2018年1月、東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」は、名前の通り喫茶+ランドリー(洗濯)ができるお店です。
単なるカフェでもなく、コインランドリーでもなく、多様な人たちが訪れ、それぞれが過ごしたいように過ごせる場所として注目を集めています。
「目指したのは私設の公民館」と言う、運営する「グランドレベル」の田中元子さんにお話を伺いました。
1975年、茨城県生まれ。独学で建築を学び、2004年、大西正紀さんとともにクリエイティブ・ユニット「mosaki」を設立。建築やまち、都市などと一般の人々をつなぐことを探求し、国内外でメディアやプロジェクトづくり、イベントの企画などを行う。2015年より「パーソナル屋台が世界を変える」プロジェクトを開始。2016年、株式会社グランドレベルを設立。2018年には『マイパブリックとグランドレベル』を上梓。
多様な人たちが集まるランドリーカフェをつくる
金髪にちょっと派手な服装。目を引く彼女のことを、みんな“元子さん”と呼ぶ。
パートナーの大西正紀さんと「mosaki」というユニットを組み、建築にまつわるメディアやプロジェクト、イベントなどに携わってきました。
そうした活動のなかで「まちの景色や居心地のよさをつくるのは建物の1階」だと気づき、「1階づくり」をテーマにしています。
たとえば「パーソナル屋台」は、組み立て式の屋台を持って公園や道路などに出没し、道ゆく人に無料で何かを振る舞うことで「マイパブリック」を生み出すプロジェクト。これを「小さな都市計画」として、元子さんはコーヒーやジュースなどを振る舞いながらまちの人たちとコミュニケーションを図ってきました。
あるときは公園で、あるときは歩道で、またイベントや社会実験に呼ばれて出店したことも。どのまちでも「パーソナル屋台」は好評で、自分の「パーソナル屋台」を考えるワークショップもおこなうほどに。
手応えを感じ、「1階づくり」にさらに力を入れようと株式会社グランドレベルの設立準備をしていたとき、ある不動産コンサルタントから物件の相談を受けます。それが、「喫茶ランドリー」のはじまりでした。
築55年の3階建ての建物をどうしたらいいか、と相談を受けたのですが、そのときにデンマークのコペンハーゲンで訪れたランドリーカフェを思い出しました。
一般的なランドリーカフェは洗濯機がずらっと並んでいて、ちょこっとカフェスペースがある、というイメージですが、私がコペンハーゲンで見た「ランドロマットカフェ」は一見すると普通のカフェで、隅っこのほうに洗濯機があって。外からランドリースペースは見えないくらいなんだけど、それがあるだけでいろんな年齢層の人とかカフェに興味のない人も訪れていて、すごくいいなと思ったんです。
カフェに加えて何らかの複合的な要素があれば、より多様な人が訪れるのではないか―。そう提案し、運営は事業者に任せるつもりでしたが、住宅地にあるという立地条件などからなかなか事業者が見つからず、最終的に自分たちでやることを決意。
「ランドリーカフェをやりたい」というよりは、まちのいろんな人たちが共存できるような場所をつくりたい、という気持ちが強くなっていきました。
実はこの建物は、偶然にも私たちの家のすぐ近くだったんです。近所にふらっと遊びにいけるお店があればいいなと思っていたことも、自ら運営するきっかけになりました。
ゆったりできる「まちの家事室」を目指して
ところが、さっそく問題が。
コインランドリーの機械って、すごく高いんです。ガス式だから特殊工事が必要らしく、1000万円くらいかかることがわかって…。お金もないし、もうできないのかなって相当落ち込みました。そしたら喫茶ランドリーを設計してくれた建築家に「あなたがやりたいことはコインランドリー事業じゃないでしょ? コイン式じゃなくてもいいんじゃない?」と言われ、業務用の耐久性のある洗濯機を見つけたんです。
これだと1台が30万円台で済むわけですが、浮いたお金をストックしよう! という考えはなくて(笑)、じゃあミシンとアイロンも買っちゃおう! と思い、このときに「まちの家事室」というコンセプトが生まれました。
コインランドリーだとお金を機械に入れますが、「喫茶ランドリー」ではスタッフにお金を支払うため、お客さんは必ず一度はスタッフと話すことに。コインランドリーでなくなったおかげで、コミュニケーションの必然性が生まれました。
ミシンって年に何回かしか使わないからみんな押入れにしまっていて、出すのが面倒くさい。使ってもしまうのが面倒くさい。それならさくっと使ってさくっと帰れる場所があったら便利だと思いました。
洗濯も、たまには広いところでパリっと乾かしてスッキリ帰れたらいいと思って。実際にうちには赤ちゃんを連れたお母さんがよく洗濯しに来ます。洗濯を待っているあいだはお茶したり誰かと喋ったりして、家では面倒な家事でもここではいい息抜きになっているみたいです。
人が能動的になれるデザイン
「喫茶ランドリー」ではたくさんのイベントも開催されています。その数、オープンから半年間でなんと100回以上。それも、元子さんが企画したのは最初の内覧会だけだとか。
誰かに「こんなことやってみたい」って言われたら「じゃあここでやろうよ、いつやる?」ってすぐ日にちを決めるんです。遊びでも「今度ごはん行こうよ」って話になっても、日にちを決めないとなかなか具現化しないですよね。
ミシンを使うイベント「ミシンウィーク」では、材料を持ち寄って自分のつくりたいものをつくるというシンプルな企画でしたが、大盛況だったそう。
ほかにも秋田県の物産展やアロマ教室など、さまざまなイベントがおこなわれています。ときには、一部の席を貸し切りして親戚の忘年会が開かれたことも。まさに、元子さんが「家のリビングのように使ってほしい」という思いが実現されています。
ここでやってはいけないことって本当になくて、うちに合わないなと思う企画でも全部やりました。結果的におもしろかったですよ。
正直なところ、こうなるまで3年くらいかかると思っていました。イベントだけでなく「お花飾っておいたよ」とかお客さんが店内をアレンジしてくれたり、とてもうれしいです。
なぜこんなにもお客さんが能動的に関われるのか。その秘密は「半分以上はモノの力」だといいます。
ひとが優しくなれるのは、優しくなれる環境があるからで、喫茶ランドリーは多様性を受容できるような環境になるよう設計されています。真っ白な空間だったらこうはならないですね。
洗練された空間だと「こんなところで大きな声を出しちゃいけないかな」とか萎縮しちゃうし、ダサすぎると振り向いてもらえない。人によって愛着の持てるデザインのサイズってあるんですね。私たちはほとんどモノの力で促されています。
たとえば道路に面した壁はガラス張りにし、外からは中が、中からは外が見えるようにしています。その窓側には平凡なデザインの照明を並べて、喫茶店っぽさを表現。
またランドリースペースは排水させるために床を高く上げていますが、外からも洗濯機が見えるように必要最低限の高さよりもすこし高くしているそう。
ランドリースペースは女性の居場所になりがちだと思ったので、喫茶スペースは男性や年配の方も入りやすいデザインにしました。
と話す喫茶スペースの家具はすべて中古で、高さを基準に選んだのだそう。
テーブルは高さ70cm以下、椅子は40cm以下のものを徹底的に探しました。座った時に足が浮くと身の持ちどころが不安定になって、精神的にも身体的にも揺らぎやすくなります。長居防止にはいいけど、うちでは身を落ち着けて長居してほしいので、素敵なテーブルでも71cmだったら残念! って諦めました。
あとは、これは設計ミスなんですけど、レジが奥にあるので初めて来たお客さんはお店に入ってから何をしていいかわからない設計になっています。だからスタッフが「席は自由ですけど注文はこちらでお願いします」って声をかける必要があって、これも会話のきっかけになっています。
話しやすいように練られたデザインのおかげか、お客さんどうしの交流も自然と出てきているそう。
お母さんたちがパン教室を開いて、つくったパンを喫茶スペースにいるビジネスパーソンに配ったり、いまではうちのお店でよくある風景ですが、最初見たときはドキドキが止まらなかったです。同じまちの在住者と在勤者が話す機会ってほとんどないので、自然とコミュニケーションが生まれていてすごくうれしかったですね。
お客さんもスタッフも、全部受け入れる
お客さんだけでなく、スタッフに対しても得意・不得意に合わせて自由にやってもらっているといいます。
いま4人スタッフがいるのですが、そもそもスタッフを募集したことは一度もなくて、「働きたいです!」って向こうから言ってくれて。いまではすっかり任せています。たとえばメニューも、最初はコーヒーと紅茶とトーストだけだったんですが、料理上手なスタッフがおいしいカレーを開発してくれました。
逆にできていないことがあっても、私は何も言いません。「この空間で働けて楽しい!」っていう気持ちが私の小言によって弾けてしまうのは財産の損失なので。そうするとスタッフによってサービスが違ってきますが、公平なサービスをしようとも思っていないし、私は気にしていません。
たとえ「喫茶ランドリー」が元子さんの知らない間にお好み焼き屋になっていたとしても、まったく問題ないと言い切ります。
コーヒーを出すかお好み焼きを出すかという、提供するものが重要なのではなく、この空間が想定外の使われ方をしているおもしろさのほうが私には大事なんです。
近所に住んでいるというスタッフの優美さんも、伸び伸びと働いていました。
優美さん 最初は元子さんのこと、金髪だしちょっとヤバイなって思ってたんですけど(笑)、どんな人だろうと思って全然興味なかったのに本を読んでみたんです。そしたらすごくおもしろくて、「働かせてください!」ってお願いしました。
お店の前でお花の世話をしたり掃除したりするうちに、隣のタオル屋さんとかとも挨拶するようになって、いままで近所なのに全然話したことなかったけど、この前も道端で会ってお喋りするほどになりました。
インタビュー中、優美さんも元子さんも、まち行く人たちと手を触り合う姿が何度も見受けられました。
私はこのまちに10年住んでいるのに、「喫茶ランドリー」をやるまで知り合いが一人もいなかったんです。でも今では毎日まちの人と何人とも手を振っています。それがここに一度も来たことがない人でもいいと思っていて。ここを私設の公民館みたいな場所にしたいと思っているので、お客さん以外の人も排他的にしないことを意識しています。
そうした思いを直接訴えても、なかなか伝わらないもの。そこで元子さんは、まず空間を見てもらうことが大事だといいます。
オープンしようと思った初日に、看板もないしお釣りもないし、これじゃあ営業できないなって気づいて、通行人に無料でコーヒーを振る舞ったんです。最初は「タダなんて悪いなあ」なんて言っていた人もけっこう長居したり(笑)、通りかかる知り合いに声をかけたりして、自分の家みたいに使ってもらえたのでさっそく手応えを感じました。
「喫茶ランドリー」は10年は続くといいなと思います。私がやりたいことの最初の一歩目はすでに達成できたけれど、10年経つとみんなに使ってもらえることが当たり前になると思うので。まちの風景になることが目標です。
自分自身が”マイパブリック”
最後に、「マイパブリック」をつくってみたい人へのアドバイスを聞いてみました。
私は服装に気をつけています。人って、目の前に存在するだけでものすごい視覚情報を投げかけてくるわけじゃないですか。存在している時点で、マイパブリックだと思うんです。自分が公共的な存在でありうると気づいたなら、まずは見た目を気をつけることがすぐにできることだと思います。
マイパブリックとかコミュニティって、普段やっていることの延長線であって、特別なことではないと思っています。何人来たらいいとか、新しいほどいいとか、そんな右肩上がりの指標に合わせる必要はないんです。
そのうえで、どんなパブリックを目指しているのでしょうか。
たとえば私が明日ホームレスになったとして、それでも楽しく生きていけるまちがハッピーだと思っています。だから、いろんなひとがいて、それが見えるといい。いろいろあるけど、みんなこのまちではそれなりにやっているなって見てとれる状況があることが、私にとっては幸せだと思っています。
それをつくるには1階しかない。特に、高層マンションの1階のエントランスホールのリノベーションをやりたいんです。本当に住人やまちの人のためにあるような空間にしたい。「喫茶ランドリー」はその実例として見てもらえたらと思います。
今後、「喫茶ランドリー」を2号店、3号店と展開していきたいというよりは、「“一人目のダンサー”になりたい」と表現していました。
オープンして間もないディスコって誰も踊っていないんですね。そこで私は最初に踊る役割なんです。ちょっと恥ずかしいけど、だんだん2人目、3人目がついてくる。でも盛り上がったところにずっといると「次は何やってくれるの?」って属人的になっちゃうから、ある程度盛り上がったら私は次のディスコに行きます。
私はあくまで一人目のダンサーで、ずっと自分が盛り上げたいのではなくて、2人目、3人目をつくりたい。ただ一人目の踊り方次第で全体のグルーブが決まるので、一人目がどう踊るかは大事。空間ではその帳尻であるデザインやサービスを調整しています。
子どもからお年寄りまで、あらゆる人たちが能動的に関わり、過ごしたいように過ごす。オープンから一年も経たないうちにそうした場になっていったのは、空間のデザインやスタッフのサービスのおかげでもあると思いますが、どんなこともどんな人も受け入れる元子さんの受容力の強さがとても影響していると思いました。
コミュニティをつくるのではなく、コミュニケーションのとりやすい空間をつくる。「喫茶ランドリー」にはそのヒントがたくさん詰まっていました。
グリーンズの学校「コミュニティの教室」では田中元子さんも講師として登場いただく予定です。詳しくは以下をご覧ください。
– INFORMATION –
「コミュニティの教室」は2019年1月から6月開催の第2期メンバーを募集中です。(オンライン参加可能)
詳細はこちらをご確認ください。→http://school.greenz.jp/class/community2/