「ブミセハット国際助産院」。
この名前を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
インドネシアのバリ島にあるこの助産院では、24時間365日、どんなに貧しい人も無償で受け入れ、お母さんと産まれてくる赤ちゃんの命に寄り添っています。設立は1995年。実に20年以上に渡り、収益事業を一切持たず、世界中の支援者から集まる寄付により医療を提供し続けているのです。
“愛の実験”。
代表のロビン・リムさんは、ブミセハットの一連の活動をこのように呼び、現場での活動の傍ら、自ら世界中を駆け回ってファンドレイジングを行っています。
現在は、スマトラ島、パプア島、フィリピン・レイテ島にもクリニックを新設して4拠点を運営するほか、地震やハリケーン等の被害が出ればすぐに被災地域へ赴き仮設テントでの医療活動を実施。その運営費は年々膨らむばかりです。
でもその度にロビンさん自ら動き、SNSで呼びかけ、寄付を募りました。
それに対して、応える人々がいました。
今では年間4,000万円にものぼるという、そんな想いの交換が20年間続いたからこそ維持できた、実に壮大なる“愛の実験”。私は、この実験が続いてきた理由にこそ、お互いをいかしあい、信じられる社会をつくっていくためのヒントが潜んでいるように感じました。
2018年9月、ブミセハット国際助産院の創設者であり代表のロビン・リムさんが初来日。greenz.jpは、単独インタビューを実施しました。この記事では、その場で受け取ったロビンさんの言葉を、9月9日(日)に開催された来日公式イベントの様子とともに、読者のみなさんと共有したいと思います。
“現代のマザー・テレサ”ロビンさんの言葉から、あなたは何を受け取りますか?
1956年、フィリピン・ルソン島の山岳地域で、アメリカ人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれる。19歳で女児を自宅出産し、娘を抱っこ紐で抱えながら大学に通う。24歳で第2子出産、カリフォルニア州からハワイに移住し、離婚しシングルマザーに。教員、お産介助、お産に関する執筆活動を続けながら、もう二人出産。34歳で、妊娠合併症により妹を失う。36歳、再婚してさらに2人の継母となり、バリ島へ移住して7番目の子となる息子を出産。翌年、助産師として生きることを決め、ブミセハットの活動開始。49歳でブミセハット助産院バリクリニック開業。51歳にして、ブミセハットで生まれた貧しい家庭の捨て子を養女にし、8人の母に。
2011年、「CNN Hero of the Year」受賞。2015年、フィリピンで最も栄誉ある「Bayanihan Peace-builders Award」を大統領より受賞。2016年、一般社団法人Earth Companyより「IMPACT HERO 2016」受賞。これまでに19冊を執筆。
「怒り」か「愛」か?
「愛」を選んだロビンが歩んだ道
まずはブミセハット国際助産院についての基礎知識を、ロビンさんの講演中の言葉を交えながら、改めてお伝えしていきましょう。
ロビンさん 私が助産師になったきっかけは、妹の存在でした。妹はアメリカに住んでいて、妊娠していました。産科医にかかっていましたし、保険もありました。
あるとき、気分が悪くなってきたので病院に行きました。でも、ドクターがすごく忙しくてすぐには診てもらえず、「一週間後に来たら診てあげるよ」と言われました。そのドクターは、カルテでさえ見てくれなかったんですね。
妹は妊娠高血圧症を患っていて、その夜に、亡くなりました。
かけがえのない家族を失うという衝撃的な体験。そして、世界中で毎日830人もの母親が、病気でも高齢でもないにもかかわらず人生の一番輝かしい時期に亡くなっている、しかも多くのケースが防止できるものである、という事実を知ったロビンさんは動き出しました。
ロビンさん 妹の死をきっかけに、私は選択しなければならなくなりました。「怒り」を選択するのか、「愛」を選択するのか。
私は「愛」を選びました。
当時ハワイで教師として働いていたロビンさんでしたが、助産師の勉強をし、志をともにする仲間とともに、24時間365日、すべて無償でどんな人でも受け入れる診療所をバリ島ではじめました。背景には、インドネシアのこんな現状がありました。
ロビンさん インドネシアでは私の妹のように亡くなるお母さんが本当に多かったんです。
それに、インドネシアの人たちはとても貧しいので医療を受けることができません。赤ちゃんを産んでも、お母さんが料金を払えないと、赤ちゃんを手渡してもらえないんですね。
朝の8時、夜の8時の2回だけ授乳をするときに病院の中に入れてもらえますが、それ以外は赤ちゃんに会うことすらできません。その間も、誰も赤ちゃんを見てくれません。
だからこそ、無償で医療を提供することが必要でした。
助産院としてスタートしたブミセハットですが、現在は、産科に限らず、実に多様で包括的な医療を提供しています。地域のクリニックとしての一般医療、西洋医療はもちろん、鍼灸など東洋医療のほか、地域の方のHIV検査や視力検査なども行っています。
また、ユースセンターを設けてコンピューターのスキルや英語を教えたり、助産師の育成や奨学金の提供を行うほか、オーガニックガーデンを営むなど、医療を超えたコミュニティサービスも多数提供。それらはすべて、地域コミュニティのニーズに徹底的に応え続けてきた結果、はじまった取り組みです。
ロビンさん 視力の結果をただ紙で伝えるだけじゃなくて、メガネも無償で提供してあげる。助産師を育成するだけではなくて、奨学金も提供する。ただ検査をしたり教育を与えたりするのではなく、その後、必要なものを提供してあげる。最後まで面倒をみるということを大事にしています。
被災地では、テントを張って医療を提供しますが、テントで赤ちゃんを産んだお母さんたちに命を維持するために必要なものを詰め込んだバケツを渡したり、彼女たちの家を訪問したりしています。
「最後まで面倒をみる」という徹底した姿勢に加えてもうひとつ、ブミセハットが支持される理由は、「Awakening Birth」と呼ばれるお産の考え方にあります。直訳すると、“目覚めのようなお産”。自然に逆らわない丁寧でやさしいお産として、母子死亡率を先進国並、またはそれ以下に抑える成果もあげており、ブミセハットは世界中から注目されています。
ロビンさん なぜ母子死亡率をこんなにも抑えることができるのか、その一番の理由は、お母さんと赤ちゃんをずっと近づけておくことにあります。世界中どこでもどんなカルチャーの人でも、産まれた赤ちゃんをすぐにどこかに連れて行ってほしいと思う母親はいません。
ブミセハットでは、すべてのロケーションにおいて、お母さんが100%授乳をすることを推進しています。途上国において、粉ミルクを飲んでいる赤ちゃんは、授乳している赤ちゃんに比べて死亡率が300倍も高いと言われているのです。
また、へその緒をすぐに切らずに待つ「ロータスバース」を広めようと活動をしています。もし、すぐに切られてしまったら、天から与えられた血液を、すべて赤ちゃんに送ることができません。この血液の中にはたくさんの酸素、栄養素、そして幹細胞が入っていて、それは一生に一度しかできない輸血なんです。
ロビンさん へその緒を切るのをちょっと待つというのは無償でできることです。お金がかかることではありません。でもちょっと待つことで、健康状態も良くなるし、寿命も長くなるし、知能も良くなると言われています。
医療の介助をまったくしないで産むことは、可能です。忍耐と愛が必要ですけど、可能です。
効率化のため、不必要な陣痛促進剤使用や帝王切開が頻繁に行われるようになった昨今。ロビンさんの考え方に共感し、先進諸国を含めた世界中から、お産のためにブミセハットを訪れる人が後を絶ちません。そして今、ブミセハットに対する需要は増え続けています。
ロビンさん みなさんのお金で、2017年の1年間に83,218人の人たちにケアを施すことができました。743人の赤ちゃんが産まれて、6,000人以上の助産師を育成することができて、2,300人以上の若者に教育を与えることができて、助産師も2人、看護学校を卒業させてあげることができました。
それができたのも、寄付をしてくださったみなさまのおかげです。
ブミセハットは“愛の実験”です。みなさんも実験してみますか? 隣の人の目を見つめて「アイ・ラブ・ユー」と言ってみてください。
Thank you、I love you!
大事なのは感謝と尊厳。
無償でも「恥ずかしい」と思わせないために
ロビンさんの活動を知れば知るほど、私の中には「なぜそこまでできるのだろう?」という疑問が湧き上がってきました。「最後まで面倒をみる」という哲学は素晴らしいものですが、「最後まで」と言っていたら本当にキリがありません。
何より、患者を選ばずにすべて無償で提供するということ、活動資金をすべて寄付でまかなうということは、経済面はもちろん、精神的にも相当ハードなことだと思うのです。
なぜ、ブミセハットは20年以上に渡り、継続して来られたのでしょうか? そこにある「なにか」を探るため、ロビンさんに直接インタビューをしてお話を聞いてみました。
ロビンさん 無償で赤ちゃんやお母さんにサービスをすることは本当に大変なことで、毎日奇跡を待つような、そういう思いです。
開口一番、そう話してくださったロビンさん。ロビンさんの口から発せられる「奇跡」という言葉には、実に重みがあります。
ロビンさん 今回日本に来た目的のひとつは、日本の支援者に感謝の気持ちを伝えることです。
私は、ブミセハットで診察を受ける人、スタッフ、パートナー団体、そして支援者に対するリスペクトをすごく大事にしています。支援いただいたお金は、支援者が「こういう使い方をしてほしい」と言ったらそれをリスペクトしてそのように使いますし、SNSなどで現場の様子を発信し、サポーターのみなさんが自分の支援がかたちになっていることを確認できるように心がけています。
感謝を伝えなければ、未来はありません。
収益事業を持たないブミセハット国際助産院にとって、支援者とのつながりは生命線です。「リスペクトを大事に、常に感謝を伝え続ける」。言葉で言うのは簡単ですが、世界中からの支持を受け続けるロビンさんの「リスペクト」や「感謝」には、さらに深い「なにか」を感じます。
ロビンさん 無償で提供するときに心がけているのは、「恥だと思わせない」ことです。恥ずかしい思いをさせないこと。
そういう人たちの尊厳(dignity)を守ってあげて、無償で受け取ることを恥ずかしいと思わせない。プライドを傷つけないように提供することはとても重要なことです。
「恥ずかしいと思わせない」ために。今や、貧しい人も裕福な人も、世界中から人が集まるようになったブミセハットでは、何を大事に人々と向き合っているのでしょうか。
ロビンさん ブミセハットは、恐らく、バリで一番美しく、きれいで、サービスも整っている助産院です。支払いは「寄付制」で、払える人には支払っていただくようにしています。それは、恥をかくこともないし、尊厳も守るようにするためです。
中には、お金を持っていても支払わない人も出てくるかもしれない。でも、人間を信頼して活動しています。
寄付は、小さくても大きくても、すごく価値あるものとして感謝を伝えます。例えばお金を持っていないけれど、マンゴーの収穫で支払いをしてもいいのです。いろいろなかたちで寄付を受け取っています。
ロビンさん自身、若い頃はとても貧しく、自分の子どもたちを養うのも大変な時期があったそう。そんなとき、支えてくれたのは地域コミュニティの存在だったということも教えてくださいました。
金額の大小やかたちにとらわれることなく、平等に感謝の気持ちを伝えること。支払えなくても恥ずかしさを感じさせないほど、美しい環境と質の高いサービスを提供すること。
20年以上に渡り、それを実践し続けてきたロビンさんの言葉からは、彼女自身が“いかしあうつながり”の中で生きてきたからこそ大切にしている、自分自身に対する「尊厳」も感じ取る事ができました。
一人ひとりが役割を全うする、
その先に世界平和があると信じている。
今や、日本においても「貧困」は、他人事ではありません。日本人の相対貧困率は15.7%(2015年、厚生労働省調査)で、ヨーロッパや北米等の先進諸国と比べても高い水準。そんな日本で生きる私たちは、ロビンさんの活動から、どんなメッセージを受け取るができるのでしょうか。私たち一人ひとりに、できることは?
ロビンさん 私は、市民全員が、最適・最高な人生(optimal life)を生きられるように、というビジョンに向かって活動しています。
世界中一人ひとりの人生に壮大なストーリーとドラマがある。それ自体がすごく感動的ですが、私は、地球市民全員に、それぞれの天命というか使命というか、自分の役割というものがあると信じています。
全員がそれを全うしていたらより良い社会になりますし、個人レベルでも充足した社会になるのではないでしょうか。全員がそれを果たしたときに、全員で地球を癒やすことができると信じています。世界平和があると信じています。
「それはすごく大きな夢ですが、私はそれをどう実現するのか」と、ロビンさんは続けます。
ロビンさん ブミセハットでは、赤ちゃんとお母さんと家族、その3つをすごく大事にしています。それは、赤ちゃんがこの世におりてくる瞬間に、愛のあるお産ができたら、潜在的に「愛する力」と「信じる力」が備わって、社会に貢献できるような人に育つと信じているから。
お母さんに対するケアが行き届かず、暴力的なところでは、社会でも暴力的なこと、犯罪や戦争が起こっています。子どもがやさしく安全で丁寧に産まれてくる社会は、信じることができる、信頼できる社会になっていくでしょう。
様々な問題があふれる社会の中で、ロビンさんのように強い意志を持って役割を全うし続けることは、ときに困難を伴うでしょう。無力感を覚えることもあるかもしれません。ロビンさんは、こんな言葉も贈ってくださいました。
ロビンさん 自分がしていることは正しいのかどうか、ということを、将来に渡って問いかけていくこと。助産師なら、「産まれてすぐに母体から赤ちゃんを離してしまったとき、本当に正しいことをしているのか?」と、問いかける。
幸せな社会づくりというのは、常に問うていく、質問を投げかけていく、ということだと思います。解決策は、実はすごくシンプルなことなのかもしれません。
自分には生涯をかけて取り組む役割があると信じること。
幸せな、信じられる社会をつくるために、常に自分に問い続けていくこと。
みんなが役割を全うしたその先に、「世界平和」があるということ。
いかしあい、信じられる社会づくりは、「私の役割は、なんだろう?」と自分に問いかけることから、はじまるのかもしれません。
「いつも同じ」であるということ
インタビューの最後に。連載「世界と日本、子どものとなりで」として持ち合わせている問いを、8児の母でもあるロビンさんにも聞いてみました。
「子どものとなりで、どうありたいですか?」
ロビンさん 私は、いつも同じです。
答えは、たった一言でした。
子どもに対しても、大人に対しても、患者さんに対しても、支援者に対しても、「同じ」であること。同じように愛を示すこと。
講演やインタビューの様子から、ロビンさんのそのあり方は、ひしひしと伝わってきていました。会場にいるどんな人にも、見知らぬインタビュアーの私にさえ、たくさんの愛を贈ってくださいました。
ロビンさんの活動や想いに触れて改めて感じるのは、この“愛の実験”がずっとずっと、継続する世界であってほしい、ということ。多くの人がこの実験に共感し、参加し、継続させしていくような“いかしあう”社会なら、きっと大丈夫。きっと信じられる。そう感じずにはいられません。
“愛の実験”に参加しませんか?
「実験に参加してみたい」と思ったあなたへ。
世界中から求められているロビンさんの活動を継続するために欠かせない寄付金は、現在、一般社団法人Earth Companyが窓口となって受け付けています。単発寄付のほかに、9月24日(祝)までは、毎月1,000円から継続的に寄付を行うことができる「マンスリーサポーター」も募集中。特典として、ロビンさんが講演の際着用していた、ブミセハット国際助産院オリジナルTシャツももらえます。
需要が増え続ける今、ブミセハットの運営資金は年々膨れ上がっています。一人ひとりの想いが、この活動を未来へとつなげていきます。少しでも気になった方は、ぜひこの機会にサイトを覗いてみてください。
今すぐ寄付ができなくても、“愛の実験”への参加方法は、きっとそれだけではありません。自分の「役割」を見出し全うすることはもちろん、ロビンさんが言うように、身近な人に「I love you」を伝えるだけでも、いいのです。
あなたの小さな行動から、社会は変わっていく。なぜなら私たちの生きる社会は、私たち全員でお互いをいかしあいながら、つくっていくものなのですから。
(撮影:はっとり写真事務所)
– INFORMATION –
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