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先入観を変えるのは“前向きな力”。世界のダウン症の子どもたちを撮り続ける写真家・名畑文巨さんが写真展で伝えたいこと。

みなさんは電車やバスの中などでダウン症のある人を見かけたとき、「障がいのある人やその家族はかわいそう」と感じたことはありませんか?

この記事を書いている私も、今回の取材でお話を聞くまではそのひとりでした。

ダウン症の名前の由来は、症状を最初に見つけたダウン医師の名前から命名されたもの。そして最近では医療や療育、教育が進み、ほとんどのダウン症のある人は、普通に学校生活や社会生活を送っていることを知り、先入観にとらわれてはダメだと感じました。

私と同じように「身近に障がいのある人がおらず、今思えば偏見を持っていた」と語るのは、あるきっかけから世界のダウン症の子どもたちを撮り続けている写真家・名畑文巨さんです。

名畑さんは現在、「写真を通じて小さな子どもが持っている、人を前向きな気持ちにさせるエネルギーを伝える」をテーマに、主に世界中のダウン症のある子どもたちを撮影し、世界で写真展を開く「ポジティブ・エナジーズプロジェクト」を実行しています。

2018年に初の写真展「ポジティブ・エナジーズ」をロンドンで開催し、2020年にはニューヨークや日本での開催を控えている名畑さんに、どんなきっかけでこのプロジェクトが生まれたのか、どのような思いで活動されているのかをじっくりうかがいました。

「ポジティブ・エナジーズプロジェクト」実行委員会のメンバー

名畑文巨(なばた・ふみお)(写真右から2人目)
大阪府生まれ。写真家。外資系子どもポートレートスタジオ、大手写真館での勤務を経て、大手生命保険会社のカレンダーに子どもを撮った作品が採用されたことを機に作家活動を開始。2009年に金魚すくいと子どもをテーマにした作品でAPAアワード文部科学大臣賞を受賞。2010年に自身の個展をニューヨークで開催。現在は障がいのある子どもの撮影を手がけ、世界の障がい児を取材している。

初めて重い障がいのある子どもたちと接したとき、カメラ越しに躊躇してしまった

もともと子どもの撮影を専門に写真家として活動していた名畑さんが、障がいのある子どもの撮影を手がけるようになったきっかけは、2013年に撮影で訪れたイギリスで立ち寄ったレストランでの偶然の出会いでした。

名畑さん アシスタント兼通訳の女性が誰とでも話す気さくな人で、別のテーブルで食事中の男性客に話しかけていたんです。その方が障がい者支援活動家のデビット・タウエルさんという、子どもの障がいの状態や年齢に応じた施設を紹介する活動をされている人でした。

興味深く話を聞いていたところ、彼から「国際会議で出会ったことのある日本人を紹介するよ」と教えてもらったのが、現在のプロジェクトのアドバイザーのひとりでもあり、立命館大学生存学研究所で障害学を教えておられる長瀬修教授です。

2013年ロンドンで障がい者支援活動家デビット・タウエル氏との邂逅

帰国後、さっそく長瀬さんと会った名畑さんは、大学の障がい者支援サークルを紹介されました。そのサークルの大学生が重度障がいのある子どもたちと遊んでいる現場を見学し、衝撃を受けたそうです。

「車椅子に乗って動けず、表情の違いがわからない姿を見て、どう撮影するのが良いかわからず躊躇してしまった」と話します。名畑さんは当時忙しい日々を送っていたこともあり、その後しばらく彼らとの関わりはなかったそうです。

ダウン症のある子どもの撮影は、最初から力があふれていた

その翌年、写真家たちが集うパーティーでの雑談で名畑さんが自身の活動について話をしたところ、そこで出会った写真家から紹介を受けダウン症の子どもたちを撮影する機会がありました。

高校卒業後に写真館に勤めて以来、ずっと子どもの写真を撮影してきたという名畑さんはそれこれまで、とびきりの表情を撮影するために、おもちゃなどを使って子どもの楽しい気分を高め少しずつ心を開いてもらうコミュニケーションをとってきましたが、この時はいつもと違ったそう。

名畑さん ダウン症のあるお子さんは最初から心を開いてエネルギーに満ち溢れてとびきりの笑顔だったんです。それが衝撃でした。撮影していくうちに引き込まれていき、何か自分の心が洗われるような感覚になったんですよ。

2014年に撮影した、はるなちゃん

この、はるなちゃんたちの撮影を機に、名畑さんの意識や考え方がガラッと変わったそうです。

名畑さん ダウン症のあるお子さんは、すごいエネルギーをもっていることを世間でほとんど知られていなくて、多くの人に『かわいそう』『不幸』という目で見られていることに違和感を感じるようになりました。

イギリスの写真家リチャードさんとの出会いから、プロジェクト始動

はるなちゃんたちを撮影した翌日に、名畑さんは長瀬先生から誘われて、東京で開催されたイギリスの写真家リチャード・ベイリーさん主宰のグループによる写真展「ダウン症 家族のまなざし –Shifting Perspectives-」(公益財団法人日本ダウン症協会主催)を訪れました。

名畑さん 会場で写真展の図録を買う際に対応してくれた女性から「家族にダウン症の方がいらっしゃるんですか」と聞かれたんです。前日に撮影したはるなちゃんたちの写真を長瀬先生に見せるためにいくつかセレクトしてタブレットに入れて持っていたので「家族にはいませんが、実はこういう写真を撮っているんです」と見せたところ、「ちょうどリチャードさんが来られているから」と、紹介してくださったんです。

2014年3月に東京で出会ったリチャード・ベイリーさん(右から2人目)

はるなちゃんたちの撮影やリチャードさんとの出会いを経て、「子どもたちのポジティブなエネルギーを伝えることで、障がい者へのイメージを変えていきたい」という想いが生まれてきたという名畑さん。その頃、再び仕事でロンドンに行く機会があり、現地通訳の方とメールでやりとりしていたところ、ロンドンに住むリチャードさんと会う機会をつくってくれたそうです。

名畑さん リチャードさんは世界各国で写真展を開催した実績があり、ギャラリーなどもよくご存知なので、「彼と組んで写真展をやってみたらどうか」と現地通訳の方に勧められました。そのときにコラボレーション写真展のアイデアが生まれ、世界で写真展を展開するプロジェクトを立ち上げるきっかけになりました。

ダウン症をテーマに写真展を企画しようと、名畑さんがギャラリー経営者の知人に相談すると、「障がい者の写真展をいきなり日本で開催しても“障がい者”というフレーズがつくだけでなかなか観に来てもらえない」「まずは意識の高いイギリスで開催し実績をつくってから、東京オリンピック・パラリンピックの関心が高まるときに日本で開催することを目標にしてまずは世界を巡って取材し展示したらいい」というアドバイスをもらったのだとか。

その言葉を受けて名畑さんは早速行動に移します。イギリスに住む人の関心を集めるために、かつてイギリスに統治されていた国の子どもたちを撮影対象に選びました。取材のための資金は、クラウドファンディングで調達しました。

2016年、ミャンマーで母子を撮影する名畑さん

2017年9月、南アフリカダウン症協会にて撮影モデルのご家族と

2016年にミャンマー、2017年には南アフリカで撮影取材を行い、ついに2018年、ロンドンのギャラリーでリチャードさんともう一人の写真家フィオナ・イーロン・フィールドさんとの3人で初の写真展「ポジティブ・エナジーズ」を開催しました。

2018年5月「写真展ポジティブ・エナジーズ」ロンドン展ポスター

名畑さんは、障がいの部分をクローズアップすることで同情を買うような見せ方ではなく、観ている側がエネルギーをもらえるようなダウン症の子どもたちの笑顔の写真ばかりを展示しました。

また、リチャードさんは自立してスポーツや仕事をしているダウン症のある人たちの姿を、フィオナさんはダウン症があるとわかった上で産むと決めた妊婦のポートレートを展示し、生まれる前から子どもが成長して成人にいたるまでのダウン症のある人の歩みを表現しました。

(ポジティブ・エナジーズで展示された名畑さんの写真の一部)

写真展には6日間で約800人が訪れました。来場者からのさまざまなコメントの中で名畑さんが特に印象的だったのは、妊娠中で出生前診断の結果を待っている女性からの言葉だったそうです。

名畑さん 「結果がどうあれ産むつもりでしたが、この写真展に出会い、私の考えが間違っていなかったんだと感じました」と聞いて、この写真展で一番伝えたいことが伝わったと感じました。

OXO Galleryで開催した写真展は、6日間の会期中、およそ800名の来場者があった。

また、車椅子で来場した女性からは「障がいに関する写真展だから見ないわけにはいかなかった。どの写真もエネルギーと喜びに満ちている」という感想も。「ポジティブ・エナジーズ」は多くの人にとって“障がい”のイメージを前向きなものに変える写真展となりました。

偏見とどう向き合い、写真家としてどう表現するか。

ロンドンでの写真展に向けての打ち合わせの段階で、展示方法について3人の間でいろんな意見が出たそうです。

左から写真家のリチャード・ベイリーさん、名畑さん、フィオナ・イーロン・フィールドさん

名畑さん リチャードさんもフィオナさんもダウン症の家族がいらっしゃるんですよ。彼らに僕のやりたい展示方針を伝えたときに、「きれいな側面だけじゃなくて、育てていく人の苦労や大変な思いも含めて伝えなきゃ」という意見がありました。

当事者だからそう思うのは当然だと思いますが、当事者でない立場で考えると、そういう面を知ったことで理解が進むのかといえば、そうではないと思います。「大変なんだろうな」という感想で終わってしまう。それよりも「えっ? こんなに幸せなの?」と、これまでのイメージを打ち破る写真が大事だと思って、その考えを貫きました。

名畑さんは、偏見を変えるためにまずは“いい印象をもって受け入れてもらうこと”が大事だと語ります。

名畑さん ステレオタイプにある“かわいそう”や“不幸”というキーワードではなくて、前向きな力を伝えていくことで、まずイメージを変えたいんです。一度良い印象を持って受け入れると、大変なことやシビアな現実も含めて自然と受け入れられますから。

写真展「ポジティブ・エナジーズ」は今後、2020年3月にニューヨークの国連本部、8月からは念願であった日本での開催を予定しています。名畑さんは、これらを契機にさらに他国からも開催依頼が増え世界中で展開できれば、障がい者を支援する機運が日本でも高まるのではと考えています。

名畑さん たとえばLGBT支援は、海外で広がったムーブメントの影響で現在 の日本の社会の意識が一気に変わっていきましたよね。次は障がい者支援のムーブメントが来ると期待しています。

(名畑さんの事務所で見せていただいたアップル(当時アップルコンピュータ)の新聞広告。「自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。」の部分が好きと語る。)

お話を聞いていると、現在の日本社会ではまだまだ障がい者との距離が縮まっていないと感じることが多いものの、何か大きな流れをきっかけにみんなの意識が変化していくのではないかと感じました。「ポジティブ・エナジーズ」がその流れをつくってくれるかもしれません。

名畑さんが語るように、多くの人が一度良い印象をもつための機会や表現に出会い、その裾野が広がっていけば社会全体の意識が変わっていくのではないかと感じます。「ポジティブ・エナジーズ」は2020年に東京や大阪で開催が決定し、現在は日程や場所の調整中です。その他の全国主要都市での巡回展も計画しているそうです。あなたは、ダウン症の子どもたちの写真から何を感じるでしょうか。ぜひ、足を運んでみてください。

– INFORMATION –

写真展「ポジティブ・エナジーズ」

・国連本部展(ニューヨーク)
会期:2020年3月18日~24日
場所:国際連合本部国連総会議場B1F展示エリア
主催:写真展ポジティブ・エナジーズプロジェクト実行委員会
共催:国際連合日本政府代表部
 
・東京展
会期:2020年8月下旬~9月上旬(調整中)
場所:未定
主催:写真展ポジティブ・エナジーズプロジェクト実行委員会
共催:シフティング パースペクティブズ
 
・大阪展
会期:2020年9月中旬~9月下旬(調整中)
場所:大阪ガスショールーム hu+gMUSEUM(ハグミュージアム)
主催:写真展ポジティブ・エナジーズプロジェクト実行委員会
共催:シフティング パースペクティブズ

詳細はこちらのホームページをご覧ください。
http://www.fumionabata.com/project/project.html