地域の暮らし方が自治的で継続的であることを応援するため、2018年に設立された賞「LOCAL REPUBLIC AWARD」が今年も動き出しました。
2018年にはじまった「LOCAL REPUBLIC AWARD」は、住民たちの生活と経済が融合した地域コミュニティを讃え応援するべく、建築家の山本理顕(やまもと・りけん、以下、理顕さん)さんらが創設。”新しい暮らし方を提案する賞”、と言ってしまうのは簡単ですが、その背景には理顕さんらがおおいに懸念されている現在の社会制度や政治の現状、環境問題や地方再生といった直近の社会課題がありました。果たしてこの賞へ参加することがどのような意義を持っているのでしょうか。
初年は全国から53件もの応募があり、厳選なる審査の結果、栃木県鹿沼市の「鹿沼の路地からはじまる小さな経済」が栄えある1回目の最優秀賞を受賞。そして今年、第2期の募集に向けたシンポジウムがその鹿沼市で開催されました。審査員の皆さんが鹿沼市を訪ね、地域での暮らし方について議論が進んだシンポジウムの様子をお届けします。
ローカル・リパブリックのキーワード「地域社会圏」とは
全6名の審査員の中からこの日のシンポジウムには、審査員長の山本理顕さん、建築家の北山恒(きたやま・こう)さん、農業家のジョン・ムーアさんの3名が登壇。さらに鹿沼市の佐藤信市長も参加され、新しい暮らし方の具体的な課題に関する行政の意見も注目されました。会場にも市内外で地方再生に取り組む方々や、建築や地域経済を学ぶ学生などが集まり、急きょ増席するほどの満員御礼でスタートです。
読者の皆さんは、「地域社会圏(ちいきしゃかいけん)」という言葉をご存知でしょうか。これはLOCAL REPUBLIC AWARDの本質的な理解には大変重要な概念であり、シンポジウムはこの言葉の説明を、実行委員で建築家の蜂屋景二さんが行うところから始まりました。
蜂屋さん 地域社会圏は、理顕さんが2007年頃から提唱されている新しい集合住宅モデルです。『地域社会圏主義』、『地域社会圏モデル』といった著書でも解説されていますが、エネルギーシステムや生活インフラの多くを共有する数百名が共同体として暮らすことで、効率よく安全で快適な地域コミュニティがつくれると提起されています。
「LOCAL REPUBLIC AWARD」という賞の名称には、「地域社会圏」を英語にしたローカル・リパブリックが含まれているのですが、実は republic を共和国と訳さずに、re・public(公共性を取り戻す意)と定義。これが、新しい暮らし方を考えるときにひとつの重要なキーポイントとなるようです。
理顕さん ひとつの住宅にひとつの家族だけが暮らす「1住宅=1家族」モデルは単なる消費の単位であり、日本では戦後、意図的につくられたものです。政府が国をつくる際、供給型の経済が基本的な前提で社会制度がつくられた、そのほうが安心で安全で、こどもも増える、といういわば家族の幸せのかたちも上から与えられていたのです。
それより以前は、隣近所の隔たりが低く、商人なら従業員の家族も同じ敷地に住むなど、家族だけではない身近な人との交流がありました。それもお金ではないものの交換、おすそ分けと、されたら次に何かをお返しするかという、いわば暮らしのお作法がありましたが、「1住宅=1家族」が主流になったことで隣人たちとの交流は希薄化しました。
理顕さん 今の日本は残念ながら社会制度が崩壊し、副大臣が”将来に向けて貯金しろ”と言ったりする。つまりケアされてないんです。シニアの独居も増えている以上、「1住宅=1家族」に代わる、助け合う住宅モデルが必要になります。
リパブリックとは「公共性」を取り戻すこと。私たちの地域、空間は自分たちのもので、誰かに与えられた領域ではない、自分たちがやるという、つまり自治の話です。それが鹿沼では20年も前から行われていたんですよね。
理顕さんのお話は、地域の暮らしを自分たちでつくりなおすという「リパブリック」の本質を問うものでした。LOCAL REPUBLIC AWARDに込められた思いは、現在の日本のあり方を文化的にアンチテーゼする、壮大な矜持が含まれていたのです。
理顕さん 今朝お邪魔した風間さんのお店、日光珈琲は、とても狭い道を進んだ先にある建物をDIYしたものでした。お店までの路地は本当に狭く、(幅員4m未満の道路に敷地が)接する建物は既存不適格ですが、そこを店舗にしてしまったところに、地域経済を自らまわすという地域社会圏モデルをみました。
(補足:饗茶庵における店舗改修に関する工事について、用途地域に係る法的な制約はありません)
既存不適格とは、一般的には聞き慣れない建築用語。現在、市街地に住宅を建てる際には、建物が面してる道路幅は4m以上でなくてはならないと決められていますが、これは緊急時の救急車両を考慮し、かつての2.7mから4mへと変更されたという背景があります。手を入れて道幅を広げている場所も多い一方、日本の各地には過去から変わらず細いままの道とその先に住む人が存在する。規定の道幅を有しない道にしか接していない敷地に建つ建物を「既存不適格」と呼びます。
理顕さんが問題視しているのは、公が勝手に変えた法律によって細い道の先にある建物はもう建て替えたくても制限が出てしまったことです。
理顕さん 風間さんたちはそんなことにも負けず、自分たちの手でつくりあげ、店舗として地域にも行政にも認められている。自治が成立していることが非常にリパブリックを体現されています。
続いて北山さんは、一年前の賞を振り返ります。そしてシンポジウムの参加が叶わなかった審査員、広井良典さんの言葉を参加者に共有してくれました。
北山さん こうして鹿沼の活動をこの目にしたら”これからの社会の形”を感じました。広井さんが本にも書いているように、これまでの拡張型社会は限界がきてしまった。これからは「定常型社会」の時代になっていきます。
拡張型社会の時代は、大きい資本を背景にした社会構造がうまく機能した結果、日常的な買い物も郊外の大型店舗に、それも車で出かけるというスタイルをつくりだしました。小さな資本は潰れて各地にシャッター商店街が増えてしまった。
でもこれからの社会はそうではないはずです。大量に商品が並べられてそれをどんどん消費することが幸せなのではなかったと私たちは気がついた、むしろ、歩いて行ける距離に大好きな人やお店が存在し、地域でつくられた新鮮で安全な食べ物で暮らせることが豊かで幸せなんだ、と気づいたはずです。
では、新しい暮らしをデザインするのは誰なのかといったら、それは自発的であることが求められています。権力側が社会設定を見直してくれたらいいけどたぶんそれはありえないから(笑) 自発的に動かなければならないんです。そのお手本が鹿沼にあり、小さな未来の姿を見せてくれています。
会場に学生や若者が多いことを「とてもうれしい」と話していたのは、農業家で環境活動家であるジョン・ムーアさん。ジョンさんは日本だけでなく世界情勢を含めた危惧を持っていました。グローバル企業によるタネの遺伝子操作など、モラル外といえることがまかり通っていることを例に出し、生きることや命のつながりについて問いかけます。
ジョンさん 今は、日本だけではなく世界中がまるで交差点に立っているかのようです。これまでと違う時代となり、車もいらないし、結婚はしてもしなくても自由だし、持ち家がなくたっていい、あらゆる観点はもう変わったんです。
また、食べ物や農家も壊されそうに交差点に立っていますが、これからどの道に向かって歩き出すのがいいのか。それを決めるのは皆さんのような若い世代のためです。そのためにも、パブリックのあり方を考え直さなくてはいけない。一緒にやっていきましょう。
鹿沼の空気を感じ、過去と未来を体感
ここでマイクは前最優秀受賞者に手渡されました。
鹿沼市までは、新宿から電車で約1時間半。田畑が広がる豊かな風景と、屋台(やたい)と呼ばれる、芸術的な彫刻が施された祭りの山車が有名です。
この町のネコヤド商店街の飲食店「日光珈琲 饗茶庵(きょうちゃあん)」他を経営する風間教司(かざま・きょうじ)さん、学校で建築を教えている永峰麻衣子(ながみね・まいこ)さん、設計事務所を経営されている渡邉貴明(わたなべ・たかあき)さんの3名は第一回のLOCAL REPUBLIC AWARDに共同応募。「鹿沼の路地からはじまる小さな経済」と題したプレゼンテーションは、1998年から現在まで20年以上続いているという持続性と、地域事業者たちの協働で強まる自治性、地域で雇用を増やすなど経済性の高さも高く評価され、最優秀賞につながりました。
彼ら3名のプレゼンの副題は「−祭り衆がつなげるTerritorialshipとTrustship−」。鹿沼の新しい経済のあり方に、地元のお祭りを支える先人たちが関係していること、そして、テリトリアルシップとトラストシップと名付けられた、点と点がつながった関係性を想像させる絶妙なタイトルです。
というのも鹿沼市はかつて、京都と日光をつなぐ例幣使街道の宿場町。二都市の人と文化が行き来し合う場所として栄えていましたが、時代と共に変化を重ね、開発の手も入るようになりました。ついに近年では、道路ができ、町の区画整理が行われた結果、人々の衣食住など生活は分離。コミュニティが希薄化し、”日常的に交流しあう”暮らしから遠ざかる傾向が強まりました。
1998年、地元にIターンした風間さんは、地域活性になればと路地裏の物件をカフェに改装し、日光珈琲をスタート。その後は自身の事業展開にとどまらず、地域の方々と連携して企業や店舗を持ちたい若者層を支援し始めました。空き物件を紹介し、先祖代々から鹿沼で暮らす世代と、新たにやってきた世代をつなぐ橋渡しをどんどん行ったのです。
祭り衆と呼ばれる、しっかりと土着した地元の方々は、市外から新たにやって来た移住者が仲間になる喜びに恵まれ、且つ、移住して来た方々も、地元のつながりや協力者がいることの心強さを得て新規開業できるといった相互関係ができた鹿沼。約20年が経過した現在は、ゲストハウス、飲食店、子育てサロンなど、現在に至るまで28店舗もの個人開業者たちが同エリアで営業しています。しかも、お互いに仕事もつくりだすという交流が戻ってきました。これが、Territorialship(地元由来の関係性)とTrustship(信頼関係)と名付けられた点と点の意味することでした。
ちなみに、3人が獲得した賞金200万円はどう活用されるのかも気になるところ。
受賞が決まった昨年5月、その後3人は7月に鹿沼で報告会を開催しました。もちろん会場もケータリングもすべて鹿沼の事業者同士で実現し、地域に暮らす40名ほどが3人の話を聞きにいらしたそうです。地元の方々は彼らの活動といただいた評価に驚きを感じつつ、とても喜ばれたことなど、昨年の受賞からこの1年の振り返りを永峰さんが伝えてくれました。
さらに風間さんは、シンポジウムの数日前に新しい物件を購入されていました。
風間さん 駅の近くにちょうどいいビルが空いたんです。そこでクラフトビールをつくるマイクロブリュワリーと、上階や屋上もスペース活用して、宿泊も可能な”コミュニティブリュワリー”をつくりたいなと思っています。
そう語る時の風間さんの目は、すでに20年取り組まれていながらもなお、もっと先の未来を見ているかのようでした。まだまだ、もっともっと、鹿沼の魅力を底上げする大きなビジョンが見えている、そんな力強さを感じました。
風間さん でもやりたいことを叶えていくのは、すごく時間がかかることなんですよね。だから、まず今すぐにできるところから手にしよう、はじめてみて、それを続けていこうって続けてきました。自分たちが住んでいる町だから、いかにワクワクしながら暮らせるのかを考えています。
こうした取り組みについて佐藤市長も、地元の皆さんとの距離感の近い行政の姿をにじませながたらお話されていました。
「参考にしたい!」質問から白熱のディスカッションへ
ここまで会場の参加者さんたちはとても真剣に聞き入っていた印象ですが、最後の質疑応答では予定時間を延長するほどインタラクティブな議論の時間となりました。
中でも、「地域再生のゴールをどこに考えるのが適切か」「キーパーソンである個人の資質に頼り過ぎないためにはどんな施策があるといいか」「なぜ鹿沼はこの施策が成功できたのか」といったすごく具体的な質問が飛び交っていたことが印象的でした。この会場の中に、次の最優秀候補がいたということかもしれません。
シンポジウム全体を通して問われていた、”地域の暮らしは自治である”という指摘に、眼が覚めるような感覚を覚えました。どんなに都心から地方へと暮らし方をシフトしようとも、社会制度を快適なものにしない限り本当の意味での生活環境は変化しないのと同様だからです。
理顕さんは終始、現在の国家運営を憂いていましたが、それは、代務者たちに任せていられないのだから自分たちでやろうよ、というある種の宣言としてとても共感できる明るい希望がありました。
2019年のLOCAL REPUBLIC AWARDの最終公開審査会は7月27日(土)に開催されます。「新たな暮らし方」の実践者たちに会いに、足を運んでみてはいかがでしょうか。
(写真: 秋山まどか)
– INFORMATION –
【最終公開審査会】
日 時 :2019年7月27日(土)13:00-19:00
場 所 :寺田倉庫本社 2F 「Terratoria」 東京都品川区東品川2丁目6−10 (map)
審査形式:一次審査通過13組のプレゼンによる公開審査
備 考 :入場無料、審査会後に懇親会あり(会費2千円)
【応募対象】
生活圏と経済圏が混在してコミュニティが成り立つLOCAL REPUBLICを体現するもの。
・住宅、商業建築、商店街、街全体など対象物を問わない
・現に活動しているものを対象とし、イメージ、アイデア段階のものは対象としない
【審査基準】
・自治的な活動が行われているか
・経済的な活動が行われているか
・活動自体に持続性があるか
・それらが空間として表現されているか
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