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お金ではないものを大事に経営する。「新しい経済」の実践者、この店が発するメッセ―ジをお客さんは敏感に感じ取っている

売上より、目の前のお客さんを喜ばせたい。
時間と手間をかけていい仕事をしたい。
 
そう願っても、実社会では許されないことも多い。筆者自身、会社員だった頃は“安く、早く、多く、質のいいもの”を提供するのがプロだと教えられました。それはある面では間違いじゃないと今も思います。“安く、早く、うまい”飲食店は繁盛するし、多くの人が助かるから。

一方で、世の中「安く、早く」というサービスばかりになると、人は元気がなくなっていくのではないか、とも思うのです。人は大切に扱ってもらうことを何より嬉しく思う生き物。存在を認められ、心のこもったサービスや商品を提供してもらうのと、利便性だけでやり取りする関係では、得られる幸福感が違います。そして自分の仕事で誰かを喜ばせることができたら、提供した側も元気になり充足していく。

市場主義のこの世の中で、その理想を実現しているのが、クルミドコーヒーという小さな喫茶店ではないだろうか、と思ったのがこの記事の発端です。

効率重視でなく、時間と手間をかけてお客さんを大切にする。だからといって「ゆっくりのんびり」なスロー主義ではなく、仕事には全力で力を注ぎ、手を抜かない。顔の見えない不特定多数のお客さんでも、知り合いばかりの特定少数でもない、価値観を共有できる“特定多数”を相手にした商いを目指す。それで2008年のオープンから2017年までに述べ30万人が訪れ、年平均10%と、売上の伸びる人気店となっています。

本連載では、これまでにNew Economics(新しい経済)とは何か、地域ぐるみでの実践例を見てきました。今回は一営利企業としてカフェを経営する影山知明さんに話を伺います。
 
グローバル資本主義から距離を置いた経営方針のなかに、成功のヒントがありました。

影山知明(かげやま・ともあき)
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープン。ミュージックセキュリティーズ株式会社取締役等も務める。

クルミドコーヒーとはどんな店か

クルミドコーヒーは、2008年、西国分寺駅近く、影山さんの生家を改築した集合住宅の1階に、住民と地域の人たちの「コモンスペース」としてオープンしました。木調の内装でくるみ割り人形を彷彿とさせる世界観、美味しい珈琲やスイーツ、居心地のよさから途切れることなくお客さんが訪れます。
 
ナショナルチェーンや外資系のカフェの多い町にありながら、一日およそ120人の客が訪れ、食べログのカフェ部門では常に上位に。

西国分寺駅からすぐの場所にある、クルミドコーヒー

2017年3月には姉妹店として「胡桃堂喫茶店」が隣の国分寺駅にオープン。こちらは1号店とは少し違った大人な雰囲気の店で、1階には本屋を併設し、2階は落ち着いた音楽の流れる静謐なカフェ。

国分寺駅から徒歩7分ほどの場所にある「胡桃堂喫茶店」。クルミドコーヒーの姉妹店。

影山さんは、著書『ゆっくり、いそげ』でこのカフェを「お金だけではない価値を交換する場」と書いています。世の中の事業は、基本的にお金儲けを目的として始まります。会社が新しい店を出す場合、売上を上げることが第一優先。「ギブ(与える)」か「テイク(取る)」かでいうと、「テイク」が先。ところが個人が店を出す場合は、そうでないことも多いのではないか、と影山さんは語ります。自身がクルミドコーヒーを始めるにあたっても「近隣に暮らす人々が気軽に行き交える場をつくりたい」という「ギブ」の動機が先にありました。

問題は、ギブが先にあっても、売上を立てなければ店は続けられないということ。影山さんに伺ったのは、その理想と現実の折り合いをどうつけているのか。店はどのように運営され、何を大事にして、何を重視していないのか。それは既存の経営方法とどう違うのか。

理想を追いながら売上もついてくる経営のヒントはどこにあるのでしょう?
売上について、競争について、働き方、時間について、影山さんに聞きました。

売上は、体温計のようなもの

一般的に企業では、毎年、毎月の売上目標があり、それを基準に仕事の成果がはかられ、個人の評価もされて報酬につながったりします。クルミドコーヒーにも売上目標はあるのでしょうか?

影山さん あるかないかで言えば、あります。のんびり好きなように経営していると誤解されることもありますが、毎週の会議でかなり細かく売上など計数管理している方だと思います。ただそれは体温計のようなもので、どれくらいお客さんに喜んでもらえているかを測る目安。目標、つまり目印であって、目的ではないんです。

例えば、売上が停滞していればどう対策するかを考えますが、停滞にも“いい停滞” と“悪い停滞”があって。数字が伸びていなくても、スタッフがじっくり力を蓄えている時期もあるし、新商品の準備段階だったり。売上によって、人の評価が変わることはありません。

以前、影山さんの話の中でクルミドコーヒーでは、事業計画はつくらないと聞いたことがあります。

影山さん 開業して2年目に、事業計画をつくるのをやめました。もともと僕はコンサルタントでそれが仕事みたいなものだったんですが、計画を立てるとすべての仕事がそれを達成するための過程になってしまうからです。お客さんが売上達成のための手段にしか見えなくなってくるし、仕事の過程を楽しめない。それがお客さんにも伝わると思うんです。結果として、お店の生命力が失われていくように思います。

時間の使い方についても同じです。達成しようとする地点まで、最短距離でいくことだけを重視すると、その過程は達成するためだけの味気ない時間になってしまう。うちの娘と一緒にボウリングに出かけると、たくさん寄り道をして遊びながら進みます。そのぶん時間はかかるけど、その過程も大切な楽しい時間になるし、やっぱり最終的にはボーリング場に着くんです

その方針で、うまくいっているということでしょうか?

影山さん 長期的に見るとそうです。でもはじめから今のやり方を信じきれていたわけではない。5〜6年間は経営的にも厳しかったし、判断に迷ったときはお客さんのためになる方、より手間や時間のかかる方を選ぶという、経済合理性からすると真逆のことをしていましたから。でも10年近くやってきた今、多くのお客さんがついてきてくれて、間違っていなかったと確信できるようになりました。

誤解のないように話すと、僕は資本主義が嫌いではないんです。いいものを生み出そうと一生懸命仕事をして競争することは大切だと思っています。なので、その対極にあるスローライフやダウンシフトといった考えとは少し違っています。人を喜ばせるために時間も手間もかけて必死で頑張る。いい仕事をしようとすることは生きる上で尊い要素。ただお金のためにってのはどうなんだろう、ということです。

胡桃堂喫茶店の2階。思い思いの時間を過ごすお客さんたち

競争について

とはいえ、周囲がお客さんの獲得合戦をやっているなかで、生き残っていくのは並大抵のことではありません。クルミドコーヒーの珈琲が一杯650円する一方、近くには200円で十分美味しい珈琲が飲める店はたくさんあります。他店との競争をどれくらい意識しているのでしょう。

影山さん もちろん多少は意識します。特に胡桃堂喫茶店の方は駅からも距離があるし、足を運んでいただく明確な理由が必要で、フードメニューに力を入れるなど工夫はしています。一方で、そもそも戦う土俵が違うとも思っているんです。

たとえば、店を始めて4年目に、西国分寺駅の再開発でナショナルチェーン系の店が立て続けにできた時は、さすがにもう続けられなくなるかもと不安を覚えました。喫茶店の要素を分解して考えても、アクセス、値段、メニューの豊富さ、接客、空間、Wifi接続等々、すべてにおいて、うちの方が勝っているとはっきり言い切れる点はなかったんです。でも不思議と売上は落ちず、むしろ伸びていった。

その時に思ったのは、店の成り立ちが違うからではないかと。どれほど巧みにマーケティングや空間の演出をしても、大手の店は最終的に売上や利益が目的にあります。でもうちは売上のためにやっていませんから。店を始める時、 “ぼくらの娘たちのためにこの店をつくろう”が合言葉でした。これは僕の娘ってことだけではなくて、次の世代に残したいという意味です。僕は自分のために店をやっている意識がまったくない。誰かが喜んでくれるために店をやりたいし、次の世代の人たちのためにこうしたやり方の店でもやっていけることを証明したい。それがお客さんに伝わるのかなと思います。

話を聞いていて思ったのは、会社員であっても、働いている人の多くが、影山さんと同じように、お金が第一ではなく、人のため、自分の仕事が社会に役立つことを願って働いているのではないかということ。

けれどそれが組織になると、数字を求められ、個人の思いと組織のはざまでギャップが起きているのではないか。

胡桃堂喫茶店に併設されている本屋「胡桃堂書店」。店内では自由に本を読むことができ購入もできる。

働くスタッフが鍵を握っている

一つの鍵ではないかと思うのが、店を運営する上でのものごとの決め方。現在クルミドコーヒーは、2店舗で社員14名とアルバイトスタッフで運営しています。
一般的に、企業内で部分的な権限委譲はあっても、最終決定権は責任者にあるもの。クルミドコーヒーでも大きな判断は影山さんがしますが、日々の店の運営では、影山さんのもつ決定権も、一社員がもつ決定権も等しいのだといいます。

影山さん メニュー開発や価格設定、イベントの企画も毎週の会議で話し合ってみんなで決めます。僕が決めて指示することは一切ないです。誰かが心からやりたいと言い出したことなら、基本はやる。やり方をみんなで話し合って決める感じでしょうか。僕の意見が通らないこともたくさんありますし。徹底して民主主義的にやっています。

メニュー開発も、基本スタッフが主体となって進める。

印象的だったのは「店のスタッフは、僕の店を手伝っているという感覚ではなく、自分の店と思って働いてくれていると思います」という言葉。

影山さん お客さんにおすすめのケーキを聞かれた時、お店としての模範解答ではなく、その人の意見を伝えてもらう方がお客さんに響くと思うんです。

他者が経営する店や会社で働いていると、個人の意見より働き先の価値観に合わせることを求められる。でも、そこが自分の本音とズレると働くのがきつくなります。心に嘘をついたり仮面をかぶって働くことになるから。

影山さんは加わるメンバーには、必ず始めにこう尋ねるのだそう。「あなたはお店をいかして、どんなことを表現してみたい?」。すぐに答えられる人ばかりではないけれど、その問いを投げかけているうちに、やがてメンバーの側にもさまざまな思いが生まれます。

あるスタッフは、「店で過ごす間に一つでも心に残る瞬間を見つけてほしい」と、店内の生花や空間づくりを大切にするようになりました。そんなささやかな、心のこもった工夫に、人は感動したり、嬉しくなったりします。“これはサービスです”と言わんばかりに置かれたサービス品やクーポンより、さりげなく生けてある草花、何気なくかけられる一言の方が心に響く。クルミドコーヒーでは、スタッフ一人ひとりの自発的な行動が自然と引き出されることで、お客さんに居心地のいい時間を提供できているのかもしれません。

影山さん ただし、自己利益のためは別。自分たちのエゴのためにやるのではなくて、目の前の人に喜んでもらうためにやる。それが長い目で見たら数字になって返ってくる。数字が目的ではなくて結果だというのが、他と違うところでしょうか。

自由に使ってくださいと、店内に置かれた原稿用紙。

金銭的には一切メリットのない株主

胡桃堂喫茶店をつくるにあたって、影山さんは一般の人たちから出資を募りました。その際、敢えて金銭的なメリットのないファンドを設計したのです。

影山さん 得になることをインセンティブにするほど、人は要望的になります。Takeの動機を引き出してしまうわけです。前職で株主総会の何たるかは知っていたので、いっそのことまったくメリットのないファンドにしようと考えました。1口3万円で3パターンつくりましたが、計画通りにいっても満額3万円しか返さないパターンと、2万1000円(マイナス30パーセント)しか返さないもの、そして一銭も返しませんという期待利回りマイナス100パーセントという通常では考えられない3つを用意しました。

一切分配がないということは、完全な寄付ということ。珈琲チケットやクーポンも敢えてつけませんでした。それでも333人から1650万円が集まります。純粋に胡桃堂喫茶店が身近にできることを嬉しく思い、応援してくれる人がたくさんいてくれたということ。

今年6月に出資者むけの経営報告会を行った際には、目標数字を達できていないにもかかわらず、出資者の側から店で進めている企画を一緒にやりたいといった前向きな提案が上がったのだそうです。

出資者むけの経営報告会の様子

ピラミット型の社会から、ボトムアップへ

影山さんのやっていることは、誰もが今いる場所にいて真似できる働き方なのでしょうか?

影山さん できると思いますが、既存の大きなシステムの中では、どうしても個人の思いとは別にノルマが課せられたりするので難しいところがあるかもしれません。僕は今いきづまっている既存のシステムを新しくするリデザインってシンプルに表現できると思っているんです。

今のシステムはすべてがピラミッド型。目指すべき成果が先に定義されていて、いかにその頂上に最短でたどり着くかによって評価が変わる、ヒエラルキーでできている。評価制度も事業計画もすべてがそこに合わせてつくられてきました。

でも実は、それをひっくり返せば理想的な形になると思っていて。逆三角形ですね。

そこでは個人一人ひとりの思いが起点となって、ボトムアップで周囲の人たちを巻き込みながらものごとを実現していく。木が育つように、その時々の環境やいる人、状況に応じて変化しながら自然と広がっていく。

そうした環境であれば、思うような働き方ができるのかもしれまん。

カフェの経営にとどまらず、いつか保育所の設立や、地域の銀行、発電事業などさまざまな事業を、この方法で、国分寺を拠点に展開していきたいと話す影山さん。

影山さん 教育も医療も福祉も金融もどのジャンルも課題は共通していて、既存の仕組みが行き詰まっているんですよね。それをすべてひっくり返すことができたら。

まずは今の自分たちのやり方で、売上や給与水準がスターバックスより高いなんて成果が出せたら一つの証になるだろうと思っています。そこが本質ではないですが。大きなシステムから離れた人たちと一緒に、逆三角形の木を増やしていけば、それが森になっていくのではないかと思います。

いま自分のいる場所で”新しい経済”を実践するのは、簡単ではないかもしれません。
従来の常識である、効率や売上目標が絶対という価値観を手放すこと。引き換えに、その仕事が誰のためになっているか、や、働く過程の喜びを大事にすること。
でもお客さんは敏感にその違いを察知し、結果としてちゃんとお金、経済もついてくることを、クルミドコーヒーは示しています。