仲良く一緒に仕事をしている夫婦って、憧れちゃうな。
ずっと暮らしていくなら、もう少し緑のあるところや、ご近所さんがいる地域がいい。
でも、一体どうやって? 何から始めたらいいんだろう?
「あきない夫婦のローカルライフ with茨城県北・大子町」は、そんな思いを抱いている方にヒントをお届けする連載企画です。大子町を拠点に活動するご夫婦に光を当て、移住や起業のきっかけ、良好で“飽きない”パートナーシップを育む秘訣を伺います。
第一回でご紹介するのは、2018年11月にゲストハウスを開業予定の小松崎裕嗣さんと愛さん。ゲストハウスを開くことは、裕嗣さんの長年の夢だったそう。それが夫婦ふたりの夢になった頃、茨城県大子町で理想の物件と巡り合い、瞬く間に開業することを決めました。
旅ばかりしていた裕嗣さんと、会社でバリバリ仕事をしていたという愛さん。これまでの人生だけを見れば正反対にも思えるふたりは、いったいどんなふうに夢を実現し、良好なパートナーシップを育んできたのでしょうか。
一緒にいる私も、楽しく暮らせる仕事がいい
裕嗣さんは、国内外、あちこちを旅して暮らしてきました。旅先で仕事を見つけてはしばらくそこで生活する、なんてこともしょっちゅうだったそう。そんな生粋の旅人・裕嗣さんが「ゲストハウスを開きたい」と思うようになった原点は、高校卒業後、バックパッカーとしてオーストラリアを旅した経験にありました。
裕嗣さん 旅の間はよくゲストハウスを利用しました。民族や宗教が違う人たちが平気で同じ場所にいて、同じ部屋で暮らしている。日本で暮らしているときの感覚とは、かなりかけ離れていました。こういう感覚があるんだと思って、そのときにぼんやりと「いつかゲストハウスをやりたいなぁ」と思ったんですね。
はっきりそう思えたのは、東日本大震災のあとです。人生いつどうなるのかわからない、いつか自分も死ぬんだと思って、柄にもなく「死に向かうにあたってどう生きるのか」をすごく考えました。そこで、やっぱり僕がやりたいのはゲストハウスだと、改めて思ったんです。
一方の愛さんは、茨城県内でブライダルプランナーとして働いていました。ひとつの会社にずっと勤め、最終的にはマネージャーにまで昇進したという努力家で、ライフスタイルだけを見れば、裕嗣さんとはまったく真逆の人生です。
愛さん 20代はバリバリ仕事をしていたので、彼の生き方にはカルチャーショックを受けました。その頃見た映画に『ダーリンは外国人』っていう映画があったんです。あれを見たら当てはまることがあまりにも多くて「私の彼氏は日本人じゃないんだ」って思うようにしたら、腑に落ちて大丈夫になりました(笑)
自由気ままに生きる裕嗣さんの夢を、愛さんは折に触れ聞いていました。おふたりが結婚したのは2014年。それから数年後、この先どうしていきたいのか、本当にゲストハウスをやる気があるのかどうか、話し合ったそうです。
愛さん ずっと一緒に暮らしていくことを考えたときに、彼に普通の会社勤めは合わないだろうと思いました。だったら、自分のペースでできる仕事をやるほうが、一緒にいる私も楽しく暮らしていけるんじゃないかと思ったんですね。
私はなんでも平気で、どこに行っても順応できるし、人見知りもありません。そこはもう、できるほうが合わせればいいじゃないですか。そこで改めて「やるの? やらないの?」っていう話をしたんです。
裕嗣さんの答えは「やりたい」でした。だったらちゃんと準備をしようと、おふたりはそれぞれ「もうひとつの仕事」を持つことにしました。
愛さんはもともと趣味でやっていたキャンドルづくりを本格的に勉強し、キャンドルアーティストに。裕嗣さんは、経験のあったリラクゼーションマッサージを改めて勉強し直しました。ゲストハウスを始めてもすぐに軌道に乗るかわからないから、もうひとつ仕事を持っておこう、という判断でした。
愛さん そんなことをしているうちに、私にとっては、彼がやりたいゲストハウスを形にすることが夢になっていきました。でもそのうち「ゲストハウスっていいかも! 人がいっぱい来て楽しそう!」って思うようになって、私まで「ゲストハウスやりたい!」ってなっていました。
それまでずっとひとつの会社に勤め続けていた愛さんが、仕事を辞め、なんの保証もない商いを始めるというのは、勇気がいったのではないかと思います。
愛さん でも安定を求めるんだったら、そもそも彼と結婚していません(笑) それに私自身、フリーになってキャンドルの仕事をやり始めたら、すごく楽しかったんです。確かに安定はしないんですけど、安定すること以上にストレスがなくて、幸福度も満足度も高いなと思いました。
大子町で一目惚れ。理想の物件に出会う
周囲の人に「いつかゲストハウスをやりたい」と語るようになったのは最近になってから。すると人に語ったことで、あるご縁が舞い込んできました。愛さんが毎年出店している大子町のクラフトイベント「丘の上のマルシェ」の主催者の木村さんという方が物件の情報をくれたのです。
愛さん 「もともと温泉旅館だった広い建物があって、そこで何かやってくれる人を探してるみたいだよ」って教えてくれたんです。私はその話を聞いて「面白い気がする!」って直感で思ったんですね。じつは主人は、最初はあまり乗り気じゃありませんでした。でも「とりあえず見に行こうよ」って引っ張って見にいったら、もうふたりとも、ここに一目惚れしちゃったんです。
まだ新しく、広々とした建物。お風呂は温泉で、キャンドル制作のアトリエも、リラクゼーションの施術スペースもとれる。目の前には、茨城県北芸術祭で展示された妹島和世さんのアート作品があり(現在は閉鎖中)、敷地内の樹齢300年ともいわれる藤棚は、かつては藤まつりが開催され、きちんと管理すればみごとな花が咲くと言われました。そしてなにより、高台から見下ろす景色は美しく、周囲はとても静か。
それまでおふたりは、大子町とそれほど強い結びつきはありませんでした。愛さんが年に1度の「丘の上のマルシェ」に出店し、たまに温泉に入りにくる程度。しかし理想の物件を目の前に「これを逃したらきっと後悔する」と、思いきって借りることを決めたのだそう。2017年春のことでした。
暮らし始めたら、どんどん好きになっていった大子町
愛さん 私は自分の直感を信じるタイプなので、不安はまったくなかったです。実際、引っ越してきたら近所の方がものすごく優しくて。みなさん、お金じゃない贅沢を知っているというか、あるもので豊かに暮らしている感じがすごく心地いいんです。
たとえば、ここにきて初めて山菜を採ったんですけど、それも近所の方が教えてくれました。「あそこにタラの芽があるよ」とか「あれはアケビだからね」とか声をかけてくれるんです。いつも「何かあったら言ってね」って目をかけて見守ってくれる方がたくさんいます。私は、来てからのほうが大子町のことが好きになりました。
かたや裕嗣さんは、正直なところ、多少の不安はあったといいます。しかしそこは生粋の旅人ですから、抗わず、流れに身を任せることにしたようです(笑)
裕嗣さん 変にあれこれ考えすぎても結局うまくいかなかったりするんですよね。こういうときは妻のほうが正しかったりするので、もう流れに身を任せてしまおうと。それに、ひとりだったらしんどいかもしれないですけど、妻とふたりならまぁ生きてはいける。大きな流れが来たから乗っちゃえ、っていう感じでした。
愛さん 確かに、ひとりだったら選択しにくかったかもしれないですけど「ふたりだったら」っていうのはありましたね。
ここは、穏やかな気持ちになれる場所
ちなみにゲストハウスの名前は「Lahar-Guesthouse(ラーハ・ゲストハウス)」。でもじつはまだ、こちらはオープン前。現在も準備の真っ最中で、2018年11月の開業を予定しています。おふたりはいったいどんなゲストハウスにしたいと思っているのでしょうか。
裕嗣さん 最初にきたときは、芸術作品や藤棚、温泉など、強いコンテンツがたくさんあったので、もっと強気なものをやっていこうと思っていた部分がありました。でも去年の11月に引っ越してきて、朝、ここからの景色をぼーっと眺めていたら、だんだんそういう毒っ気が抜けていって(笑) 今はただ、自分が穏やかになれる場所だから、来た人にもそういう気持ちになって帰ってもらいたいなと思っています。
愛さん 私は、人と人をつなぐハブみたいな場所にもしていきたいですね。大子に決めた理由のひとつとして、毎年「丘の上のマルシェ」に出店するなかで、まちを盛り上げようと動いてる方たちがいて、実際ちょっとずつ動きが起こっているなと感じていたこともあるんです。ただ、若い人はまだ少ないなとも思っていて。
だから、外からここに人がきて、その人たちが大子の良さを知って何かやりたいと思ってくれたり、仲間が増えるきっかけの場所になったら嬉しいなと思っています。
おふたりの思いの詰まったこの場所に、果たしてどんな人たちが集まってくるのでしょうか。11月のオープンが、待ち遠しく感じられました。
夫婦で商いをするために、心がけていることは?
ところで、夫婦で商売をするということは、24時間365日、ほぼ一緒に過ごす、ということでもあります。結婚するまで、裕嗣さんは旅に出ていることが多く、遠距離恋愛のような状態だったというふたり。一緒に暮らすようになり、自宅を兼ねた建物で宿まで始めるとなれば、それなりに課題もありそうです。仕事もプライベートも円滑に進めていくために、気をつけていることや心がけていることはあるのでしょうか。
愛さん 私たちは全然違うことをやってきたんですが、おおもとの感覚は近いところがあります。前に彼が「元の幹は一緒なんだけど枝葉が違う感じ」と言っていて、それがすごくしっくりきています。
つまり、根本はそんなにずれていないので、そこでの苦労やストレスはそんなにないんです。ただ「なんとなくわかっている気になっていたらずれていた」みたいなことはたまにあるので、ことあるごとにすり合わせはするようにしています。
裕嗣さん すり合わせといっても、言ってることより、言ってるときの感覚的なものや感情的なものを受け止め合うような感じです。その場で感情をぶつけあってしまえば、あとに引きずらないので。
愛さん 彼は最初、外国人かと思うほどあまりにも違う世界の人だったので(笑)、付き合った最初の頃に、そういう不安や不満はかなり出し合ってしまっています。だから私たちの場合は、一緒にいる時間が長くなっていくほど、お互いがお互いを理解する時間が持てて、仲良くなっている気がします。もちろん喧嘩もしますけど、私は彼を人として好きで結婚したから、それに対して何かあるってことはないんですよね。
また、なるべく物事は共有し、シェアすることも心がけているそう。
裕嗣さん 今は特に、仕事もプライベートもないまぜになっているから、物事が共有されていないと、ぶつかったりすれ違ったりするだろうなと思っています。それがあとあとネックになっていく感じはしたので、意図的にシェアするようにしていますね。
だからといって、お互いを縛り合っているわけではないようです。共有するのはあくまで「物事」。個としてのひとりひとりは、自立した存在として認め合っています。
愛さん 束縛はまったくしませんね。今はゲストハウスの準備があるのでだいぶ減りましたけど、以前は「ちょっと出かけてくる、明後日帰ってくる」みたいなことがよくありました(笑) そしたら「はい、いってらっしゃい」という感じです。
私は私でキャンドルの製作をやっているときは「ちょっとごめん、今日は夜中までやるから」と言って「わかった、じゃあごはん勝手に食べるね」みたいになります。夫婦だけど個々の時間は大事にしたほうがいいと思うので、そこは気をつけていますね。
そして、たまの喧嘩でどうしてももやもやしたときは、あえて距離を置くことも、長く一緒にいるためには大事なポイントです。
裕嗣さん 本当にしんどいなってときは、あえて遠くにある隣町のコンビニまで行って冷却期間をつくったりします(笑)
愛さん そういうときは「もやもやしてるんだろうな」と思って「いってらっしゃい」って送り出します(笑) これは、付き合ってるときに物理的な距離があったから、そこで学んだ部分ですね。今は距離が近いから、より理解はしあえるようになりました。でもときには、距離があるからこそうまくいくこともあるんですよね。
相手を受け入れ、お互いが心地よいバランスを見つける
ライフスタイルの違い、考え方の違い、性格の違い。あるいは逆に、似ている部分や同じような考え方。そこに相手がいれば、その分だけ類似点も相違点もあるのだと思います。まずはお互いを受け入れること。そこから、ふたりともが心地よいバランスを見つけていくことが、小松崎さんご夫妻はとても上手なのだと思いました。
ちなみに愛さんは明るくよく笑い、くだらない話も真面目な話も、どんな話でも楽しんで聞いてくださる方。ブライダルプランナー時代は後輩の指導やアドバイスもしていたという、言うなれば「おかみさん」タイプです。
裕嗣さんは穏やかでおっとり、旅の経験からか、人の話にずっと耳を傾けられる聞き上手な「癒し系」タイプ。タイプは違うけれど、相手を受け入れることに長けたおふたりが揃えば、どんな人でも、心身をゆっくり休め、楽しい時間を過ごすことができそうです。
もちろんこの場所であれば、温泉にゆっくり浸かって、リラクゼーションマッサージを受け、物理的に体のメンテナンスをすることもできます。きれいなキャンドルをつくることで日常から解放されるのもいいし、テラスからの美しい景色をぼーっと眺めてのんびりしてもいいでしょう。足を伸ばして商店街まで赴けば、食材が豊かな大子町のおいしいごはんも楽しめます。
ああ、疲れたな。
そんなとき、いつでも帰ってこられるような。この場所は、きっとそんなふうになっていくのではないかと思いました。
とはいえ、それはまだ私の妄想です。まずは、11月のオープンを心待ちに。
癒されたい人はもちろん、大子町が気になる、行ってみたいという人は、ぜひ小松崎夫妻のゲストハウスを訪れてみてください。おふたりが「住んでみたらどんどん好きになった」という大子町の魅力が、ここで過ごすうちに、きっと見えてくるはずです。
(写真:藤 啓介)
– INFORMATION –
大子町では小松崎さんご夫婦のように、地域で仕事をつくる暮らしを検討される方向けの連続講座を開催します!
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