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暮らしの当たり前を問い直し、生きるリテラシーを取り戻す。ミニマリスト増村江利子さんとの対話(後編)

NPOグリーンズの合言葉でもある「いかしあうつながり」とは、関わっている存在すべてが幸せになり、幸せであり続ける関係性のこと。それをみんながデザインできるような考え方、やり方をつくり、実践し、広めるのが、NPOグリーンズの新しいミッションだ。

とはいえ、それってどんなこと? 発案者の鈴木菜央も「まだわからない(笑)」という。「わからないなら、聞きに行こう」というわけで、鈴木菜央が「いかしあうつながり」「関係性のデザイン」に近い分野で実践・研究しているさまざまな方々と対話する連載。第4回目はフリーランスエディターで、ミニマリスト、サステナブル領域のスタートアップ企業、おかえり株式会社の取締役兼共同創業者でもある増村江利子さんです。

前編で伺ったのは、「自分にフィットするかどうか」を問い直しながら暮らしを整えていくという、増村さん流のミニマルライフ。後編ではさらに、「依存」や「時間」や「トイレットペーパー」まで、身の回りの当たり前を問い直していきます。

増村江利子さん

依存していることを、自分の手に取り戻してみる

菜央 江利子さんはミニマルな暮らしをしているわけだけど、強烈にものを減らしたいって思ってるわけでもないと思うのね。で、すごい面白いこと言ってるなと思ったんだけど、「所有しないんじゃなくて、依存しないっていうのが、ミニマリストなんじゃないの?」みたいな言い方をずっと前…

江利子さん あー、私いいこと言ってる(笑)

菜央 (笑) ずっと前のね、これはYADOKARIの『アイム・ミニマリスト』っていう本を、久しぶりに開いたら書いてあって。めっちゃいいこと言うなと思って。冷蔵庫がないけど、コンビニで毎日好きなだけ買えるからオッケーみたいなのは、それってどうなのよ? みたいなこと書いてあって。ほんとだなあって。

江利子さん 本当にそうなんですよね。

菜央 だから僕もね、田舎に住んでいて、まあ別にミニマリストになろうと思っていたわけじゃないんだけど、いったん江利子さんと同じようなタイニーハウスに4年半住んで、いろいろと考えたわけですよね、ものを減らすことについて。でもやっぱり道具系は増えるんだよね。

江利子さん ですね。

菜央 けっして依存はしないけど、必要なものがある、必要ないものはない、っていうのが一番いいんじゃない? みたいなことを江利子さんが言っていて。「それめっちゃいい解釈、僕もそれで行こう!」と思ったんだけど。

江利子さん (笑) 整理というか、一つひとつ検証をしないといけないと思っていて。その検証すべきは、別にものっていうわけじゃないんですよね。確かに目の前にものが溢れているから、すぐに検証すべきことは、ものかもしれないですけど。

人とか自然だけではなくて、お金を払って享受しているサービスとか、自分が頼っている何か、すべてのことに関係性があると思うので。頼っていること、依存していることを一度自分の手に戻してみることで見えてくることは結構あるんじゃないかなと思っています。

菜央 頼っているものとかサービスを、ひとつずつ考えてみるということかな? 例えば、ものってメンテナンスを要求するじゃない? 壊れるとか。汚れるとか。そういうことも含まれるのかな? そういうことに自分がどう影響されるか。関係性ってそういうことかな?

江利子さん うん。そういうことですね。

菜央 じゃあ、家にこれがあることで自分の行動が実は変わっているかもしれない、ということを考えてみる。掃除しなきゃいけないとかそうだよね。掃除機があれば当然、掃除機を使いたくなる。けど、その瞬間は合理的な感じがするから使うんだけど、全体として見たらどうかはよく考えようよ、みたいな?

江利子さん そうですね。ただ、暮らしの道具、ツールで考えると難しい側面もあって。例えば、食洗器をずっと使ってきた人に、壊れたから「いやいや食洗器なくても大丈夫だよ」って言っても、この機会にやめようって手放す思考には、なかなかならないですよね。普通は、修理しようってなりますよね。今までやってきたことをゼロにする、根本から問い直すってすごく難しいと思うんですけど、そういうことだけじゃなくて、見えない依存というか。

見えていないけど依存していること、しているものってたくさんあるはずなんです、暮らしの中に。冒頭に出した電気の話もそうだったし、インフラやエネルギーは全部そうですよね。水も、ガスも、当たり前に使えるがために、その依存に気づいていない、見えていないものごと。

菜央 見えていない依存。

江利子さん うん。その、気づいていない、見えていない依存にまず気づくことが大事なんじゃないかな。

菜央 見えていない依存に気づく。具体的にはどんなことなのかな?

今まで実際にいろいろ疑ってみて考えてみて、「あ、わたしこれかなり依存してたわ」と思って、止めたらスッキリした経験ってありますか?

江利子さん ひとつは電気ですね。まだオフグリッドにはできてないですけど。あとは、話の中で出てきた冬の暖房もそうですね。水は、すぐそこが水源なんです。だからこそ、どこからきて、使ったあとにどこへ向かうのかを意識できるようになった。

菜央 その依存…例えば、それがないと生きていけないってことだよね。依存って?

江利子さん うん、そうですね。

菜央 それが要するに自分の可能性を狭めてるっていうことなのかな? あと、ツケがどっかに行ってる? 自然とか他の人の暮らしにツケが回ってるということだったりするのかな?

江利子さん それもありますね。どこからきていて、どこへ向かうのか。そのすごく狭い間だけしか見えていないですけど、ライフスタイルサイクルというか、前後までしっかりと見通すことで、ものだったら選択肢も変わる。捨てるという行為があるとしたら、少なからずツケが回っているはずです。

自分の手で土に還すことでもしなければ、運搬してもらって、焼却してもらって、結局、ごみを自分以外の誰かに委ねる、その仕組みに依存することで、CO2をたくさん排出しているわけですからね。

「向こう三軒両隣」の人たちの幸せを考える

菜央 逆の質問をすると、「依存していいじゃん」と言われたらどういう風に思うかな?

江利子さん なんて答えるかな。もうそろそろ、大人の社会をつくりたいって思わないのかな?

菜央 あぁ、大人の社会。自分のことだけ考えるんじゃなくてってこと?

江利子さん そうそう。自分のことだけを考えるんじゃなくて、でも世界中の人のって言うと、それはちょっと噓だなって気もして。私が見えているのは顔の見える関係性の人。地域の、それももうちょっと絞って、向こう三軒両隣くらいの単位でいいと思っているんですけど、いわゆるご近所さんまでだったら目も届くし、手も届くし、せめてそのくらいまでの範囲は積極的に見に行くというか。

菜央 でも、地球環境って、50年とか100年後に影響が出たりするじゃないですか。例えば、自分が出したゴミとか廃棄物とか、自分が取った行動の結果が、今、向こう三軒両隣に表れたら、やらない人は増えると思うの。フィードバックが返ってくるから。そのフィードバックがないっていうことの難しさも感じるんだよね。でも、向こう三軒両隣から自分以外の幸せを考えよう。そういう生き方なんだね。

江利子さん そうですね。今見えていないものは、もっと明示されていいんだろうなと思ってます。

例えば、東京のスーパーって、東京以外の県でつくられたものの寄せ集めだと思うんですね。でも、娘の通う小学校では、地域の誰々さんが育てたレタス、誰々さんが育てたトマト、という感じで給食に使われます。給食係が、食べるときにみんなに発表している。そのくらい手に届く範囲というか、わかる範囲のものじゃないと、本当は無理に手繰り寄せているんだろうなと思っています。

菜央 なるほど、じゃあ逆に言うと、その辺で自給できるものを自給していったら、自分の関わり方によって自分が知っている人が影響を受けるかもしれないと思ったら、行動は変わるよね。

江利子さん うん。絶対変わりますね。

菜央 だからこそ地域で、ローカル経済圏をつくることとか、地域で資源を融通し合うとか、その輪っかを小さくすることっていうのが大事ってことなのかな?

江利子さん うん。すごく大事だと思います。あと今は、グリーンズで言う「いかしあうつながり」っていうのが、すでに希薄になってしまっているんだと思うんですよね。それをまず取り戻しておかないと、そのローカル経済みたいな枠組みだけつくってもたぶんダメなんだろうなと思いますね。実態が乗っていかないというか。

菜央 さっき言った薪を集めるときの人間関係が、地域経済の土台になっていくってそういうイメージかな?

江利子さん そのつながりさえあれば、「ローカル経済をつくろう」とか、そんなこと言わなくても成り立つわけですよね。

菜央 そうか。大人になるっていう言い方をしてたけど、地域経済、うん。なるほど。

生きるリテラシーをコミュニティで育む

江利子さん 自立していないと思うんですよね、いろんな意味で。自立って言うと、経済的な自立がイメージされちゃうと思うんですけど、全然そんなことはなくて。

もっと大昔の縄文時代とか、狩猟で生活をしていた頃は、男の人だったら狩りができたら一人前なんですかね。わからないけど。そういう自立というか、社会の中で生きていくための自立っていうのはもっと本当は生きるリテラシーが必要で。別の言葉で言うと、スキルとか優しさが必要なんじゃないかなと思うんですよね。

菜央 優しさ。それはどういう意味?

江利子さん 誰かを思いやる気持ちっていうのかな。やっぱり一人で森の中に住んでいても、それでつながりは生まれていかないというか。いろんな人がいろんな人に感謝をし合って、感謝をし合うからこそ生まれる優しさみたいなもの。誰かを気遣う気持ちというか。それがすごく大事な気がしますね。

菜央 何もないとこから優しさが生まれて、それでつながりができるっていうよりは、つながりの中で優しさが育まれて、優しさがつながりを育むみたいなそういうイメージがあるね。

江利子さん そうですね。まさしく。

菜央 あと、スキルと優しさって言った時に、スキルもね、地域の中にいると学ぶチャンスがたくさんあると思って。薪ストーブを入れたばっかりだとして、「薪ストーブ入れたんですよ」みたいな話とか、煙突が立っているのを近くの人が見たりして、「お、薪ストーブやってるんだね」「最初は集まらないでしょ、薪」と言われて、「あげるよ」って言われてもらったりとか。2年乾燥させないといけないからね、いきなりできないわけで。

うちの近所(千葉県いすみ市)だと、地域の薪ストーブのユーザーの薪ネットワークっていうのがあって。そうすると、先輩たちが、「こうやって乾かすんだよ」「チェーンソーはこうやって使うんだよ」とか教えてくれたり、次に来た人に薪あげようと思ったり、そういう優しさがあって。自立っていうとすごく厳しくて一人でやるものみたいなイメージがあるけど、もうちょっとコミュニティとして自立していくみたいな感覚?

江利子さん うん。その感覚にすごく近いですね。

菜央 米づくりから、家づくりから、修理から全部一人でできなかったりもするし、チェーンソーの達人がいたり、家の修理ができる人がいたり、ミニマリスト的暮らしをみんなに教えられる人がいたりとか、それぞれ得意領域がある。そうやってつながりがあればそれを発揮できるよね。

いすみ市でも地域通貨をやってるんだけど、今170人くらい参加してくれていて。僕んちは地域通貨を通じて、軽トラはしょっちゅう貸し出してるの。そうすると、その人たちは軽トラを買わなくていいわけで。そういうネットワークを含めた自立だと、けっこうできてるかもしれない。周りの話を聞いてると、昔からやっている流れもあるし、新しく移住した人たちがやっている流れもあるんだろうなと思っていて。それは新しい生きるリテラシーのコミュニティ版みたいな感じかな。

江利子さん あー、そうかもしれない。

菜央 生きるリテラシーをコミュニティで育んでいく。何歳になっても役割があるし。

江利子さん いや本当にね、すごいんですよ。地域のおじいちゃんおばあちゃんは。本当に学びになりますね。仕事ができるとかそういうことじゃないんです。地域が自分ごとで、地域の子どもたちはみんなの子どもたちで。未来を見つめるときの、その眼差し。実践者なんですよ。サボってない。ちゃんと手を動かして、汗をかいて、それこそが未来に残るものだってわかっている。尊敬します。

菜央 そこにちっちゃい子を連れていくと、それはそれでその子にとってもすごい学びがあるし、子どもが行くことでおじいちゃんおばあちゃんもめっちゃ元気になったり。がんがん働く若者の近くで子どもの面倒見てくれたり、そういう役割もあって面白いなあ。

時間は失われていくものではなく、生まれていくもの

菜央 あとね、聞きたいことがあるんだけど、Forbesに連載しているコラムで、「時間は失われていくものではなくて、生まれるものなんじゃないの?」ということを江利子さんが書いていて。「関係性こそが時間」という言い方がすごく印象的だな、その感覚は初めて耳にしたなと思ったんですよ。突然の来客が多いとか、まち歩いてても知り合いだらけとか、その豊かな関係性が時間である、と書いているけど、それってどういう意味ですか?

江利子さん そうだな。時間は失われていくものではなく、生まれていくという感覚。「時間って誰がつくったんだ?」って思うんです。一日が24時間で、ぴったり365日で、でも4年に一度はうるう年があって、とか。すばらしく正確で、正しい指標をつくれるってめちゃめちゃすごい、クレバーだなって思うんだけど、でも待てよって思うところがあって。

もちろん、地球という星のサイクルを均等に割って、一分一秒という単位になったのは確かに正しいけれども、でも、私たちは人間というか動物なので、冬は太陽が昇っている時間が短くて、夕方になるとすぐ暗くなっちゃうし、寒くなるのが早いし、夏は遅くまで日が出ていてとか、一日の中でも季節によっていろんなことが変わっていたり、時間の流れ方もその日によって違ったりすると思うんですよね。

雨が降っていて、家の中にいて、一人でコーヒーを飲んでいて、今日はゆっくりと時間が流れている気がするなとか、そういう感覚になることもあると思うんです。満員電車に乗って、一駅なんだけど超満員で5分がめちゃくちゃ長く感じたとか。そうやって、時間って本当は刻まれていくものじゃなくて、あくまで感覚的なものなんじゃないかなという気がしていて。

今の解釈でいうと、ただ単純に尺度にされているものが時間であって、だから、どんどん刻まれて、どんどん減っていくのだけど。そうじゃなくて、例えば、Forbesで書いた内容で言うと、友だちが突然やってきたら、そこから友だちとの時間が始まっていくし、畑で白菜が収穫できたとしたら、さあ、これで何つくろうかなっていう料理の時間が生まれるわけだし。

菜央 そっか。じゃあ、豊かさで時間に価値が生まれるって感じ?

江利子さん そう。仕事をしていると気づきにくいんだと思うんですよね。オンタイムで、何時から何時までっていうのも本当はおかしな話だと思うんですけど、8時間って決まった時間での労働をしていると、気づかなくなっちゃうことだと思っていて。

菜央 いやー、なるほど。うろ覚えの記憶だけど、時間っていう考え方も近代の産業社会の発展とともに、グローバルに合わせた方が効率がいいってことで、労働者が何時に工場に入って何時に出るとか始まったわけで。全国津々浦々をひとつの教育システムで子どもたちを教育して、時間通り行動できるように育てている。だから人間中心じゃないんだよね。

江利子さん 本当にそう思います。

菜央 だから、時間に追われるってことは、単一の結果を求めて最短距離で行動し続けることになるんだよね。そうすると、何が起きるかっていうと人間の疎外が起きるんだよね。自分のバイオリズムとか調子とかを無視して行動しなきゃいけない。もちろん便利なこともいっぱいあるけどね。でも、行き過ぎると、そのツケは鬱とか、究極には自殺とかにつながっていく。

時間ってもうあまりにも空気のように存在していて当たり前と思ってるけど、でも実はその枠の中ですごく行動が規定されてて、コントロールされてて、それによって自分の命のリズムが発揮されずに、むしろ抑圧される状況が生まれるんだね。

江利子さん  ですね。本当は、もっと人間は自由だと思うんですよ。もっと自由なはずだったんだけど、いろいろがんじがらめにしちゃったんだと思うんですよね。それは、当たり前にある時間ですらそうで。一個一個気付いて、そうじゃない枠組みでも本当は生きられるんだよっていうのを知ってほしいな。でも、なかなか気づけないですよね?

菜央 そうなの。自分の箱の中にいて、生まれたときから箱にずっと入ってるから。箱に入ってることに気付かないんだよね。それは消費者であるという箱もあるし。僕は今この話を聞くまで、時間という箱にいたんだってことにも、全く気づかなかった。今初めて気づいた。

江利子さん うんうん。

菜央 時間すら、疑ったんだよね?

江利子さん 疑うというか、問い直す。自分なりにじっくりと観察したということかな。私そんなに疑り深い人間じゃないですよ。あはははは。

菜央 今日のインタビューだけ読んだら、めちゃくちゃ疑り深く聞こえるかもしれないよね(笑)

江利子さん (笑) まあ、どこかで気づいたってことですね。

菜央 なんかおかしいぞって。違和感が最初なのかな?

江利子さん 違和感なのかもしれないし、時間に関しては、自分の思い通りにいかないことがあまりにも多かったから。

菜央 みんなそうだよね。

江利子さん コントロールできない。自然をコントロールできないのと同じことで、地域に暮らしていると、友だちは普通に電話もしないでやって来るし。

菜央 締め切り前なんですけどー、みたいな(笑)

江利子さん でも、そのコントロールできないことが本当は正しい、そっちのほうがむしろ軸かもしれないっていうことが、自分の感覚として芽生えたってことなんだろうな。

個人のニーズを大切にできる関係性を土台に働く

菜央 でも、これ時間だけじゃないよね。例えば、やりたいことをやるっていうのを悪として捉えられてるじゃない? 現代社会では。「いや、大人としてやるべきことをやってよ」とか。僕も「やりたいことしかやらないよね」って怒られたりする。

江利子さん そうなんですね。

菜央 でも、やりたくないことやった結果がこれだけの人の孤独と自殺と環境破壊と、不正義と不寛容なんじゃないの? って思うんだよね。みんながやりたくないことをやってる。だから、やりたいことをやる人が集まってやる組織ってなんだろう? っていう実験をね、したいわけですよ。

やりたくないって、そのリズムがあって、今日は頭痛いから、今日締め切りだけど今日終わらせられないとか、休みたいとか、その瞬間瞬間のニーズを大事にできる組織ってね、でもそれにお金が絡むとまたまた非常に難しいんだけど。

でも僕はどっかで信じているのは、やりたいことをやるっていうことを寄せ集めると、逆にすごいエネルギーが発揮されて、「ねばならぬ」で動いているよりも何十倍もすごいものができるし、それがやっている楽しみだったりするからね。経済という観点でみたら合理性は欠くんだけど、その他のいろんな豊かさを収穫できるからやるよって言ってやる。

締め切りを守らねばならぬとか、こうせねばならぬとか、その「ねばならぬ」の世界から抜け出したときに、魂が輝くことが起きるよなって思って。今の時間の話を聞いて、すごいそれを思い出しました。

江利子さん たしかに、もうちょっと寛容さがほしいなって思うところがありますよね。「ねばならない」ってことは何一つないって思うし。でも逆に、自分を律することは忘れてはいけないなとは思っていて。

仕事とか社会っていうのは、もちろん自分も大事にしなきゃいけないけど、自分よりもやっぱり相手を大事にしたいこともあるから、その発言によって、その行動によって誰かを傷つけることはないかとかはちゃんと考えなきゃいけないなとは思いますね。

体調…は難しいところだな(笑) どっちかというと、私は自分に厳しいタイプではあるので、それは「律する」の部分に入っちゃうかもしれない。だけど、もうちょっと寛容さがあってもいいとは思います。

菜央 うん。僕の個人的な解決策としては、お互いっていうか、二者だったり三者だったり、関係者みんなの満たしたいニーズが全部満たせる解決策を探す努力をする。

例えば、メンバーの誰か一人が体調悪くなった。それによって次にスタンバイしていた人の仕事に影響がある。連絡なしにそれをやるとうまくいかないけど、「これはちょっと具合悪くなってきたぞ」っていう時点で連絡をくれて、「こうこうこうなんだけど、どうしたらいいかな」って言って、「ここまでやってくれたら先にこれをやれるから、その間に寝て直したらどうかな」とか。「じゃ、ここの役割はここでスイッチしてこの人に担当してもらおう」とか。

でも、実はそれが若手のチャンスを広げることになったり、具合が悪くなったっていうことで、システム、レジリエンスを上げるチャンスになったりする。いろんな側面から状況を見て、どうしてもっていうときはもちろんあるんだけど、ただ何もお互いに連絡せずに体調が悪いまま記事を書くよりも、全然気分が違うと思うんです。

そういう、みんなでお互いのニーズを満たすあり方を考えるっていうのもまた良いチャンスだから。そういうマイナスの出来事が、コミュニティにとってはプラスになる。

江利子さん たしかに、誰とやるかっていうのはすごく重要ですね。どんな仲間とその土台をつくれているか。理想の話をいうと、例えば仲間内で、月5千円なのか、1万円なのか、ちょっとずつ出しあって、誰かが大ケガしたときは、「ここの貯金から使いなよ」みたいな保険制度ってつくれるはず。

その関係性の中で仕事もしたらいいと思うんですよね、本当は。この人のためだったら、別にいくらお金を使っても惜しくはないみたいな。そのくらいの関係性だと、熱が出たらりんごを持っていったり、ご飯をつくって持っていったり。そのくらいの、人間と人間の土台があるかが、逆に問われる気がしますよね。

菜央 ほんとだね。

暮らしの中で、小さな変化を起こそう
竹100%のトイレットペーパーにこめた思い

菜央 そうそう、聞きたかったことがあった。今、新しいプロジェクトをやってるみたいなんだけど、それについて話してくれないかな?

江利子さん トイレットペーパーの話をしましたよね。リサイクルもできない、リユースもできない。トイレに流して、見えないものになってしまっていることに気づいて、愕然としたんです。

菜央 確かに流れたら見えなくなるね。

江利子さん そうなんです。毎日の暮らし中で、一番おそらく目を向けていないというか、選択基準はシングルかダブルかくらいで、あとは安いものがあればそれでいい、という感じじゃないですか。でも、そういう無意識に消費されてしまうものに、みんなが目を向けてくれたとしたら…。これは社会が大きく変わるぞ、そのきっかけをつくりたいなと思って、それで、竹でつくられたトイレットペーパーの定期便を販売することにしたんです。

菜央 へえ、竹?

江利子さん 竹100%なんですよね。

菜央 なんか面白いなあ。今までの話を聞いて、トイレットペーパーだったんだ(笑)

江利子さん (笑) そうですね。自分がまさかトイレットペーパーつくることになるとは、まったく思いもよらなかったですけど。今まで自分が何か暮らしの中で実践をしてみて、それを発信すれば、もちろん、いいねって言ってくれる人とか、シェアしてくれる人はたくさんいるんですけど。でも、自分の手を動かして暮らしをつくる人っていうか、つくり手にまわる人が増えている実感がなくて。

まず、気づいてくれる人を増やしたいし、気づいてくれたら、何か自分でできることを、自分の手を使ってやってみるっていう人が増えたらいいなと思ってるんですけど。きっと誰もが、地球に負荷をかけない循環する社会になったらいいって思っているはずだけど、その課題と、自分の暮らしが大きく乖離している。あらゆる人が、自分自身の足元にある暮らしに目を向けるには、ビジネスを手段にするのがいいんじゃないか、暮らしの中に商品として入り込むのがいいんじゃないかと思ったんです。

菜央 ちょっと変わった売り方をするんですかね? サブスクっていう話なんですけど。

江利子さん トイレットペーパーの定期便っていうことですね。無漂白で、プラスチック・フリー、ゼロウェストの商品づくりを目指しているので、トイレットペーパーが包装されているビニール袋もやめたんです。段ボールにそのままトイレットペーパーが入っている。漂白も、それは本当は当たり前のことではないって思ったんですよね。

菜央 じゃあそのサブスクサービスに登録すると、定期的に送られてくるわけですね。

江利子さん はい、そうです。

菜央 そもそもね、つくろうと思った理由はなんだったんだろう? なんでトイレットペーパーなんですか?

江利子さん 家の中にゴミの分別スペースがあるって話をしましたけど、ゴミの中でも理不尽だなって思っているのが、肉とか魚を買うときの、白いプラスチックのトレーなんですよね。ただ陳列して、これがいいって選べるようにトレーにのせられて、ラップフィルムがかけられて売られているけど、本当は、ちゃんと信頼する関係性があったり、お店に誰か一人立ってくれてたりすれば、「豚肉100gください」って言えばいいじゃないですか。

だけど、人がいないのと、見て選びたいみたいなことが当たり前になってしまっているから、なかなか変えられないわけですよね。それを、しょうがないから買ってきて、洗って、乾かして、またリサイクルするのにスーパーに持って行くんですけど。これって必要なんだろうか。本当にやめたい。

でも白いトレーを含めて、あまりに容器包装プラスチックが多いので、代替するものをいろいろと探して。例えば液体系のものは、液体だから容器に入れないとダメなんだと思って。まずは、シャンプーを固形にすることから始めたんです。

そういうとこから一個一個選択し直して、例えば、化粧水を顔につけるときのコットンも使い捨てだからやめたんですけど、代替する布にbambooって書いてあったんですよね。竹でできてたんです。「竹?」と思って、気になって調べてみると、例えば、一般的にはプラスチックでできている歯ブラシも竹製の歯ブラシがあったり。そもそもプラスチック製品が溢れる前は竹製の日用品を使っていたけど、いつの間にか安価なプラスチック製品が大量に暮らしの中に紛れ込んでしまった。でも、プラスチックをもう一度竹に戻せばいいんじゃない?って。そんな感じで、竹という素材に興味が湧きました。

竹って成長が早いので、竹林を整備する人手もないから問題になってますけど、やっぱり整備をする必要はあるんですよね。人手がないからやらなくていいものではない。ビジネス、出口としての需要があれば、そこに人をつけられる。それっていい循環なんじゃないかなあと。今は海外でつくっていますが、近いうちに国産に切り替えたいと考えているんです。

菜央 すごいなあ。そもそもメンバーがアメリカとエストニアと日本にいて、エンジニアがチームにいたりとか、なかなか面白いチームでやってますよね。

江利子さん そうですね。理不尽なものことを変えていきたいと思って。例えば、スーパーのレジ袋が有料化されましたよね。せっかく廃止になったけど、逆にそのサイズの袋が売れて、在庫切れになってたりするんですよね。すごい矛盾してるというか、悔しいなと思って。

生分解性のプラスチックも出始めていますけど、でもやっぱり土に還るのに時間がかかることには変わりがないと思うし、もはや何が正解かもよくわからないみたいなことが、すごく気持ちが悪いし、嫌なんです。やっぱり環境って、まだ政治の話だという感じがするんですよ。ほとんどの人にとって、暮らしからすごく遠いところにある。まずトイレットペーパーからですけど、自分の暮らしの中で小さな変化を起こせるような、そんなきっかけをつくりたいなって思っています。

菜央 すごく面白い! ありがとう。

江利子さん グリーンズの読者が、何か自分に引っかかったポイントで、それぞれアクションに移してくれるといいですね。本当にそう思ってます。

菜央 そうだね。インタビューの最後に、このインタビューで心に引っかかったことがあったら問い直してみたり、考えたり、なにかを実行してみたりを、やってみてねって書くのはいいかもね。

江利子さん (笑) そうですね。ありがとうございました。

(編集: 福井尚子)
(編集協力: 西谷渉)

– INFORMATION –

増村江利子さんが取り組む、竹でつくったトイレットペーパーの定期便
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