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「世界一薄いシルク」で海外へ羽ばたく。福島県川俣町「齋栄織物」の挑戦

今年9月、フランス・パリのユネスコ本部で、日本の伝統芸能「能」と着物オートクチュールをコラボレーションさせたショーが開かれました。

舞台衣装に使われたのが福島県で生まれたシルク製品、「フェアリー・フェザー(妖精の羽)」です。「世界一薄く、軽い」というそのシルクは、まるで本物の天女の羽衣のよう。各国大使をはじめとする1000人以上の観客を魅了しました。生地を開発した福島県川俣町の齋栄織物株式会社に、開発のきっかけやシルクが持つ魅力、可能性を伺いました。

パリで観客を魅了した「天女の羽衣」

ユネスコ本部で行われたショーで「羽衣」として舞台を彩ったフェアリー・フェザー

真っ青に染められながら、限りなく薄く、透き通った「羽衣」。モデルの動きに合わせてしなやかに宙を舞うと、会場から感嘆のため息とともに大きな拍手が寄せられました。

ユネスコ本部で行われたイベント「 Beyond KIMONO~はごろも~」公演。主催したNPO法人「美・JAPON」によると、「配色、生地の質感、音楽…すべてが完璧だった」といった賛辞が上がり、文化の世界的中心であるユネスコとして「異例の成果」という高い評価を受けたそうです。

羽衣として登場したのが、齋栄織物が開発したフェアリー・フェザーでした。髪の毛の6分の1の太さという、超極細の絹糸を織ったオーガンジー(極薄手の平織り生地)です。薄くて重さをまったく感じさせないのに、羽織ると張りと光沢があります。

フェアリー・フェザーで作られたスカーフ。色合いもカラフルで心が浮き立ってきます

世界の一流ブランドもこの素材に魅せられました。名だたる企業が相次いでスカーフなどの生地に採用。イギリス王室のヘンリー王子と結婚したメーガン妃もフェアリー・フェザーを使ったドレスを着たそうです。

「ウエディングドレス1着で比べると、軽さがよく分かりますよ」と社長の齋藤泰行さん。通常のドレスの重さは10キロ以上ありますが、フェアリー・フェザーを使ったものは1着600gと10分の1以下です。

齋藤さんによると、手織りなら、もっと薄い製品はつくれるそうです。それでは大量に生産できず、どうしても価格が上がってしまいます。同社は加工が難しい極細の糸でも機械で織れるよう作業の工程や機械に改良を重ね、フェアリー・フェザーの量産化に成功しました。

桂由美さんがフェアリー・フェザーを使い、デザインしたウエディングドレス。約600㌘という軽さ

産業の危機 「新しい事業の柱を」

同社のある福島県川俣町は、同県北部の伊達地方、阿武隈山系の丘陵地帯に位置します。気候と風土が桑の育成に適しているとされ、古くから養蚕と機織りが行われていました。

1859年の横浜港の開港と同時に、日本製のストールやスカーフが海外に輸出されるようになり、国内の繊維産業はますます盛んに。伊達地方も、製品の原材料となる白生地や和装の裏地の供給基地として栄えました。

しかし、ファッションの多様化や合繊の出現などで、状況は変化してきました。

齋藤さん スカーフに代わってマフラーが世界の流行に。国内は和装人口が減り、海外の他産地からは安価な輸入品が入ってきました。1970年代には絹織物の価格が大きく下がり、国内の産業全体が厳しい時代に入りました。

齋栄織物の齋藤泰行社長

国内では小規模な産地が残っているだけになりました。齋藤さんによると、昭和50年代に約250社あった町内の織物会社は、現在20数社にまで減ってしまいました。1952年創業の齋栄織物は、齋藤さんが2代目。厳しい環境の中でも輸出向けの製品を中心に経営してきましたが、2008年のリーマンショックで輸出が激減します。

齋藤さん 他社が作れないような製品を作り、新たな事業の柱にしたいと考えるようになりました。ウエディングドレス向けの製品を通じてつながりのあったデザイナーの桂由美さんから、「花嫁が着ても、結婚式でダンスを踊れるようなドレスを作ってあげたい」という話を聞いたことがヒントになり、世界一薄いシルク開発への挑戦が始まりました。

1万本の糸に、1本ずつ手作業で重りをつける

世界一薄いシルクのためには、「世界一細い生糸」が必要です。

齋藤さん 普通は蚕(かいこ)が4回脱皮した繭から生糸を取ります。フェアリー・フェザーに使う生糸は、「三眠蚕(さんみんさん)」という、3回しか脱皮していない繭から作られています。三眠蚕の生糸は8デニール(髪の毛の6分の1の太さ)。クモの糸のように極細で、しなやかです。反面、扱いが難しい。機械で織ろうとすると切れたり、毛羽立ったりしてしまいます。細すぎて見えないし(苦笑) 普通の織物屋が使いこなせる代物ではありません。

右がフェアリー・フェザーに使われる三眠蚕。一般的な繭(左)よりずっと小さい

生糸の強度を補う工程で使う油剤や、糸を染める技術に試行錯誤を重ねました。糸繰り機や織機、整経機などの機械も自分たちで改良しました。最も大きなポイントは、糸の張り具合の調整だったそうです。

齋藤さん 織物は何千本もの経糸を垂らし、緯糸を通す作業を繰り返して出来上がります。普通の糸なら垂らした経糸にまとめて、30キロ程の重りを1個付けて糸に張りを出します。しかし、三眠蚕の生糸でそれをすると切れてしまう。最終的に、1万3千本の経糸に1本ずつ、3グラムの重りを付けることで、糸を切らずに張りを出すという方法に行き着きました。

1万3千本に1個の重りを、手作業で付ける。その工程だけで2週間かかります。思わず「地道で根気の要る作業ですね」と言うと、「うちの製品は通常でも完成まで3カ月。フェアリー・フェザーなら半年かかります。機械にかけるための部品の穴には手で一本一本糸を通すのですが、そうした前段階だけで1カ月かかりますからね。製作の期間全体で見ると、2週間程度、という感覚です」と笑う齋藤さん。機械で大量生産できるようになったといっても、天然の素材を生かすためにはやはり手間暇がかかるのですね。

機械に糸をかける前。人の手で道具の穴に1本ずつ糸を通すなどの作業があり、1カ月かかる開発の途中には、東日本大震災が発生。同社も、物流の停止などほかの多くの企業と同じように被害を受けました。

一方で、「福島を助けたい」という声も多く、物資をはじめとする多くの支援が寄せられたそうです。齋藤さんはあらためて「ありがたかった」と感謝します。困難の中でもあきらめずに開発を続けた結果、震災の翌年、2012年にフェアリー・フェザーが完成しました。

シルクの特性を生かして工業用資材も

ファッションのイメージの強いシルクですが、意外なことに、工業用としても注目を集めています。同社も近年、工業製品の開発と製造に力を入れているそうです。

同社の売上の3分の1がフェアリー・フェザーをはじめとするスカーフ、3分の1が和装の裏地。残りが工業用の資材です。シルクは吸湿性や保湿性、通気性が高いほか、天然繊維で静電気を起こしにくいという特徴があります。ヘッドフォン用の膜やフィルター、ケーブルなどの資材のほか、再生医療に使われるiPS細胞を培養する素地などにも使われています。

齋藤さんは「うちは何にでも首を突っ込むから、特殊」と前置きしながら、「企業は事業の柱をたくさん持ってないとダメ」と言い切ります。

齋藤さん フェアリー・フェザーを開発したことで、技術力のある会社として認められ、各方面からさまざまな依頼が来るようになりました。ファッション向けの製品は良いけれど、それだけでは生きていけません。工業用や付加価値を高めた製品を手掛け、少量生産でも回っていく体質にしていきたいと思っています。

天然繊維以外に、合繊を手掛ける考えはあるか尋ねたところ、齋藤さんはきっぱりと否定しました。

齋藤さん 弊社の織物は長くても数千メートル。一方、合繊は何万メートルという長さで織れます。糸が太くて切れないため、長時間、高速で機械にかけることができるからです。車に例えるとダンプと軽自動車のような差がある。だからこそ、合繊は設備の老朽化も早く、すぐに更新しなければいけません。厳しい品質管理も必要で、大手のメーカーにしかできない。わたしは、天然繊維と合繊はまるきり別な産業だと思っています。

地域、産業全体で「復興」、「振興」を

齋藤さんは自社だけでなく、地域や国内の織物産業全体の再興を目指しています。

齋藤さん 生糸、染め、仕上げ…、織物は多くの企業が協力してはじめて出来上がります。地域の1社、2社が生き残っただけでは成り立たない。これ以上、産地や関連産業が衰退しないよう、力を合わせて頑張っていかなければいけません。

そんな思いで、震災後に県内の関連企業が結成した「福島県ファッション協同組合」の活動を継続し、イタリア・ミラノ、米国・ニューヨークなどで開かれる国際的なテキスタイル(生地)の展示会への出展を続けています。

齋藤さんは「フェアリー・フェザーをはじめとする川俣のシルクを世界中にPRし、福島のものづくりの復興を印象付けたい」と話します。2020年には、今年フランスで行われた公演を福島県で行い、商品の展示会や販売会も行いたいと考えているそうです。

最後に、「齋藤さんにとってシルクとは何でしょう」と尋ねました。すると、「生活の一部」という言葉が。「シャッ、シャッ、シャッ」と、工場で流れ続ける自働織機の音が「自分の人生そのものじゃないかな」と齋藤さん。

齋藤さん 生糸も織物も、呼吸して生きている。だから、わたしは織物から元気をもらっているのかもしれませんね。

自働織機が並ぶ工場。横糸を通す羽の音が鳴り響く

取材の帰り、フェアリー・フェザーではありませんでしたが、同社のスカーフを1枚お土産に買って帰りました。さらりと羽織った家族は、「あったかーい。やっぱり、違う」と一言。

人々を暖かく、優しく包み込むシルク。人類の古来の産業でありながら、挑戦する人の存在によって新しい可能性を広げています。自然から生まれたもの、伝統的なものだからこそ、むしろ現代に合った革新的な機能を見いだせるのかもしれません。

(撮影:鈴木宇宙、1,2枚目:François LOLLICHON)