「食育」という言葉が日本でも言われるようになり、ルーツのわかる食材を取り入れたり、歴史や文化を学びながら料理をする方法が家庭科の授業などにも取り入れられています。
そんな中、アメリカのデトロイトにある「Detroit Food Academy(以下、DFA)」では、若者に「食」からビジネススキルを学んでもらおうという取り組みが行われています。先生になるのは、地域のレストランのシェフ、ビジネスマン、そして教育者たち。
DFAの共同創始者であるJen Rusciano(以下、ジェンさん)は「Detroit Food Academy」をこう表します。
ジェンさん DFAで教えていることは、健康的な食事についてよりもっと先のこと。
このプログラムは、食品業界における起業家精神、公平性、生産についての考え方、そして食品ビジネスを理解するのに役立つ幅広い経験を提供しているのです。
今日は、そんなDFAで学ぶ2人の学生のストーリーをお届けします。
高校に通いながら料理と関わる仕事を学ぶジェイラさん
DFAの教室には、インド料理のスパイスの香りがいっぱいに広がっています。 10歳〜24歳の生徒が集まる教室には、彼らのお気に入りの音楽が流れ、そこは教室というよりも家のキッチンのよう。
この日は、15歳でプログラムに参加している、Jayla Daniels(以下、ジェイラさん)がヘッドシェフを務める日。
プログラムの2学期目に参加しているジェイラさんにとってDFAでの学びは、リーダーシップスキルや対人関係を築くスキルと同時に、彼女の料理への愛を深めることにつながっています。
家で毎日料理をするほどの料理好きで、高校を卒業したら料理学校に進むか、心理学を学ぶかと考えているそうです。
彼女のように、DFAにはその地域にある7つの学校から参加者が集まっています。高校から資金提供はしておらず、DFAは寄付によって成り立っているのだそう。
共同創始者のジェンさんは、デトロイトの教育の現状をこう話します。
ジェンさん デトロイトの高校では、家庭科の授業がなくなってしまいました。そのため、料理を仕事にしようとする生徒が、食品業界で必要な数学やビジネスの力をつける機会が減ってしまったのです。
日本には家庭科の授業はありますが、そこで教わるのはあくまで料理の技術。班のメンバーでいかに“レシピ通りに”料理をつくることができるのかが求められているように感じます。
一方で、DFAが目指しているのは、ただ料理をつくる技術をつけるだけでなく、食品業界で起業できる力を生徒が持てるようにすることなのです。
DFAのような団体が、どうしてデトロイトで生まれたのか。その背景には、貧富の差が激しく、様々な社会課題が他よりも早く顕在化する社会課題先進地域だったことがあります。
早くから課題が見えていたからこそ、街での活動を応援する「Detroit Soup」をはじめ、DFAのような若者の自立を支援するような団体も生まれてきたのです。
高校中退から、食品業界での起業に挑戦するデスモンドさん
プロダクションマネージャーをしている26歳のDesmond Burkett(以下、デスモンドさん)は、DFAのすべてのプログラムを体験した生徒の1人です。
しかし彼がDFAに参加した最初の目的は、アルバイトとしてお金をもらうためだったのだとか。
デスモンドさん 高校を中退して図書館で佇んでいたところ、司書さんがDFAを紹介してくれました。最初は夏の間のアルバイトという感覚で、お金をもらうことが目的でしたね。
DFAでは、リーダーシップとフェローシップのプログラムを卒業した生徒が進むことができるビジネスコースがあり、そこでは2つの食品生産ラインで働き、給料を受け取ることができます。
最初はお金目的だったデスモンドさんですが、次第にのめり込んでいき、プログラムを全て修了するほどまでに。
教会などからの参加者が多かったプログラム初期に、高校生だったデスモンドさんが参加したことで、他の高校の生徒がDFAに参加できるきっかけになったのだそうです。
プログラムを全て修了し、食品衛生の資格を取ったデスモンドさんは、DFAのプログラムを誇りに思うと同時に、他のNPOへの課題を見出しています。
デスモンドさん このプロジェクトは素晴らしいと思いますし、もっと広がってほしいと思っています。現状デトロイトにある他のNPOでは、参加者が“将来成功するために必要なこと”よりも“短期的に必要なスキル”に焦点が当てられすぎていると感じます。
また、他のNPOやプログラムを率いているのは比較的裕福な人々で、有色人種の人々や貧しい人たちの立場を考えられていないと感じていると続けます。
デスモンドさん そういった組織では、参加者たちは“リーダーとして”ではなく、“労働者”としてのスキルを教えられているのが現状です。組織の上部にいる人々がリーダーとしての特権を手放さなければ、一向に状況は変わらないでしょう。
そして彼は、仲間と一緒に生協のリサイクルショップという新たなビジネスを立ち上げました。キッチンからビジネス業界へと進んでいく姿は、DFAの参加者に大きな影響をもたらしているのではないでしょうか。
キッチンという誰でも参加できるような場所で、労働者としてではなく、リーダーとしての経験をすることができる「Detroit Food Academy」。
どんな環境であれ、リーダーとして活躍できる可能性を若者が感じることができるDFAのプログラムに、私は日本の家庭科の授業との差を感じます。
今の中学校、高校の生徒たちの中には、教科書通りに学んで得た知識やスキルだけではなく、自分で考え経験したことを糧にして社会で生きていきたいと思っている人も多いはず。
家庭のキッチンからでも、彼らの可能性が育っていく場が増えていったらいいですね。
[via YES!]
(Text: 森野日菜子)