「社会のために、私に何ができるだろう?」
そう、そっと自分の胸に問いかけて、ひとりではすっきりした答えが出せなかったという経験はありませんか。
ひとりでできることなんて、この広い空の下、ほんとうに些細なことかもしれません。
それでも、ちいさな“ひとり”がたくさん集まって、お互いの多様性をいかしあえたなら、そのエネルギーは確実に増していくものです。もしかしたら、自分ひとりではたどり着けなかった場所にだって、みんなの力があれば、きっと行けるはず。
2017年の初夏、「大きく学び、自由に生きる」をテーマに掲げる大人のための学びの場、自由大学の人気講座「乾物のある生活」から生まれた本づくりも、そんな事例のひとつです。
20人以上の有志の卒業生と教授が集まり、乾物の可能性を広げてフードロス問題を解決するきっかけづくりとなる本を出版したいと、企画から製作、流通までのすべてを自分たちで行う、まったく新しい本づくりのプロジェクトに挑戦しました。
「乾物は未来食!」というキャッチコピーから始まる熱いメッセージとともに「Motion Gallery」のクラウドファンディングに挑戦したところ、見事目標金額を上回る額を達成。今年2月には、コミュニティでつくりあげた本『KANBUTSU~DRYでPEACEな革命~』が出版に至りました。
今日は、同講座の教授を務める「DRY and PEACE」のサカイ優佳子さんと田平惠美さん、そして講座のキュレーターで元受講生でもある小笠原真紀子さんに、共感の輪から生まれたコミュニティ発信の本づくりと、クラウドファンディングの“その後”のお話を伺いました。
「DRY and PEACE」代表理事。自由大学「乾物のある生活」教授。
2002年より五感で楽しむ食育ワークショップ「食の探偵団」を全国各地で開催。2007年からは田んぼを残したいという思いから米粉料理の研究を始める。2011年に3.11を経験し、改めて乾物の重要性に気づき、乾物の新しい魅力を発信し可能性を広げる「DRY and PEACE」プロジェクトを立ち上げる。現代の暮らしに合わせた乾物料理のレシピ提案や、乾物料理教室、講師、執筆、イベント企画等を行う。
自由大学「乾物のある生活」キュレーター。製薬会社でのPR担当を経てフリーランスに。
日本の伝統食に興味を持ち「乾物のある生活」を受講。乾物のポテンシャルの高さと教授らの自由な発想にびっくり&共感。その魅力をより多くの人のもとに届けたいと思い、キュレーターに。それぞれの人のライフスタイルに合わせた「食を想う」場づくりを開拓中。
なぜ、乾物が“未来食”?
もともとは、食育から活動をスタートしたサカイさんと田平さん。おふたりが、乾物に注目したのは東日本大震災直後のことでした。スーパーの生鮮食品のコーナーががらんとしている一方で、乾物の棚はそのまま残っていることに、大きな衝撃を受けました。
サカイさん もしも冷蔵庫がなかったら乾物を使えばいいという発想が、昔だったらきっと当たり前だったと思うんです。でも、そういう風に意識が向かないのか、あるいはふだん使っていないから使い方がわからないのか。そのどちらにしても、今どうにかしないと乾物文化って継承されないなと思ったんです。
じつはこの少し前、田平さんがたまたま南米食材店でジャガイモの乾物を見つけたことがきっかけで、「日本にはいろんな種類のジャガイモがあるのに、なんでジャガイモの乾物はないんだろう?」と、おふたりは乾物に興味を持ち始めたところでした。
サカイさん 日本では乾物は煮物でばかり食べてますよね、私たち自身もそうでした。でも、田平がジャガイモを見つけてきたときから、世界のいろんな国で考えてみるようになって。例えば、切り干し大根ひとつとっても、別に和風じゃない食べ方でもいいですよね。今のライフスタイルにあわせて気楽においしく、今までの煮物ではない食べ方を提案できたら違ってくるんじゃない?と思いました。
そうして研究し始めるうちに、乾物がたくさんの“ピース(Peace)”をもたらす可能性あふれる食材であることに気づき、これからの社会で大切な役割を果たす「未来食」だと確信したそう。
具体的には、
乾物なら、フードロスの削減にもつながる(余った食材を乾物にして、とっておけるので)
乾物なら、CO2に削減にもなる(軽いので、運ぶときの燃料が少なくて済むから)
乾物なら、エコな暮らしができる(常温保存できるので、冷蔵庫がいらないから)
乾物なら、もしものときの備えにもなる(常温保存でき、安定供給できるので)
乾物なら、地域のミニビジネスを生む可能性もある(今まで畑で潰されてしまっていた野菜や果物も、乾物にすれば商品化できるから)
乾物なら、実は料理も楽!(すでに切ってあるものが多い)
などなど。
サカイさんと田平さんは、これらのピースを多くの人に感じてもらうため、とにかく自由に、今の人たちが食べやすく、つくりやすい乾物料理を伝えようと考えました。「いつも同じ味・地味・面倒くさい」という負の先入観を払拭しようと、イタリアンやエスニックなど、これまでにない乾物料理を提案するレシピ本をつくったり、乾物にまつわる講座を各地で開催したりするように。
2011年からはじめた自由大学の講座「乾物のある生活」では、その特性や多様な活用法など、乾物の新しい価値を受講生のみなさんに伝え、2018年8月現在までに17期を数えるほどの人気講座になりました。
現在、同講座のキュレーターを務める小笠原さんは、かつてサカイさんと田平さんの講義を受けて、乾物に目覚めた受講生のひとり。
前職で体調を崩し、からだは自分が食べたものでできているのだからと、食に関心を持ちはじめた頃にワークショップに参加したそう。当時の感動を、まるで昨日のことのように語ってくれました。
小笠原さん へえ、そんな考え方があるのか! と、びっくりしてしまって、私の中で“革命”が起きました。食品ロスの問題について、私自身に何かできるのかな? というぼんやりとした問題意識でしかなかったのが、例えば、冷蔵庫に眠っている大根を切って干せばずっと食べられるとか、すごく身近に、個人単位でもできることが分かり、乾物を通じて社会とつながったような気がして。すごくワクワクしました。
つながりをいかして、もっと違うことができないか。
そんな講座「乾物のある生活」から、今回のクラウドファンディングの話が持ち上がったのは、ちょうど1年前。
書籍『乾物をヨーグルトで戻す魔法のレシピ』がブレイクし、テレビにも出演するなど、サカイさんと田平さんは多方面で注目を浴びていました。一方で、食を通じて未来の社会に働きかけようと地道に活動を続けるなか、自分たちだけで発信していくことに行きづまりを感じていたといいます。
サカイさん 世の中全然変わらないじゃん、って。こんなにボロボロになるまで頑張ってやっても全然変わらないって、私たちの中ではものすごくショックだったんですね。それは何でなんだろう? 私たちの言葉でずっと喋っていたら、もしかしたら通じないのかもしれない。ふたりで話しているだけでは、このまま変わらないかもと思ったんです。
自分たちの言葉で伝わらないのなら、講座を受講して、想いに共鳴してくれた人たちと一緒になって何かができないか。
おふたりがそう考え始めたのと時を同じくして、自由大学側も出版事業を立ち上げるプランがありました。その運命的なタイミングもあり、話が現実に。ただし、製作費用はクラウドファンディングで調達する、という条件のもと、サカイさんたちの新たな挑戦が始まったのです。
みんなのエネルギーをひとつに。
自由大学コミュニティの力をいかしたDIYの本づくり
田平さん ただの料理本には絶対にしたくなかったし、レシピ本にもしたくなかった。
いろんな角度から乾物の魅力を伝えることで、乾物の普及を進め、フードロスの解決につながる1冊にしたい。そんな想いで、まずは、ゆるやかに続いていた卒業生コミュニティに声をかけてみると、なんと20名以上もの卒業生のみなさんが有志で参加してくれることに。
小笠原さん 卒業生は180人くらいいるので、私のように、“革命が起きた”人がやっぱりいるんですよ。ひとりの力では何も変えられないけど、ちっちゃな革命が起きた人が束になってアクションを起こせば、大きなエネルギーになって届くんじゃないかなという思いがあって。
いろんな人の力を借りることで、出版社発の本ではない、まさに自由大学っぽい“自分たちがつくりたい価値は自分たちでつくる”というDIY発想でやっていければさらにいいね、という感じで本づくりがスタートしたんです。
サカイさんと田平さんは、著者ではなくあくまでも監修役。本づくりの主役は生徒のみなさんに一任したため、メンバーそれぞれが初めてのレシピづくりにチャレンジをしたり、コーディネートまわりを手伝ったり、自分にできることで本づくりに関わっていきました。
サカイさん レシピだけじゃなくて、乾物と出会ってどんな風に変わったか。暮らしや考え方の変化も含めて、乾物というものには、栄養価だけではなくどういう価値があるのかっていうのを、いろんな人たちの声で語ってもらいたかったんです。
田平さん 本の制作工程はすごくおもしろかったですね。いろんな人が関わって、みんなの中でも乾物についてまたちょっと感じたり、エネルギーになったり。そういうのが、ものすごく濃い時間でした。
リスクから見えてきた、新しいお金の考え方
しかし、関わる人が大勢いたからこそのリスクもありました。
小笠原さん とくに製作チームはみなさん本業のお仕事を持ちながら、その合間を縫ってこちらにエネルギーを使ってくださるので、進行がどうしてもゆっくりになってしまうし、足並みをそろえるのも大変でした。
そんなときに小笠原さん、サカイさん、田平さんの背中を押してくれたのは、クラウドファンディングが実らなかった場合、実費すらも払えないかもしれないというリスクも引き受けて、協力してくれた仲間たちの存在でした。
小笠原さん 最初は本をつくりたくて始めたクラウドファンディングでしたけど、苦労している編集の方やデザイナーさんを見ているうちに、この人たちのエネルギーに応えるために、絶対にクラウドファンディングを成立させねば! という、また違う使命感が生まれましたね。
これだけ多くの人が、お金ではなく共感で集まってきて、ものすごいエネルギーを発揮していることにとても心を打たれてしまいますが、そのエネルギーのヒントは、次の小笠原さんの言葉に隠れているような気がしました。
小笠原さん 知り合いから言われたのは、このプロジェクトに対する期待感がすごかった、ということです。普通は、ほしいものや、何か役立つものにお金を払うというように、お金には対価があると思うんです。でも、「期待感に投資するのは初めてだった」と言われて、すごく嬉しかったですね。そういう考え方が私の中では新鮮だったし、これからの世の中ってきっとそういうことがもっと増えていくんだなという気はします。
さらに書籍発売後は、独自の動きを始める卒業生も。クラウドファンディングの期間中に行ったランチ会で乾物料理をふるまった方は、料理が評判になり、その後もそのお店に料理をつくりに行くようになったのだそう。他にも、小笠原さんの地元・山形で行ったイベントがきっかけで乾物に興味を持ちはじめ、今では自ら乾物の魅力を広める講座を行っている人がいたりと、共感の輪はどんどん広がっていきました。
小笠原さん 企画に協力してくれた人それぞれが、また新たな一歩を踏み出してるというところがすごくおもしろいなと思っています。私自身もそうですけどね。
食卓から社会のことを、毎日少しだけ、考えてみませんか。
独自の動きをはじめた卒業生らの活躍など、乾物の可能性や魅力が日本各地でじわじわと伝わりはじめているなかで、サカイさん、田平さん、そして小笠原さんは、どんな未来を想うのでしょう?
最後に、それぞれのほしい未来を聞いてみました。
田平さん わたしたちがずっと言ってるのは、ひとりひとりが食べることを、みんな集まれば未来を変えられるんじゃないか、ということ。食べることって、毎日毎日誰もがやっていることですよね。例えば、フードロスのことにもエネルギーのことにもつながるんだよ、と、ちょっとだけ意識して食べ方を変える。それが、たぶん、未来を変える。乾物で発信してきっかけをつくって、みんなと一緒に行動していけたらと思っています。
サカイさん 具体的なところでは、自家製乾物をつくって、ふだんの自分の食卓から食品ロスの削減を考えるような人を増やしていきたいなと思っています。テーブルで、これおいしいね、楽しいね、っていうだけじゃないところにも目を向ける人を増やしていきたい。
今、資本主義が行き詰まっていると思います。「ちょっと違うんじゃない? もうちょっとペース変えようよ」という人も出てきていますし、子どもたちに残す地球はどうなるんだろうと考えたときに、誰かがやってくれるんじゃなくて、みんながやらなきゃいけないことだと思うんです。
小笠原さん わたしは本当にふたりに世界を広げていただいたなと思っています。ふたりが川上でふわっと風を吹かせてくれるので、私は川下の方で、ひとりひとりのライフスタイルや、価値観に合わせた乾物の提案とか、食を想うきっかけづくりみたいなことをしていければと思っています。
想いを本気で伝えたい人たちと、その想いに強く共感して、突き動かされている人たちが集まって、お互いを上手にいかしあえたら、こんなにも大きなエネルギーが生まれます。そしてそのエネルギーをさらに多くの人に伝え、夢を現実へと引き上げていくための舞台として、MotionGalleryのクラウドファンディングがある。
ひとりではとても解決できないと思っている社会の課題、
頑張って取り組んできたつもりだけど、うまくいかずに悩んでいること、
どうすれば実現できるかわからないけれど、どうしても成し遂げたいアイデア…。
まずはあなたの身近な人に、その想いを伝えてみませんか?
思わぬところにある“つながり”が、あなたのほしい未来へと近づく一歩になるかもしれません。