急激に来店客が増えたと当時を振り返ります。

黒田さん 放送後はランチだけで80人のお客さんが来ることもありました。オープン当初の頃であれば私たちの調理スキルが低すぎて、ぜんぜん対応できなかったと思います。

コロナ禍での試行錯誤もオープンにしている

「今後もさらに“儲け軸”をつくっていきたい」と黒田さんは語ります。そのひとつは「ゴーストレストランをお店の近くにつくること」。ゴーストレストランとは電話やインターネットからの注文にのみ応じて食事をつくり、配達するのを専門とする飲食業態です。

現在もフードデリバリーに対応し、通販用の商品生産も行っているものの、スペースに余裕がないため、ゆったりと仕込める場所がほしいと言います。

入り口そばの壁画はフィリピンのアーティストによるもの。SALAのビジョンであるEmpowerment of ALL peopleの考えが描かれている

黒田さん やっぱりこの場所を維持して、今以上の雇用を考えると、SALAのビジョンである「Empowerment of ALL people」を目指すためには自社事業を拡大していく必要があります。当初はタイのラーメン専門店をつくることを考えていたのですが、コロナ禍になってゴーストレストランをつくる目標にスイッチしました。

黒田さんは「コロナ禍にどう対応しているかは広く共有すべき」という考えで、その試行錯誤をブログやnote、Facebookなどに投稿しています。例えば2020年9月下旬から開始されたGo To Eatキャンペーンの期間は大学生スタッフがInstagramに力を入れ、フォロワーは1000人増加。通信販売の売れ行きに結びついたと言います。

大学生スタッフが「SALAのインスタグラムのフォロワーを1万人にしよう大作戦」プロジェクトを発足。

SALAのビジョンが伝わることで、協力者が増えていく

黒田さん コロナ禍のSALAの現状をオープンに情報発信したことで、それを読んで共感して来店してくださったお客様もいます。例えばフレンチやイタリアンのシェフともつながりました。料理の相談ができる人も増えて、交わらない人と交わることで、広がることは結構あると思っています。親しくなった人がSALAのビジョンを伝えてくれる人になりうるんです。

また、ビジョンがお客さんに浸透することで新たなコラボレーションも生まれています。

黒田さん 常連客の方が「屋台の時に食べたSALAの台湾の具をケンミンのビーフンで食べてみたいなぁ」と言ってくださったのがはじまりでした。確かに、と思っていたらその方が提案書までつくってくれて。

実はSALAから徒歩10分の場所にビーフンを中心とする食品メーカーケンミン食品の本社があり、そのお客さんの知り合いを通じて話を聞いてもらうことになり、現在コラボ企画が進んでいるのだとか。

ケンミン食品さんと一緒に神戸の山の上からインスタライブをしたときの様子

SALAのビジョンはお店で大々的に伝えているわけではなく、じわっと伝わる工夫を意識的にしているそうです。

黒田さん 大学生のときは逆に「自分たちはこんなことしています!」と社会問題を伝えたいという意識が先だったんです。その経験があったからこそ、お店をはじめる際はコンセプトが自然に伝わるように心がけました。普通にきれいとか、おしゃれとか、いい匂いとか、料理がおいしいことを感じてもらわないとアカンと思ったんです。

私自身もそうなんですが、一方的な主張だとそれを理解することで精一杯になってしまう。でも自分が興味のあることを質問して、それに返事してもらったときには自分の中に落ちるスピードが速くて、その感覚を店で体現したいと思ったんです。

店内を見渡すと異国を感じさせるさまざまな小物があり、ついつい話題にしたくなります。また、シェフが気軽に「料理のお味はどうでした?」と話しかけることで、自然な会話の中でビジョンを伝えることができるようです。

壁に所狭しと飾られた小物たち。絶対に何か話したくなります

お互いの背景を理解するための努力がエンパワーメントにつながる

もともとは社会と接点が少なく引きこもりがちで、調子が悪くても病院で症状を説明できなかったお母さんたち。SALAで働くことで、困ったときに相談できる仲間を見つけ、コミュニケーション能力を身につけてほしいという黒田さんの願いの通り、取材当日お店で働いていたスタッフ同士は仲良く、なんでも言い合える関係のように感じました。

ただ、お互いの理解に衝突がないわけではありません。ユウさんが「同じ仲間だけど私、好き嫌いはあるよ」と話していたのが印象的でした。

黒田さん みんなが仲良くしようというのは絶対に無理なので、私は好き嫌いがあっていいと思っています。でもお互いを尊重できるのは努力次第だから、背景を理解することが大事。それを抜かさなければ好き嫌いがあっても全然いいと思います。

はじめはさまざまな国の人と一緒に働くのに抵抗があるものの、いざ働き始めるとそれが普通になってくるんですね。友だちじゃなくて“働く仲間”という意味で。それがスタンダードになれば、違う場所で違う国の人と出会っても、すぐに抵抗なく話せるようになると思います。

背景を理解すること。確かに世の中の衝突の多くは、相手への理解がなくて生まれている気がします。「それぞれがそれぞれの価値を認めあうことでエンパワーメントが高まり、夢を持ちながら生き生きと暮らしていける」と黒田さんは考えています。

緊急事態宣言の延長により、SALAは9月末まで店内飲食を休業していますが、テイクアウトやフードデリバリー、通販は営業しています。ぜひ、コロナ禍でも前向きに情報を発信し続けるSALAのウェブサイトやSNSに訪れて、SALAの試行錯誤を通じて異文化に触れてみてください。