10/11(日)3時間以内に、1本の記事を完成できるか? 編集部の挑戦を生中継!「OPEN WRITING SESSION」

greenz people ロゴ

400人分の1だから、一人の存在意義が大きい。20代、30代が議員に立候補する高知県大川村とはどんな村だろう?

地方移住と聞けば、“自然に囲まれて、のんびり田舎暮らし”といったイメージがあるかもしれません。でも人口の少ない山間地に暮らす若い人たちと話すと、そうしたイメージとはまるで違う、生きる手応えを求めて、田舎暮らしを選ぶ人たちがいることに気付くようになりました。

ここ高知県大川村も、人口393人と、離島をのぞけば日本でもっとも小さな自治体。3年前には議員のなり手不足から直接民主主義である村民総会を開くことを検討し、全国的に注目を浴びた村です。それが今では、20〜30代で議員になった若手が2人もいます。

透き通るような吉野川の清流、そそり立つ山の斜面に建つ家々。自給的な暮らしの残るこの地に、20〜30代の若い人たちが吸い寄せられるように集まり、ここの暮らしをどうすれば維持していけるかを考えています。聞けば、千葉、群馬、高知市内…と都会の出身者ばかり。その一人は言います。「ここには、これから各地が直面する日本の最先端がある」。

この土地に暮らすことの何が魅力なのか? 見てきました。

大川村ってどんなところ?

高知市内から車でおよそ1時間半。山のふもとにあたる土佐町から、長いトンネルをいくつも抜けてようやく大川村にたどり着きます。

まず目に入るのは、青々と広がる早明浦(さめうら)ダム。かつての村の中心部は、今ダムの底に眠っています。昔は全国でも有数の銅山があり、4000人が暮らしていたのだそう。今や人口は約10分の1の400人弱に。16ある集落の少ないところではもう一世帯しか住んでいません。

それでも大川村は平成の大合併の際に合併を拒み、自立の道を選びました。ここ数年、地域おこし協力隊など大川村に移住する若手も現れ、Uターン者も増えています。移住者数は2015年の19人から、18人、18人、15人と4年連続で二桁越え。移住の相談件数も2015年の6件から翌年の59、109、128と年々増えています。

「週に一度は愛媛や高知市内などに買い物に行きますし、普通の暮らしをおくっていますよ。数年以内にここで起業したい」と話す地域おこし協力隊の男性。

子どもを連れてここへ移住したという女性は、小学生の息子さんの変化に驚いたと言います。「ほんとに学校に行くのがすごく楽しみになって。発言するのも積極的になりました」。

絶対数としては多くないものの、はっきり言えるのは、ここでは一人の人間の存在価値がとても大きいということ。自然と集まったメンバーがいま、さまざまな大川村の暮らしを発信する活動を始めています。

400分の1の力でできること

「地元の友人たちには言われましたよ、なんでまたそんな田舎へ行くんだと」。そう話すのは6年前に群馬から移住してた和田将之(まさゆき)さん、29歳。

和田さん 都会の人からしたら人口400人の村なんて大丈夫なのかって思うかもしれませんが、僕は会社勤めをしていた頃より、今の方が楽しいし、成長できている実感があります。人に会う機会も多くて、人間関係の幅も広がったと思うんです。

大川村に暮らす魅力を、和田さんはこう話します。

和田さん ここに暮らしているだけで、一人の人間として認められていることを実感できると言いますか。400人と人口が少ない分、一人の力がとても大きい。感謝もされるし、自分の存在意義っていうのかな、そういうものを感じることができます。

たとえば、地域の清掃活動一つとっても、やらなかったら道路も通れなくなる厳しい環境ですが、自分の暮らしを自分たちで維持していることがわかります。水も沢から引いた水なので、詰まったら自分たちで水源までいって直さないといけない。それって普通、現代社会だとなかなかないことかなと。

大学を卒業後、地元の群馬県前橋市で働いていた和田さん。ところがその仕事が本当にやりたいことではないと感じ、農業を志すようになります。両親の反対を押し切って会社を辞め、農家の手伝いをするように。やがて両親の理解を得て、農業を学べる場を探し、緑のふるさと協力隊の制度を通して大川村へ。はじめは1年もつかと不安だったものの、3ヶ月が経つ頃には1年では足りないと思うようになっていたのだそう。

和田さん 地域の人たちがみなあたたかく受け入れてくれて、お世話になった人たちに、たった1年じゃ何も返せないと思ったし、自分の力を考えても1年くらいでは何も身につけられないなって。

その後、地域おこし協力隊として2年、その後は集落支援員として地域で活動をしてきました。この間に携わったのが、給食センターの立ち上げ。村の子どもたちに、地元の食材でつくる給食を食べられるようにという意図で立ち上げられた事業でしたが、多くの農家は高齢者で自給プラスαの自給農家。「一定量の野菜を定期的に納める」となると協力してくれる先は少なく、難航します。

和田さんがすごいのは、そこで自分で田んぼをゼロから開墾し、米をつくり始めたこと。地域外の人たちや子どもたちと一緒に田植え、稲刈りをする活動を始め、本気度が伝わると周囲に協力者も増えていきました。

当時の彼のことを見ていた地元の男性は、こう話していました。

毎朝毎晩必ずね、ちゃんと田んぼ見に来て、手入れして。ほんとに感心やなぁって。

和田さんの田んぼ。一部を給食センターに出している。

生活力が鍛えられる、自然の中での暮らし

和田さん 大川では暮らしが大自然の中にあります。村の人たちはずっとこの厳しい自然の中で生きてきて、とても生活力があるんです。

人が人として生きていく上で必要な、本質的な術が自然と身についていくといいますか。僕の場合とくに何も知らなかったので、田んぼもそうだし、地域の人から教わりながら。水を自分たちで確保するとか、火をおこしてお風呂を炊くとか、生きていく上で本来必要なスキルってあるじゃないですか。僕にはそれがすごく面白かったんです。

2016年、和田さんは地元の女性と結婚して、今や一児の父親に。2019年4月には地域の人たちの後押しもあり、なり手不足が課題だった村議会議員に28歳で立候補。同世代の竹島正起さんとともに、当選します。

夏の吉野川。どこも水が澄んでいる。

活動拠点としても、精神的にも大切なよりどころ

真面目でしっかり者という印象の和田さんが、同世代と大笑いしたり、本音をぶつけ合ったりといった姿を見せたのが、同じ村の川上文人・千代子夫妻の元に集まった時でした。千代子さんは大川村の出身で、両親の介護のために文人さんと16年前にUターン。烏骨鶏(うこっけい)の卵の通信販売や農業を手がけ、大川村で暮らしています。

川上さんのお宅が若い人たちの集まる場になったのは、夫妻が始めた「大川村さくら祭り」がきっかけでした。

川上文人さん、千代子さん夫妻

千代子さん 定年退職してから裏山を間伐して何か植えようかという時に、桜でもって。コツコツ植えていくうちに、どんどん咲くようになって。少しでも村おこしになればと、大川村さくら祭りと銘打って人を呼ぶようになったんです。

川上家の裏山。桜の樹やナシ、桃など100本近い樹木が植わっていて、桜まつりの際は鮮やかなピンクと菜の花の黄色で染まる

裏山に植えた80本近い桜の樹が、春になるとみごとな花をつけます。初回の2014年以来、来場者は年々増えて今や2000人が訪れる一大イベントに。個人が始めたとは思えない盛況ぶりで、地元の加工品もよく売れたり、外から訪れる人たちとの交流の場にもなっています。

6回目となった昨年からは実行委員会形式になり、和田さんをはじめ地元の若手15〜16名、村外の10名ほどが手弁当で協力。年間を通して毎月一度、川上さんのところで定例会議が行われ、そのまま食事やお酒を共にする交流会が開かれます。

この場がさくら祭りとは違う話も多く飛び出す、メンバーにとって大きな息抜きの場であり、成長の場にもなっていることがわかります。「この人たちがいなかったら、今の自分はない」と和田さんが言うほど、川上夫妻はみなの親代わりとして慕われている様子。

大川村の若手が集まった交流会での様子

千代子さん やっぱり小さな村ですしね、喧嘩もあるし色々ありますよね。それを私らが受け止めて済むようなことなら話を聞くし、間に入って仲裁することもあるし。結果的にさくら祭りだけじゃなしに、みんながやりたいことを応援しあえる場になってるかなって思います。

誰かが村で行うコンサートを企画すれば、メンバーみなで手伝い、お客さんとしても参加。川上さん夫妻も年に4〜5回、お茶づくりや梅酒づくりなどのワークショップを開催しています。

移住者だけでなく地元の若い人も交えて、みなが自分たちで楽しめる機会をつくり、村の魅力を発信する場にしようと活動する、大切なよりどころに。

さくら祭りの定例会議の様子。

定例会議でみなが集まる、川上家横に建つ「さくら屋」は、クラウドファンディングで集めたお金で建てられました。

発信すべきは、日々の営み

こうした村の生活を発信する媒体として、2019年に生まれたのが「でぃぐ!大川村」です。担当した根本紗弥花さんも茨城から移住した一人。

根本さん 何がこの村の発信すべき魅力だろうと考えたとき、やっぱり村の人たちの暮らしでは、と。移住者を呼び込むにしても、それほどたくさんの人を受け入れられるキャパシティがあるわけではないし、観光といってもそれほどの名所があるわけじゃない。

じゃあどういう人たちが関心をもってくれたら嬉しいだろうって考えると、ここの暮らしを面白がってくれたり、今ある村の文化を尊重してくれる人じゃないかなと思ったんです。

地域おこし協力隊として「でぃぐ!大川村」の編集をつとめる根本紗弥花さん

「でぃぐ!大川村」には、そうした村人のあたりまえの暮らしがとても楽しげに表現されています。「でぃぐ」とは、村の情報をでぃぐる(dig=掘る)の意味。

観光資源と呼べるかはわからないけれど、村の魅力は人や自然、日々の営みにあって、それを外の人たちに知ってもらいたい。そんな思いがよく伝わってくるサイトです。

もう長年「大川村ふるさとむら公社」の渉外担当として、ツアープログラムの開発やガイドなどの仕事を行っている近藤京子さんは、昨年から、昔ながらの暮らしをおくるお母さんたちの家をめぐる「井野川たてなが集落歩き」というツアーを開催しました。

もうずっと大川村に暮らしてきたという、近藤京子さん。

近藤さん 井野川集落という標高差が380mもある縦になが~い集落があって、昔から使われてきた生活道を歩いてのぼるツアーをしようと。おばちゃんらには、この日に行くけんねって言うちょいて、立ち寄るんです。

車ですっと行けるわけではない、下から急な道を歩いて登る場所なので、寄るとみんな喜んでくれてねぇ。わざわざここまで来てくれたかよって。お昼に行ったときは、お汁を構えて(用意して)くれちょったり、ちょうど畑におってこれできとるけどいるかいね? ってお客さんにくれたりして。

ツアーの様子も、「でぃぐ!大川村」に。

地元の女性たちが自主的にしてくれるおもてなし。それが参加者にとっては大きなサプライズになります。

近藤さん そういうおばちゃんらが、昔私がお嫁に来たときは、下から花嫁姿で歩いてきたんじゃよって話をしたりすると、もうそれだけでガイドになるんです。受け取る側としては感じるものがありますよねぇ。そういうのが大川村では観光と言えるんじゃないかって思うんです。

自分の暮らしと政治が近い場所にある

それでもやはり、これだけ人口減少がいわれるなかで、400人の村で暮らしていくことに不安はないのでしょうか。そう尋ねると、和田さんはこんな話をしてくれました。

和田さん 人口が減るってのは単に数字の話ではなくて、行政や会社が撤退してサービスが低下したり、住民の生活の質が下がるかもしれないというリスクの話なんですよね。

でも僕は、大川だったら仮に人口が今の半分になっても、人間関係や集落の結束の強さで今の暮らしを維持していける面も大きいと思っているんです。もちろん、閉村や合併の可能性もゼロではないですが、そうならないために、自分たちで何ができるかを考えることができる。

個人的な意見ですが、合併してしまったらむしろもっと厳しい状況になってここには住めなくなると思うんです。この周辺でも、小さな市町村で合併して大成功だったね、生活が向上してますって話はまず聞かないので。

それもあって議員に?

和田さん 僕らが議員に立候補したのは、村の方たちに政治に関心を持ってもらう意味も大きかったように思っています。

この村でも誰もが関心をもっているわけではないですが、自分らで何とかしなければ生活が困るという点では、政治が暮らしととても近い位置にあるんですね。本来政治って、一人ひとりの暮らしに直結しているものなのに、それを感じにくいですよね。

出身者でもそうでなくても、自分たちのように大川がいいと選んで入ってくる人も増えていますし、そういう人たちが地域で新しい活動を思い切りできる環境が大事だと感じています。そうして新しい仕事が増えたら就職先とか、将来的に大川出身の子どもが帰ってきやすい環境になるかもしれない。

ここ数年、村の出身者も戻ってくる人が増えていて、同級生全員がUターンしたという学年も。2018年には村で5人の子どもが生まれました。

和田さん そのために誰でもいいからというわけではなく、大川村に興味をもってくれる人に来てほしいし、外にいながらでも関係をもってくださる人たちとつながっていきたい。

逆に人口が倍になったとしても、大川に愛着のない、勝手にみんなでやってくれって人ばかりが集まったら、大川の生活は破綻してしまうので。

どれほどたくさん人のいる都市に暮らしていても、個人が自分の力を発揮できない、存在意義を感じられないとしたら、幸せではないかもしれないし、都会でも人任せにしていて暮らしが不便になっていくことは十分考えられます。

大川村では人口が少ないぶん、一人の人間のできることが大きい。小さな村に暮らすことは不安なばかりでなく、むしろ自分の足で立つことを実践し、周囲と協力できる、心強い生活なのかもしれないと思わせられました。

大川村の暮らしに興味をもたれた方は、ぜひ「でぃぐ!大川村」を覗いてみてください。

(撮影: 石川拓也)
(写真提供: 大川村、根本紗弥花、寿栄松孝介)

[sponsored by 大川村]

– INFORMATION –

日本一人口が少ない高知県・大川村の公式情報サイト「でぃぐ!大川村」

「でぃぐ!大川村」は、離島を除いて日本一人口が少ない「高知県・大川村」の情報サイトです。掘ればおもしろいものがでてくるかも!? 掘りたがりのそこのあなた、一度大川村へきてみませんか?
https://okawafk.or.jp