最近、自分の得意や好きをいかして副業・複業をしている人が増えています。まだやっていなくても、興味がある人は多いのではないでしょうか?
ライティング、デザイン、ブログなど副業・複業しやすい分野がある一方で、はじめにくい分野もあります。その一つが、伝統工芸。興味はあっても、関わる入り口が見えづらい分野のひとつです。
今回は、「伝統工芸品に指定されている伊勢型紙に、副業・複業でチャレンジしてみませんか?」と呼びかける、「テラコヤ伊勢型紙」の木村淳史さんにお話を伺うため、三重県鈴鹿市の白子町(しろこちょう)を訪れました。
1990年生まれ、三重県鈴鹿市出身。大学進学を機に東京へ、その後アパレル企業で働くも会社員生活に馴染めず退職。地元にUターンし、伝統工芸の伊勢型紙に関心をもつ。2017年に「修業型ゲストハウスのテラコヤ伊勢型紙」をオープン。現在はテラコヤ運営に加え、伝統工芸の職人、HP制作、映像制作、クラウドファンディング相談係など複数の収入源を持つ「ハイブリッド職人」としての生き方を模索中。
1000年以上つづく、伊勢型紙の現在地
伊勢型紙は1000年以上つづくと言われる伝統工芸。和紙を加工した型地紙(かたじがみ)と呼ばれる紙を、彫刻刀で文様や図案を掘り抜き、友禅・ゆかた・小紋などの柄や文様を着物の生地を染めるのに用いられてきました。
古くから伊勢型紙を生産していた白子(しろこ)は、江戸時代に入ると紀州藩の保護を受けて型を彫る職人が増え、型紙づくりの一大産地に発展しました。
しかし、着物離れが進んだこと、そして染めよりも簡単で安価なプリント製造の台頭したことによって伊勢型紙の需要は減少。それに比例して型を彫る職人も減少の一途を辿り、全盛期に約1,000人いた職人は現在20人前後まで減ってしまいました。
そのような状況のなか伊勢型紙に着目し、「白子をファッションクリエイターがチャレンジできるまちにしたい」と奮闘するのが、木村さんなのです。
仕事を辞めてUターンして、たまたま目に留まったのが伊勢型紙でした。世界中でここでしかつくられていない伊勢型紙で、商品やサービスを生み出せたらおもしろいんじゃないかって。
現在、木村さんの事業の軸になっているのは修業型ゲストハウス「テラコヤ伊勢型紙」。名古屋駅から近鉄電車に揺られて約1時間。白子駅で降りて、そこから10分ほど歩いた場所にあります。
かつてはおもちゃ屋だった建物を、空き家活用に取り組む地元NPOの紹介で借り、1階を作業場、2階をゲストハウス(宿泊所)として運営しています。
「テラコヤ伊勢型紙」では3つのコースを設け、伊勢型紙に関心のある人を受け入れています。
一つ目は「1日体感コース」。1日で型紙体験ができる、最もハードルの低いコースです。二つ目が「オリジナル制作コース」。事前に制作したデザインをもとに、テラコヤに1泊2日で宿泊。オリジナルの浴衣や手ぬぐい、生地を制作します。そして三つ目が「弟子入りコース」。4泊5日もしくは週末を使った計6日間の通いから選択し、浴衣や手ぬぐいの制作方法、小刀の研ぎ方など型紙制作に必要な技術を一通り学びます。
2017年のオープン以来、「テラコヤ伊勢型紙」には国内外200名以上の方が来店。一番人気のコースは、簡単に体験できる「1日体感コース」かと思いきや、半数以上が「弟子入りコース」なのだとか!
うち本格的に伊勢型紙を仕事にしたいと希望する2名を”複業弟子”にとり、型紙づくりの仕事を継続的に発注。副業・複業として伝統工芸に関わるモデルを生み出してきました。小さな一歩を地道に積み重ねてきた木村さん。その成果は少しずつ形になりはじめています。
体験の次は弟子入り? まずはハードルを低くすることから
実は、木村さんのおじいさんは元職人。都市でさまざまな経験を積んでUターンしたとき、木村さんにとって、当たり前だった職人が型紙を掘る風景は白子のまちから失われつつありました。
子どもの頃は「身近ではあったが、関心はなかった」そうですが、職人が減っていくようすを目の当たりにすると、木村さんのなかに芽生えたのは「守りたい」という思いでした。また、木村さんは「伊勢型紙を現代のデザインやファッションに生かしていく可能性があるのではないか」と考え、自ら伊勢型紙の世界に飛び込んでいきました。
職人さんに話を聞くうちに、工賃が低いとか納期が短いとかさまざまな不満を抱えていることがわかりました。僕はいずれ仕事をお願いする立場になる予定だったので、まずは職人さんの苦労を知らないといけないと思い、まずは自分が弟子入りしたんです。
職人のもとで1年ほど修行した木村さん。その中で、ある大きな問題に気づきます。
僕は職人さんありきで、商品の企画・販売を考えていました。しかし短い修行中にも、どんどん職人さんが辞めたり亡くなったりして。仕事をお願いする職人さんがいなくなっていくのです。まずは、型紙を彫れる人を育てないといけないと思いました。
木村さんは、商品企画・販売から、伊勢型紙職人の育成に方向転換。「テラコヤ伊勢型紙」を立ち上げることにしました。「テラコヤ伊勢型紙」の特徴は、短くても1日、長いものでは4泊5日みっちり制作するコースまで設けていること。伝統工芸体験といえば、観光客向けの数時間でできるものが多いなか、あえて長期間のコースを設けたのは「体験から弟子入りまでのステップ」をつくるためでした。
「テラコヤ伊勢型紙」をワンストップの施設にしたかったのです。たとえ短時間のワークショップで伊勢型紙に興味をもったとしても、次のステップが弟子入りというのは、やはりハードルが高すぎるんです。
いきなり現在の仕事を辞めて、生活の安定しない弟子入りを決断できる人は少ないはず。それに、体験から弟子入りまで細やかなステップを踏めば、自分の本気度や向き不向きもわかるでしょう。
木村さんの狙い通り、「テラコヤ伊勢型紙」を訪れるのは、ちょっと関心のある層から本気で仕事にしたいと考える層までさまざま。ときには職人をめざす高校生、ときにはフランスや台湾などの外国人が日本文化に触れようと門を叩きます。
副業・複業を推奨するのは、それしか道がなかったから
木村さんは現在、「テラコヤ伊勢型紙」を運営するほか、動画制作やウェブサイト制作なども生業とし、複数収入を得て生計を立てています。だからこそ、「テラコヤ伊勢型紙」に弟子入りするにも、副業・複業として職人になることを目指す「複業弟子」をオススメしています。
型紙職人の修業をしているときに、専業では食っていけんやんってわかりました。70代、80代の職人さんは、仕事がなくても年金があるから生活していけますが、僕はこれから家族を持ちたいと考えています。自分が職人仕事だけで食べていくのが無理とわかっているのに、人に薦めるのはおかしいですよね。
収入面に加え副業・複業をすることで、こんな良い効果もあると実感しています。
うちの複業弟子に、広告デザイナーがいます。彼女が本業で型紙のデザインを使いたい場合は、僕に相談したらすぐに実現します。逆に、僕が複業弟子にチラシ制作の依頼をすることもある。お互いの本業と副業・複業をかけあわせることで、新しいことが生まれやすいですね。
また「テラコヤ伊勢型紙」の参加者から「伊勢型紙でクッションカバーの生地をつくりたい」と相談があり、つくったカバーがフランスの展示会で好評を得るなど、本業と伊勢型紙を掛け合わせることで、良い流れが生まれています。
今まで伊勢型紙は、限られた業界とだけ付き合ってきました。しかし、まったく違う業界で働く多様な人と関係性をもつことで、着物や浴衣、手ぬぐい以外にも伊勢型紙をいかせる場所はあるはずです。
ファッションクリエイターが集うまち、白子をめざして
2019年春、木村さんは新しい挑戦をはじめました。「テラコヤ伊勢型紙」から歩いてすぐのところに、服飾コワーキングスペース「ふぁっしょんしろこ」をオープン。「テラコヤ伊勢型紙」を訪れた人がつくった型紙を元に、好きな服や手ぬぐいをつくれるような場所をめざしています。
僕は白子をファッションクリエイターが挑戦できるまちにしたいです。デザイナーや刺繍屋さんなどプロダクトに関わる人たちが集まれば、自然と伊勢型紙も残るんじゃないかなと思うんです。
プロダクトに伊勢型紙を取り入れることを強制はしませんが、「型紙で染めた生地で、ワンピースのポケットをつくらない?」と提案することはできる。何かしら伊勢型紙に興味をもち、おもしろがってくれるんじゃないかな、と。
そして、さらなる目標を掲げています。
2020年には、染物屋さんをオープン予定です。物件はもう決まっていて、元銭湯をリノベーションします。
「テラコヤ伊勢型紙」、「ふぁっしょんしろこ」につづいて、染物屋さんオープンを掲げるのは、「職人になる入り口から、商品販売する出口までをデザインしたい」という目標があるからなのだそう。
「テラコヤ伊勢型紙」でデザイン、型紙を製作。染め工房で生地を染め、その生地を使って、服飾のコワーキングスペース「ふぁっしょんしろこ」で商品開発を行い、ショップで販売するというサイクルを実現させたいです。このサイクルをひとつのまちで完結させることができたら、型紙職人、染め職人、生地のデザイナー、服のパタンナーなどそれぞれの目線で商品改良しながらつくることができます。
1000年以上つづく文化を残すか、それとも捨てるか
ファッションクリエイターが挑戦できるまち、白子の実現に向けて精力的に活動する一方で、伝統工芸といわれる伊勢型紙は今、残るか、なくなるかの岐路に立っていると、木村さんは厳しい表情をします。
伊勢型紙が1000年以上つづいてきたのは、時代に合わせて技術を改良したり捨てたりしてきたから。そうした判断を、今求められている気がします。感情的には残したいですが、経済的には正直厳しい……。でも、産業があるから、文化になるんです。産業としては成り立たない伊勢型紙を、形骸化した文化として残すことにどれほどの価値があるのかと考えてしまいます。
だからこそ木村さんは、伊勢型紙を未来に残すため、一緒に使い道を考えてくれる人を求めています。
僕たちだけでは、新しい用途や商品を考えるにも限界があります。「テラコヤ伊勢型紙」では、副業・複業で弟子入りしたい人を受け入れているので、伊勢型紙や伝統工芸に関心がある人に、もっと気軽に伊勢型紙に関わってもらい、僕たちだけでは考えつかなかった可能性を一緒に広げていきたいです。
伝統工芸と聞くと、少し取っつきにくくて、距離があるように感じてしまう人も多いかもしれません。かつての私も、そうでした。しかし「テラコヤ伊勢型紙」のように、「副業・複業から関わってみない?」と問いかけてくれる場所があれば、気軽に足を踏み入れることができそうです。
木村さん自身も、まだまだ試行錯誤しながら、迷いながら、一歩ずつ歩みを進めている状態です。もし少しでも興味があれば、ぜひ「テラコヤ伊勢型紙」に遊びに行きませんか? あなたがオリジナルの手ぬぐいや浴衣づくりを体験することで、伊勢型紙の未来を照らす新しいアイデアやコラボレーションが生まれるかもしれません。