2019年2月、トークセッション「生きるを編む 大事にしたいこと・ひとと仕事を結び直すはたらき方」というイベントが神奈川県横浜市にある「神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)」で開催されました。
「あーすぷらざ」は、国際・多文化共生・平和・子どもの4つをキーワードに、日本で暮らす外国人向けの相談事業の運営や、イベント、展示、ワークショップなどを開催しています。
館長の城島理子さんは、今回のトークセッションを企画した背景についてこう話します。
城島さん 4つのキーワードは日常生活と関係ないと感じる方が多いのではないかと思います。もっと身近な課題をみなさまと話し合うことで、毎日の生活が少しでもよくなるようなイベントをここ2年ほど開催してきました。
今回のイベントは、昨今、働き方改革や生き方の多様性に注目が集まっているなか、「自分らしく生きる」ということが、当館のキーワードのひとつである「多文化共生」につながるのではないかという思いから、若手職員を中心に企画しました。
一人ひとりが自分らしく生きるとは、どういうことなのか。それを考えるにあたり、自身の持ち味やまわりの人とのご縁をかけ合わせて、生き方や働き方を編んできた人たちがゲストに登場しました。
仕事づくりレーベル「ナリワイ」代表の伊藤洋志(ひろし)さん、株式会社ビヨンドザリーフ代表取締役兼デザイナーの楠佳英(くすのき・かえ)さん、老舗スパイス商のアナン株式会社2代目であるアナン・メタさんの3名です。
そしてファシリテーターは「働き方研究家」の西村佳哲(よしあき)さんが務めました。
西村さん 僕は「働き方研究家」という肩書を20年くらい前に名乗って、本を書いたりしてきました。いま、国や企業が働き方改革をしたり、副業が解禁になったりしていて、仕事をやりやすくなったりクリエイティブになったりしていると思いますが、で、どんな仕事をしているの? というところのほうが僕は大事だと思っていて。
僕はゲストの人選には関わっていませんが、いまこういう仕事が大事だなと思う人たちに来ていただいているのだと思います。
ゲストの話を通して、自分の思いに気づいたり、次の行動につながるきっかけを掴んだりしてもらいたいという思いから、トークではゲストが経験してきたことと、そのなかで大切にしてきたことのふたつを中心に話していただきました。また、聞いてどう感じたかを、近くにいる参加者同士で話す時間もありました。
仕事は、できることが増えること
最初に登壇したのは、「ナリワイ」代表の伊藤洋志さん。
2007年から「生活のなかから生み出す頭と体が鍛えられる仕事」をテーマにナリワイづくりをはじめ、現在は年間に5〜6種類ほどの仕事をしているそうです。
伊藤さん 会社勤めをしていたとき、会社に体を合わせる作業が必要で、でも僕は合わせる能力が低くて。一年くらい働いていたらストレスが溜まり、夜にアイスクリームを食べないと眠れないようになってしまって(笑) これはいかん、肌荒れもひどくなったし、体の声を素直に聞こうと思って会社を辞めました。
そこではじめたのが、農家さんの手伝いでした。
伊藤さん 収穫で忙しい時期だけ手伝っています。通ううちに、いいものをつくっても結局出荷するときにはほかの農家がつくったものと全部混ざってしまうとか、流通の過程で値段が高くなってしまうとかそういう問題を聞いて、じゃあ僕が売ったらいいんじゃないかということになって。ほしい人におすそわけする八百屋も兼ねるようになりました。
最初は梅の収穫を手伝っていましたが、その農家さんがミカンもつくっているのでミカンも手伝い、そのうち噂を聞いた人に声をかけられサクランボや桃の収穫も手伝うようになったとか。それぞれの繁忙期に合わせて“非常勤農家”をしているそうです。
伊藤さん 自分が必要なものをつくって調達し、余剰をおすそわけするという形で仕事をつくっています。そのときに大事にしているのは、頭と体を鍛えられるかどうか。消耗すると思ったらやめます。
ナリワイのひとつである「モンゴル武者修行」では、モンゴルの遊牧民に一週間ほど弟子入りし、同じ生活を体験するツアーです。乗馬をしたり住居となるゲルを建てたり、保存食の乳製品をつくったり、放牧している羊を捕まえて毛を刈ったり捌いたり…。年3回、日本で興味のある人を募って開催しています。少なくて5人、多いときは20人ほどが集まるそう。
伊藤さん 僕にとって仕事というのは、できることが増えること。それには師匠が必要なので、「この人は僕の師匠だ」と思える人を見つけるようにしています。そうやっておもしろそうだと思ったことを、思いついたらすぐに試していくことを大事にしています。
地域のなかで温度の高い場所をつくる
続いて、「ビヨンドザリーフ」代表兼デザイナーの楠佳英さんが登壇。
楠さんが2014年に立ち上げたビヨンドザリーフは、編み物や縫い物が得意な女性や高齢者による、ハンドメイドのファッションブランドです。
楠さんは2年間会社勤めをしたあと、フリーランスとしてファッション誌の編集に15年ほど携わっていたそう。
楠さん ファッションって流行のサイクルがすごく早くて、私がつくっていたのは月刊誌だったので、毎月新しい服を3000着くらい見ていたんです。でもその服は、3ヶ月後には誰も着ないし破棄されていて。そのサイクルがだんだん早くなって、正直疲れてしまいました。
そんなときに、義理のお母さんが一日中、家で編み物をしているのを目にします。
楠さん 義母は夫を亡くし、子どもも独立して一人暮らしをしていたのですが、寂しさを埋めるかのように編み物に没頭していました。義母だけでなく、編み物ができるシニア世代の人たちはきっとたくさんいるし、新しい仕事や役割を通して社会とつながるきっかけをつくれたらと思い、ブランドを立ち上げました。
少しずつ輪が広がり、現在は30代から80代までの、40人ほどの編み手さんとともに商品をつくっています。
楠さん 女性って一日のなかでまとまった時間をとりにくいんですよね。私たちの取り組みでは、子育てとか介護の合間など細切れに空いている時間を使って、好きな編み物で無理なく社会とつながることができる。また、お客さまにも押し付けることなく、商品にこめられたストーリーを届けられたらと思っています。
2018年の夏には、日吉駅近くにアトリエ兼ショップ「Beyond the reef Atelier」を開店。編み物をするワークショップも開催しています。
楠さん もともとオンラインストアだけだったのですが、やっぱり直接人と人がつながることは無限の可能性があるし、なにより楽しい。地域のなかで温度の高い場所になればいいなと思っています。
スパイスを通して「幸せ」を増やしたい
最後に登壇したのは、インド人でスパイス商のアナン・メタさん。1976年よりスパイスの輸入卸しやオリジナルスパイスの開発に取り組んでいます。
アナンさんはヨガの先生もやっているそうで、トークの前に参加者みんなに立ってもらい、ゆっくり両手を上げるヨガをしました。上にまっすぐ伸びることで血の流れが変わるそうです。
みんなの血流がよくなったところで、独特のテンポでトークがはじまりました。
アナンさん 私が一番聞かれる質問は「いつ日本に来ましたか?」。たいてい、800年前に源頼朝に呼ばれたと答えています。そのとき千両箱を落として、いま探している。一緒に探して見つけたら山分けしましょうって。
本当はね、61年前。8歳のとき。父親が会議に出るために4日間、日本に行くことになって、連れて行ってもらいました。そしたら父が「もうちょっと泊まる」となって、結局3年半、東京の世田谷で暮らしました。
その後アナンさんは再び日本に渡り、スパイスなどの販売をはじめます。現在は企業や地域と商品を共同開発したり、スパイス料理の教室を開いたりしています。
特に人気商品の「カレーブック」は、中にカレーのスパイスとレシピが入っていて、簡単に本格的なインドカレーをつくることができるというもの。もともと、1983年に大阪で開催された「料理オリンピック」で、アナンさん率いるインド代表チームの骨つきチキンカレーが金賞に選ばれ、商品化に至ったのだそう。
東日本大震災以降は、宮城県女川町でカレーをつくる「女川カレープロジェクト」もはじまりました。アナンさんの息子・バラッツさんが女川町でカレーの炊き出しをしたことをきっかけに、地元に雇用を生むため「女川カレー」を商品化し、女川町の人たちが製造を手がけています。
現在、鎌倉市で築100年ほどの家に住んでいるアナンさん。大きな家にはたくさんの人たちが訪れるようです。
アナンさん (鎌倉の)由比ヶ浜海岸でとったワカメを子どもたちと食べたいと言われて、ワカメを茹でて、豆の粉を入れて、それだけでお焼きをつくりました。お正月は餅つきをして、150人くらい来て楽しかったです。
一人で食べると虚しいね、よくない。みんなでワイワイ食べると幸せが増える。食べるもので、人は幸せになると思っています。
アナンさんは「幸せ」「ハッピー」という言葉をたくさん発していました。
アナンさん 私はね、人をハッピーにしたい。無視されるのが一番不幸せ。インドで同じ村にいたガンディーがよく言っていたのは「相手に挨拶せよ、相手を見よ」。
あと、キーワードは「暇」。日本では必ずみんな「忙しいですか?」と聞く。漢字で「忙しい」は「心を失う」という意味だと教えてもらって、日本語から「忙しい」をなくしたいと思いました。
ちなみに、もうひとつなくしたい日本語は「あとで」だそう。
偶然の出来事を、人生に編み込んでいく
最後はゲストが3人そろってのトークセッションです。
西村さん 伊藤さんは、ほかの2人の話をどう聞いていましたか?
伊藤さん だいたいみんな偶然起きたことがきっかけになっていて、その「たまたま」を自分の人生に編み込んでいるんだなと思いました。楠さんはたまたま義理のお母さんが編み物をしているのを見てブランドをはじめたり、アナンさんもたまたま4日間だけ日本に来たはずが、800年過ごしていたり(笑)。
西村さん 伊藤さんもたまたま起きたことが横糸になって織っていくことを繰り返しているのかな。
伊藤さん そうですね。大学の同窓会で「あいつ会社辞めたらしい」となって、実家の農家を継いだ友達に「暇なら手伝ってよ」って声をかけられて。でも交通費も出ないしただ手伝わされて、このままじゃやばい、これ売ったらどうなる? って仕事をつくっていきました。
西村さん こういうふうに生きていこうと計画を立てていくというよりは、たまたま起きたことを転がしていく。
伊藤さん はい、小さい仕事をたくさんつくっていくという大まかな方向性はあるんですけど、具体的なことは決めていません。
楠さん 伊藤さんのような働き方は、日本ではまだ珍しいですよね。伊藤さんって「ビジネスをやろう」っていう、ガツガツしたタイプではないというか…。
伊藤さん 拡大思考ではないですね。
楠さん リミットがないですよね。なんでもやってみようと仕事にする。羨ましいです。私はこう見えて、臆病なんですよ。でも伊藤さんの話を聞いて、実はなんでもできるんだなって思いました。
キーワードは「幸せ」と「暇」
楠さん キーワードは「幸せ」ですよね。伊藤さんはこれをやったら楽しそう、アナンさんもこれをやったら人が幸せ、私もこれをやったら幸せかどうかっていう基準でいつも考えています。働くことは生きることで、生きることは幸せ。働く・生きる・幸せっていう3つのキーワードが共通していると思いました。
西村さん 「幸せ」ってどんなもの?
楠さん 直感です。楽しいとかワクワクするとか、そういうことで判断しないと。「ここに出店したら儲かるかな」とか考えると、しんどいですよ。経営者だからそういうことも考えないといけないですけど。「このイベントやったら楽しいかな」とか、スタッフにもよく「これやったらどう?楽しいかな?」って聞いています。
アナンさん 私は今日みなさんに話を聞いてもらえて幸せです。誰も寝てない、泣いてない。あとヒントもらったのは、「忙しい」という言葉をなくそうとしているなかで、キーワードは「暇にする」。挨拶も「暇か?」「そうだよ暇だよ」ってなればいいね。伊藤くんも暇だから農家に連れて行かれた。今日のイベントも、みんな暇じゃないと来れない。
西村さん みんな暇していることを怖がっているところがあるかもね。賑わってないのかなとか人気がないのかなと思われたくない。自分のイケてない感じとかうまくいってない感じとかを避けて生きている感じ。そうか、暇、いいな。
伊藤さん 世の中、確かに「忙しいほうがいい」みたいな雰囲気ありますよね。
西村さん スペースがあるということは、新しい何かが入ってくる。組織もそうだし、自分だってそうだと思えば、空けてみる。
アナンさん アイデアも暇なときにしか出てこない。ヨガもリラックスする。そういう時間を設けるとアイデアが出てきます。
西村さん でも、僕たちの日常にはぼーっとする時間がない。電車に乗っているときも、ついスマホを見たり。
アナンさん ぼーっとする時間をつくってほしい。電車のなかでも、誰も目を合わさなくて寂しい。インドだったら、電車で6人並んで座っていたらすぐに仲良くなってるよ。面倒臭いけど、小さいところから一つひとつ社会を変えたいね。
西村さん含め4人のお話、いかがでしたか?
いま取り組んでいることのはじまりには、偶然起きた出来事がきっかけだったり、たまたま出会った人とご縁が生まれたりと、一つひとつの思いがけないことを人生に編み込んできたようです。その種を見つけるには、アナンさんの言うように暇な時間が鍵かもしれませんね。