障がいを、生きるための武器にした。須磨海岸を世界一のユニバーサルビーチにするべく活動する木戸俊介さんインタビュー

障がいを持っていても、ビーチで遊びたい!

そんな思いをかなえるために、今、神戸にある須磨海岸のビーチには、遊歩道から海までをつなぐ「ビーチマット」が敷かれています。さらに、ここでは水陸両用のアウトドア車いす「ヒッポキャンプ」を導入し、障がいを持つ人でも海へ入ることが可能!

このプロジェクトを実現させたのは、NPO法人「須磨ユニバーサルビーチプロジェクト(以下、SUBP)」。今回は、「SUBP」のしかけ人であり代表の木戸俊介さんにお話を伺いました。

木戸俊介(きど・しゅんすけ)
1986年神戸生まれ。広告代理店に勤務していた2015年4月、交通事故にあい、脊髄胸椎損傷から下半身が完全麻痺となり車いす生活を送る。2016年、リハビリのため渡ったオーストラリアで「ビーチマット」に出会い、地元神戸にて2017年NPO法人「須磨ユニバーサルビーチプロジェクト」を設立。「須磨を世界一のユニバーサルビーチに!」を目標に活動を展開中。イベントプロデューサー。「Re:Walk Project」(リウォークプロジェクト)主宰。

車いすになったからこそ知った“生きた感情”

木戸さんは、大手広告代理店に勤務していた2015年のある日、交通事故のため脊髄損傷になりました。脊髄は脳から背骨の中を通って伸びている神経のこと。脊髄を損傷してしまうと、脳からの信号が届かないため運動機能が失われたり、熱い・冷たいなどの感覚知覚も麻痺します。脊髄の一部である胸椎(きょうつい)損傷による下半身の完全麻痺と診断された木戸さんは「歩くことが不可能」と言われ、それ以来車いすでの生活を送っています。

しかし木戸さんは「歩く希望を捨てたくない」という思いから、8ヶ月の入院期間を経て、事故からわずか1年後にリハビリのためオーストラリアへ渡りました。日本でリハビリを続けることもできましたが、それは車いすでの生活を前提にしたものだったからです。

けがをしてから2週間後には、「車いすになったからこそ、このまま終わりたくない」と妻に話していました。この事実を、これから生きていく上でどうやって武器にしようかと考えていたんです。

リハビリ先のオーストラリア、ゴールドコーストにて。

現在の日本の医療では完全麻痺と診断されると、歩くためのリハビリではなく一生歩けないことを前提としたリハビリが優先されます。医療保険制度の仕組みなどのちがいはあるけれど、海外では健常者が「筋力を鍛えたい」とトレーニングをするように、歩くことを目的としたリハビリが行われています。

僕はそのポジティブな姿勢に惹かれて、オーストラリア行きを決めました。みんなには「歩けるようになって帰ってくるから!」と宣言して出発したので、胸を張って帰国できるようがんばるしかありませんでした。

リハビリ以外にも豊かな経験を得たいという思いから、積極的に語学の習得にも挑みながらの半年間。そのリハビリ生活の最中に木戸さんが出会ったのが、「ビーチマット」でした。

木戸さんが生活を送っていたのは、オーストラリア東海岸のゴールドコースト周辺。車いすで海へ出かけても、細い車輪ででこぼこした砂浜の上を走ることは非常に困難。だから、遊歩道を散歩することしか叶いませんでしたが、ゴールドコーストでは海岸に「ビーチマット」が定期的に敷いてあり、波打ち際まで自分の力で車いすを動かして行くことができ、そこから水陸両用車いすを使えば海へ入ることもできたのです。

ゴールドコーストでは、若い人たちが行き交うビーチのど真ん中にマットが敷かれているのだそう。

気持ちの上では「障がいがあってもなくても変わらない」という心がまえでいるけれど、物理的な面では障がいのある人の方があきらめないといけないことが多いのは事実です。でもゴールドコーストでは友だちと同じように海へ入ることができた。あの瞬間の心の動きが衝撃的だったんです。この生きた感情を、日本でもみんなに体験して欲しいと思ったんです。

人が人を呼び、全速力で思いが現実に

自分が体験した感動を日本でもたくさんの人に感じてほしいと思い、さっそく木戸さんは須磨のビーチにマットを設置するためのアクションを開始します。帰国前から、まずはSNS上でつながった仲間たちと作戦会議をはじめました。

そして帰国後は地元ということもあり、神戸に人脈のあった木戸さんは、知り合いの海の家の店主に相談を持ちかけます。それからは人が人を呼び、あっという間に活動をともにしたいというメンバーが集結したのです。さらにある偶然が重なって、夢に向けた実現の“とき”がすぐにやってきたのです。

人命救助活動を行うNPO法人「神戸ライフセービングクラブ(以下、神戸LSC)」と、オーストラリアでビーチマットを扱っているライフセービングクラブが、実は交流の深い姉妹クラブだったんです。また、現在では「SUBP」のメンバーである古中信也さんを筆頭に、神戸ではすでにユニバーサルビーチ化を進める動きがはじまっていた。偶然が偶然を呼んで、これはもうはじめるしかないと背中と押されました。

古中さんも、実は脊髄を損傷し、車いすで生活をする一人。現在、日本で唯一車いすに乗ったライフセーバーとして活躍しています。

「SUBP」の13人のコアメンバーは、海の家の経営者、看護師、市の職員や通信社の記者、「神戸LSC」のメンバーなど。さまざまな職業の人たちが集まり任意団体として活動をスタートさせました。

木戸さんとメンバーは、まず100万円以上もする高額なビーチマットをいかにして購入するかを話しあいました。そこで、木戸さんらはSNSで代用アイデアを募集します。マットの条件は、遊歩道から海までをつなぐ80m以上の長さがあって、砂浜の上に敷いても車いすが安定して走れること、保管スペースをとらないこと。

ヨガマット、工事用のマット、プラスチック製のパレット…「大人たちがまじめに遊びながら」さまざまな検証を行なったのだそう。

あぁでもない、こうでもないと検証を重ねた結果、やはり「既存のビーチマットにかなうものはない」と判断し、2017年5月にビーチマットを購入するためのクラウドファンディングに挑戦。その結果、見事目標にしていた130万円を超える167人から159万円の支援が寄せられ、ビーチマットを購入することができました。

また、障がいのある人も海へ入れるようにと、個人や企業からの寄付により水陸両用アウトドア車いす「ヒッポキャンプ」を購入。現在は、寄贈してもらったものとあわせて2台の「ヒッポキャンプ」を稼働し、障がいのある人も海へ入って存分に遊ぶことが可能になりました。

障がいのある人もない人も、ともに遊べるビーチ

近年バリアフリー化が進み、海岸が続く須磨駅から東側へ広い遊歩道が整備されたり、ファミリーゾーンが設置されるなど、誰もが過ごしやすいビーチづくりが進められている須磨海岸。その一環で2018年に新設された「SUMA(スーマ)くんハウス」の管理も、「SUBP」が行っています。

ここには、バリアフリーの多目的トイレとシャワールーム、障がいのある人が着替えをしやすいようにベッドが併設されているのです。

「SUMAくんハウス」の大きなテント地看板も、地元の企業から提供されたもの。ビーチマットが敷かれていない日も海水浴期間は無休。

高齢の方や、おむつ替えが必要な赤ちゃんも利用できます。公衆トイレだと気を使ってしまうかもしれないけれど、ここなら時間がかかっても気にせず安心して利用できます。

また、ビーチマットが敷いてあるエリアには、遊歩道と砂浜をつなぐスロープがあること、ファミリーエリアということもあり、車いすのお父さんとその家族や、ベビーカーを押しながらやってくる人たちなど、障がいのあるなしにかかわらず利用者が増え続けています。

砂浜よりもずっと歩きやすいビーチマットは、誰でもアクセス可能。

ビーチを飛び出して、もっとアウトドア活動を!

「SUBP」のコンセプトのひとつである「“できない”を“できた!”に変える」。その思いをかなえるため、「SUBP」はビーチから飛び出して、山登りやロープを使った木登りツリーイング、収穫体験など、さまざまなアウトドア活動も展開しています。

あきらめていたことができた瞬間に感じる”生きた感情”とは、言葉には変えられないほどの喜びといい表情を生み出します。だから、夏期だけではなくできる限り活動の場を増やしていきたいんです。

農作業もアクティビティのひとつ。この日は黒豆を収穫。

木戸さんらは2018年4月に、須磨海岸周辺のバリアフリー化をより充実させようとバリアフリーマップをつくるイベント「マッピク in SUMA」を開催しました。「ビーチマット」を使ってサッカーやバレーボールを試みたり、車いすの人もそうでない人も一緒に海のアクティビティを楽しめる機会をつくっています。また、5月には漁師さんとともに地引網に挑戦したり、サーフィン体験や乗馬体験と、障がいのある人たちが外に出て遊べる活動の場を次々と広げているのだそうです。

およそ100人が参加した「マッピク in SUMA」。「マッピク」とは「マッピング×ピクニック」をかけあわせてできた造語。ここで募った情報をバリアフリーマップ制作に活かしていく。

メンバーが心に宿していた希望こそが「SUBP」の機動力

木戸さんの実行力もさることながら、「SUBP」のメンバーの結束力と、実行するスピード感には脱帽です。「SUBP」に集う人たちには、はじめからひとつの目的を達成するための揺るぎない共通点があったのでしょうか。

例えば、ライフセーバーの古中信也さんは、「車いすであっても人を救うことができるはずだ!」というモチベーションを持っているし、市役所の職員である秋田大介さんは新しいことを積極的にやってみようというマインドの持ち主。それぞれが、自分の人生や生活の中で「こうなればいいな」と実感していることを「かたちにしたい」という思いが集まって、実現したのではないかと思うんです。

8月のある土曜日。2度目の利用だというファミリーが海水浴を楽しんでいた。

熱い思いを持つメンバーに加えて、「SUBP」の運営は延べ100名を超える多くのボランティアスタッフによって支えられています。小学生の子どもと通うお母さん、会社員などさまざまな人たちがSNSや以前ボランティアに参加した人たちの紹介で活動を知り、須磨のビーチに集います。

お母さんと一緒にボランティア活動に来てくれたことがあるお子さんが、発達障がいを持っていたんです。あとでお母さんから「うちの子どもは周りの人と話すことが苦手だったけれど、須磨には行きたいと言うんです」という話を聞いたときはとてもうれしくて。ボランティアをする人たちにとっても、新しい居場所ができて、自分を変えるきっかけになればいいなと思うんです。

みんなの“できる”を持ち寄る

「SUBP」の活動は、神戸を中心とした企業からの協賛、財団や近隣の人たちからの協力のもと成り立っています。例えば、ビーチマットのそばに設置されたテントはスポーツ・アウトドア用品メーカーの「デカトロン」から提供されたもの。

また、近隣の漁師さんは漁に使う200リットルの大きなタンクを用意してくれました。タンクを軽トラにのせて、ホースとシャワーヘッドをつけて移動するシャワーとして利用しています。常に現場にいなくても、このようなかたちでサポートをしてくれる人が大勢います。

みんなが持っているものを少しずつ須磨に持ち寄って、ここに置いていってくれる。僕たちの活動はそれらを活かして成り立っているんです。障がいのある人たちが「してもらう」だけではなくて、できないことがあれば自分で工夫してやってみる。双方が協力しあってこそ、ユニバーサルビーチなのではないかと思います。

漁師さんが使うタンクを活かしてシャワーに。離れた場所にあるシャワーに行ったり来たりせずに、その場で気軽に利用できる。

木戸さんは「ビーチマットは常設できない。だからこそ、真の意味でのユニバーサルビーチづくりにつながるんだ」と言葉を続けます。

「ビーチマット」は、使うたびに毎日設置して撤去をするため人手がいります。けれど、人手がかかるからこそ、ボランティアの方の力が必要になり、障がいのある人もない人もそこに集うきっかけをつくっているんです。

いつも自分らしい希望を見出してきたから、今がある

事故からわずか1年半で次の夢を実現させるアクションを起こした木戸さんは、すさまじいほどの原動力とスピード感の持ち主。人から「ポジティブモンスター」と呼ばれるほど、力強く生きている木戸さんですが、この心の強さはどのように身につけたのでしょうか。

もともと持っていた素質も少しはあるかもしれませんが、やはり車いすになってからです。事故を経て「人に夢や目標を語れば、たとえ車いすであっても、それに向かって走っていけるはずだ」と思えるようになったんです。車いすで生活に慣れるまで失敗も繰り返してきました。けれど、落ち込むたびに「次にどう活かすか」ばかりを考えて生きてきたんです。

車いすになって出会いが増えて、人に会うたびにもっと自分を高めていきたいと思ったし、そのために乗り越えたいことが次から次へとあふれてくる。自分で目標と希望を見出して、かなえるための努力をしていく。その積み重ねで今があるって思うんです。

世界一のユニバーサルビーチを目指す!

活動がスタートして2年が経ち、認知度が高まってきた一方で、クリアすべき課題も出てきています。

僕たちは介助のプロの集まりではないので、現在は「神戸LSC」さんなど専門分野の人たちの力を借りて安全面の確保に努めています。どのように安全を確保して緊急時に備えるのかどうかは、これからの最重要課題です。

「SUBP」の目標は、須磨海岸を世界一のユニバーサルビーチにすること。運営体制の強化や安全確保をしながら、さらに「ヒッポキャンプ」の数を増やしたり、イベントを開催して遊びに来る人を増やしていきたいといいます。まだまだ活動範囲や関わる人たちの幅が広がっていきそうです。

「ヒッポキャンプ」に乗って、海の中へ。

みんなが僕みたいに活動をはじめる必要はなくて、海に入ることをあきらめていた人がもう一度入れるようになって、その経験が次の目標をつくっていける。そんな風に、前向きになるきっかけになればいいなというのが僕たち「SUBP」の願いなんです。

個人的には、事故のあと「夫婦の夢ノート」をつくっていて。そこには、「SUBP」のことも書かれているし、ほかにもたくさんの夢が綴られている。6月に子どもも生まれたし、これから人生をかけてひとつひとつの夢をかなえていくことが僕の目標です。

障がいを持つ人が社会生活を送る上で、きっと想像以上に物理的にも壁は多いと思います。
木戸さんは「車いすで海外に出かけることも、ひとりで近所のスーパーへ出かけることも同じように尊い挑戦だ」と語ります。

人は、障がいのあるなしに関わらず、その人が持っているものを誰かと交換しあって関係を築き、生き続けるもの。木戸さんの生きる姿勢から、小さくてもいいから自分なりの目的とゴールを持って、小さな挑戦をし続けることの大切さを教わりました。