市民の意志や活動、行政の取り組みなど、さまざまな動きがつながっていかしあう「グッドサイクル」が今、奈良県西部にある生駒市のあちこちで動き出しています。そのサイクルは大人だけのものでなく、生駒で暮らす子どもにも作用し、その子自身に、また地域の未来に新たな可能性を生み出しています。
greenz.jpでは、前回、生駒市のまちづくりに深く関わる3人の鼎談記事をお届けしました。連載2本目となる今回は、「ツバメ少年」と、彼を取り巻く大人たちのお話を通して、「グッドサイクル」の一幕をお届けします。
ツバメ少年、商店街に現る
ここは「近鉄生駒駅」に隣接する商業ビル「グリーンヒルいこま」。その3階通路には、折りたたみ式のアウトドアチェアに腰掛け、双眼鏡を覗きながらメモを取る少年の姿がありました。彼の名前は荻巣樹(おぎす・いつき)くん、小学6年生。この界隈ではちょっとした有名人です。
彼が熱心に観察しているのはツバメの巣。「グリーンヒルいこま」では、30年以上前からビルオーナーの澤村さんを中心に、巣づくりをし、子育てするつばめを温かく見守ってきました。そのため、この場所には毎年15〜20個ほどのつばめの巣が軒を連ねます。
樹くんは学校が終わってから一人でこの場所にやってきて、その日の天気、気温、湿度、巣に入った親鳥がオスかメスか、餌を持ってきたか、巣に入った時刻、巣を出た時刻、巣にいた時間、ひなの数など、細かく記録していきます。1日の観察時間はおよそ1時間。これを、ツバメが巣づくりする2〜3ヶ月のあいだ毎日続けるというから驚きです。
こうして集めたデータを、樹くんは自宅でパソコンに入力してグラフ化。研究者さながらに資料にまとめています。
樹くんが「グリーンヒルいこま」に通うようになったのは、彼が5年生の頃のこと。その初日を振り返り、オーナーの澤村さんは「何事かと思った」と笑います。
澤村さん だって変じゃないですか(笑) 小学生が夕方から来て、お店の前でじーっと立ってる。見方によっては店内を覗いているように見えなくもないし、「家出して、帰れない子なんじゃないの?」と、最初はちょっと怪しんだんですよ。それで、「どうしたん?」って声をかけたら「ツバメを観察してる」と言うので、 お店の人たちにも言っておかないと、と思いました。
澤村さんは各店に、樹くんの素性を説明した上で「応援してあげてほしい」と伝えて回ります。「つばめ博士あらわる!」と書いた紙を貼り出し、「巣を撮影する場合はフラッシュはたかないでください」という樹くんからのお願いも発信。徐々にお店の人々と樹くんのあいだに、関係性が生まれ始めます。
澤村さん 怪しくないとわかったら、そんな子おもろいじゃないですか(笑) 彼がここで観察をするようになって今年で3年目になるんですけど、観察用の椅子を貸す人がいたり、巣の上に鏡をつけて中を覗きやすくしてあげる人がいたり。おやつの差し入れをする人もいました。逆に、ひなが巣から落ちてしまった時には、どうしたらいいか教えてもらったり。そのうち、みんなで彼を気にかけるような雰囲気になっていきました。
澤村さん 商売をしていても、意外と隣のお店のことって知らないものなんです。でも、樹くんの出現によって、共通の話題ができて、以前よりお店の人たち同士も話をするようになりました。
このビルを利用していた市民PRチーム「いこまち宣伝部」のメンバーが、樹くんの観察の様子を丁寧に取材し、市の公式Facebookページで発信したこともありました。この記事には250を超える「いいね」が集まり、樹くんの大きな自信にもなりました。
これをきっかけに、樹くんは生駒市が主催する「IKOMAサマーセミナー」初の小学生講師として研究結果を発表。新聞にも取り上げられました。
少年が父に教えた、まちの本当の価値
樹くん 未来のことはわからないけれど、将来は鳥の研究者になれたらいいなと思っています。
と、少し控えめに自身の夢を語る樹くん。彼の中にその夢が芽吹いたのは、小学3年生の時でした。
友貴さん ある先生との出会いが、彼自身に大きな影響を与えたと思います。
そう振り返るのは、樹くんのお父さんである荻巣友貴(ともたか)さん。生駒市役所の都市計画課に勤務し、空き家の活用やこれからの住宅地のあり方を考え、実践していく仕事をしています。
友貴さん 3年生の冬、樹が野鳥に興味を持ち始めた頃に、3ヶ月だけ臨時の先生が担任をもつことになったんです。この先生は「教室にいたら学習は深まらないからできるだけ外に出よう」という考えをお持ちで、毎週、散歩の時間を設けて、あちこちに連れ出してくれたんですね。
自分が興味を持ったことを応援してくれるような環境が、彼の鳥への知識と興味を飛躍的に拡げてくれたんじゃないかと思います。
間もなく、樹くんのあふれ出る好奇心は一般的な大人の知識を凌駕し始めます。すると、先生は「大阪市立自然史博物館」へ行くことを薦めてくれたそう。
友貴さん 初めて博物館へ行ったのは鳥の調査の勉強会でした。そこに来ているのはみんな大人で、子どもは彼一人。でも、学芸員さんは大人と同じように接してくれるし、すごく丁寧で。発表した研究結果をもとに意見を交わし合い、本当に大学のゼミみたいな感じなんです。そこで彼は、データをきちんと記録することの大切さを教わりました。
一方で、彼の個性や興味はすべての人に好意的に受け入れられるわけではないようです。クラスメイトにはなかなか理解してもらえず、学校に行きたくない時期もあったと言います。
友貴さん 同年代の小学生には、多様性を受け入れるのが難しいこともあります。でも、グリーンヒルや博物館に行くと、それを肯定してもらえる。嬉しかっただろうと思います。学校では得難いものを、彼は大人との関わりの中で得たわけです。
学校は社会のひとつに過ぎません。家と学校以外で、自分を尊重し、やりたいことや好きなことを応援してくれる大人と出会えることは、子どもにとってはとても大きな意味をもつはずです。市でやっている「サマーセミナー」みたいなものは、ある意味そのきっかけになるような気がしています。
生駒駅から自宅までの帰り道、樹くんは商店街にある店舗の人とおしゃべりをしてくるのだそう。本来徒歩5〜6分の距離が、20分にも30分にもなるのだとか。
友貴さん 文房具屋に入っていって、プロ野球カードをもらってきたり、八百屋に並んでいるものを覚えてきたり。大人とのコミュニケーションを楽しんで、僕の知らないところで自分のコミュニティを勝手につくってくるんですよ(笑)
そういった、樹くんとまちの人たちの関わりを見てきた友貴さんは今、「大人よりも子どもの方がまちの価値を本能的に掴むことができるのではないか」と感じています。
友貴さん 私たち大人は情報や経験がある分、まちのハード面や条件面などで良し悪しを判断してしまいがちですが、新しさや利便性といった“目に見える価値”に惹かれて来た人は、その良さがなくなったり古びたりすると他の場所に移ってしまったり、今いる場所の批判を始めたりしてしまうと思うんです。
でも、人との関係性やまちの個性といった“目に見えない価値”を見つけた人は、たとえ“目に見える価値”が損なわれてしまったとしても、そんなことではきっと揺るがない。その“目に見えない価値”を見つけるヒントは、子どもにあるような気がするんです。それを樹が教えてくれました。
人間と野生動物が共生できる未来のために
周囲の大人たちとコミュニケーションしながら、日々成長していく樹くん。その行動の背景には、「ツバメが好きだ」という純粋な気持ちと共に、自然と人間の関わりに対する明確な想いがありました。
樹くん 僕はツバメも好きだけど、野鳥や、野生動物全般が好きなんです。人と野生動物が共生できたらいいなと思います。
たとえば、ペットとして飼われていた動物が捨てられて増えている問題は、動物が悪いんじゃなくて、放した人間が悪いじゃないですか。一度飼ったら責任を持って最後まで飼うというのを徹底したら、ちょっとでも減っていくかもしれない。直接動物のことでなくても、マイバッグを持ってビニール袋を断るとか、それぞれが環境に対して、ちょっとしたこと、自分にできることをやっていくのが大事だと思うんです。
“みんなのちょっと”を集めたらすごく大きな力になる。その気持ちを広めて行けたらなって思ってます。
「生駒というまちが好きですか?」と聞くと、こんな答えが。
樹くん いいところですよ。いい人もいっぱいいるし、田んぼも残っていて、生き物がたくさんいて、学研都市の方ではオオタカも繁殖しているし。街がないとツバメの巣はできません。でも自然もないと、虫が取れないから子育てができないんです。自然と街が両立していると、子育てがしやすいんです。ツバメの巣が15も20も集まっているところなんて、なかなかないと思いますよ。
そして最後に、樹くんからみなさんにお願いです。
樹くん ツバメの子育て中の写真を撮るのは大歓迎です。ただ、フラッシュをたくのは控えてください。親鳥が警戒して、巣を放棄してしまうことがあるからです。それから、ツバメに巣をつくられるのが嫌な方もいらっしゃると思います。でも、巣づくりはツバメにとってすごく重労働なので、できてから壊すのは、できればやめてあげてほしいです。
もしもつくられたくなかったら、ツバメが泥をつけ始めた時に、その場所にガムテープなどを貼ればつるつる滑ってできなくなるので、そんな風にしてあげてもらえたらなって思います。よろしくお願いします。
樹くんは特別な子どもだと思いますか? たしかに、思いを行動に移す彼の力には目を見張るものがあります。
でも、もしも「グリーンヒルいこま」の澤村さんに出会わなければ、彼の出現をおもしろがる大人たちがいなければ、そこに商店街がなければ。何かひとつ欠けただけでも、彼は好きを極めることができなかったかもしれません。そう考えると、樹くんが特別なのではなく、彼の個性を肯定してくれた生駒というまちの環境が、彼にとって特別だったとも言えます。
子どもたちの“好き”を伸ばす環境や、個性を認める環境が地域にあることで、子どもたちの可能性は無限に広がり、地域の未来にポジティブに影響していく。そんなグッドサイクルが、生駒というまちにはありました。
(撮影: 都甲ユウタ)