みなさんが「自然とつながっている」と感じるのは、どんなときですか?
森のなかにいるとき。田園風景を眺めているとき。海のなかで波に揺られているとき…。頭に浮かぶのは、どこか田舎にいるときのイメージではないでしょうか。
でも今、都会にいながら自然とつながる生き方をする人が増えています。自然電力とgreenz.jpのパートナー企画「都会で自然とつながって生きることはできるのか?」は、そんな生き方をする人を紹介する連載です。
第1回でインタビューしたのは、ヘアサロン「TWIGGY.」のクリエイティブディレクター、松浦美穂さん。
一般的にヘアサロンに行くのは、髪型を変えたいときや気分転換したいとき。けれどもTWIGGY.に足を運べば、そこにあるヘアケアプロダクトや併設されたカフェのメニューなどを通じて、環境にやさしいライフスタイルを体験することもできそうです。それは、松浦さんの考えゆえ。ただし彼女の考え方は、一般的な環境問題への取り組み方とひと味違います。
なぜヘアサロンのオーナーが、環境に配慮した取り組みをするのか。その地球へのやさしさの秘密をおうかがいしました。
TWIGGY.クリエイティブディレクター
美容師、ヘアメイクを経て渡英。1990年、帰国後にヘアサロンTWIGGY.を設立。雑誌、広告、ショーなどヘアアーティストとしても幅広く活動している。2011年には、人間本来の「自然治癒力」に着目し、国産にこだわったヘアケアプロダクツ「YUME DREAMING EPICUREAN」を発表。一人ひとりの個性に応じた美容、健康、ファッションを、ヘアスタイルとともに提案することを心がけている。スタイルブックに、「どこから見ても美シルエット!TWIGGY. STYLE」がある。ディレクター引地海が編集するこれからの未来を考えたZine「CleanSimpleSmart」にも携わる。
サロンは、健康になる場所なんです
さっきいらっしゃったお客様、髪をとっても綺麗なブルーに染めてらしたの。わたしの爪まで染まっちゃった!
サロンに併設されたカフェで、嬉しそうに話しながら私たちを迎えてくれたのが、松浦美穂さん。松浦さんは、東京でもひときわお洒落な地域である、渋谷区神宮前にあるヘアサロン「TWIGGY.」のオーナーで、著名人からの信頼も厚い人気ヘアスタイリストです。
そんな松浦さんは環境への意識も高く、オーガニックにこだわったサロンづくり・ヘアケア製品づくりを実践しています。TWIGGY.オリジナルヘアケアブランド「YUME DREAMING EPICUREAN」の製品には、コメ粉をはじめとするオーガニック植物成分を積極的に配合。
またサロンに併設されたカフェでは、無農薬食材を使ったメニューや、毎週月曜日に週に一度はお肉を食べるのをやめようという「ミートフリーマンデー」の考え方にもとづいたヴィーガンカレーを提供しています。
そして2018年の夏から、お店で使用する電気を自然エネルギーでまかない、さらに環境にやさしいサロンになりました。松浦さんの環境に対する想いが形になっているのがTWIGGY.なのです。
確かに、お年寄りのための施設などでメイクを施すことで、お年寄りが元気になったり、表情が豊かになったりすることがあると耳にしたことがあります。そういう意味では、ヘアサロンはただ身なりを整えるだけでなく、健康になるために大きな役割を果たしているのでしょう。そしてその効果は周りにも及ぶのだそうです。
おばあちゃんが綺麗になると、息子や娘や孫はうれしいでしょ。綺麗になるって、自分のためだけじゃないの。自分がうれしいことはきっと人の喜びになるんだと思うんです。
そして、「心も身体も綺麗になる」という考えを拡大解釈することが、松浦さんの環境に対する向き合い方につながっていくのです。
自然環境と人間って、私の中でイコールなんですよ。つまり、わたしたちが気持ちいいことは、地球にとっても気持ちいいことだと思うわけ。
逆に、自分にとって便利だけど気持ちのよくないことを積み重ねていくと、結果的に環境が壊されてしまう。
だから、脳じゃなくてハートで気持ちいいと感じることを実践していったら、それが環境のためにもなるんじゃないかって思います。
ロンドンで気づいた、ストレスフリーになることの心地よさと大切さ
松浦さんの環境意識の原点にあるのは、幼い頃。日本有数の工業地帯である北九州出身で、公害が身近にあったことから、母親が美容室を経営しながらも添加物などに注意を払い、食べ物への意識は高かったそうです。
松浦さんが環境への想いをはっきりと意識し、行動に移し始めたのが、1988年。それまで都内の美容室でスタイリストとして働いていた松浦さんは、かねてから興味のあった音楽とファッションが融合した文化に触れようと、ロンドンに渡りました。
まだ日本にはオーガニックという言葉など入ってきていない時代。それでも当時のロンドンでは、オーガニックな商品を豊富に扱ったお店がありました。
当時すでにオーガニックコスメやオーガニックハーブを扱っていたニールズヤードというお店です。まだ日本では「オーガニック」なんて言葉は聞いたこともない時代。だから興味を持って、よく買い物に行っていたんです。
特に面白いと思ったのは、そういうお店にいろんな人が来ていること。銀行員みたいな堅い格好をした、いかにもジェントルマンみたいな人も、パンクロッカーも、労働者階級のおじさんもいたし、人種もいろんな人がいて。
その人たちがどうしてこのお店の商品を必要とするのかを知るために、店員のイタリア人の女の子に『なんでこんなにいろんな人がいるの?』って聞いたの。そしたら、みんなの食事会に招いてくれて。
みんなに話を聞いてみると、銀行員の人であればお金のことばっかり考えてノイローゼになりそうになったとか、ジャズミュージシャンの人はドラッグで危険な状況に陥ったことがあったとか、ある人は食べるものがなくて飢えて死にそうになったとか。
そういう、身体的にも精神的にも大きなストレスを経験した人が来ていたんですね。それで、「なるほど、みんなストレスフリーになるためにここに来ているのか」って気付いたんです。
当時、松浦さん自身も、ロンドンに渡り、英語も上手く話せなかったことに加え、現地で妊娠・出産し、仕事もできず、たくさんのストレスを抱えていました。そこで、自らがストレスフリーになるために飲むもの・食ベるものを変えたり、薬局の薬ではなく植物由来のハーブでつくられた製品を使用するなど、生活を改めていきました。そのことが、帰国後、オーガニックなヘアケアプロダクツを開発することにつながっていきます。
子どもの頃から添加物に対する疑いや恐怖心があったけれど、ロンドンでそうしたストレスを感じることなく食べられる食品があることも知りました。だから、ヘアケアのためのプロダクトでも、ストレスをなくすためにできることがあると思うようになったんです。
シャンプーをしながら「この排水は環境に悪いのではないか、この界面活性剤は自分の体に悪いのではないか」といったことを考えずにすむものを探し回って、まず出会ったのがAVEDAでした。AVEDAは、自然界由来の成分を使用し、その生産過程においても環境に配慮した、ヘアケア製品のブランドです。
その後帰国した松浦さんは、2002年にAVEDAが日本に上陸した際には偶然にも声を掛けられ、アーティスティックディレクターに就任します。松浦さんの探求はそれだけにとどまりませんでした。5年間のTWIGGYとAVEDAの兼任後、2011年、人間本来の自然治癒力に着目し、国産にこだわったオーガニックなヘアケアプロダクツ「YUME DREAMING EPICUREAN」を生み出したのです。
気持ち良さを追求することが、環境にいい暮らしにつながる
「EPICUREAN(エピキュリアン)」とは快楽主義者の意味。松浦さんにとって、快楽=気持ちいいことはとても大切な要素です。
とてもジャンクだけれど美味しいものや、環境や身体に良くないと思えるけどかっこいいものは、世の中にはたくさんあります。松浦さんは、「それはいけない!」と目くじらを立てるのではなく、それをオーガニックで体にも環境にもいいかたちでつくればいいと考えます。
頭だけで考えて、『これは環境にいい』と言えることを目指すんじゃなくて、どうすれば気持ちがいいか、快楽が生まれるかを考えてるんです。まずは楽しいとか、美味しいとかいう気持ちの良さがあって、次にそれをどう環境を良くすることにつなげていくかを考えていきたいの。
たとえば、ナチュラリストだからパーマをかけずにストレートヘアで、メイクをしないんじゃなくて、思いっきり金髪のナチュラリストがいたっていいんじゃないかなと思ってます。
そういう考えに触れると、お客様の髪を鮮やかなブルーに染めることも、地球にやさしい暮らしとかけ離れてはいないとわかります。髪を染めることを我慢したりするのならば、それはストレスになるはずです。それでは、松浦さんがロンドンで学んだ、ストレスフリーになることの大切さから逆行してしまいます。
我慢したり、無理したりするのではなく、自分にとって心地よい、快楽を追求しながら、頭皮のことや薬剤の環境汚染をなくす商材をつくる努力をすることが、ひいては地球も喜ぶ、環境にやさしい暮らしになると松浦さんは信じているのです。
松浦さんがTWIGGY.で使用する電気を自然エネルギー由来に変えたのも、根底にあるのは、地球にやさしい電気を買うという「お買い物ができるのが楽しい」という気持ち。エネルギーに関しては、2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故をきっかけに考えるようになり、自然エネルギーを使用したいという気持ちは前から強く持っていました。
サロンにソーラーパネルを入れて、発電した電気を蓄電したり、節電に取り組んだりということも考えたんですよ。でも、そんなふうに無理して一気に自然エネルギーを導入すると、どこかで我慢をしたり、周りの人達に迷惑をかけたりして気持ちよくないでしょう。だからまずは全部自分でやろうとするんじゃなくて、自然電力から電気を買うことにしました。
そういう形で自然エネルギーを導入したのは、やっぱり「やさしい電力を買うのが楽しいな」って思えるからなんです。そういう気持ちのよさを大事に、普段どおり美容室をやりながら、少しずつ自分の目指す形に移行していけばいいなって。
電気を切り替えることで、ストレスを感じるほど節電を意識したり、我慢したりするのではなく、普段どおりヘアサロンを営業しながら、より環境にやさしい暮らしを日々実践していけます。自然エネルギーを選んだ背景にも、松浦さんらしい「気持ちの良さを大事にする」という哲学がありました。
共感してくれる人と、できる限りの範囲で行動していきたい
松浦さんはただ気持ちいいことを求めて、自然体で環境にやさしい暮らしを実践しているので、これからも環境保護を声高に訴える活動をしようといった考えを持っているわけではありません。ただ、今やっていることひとつひとつのつながりが、もっといい形で広がっていくといいと考えています。
たとえばお客さんや周りの方に、「電気は自然エネルギーに変えたほうがいいよ!」とは言っていません。でも、「使っている電気が自然エネルギーなんだよ」って言うだけで、共感してくれるものがあればいいかなって思うんです。
その中でも、松浦さんが注目しているのが10代の若い世代。最新のTWIGGY.のイメージヴィジュアルに起用したダンサーなどの若者たちです。
今年は、10代の若者たちをTWIGGY.の広告のヴィジュアルに使ったんですよ。そういう世代の子が「オーガニック」とか「自然エネルギー」とか言い始めてるから、すごく嬉しいの。
わたしの娘も16歳で、小学校の頃からお団子を買うときにコンビニエンスストアの三色団子じゃなくて、お団子屋さんで買うんです。
「お団子屋さんのお団子は2日とか3日で捨てなきゃいけないけど、添加物が入ってないからだよね。コンビニのお団子は長持ちするけど、いろんな添加物が入ってるからね」って。それを彼女はわかってるから、友達同士でも商店街のお団子屋さんに行くんですよ。10代の子たちが「あそこのお店、渋いよね」って言いながら(笑)
そんなふうに、若者にオーガニックの気持ちよさと日本に古くから伝わる知恵を伝えていくことは、やっていきたいですね。
「政治を変えるなどの大それた活動ではなく、“一人ではないよ!”と共感してくれる人とできる限りの範囲で行動していきたい」という松浦さんの原動力は、気持ちいいことを楽しむこと。社会を変えるために活動すると考えればハードルは高くなりますが、考えを同じくする人と一緒に少しだけ行動してみるのは楽しいはずです。
毎日の生活をより気持ちよく、より楽しく。その先に、環境にやさしい暮らしが待っていれば、こんなに素晴らしいことはありません。我慢や無理も必要なければ、肩肘張って頑張る必要もないのです。松浦さんの軽やかさは、「都会で自然とつながる生き方」について多くのヒントを示してくれています。
たくさんの環境問題を現在の地球は抱えており、その対策が叫ばれています。けれども、一人ひとりが環境にやさしい暮らしを実践しようとするときに、「これはダメ、あれをすべき」とルールばかりで窮屈と感じるものになっていたのでは、その暮らしそのものが持続可能なものにならなくなってしまいそうです。
まずは、自分が心地よく、楽しめることから、自分が実践できることを探してみませんか?
社会の持続可能性は、わたしたち一人ひとりの、楽しくて持続可能な暮らしの先にあるものなのかもしれません。
(写真:苅込宗幸)
– INFORMATION –
今回の連載のテーマである「都会で自然とつながる」生き方。自然電力グループでは、まさにそんなそれぞれが気持ちよいと感じられる生き方・働き方を日々模索しています。生き方や働き方に正解がない今こそ、自然電力グループのクルーたちと一緒に、一人ひとりが気持ちよいと感じられる「未来の組織・働き方」について考えてみませんか?