地域を巡りながら学ぶ「さとのば大学」という斬新な学校が、産声を上げようとしています。多彩な講師のレクチャーを聴いて仲間と議論できる「オンライン学習」と、リアルな地域課題に実地で取り組む「プロジェクト学習」を組み合わせた新しい学びの場です。
舞台は全国の地域づくりの先進地。そして仕掛け人は、信岡良亮さん。信岡さんは、学校法人格を持つ4年制大学として「さとのば大学」を設立するべく、目標額1000万円のクラウドファンディングに挑戦しています!
信岡さんが、学びの場づくりにチャレンジするのは初めてではありません。2016年5月に開校した田舎と都市のあたたかな絆を育む「地域共創カレッジ」は、間もなく第5期に入ります。最初に卒業した1期生20人中、Uターンも含めて7人が移住を実現し、着々と地域を元気付けつつあります。
そして、株式会社アスノオト代表取締役として活動する傍ら、コワーキングスペース(今回の取材会場)を運営する一般社団法人Next Commons Labのチーフディレクターや、複数の大学の講師としても活躍。「現状を変えて新しい未来がほしい」という思いを胸に、地域づくりをより強力に推進するための「さとのば大学」構想を熱く語ってくれました。
1982年生まれ。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。 Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に企業(現在は非常勤取締役)。6年半の島生活を経て、地域活性化というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全てのつながりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年5月より東京に活動拠点を移し、 都市と農村の新しい関係を創るために2015年、株式会社アスノオト創業。
これまでにない学びの場を
そもそも「さとのば大学」とは、どんな学校なのでしょうか。目下、投資者募集中のクラウドファンディングサイトを読むと、一般に想像される「大学」とは大きく様子が異なります。
というのも、定期試験もなく、キャンパスに通う必要すらないのです。その代わり、学生の目の前にあるのはリアルな地域の課題。やりがいがありすぎて、きっと楽ではないけれど、すごく楽しそうです。
従来の学びの場では、現実からちゃんとフィードバックを得ながら自分たちの力を試していく感覚が得られないんですね。座学だけでも、たまに参加するプロジェクトだけでも、オンライン学習だけでも駄目で、全てを組み合わせた、枠組み自体がプロジェクトベースになっている学びの場が必要だと分かったんです。
既存の大学で複数のカリキュラムの講師を務め、座学や単発の「プロジェクト学習」の限界を知ったという信岡さん。第3期から完全オンライン化した「地域共創カレッジ」や、外部講師を務める文科省認定のオンライン大学「ビジネス・ブレークスルー大学(BBT大学)」では、オンラインの魅力と同時に、なにか本当に物事を変えていく力の醸成には現場が不可欠と再認識しました。
そして、多様な学びの場の強みと弱みを分析してたどりついたのが、オンラインを活用しつつ現場と仲間づくりを重視する、地域という挑戦環境を軸にした「さとのば大学」でした。
「さとのば大学」って、どんな学校?
では具体的に、どんな大学をつくる構想なのか、信岡さんに教えていただいたことをまとめます。
【運営主体】
「地域共創カレッジ」と同じくアスノオトです。加えて、数名のプロボノや、カレッジ卒業生など「PTA的存在」がネットワークを組んで支えます。彼らは今、大学創設に向けて、毎週「次世代にどんな学びをつくりたいか」「どんな力が身につくと嬉しいか」といった、教育の本質に迫る話し合いを重ねているそうです。
【地域共創カレッジとの関係】
地域共創カレッジが大学に脱皮するわけではなく、両者が共存していきます。地域共創カレッジは回を重ねるにつれ、オンラインかつ短期の共創型人材育成プログラムに進化してきました。「さとのば大学」とは姉妹校のような関係になり、大学の核となる人材を育てる「研修所機能」も兼ね備える予定です。
【拠点】
下図のようなイメージ。仮に、地域共創カレッジの講師の拠点で、すでに学生を受け入れる力のある地名を挙げています。こういった活動経験値の高い地域と、今後は「さとのば大学」として提携していきます。
そして、それぞれの拠点に古民家などを改修した約10人分の学生寮を用意して、現地の企業や常駐の地域コーディネーターが、学生と地域プロジェクトをマッチングしていく体制を整えます。現在すでに西粟倉村や海士町、これら以外に新富町(宮崎県)のメンバーとも話が進んでいます。
【学生の生活(4年間)】
50年スパンの林業や、1日単位で変わる漁業など、地域によって見える世界は全く違います。学生は1年ごとに拠点を巡り「自分にとって最適な生き方」を探り、最後は1カ所に腰を据えて卒業論文をまとめます。
4年制大学を目指すのは、まずは小さなプロジェクトから始めて「人の役に立つには」「仲間と動くには」といった基礎をじっくり習得し、だんだんと活動をはずませていって、やがて自分で課題を見つけ、人と協力して解決に導くリアルな力を築き上げていくためです。
【学生の生活(1日)】
月曜日は拠点ごとのミーティング、その他の平日は全拠点一斉のオンライン講義から始まります。オンライン講義では、外部講師のVTRレクチャーなども活用しながら、全国の仲間とつながって昼までディスカッションを展開。そのインスピレーションを持って、午後は各拠点のプロジェクトに取り組みます。
オンラインツールを使えば、100人が同時に議論したり、分科会に分かれてディスカッションして再び集まって総合討論することがが、すべてバーチャルで可能。各分科会のホスト役などは、地域共創カレッジの卒業生たちが務める予定です。
【対象年齢】
自己責任でものを考えられる、およそ18歳から。「常に学び続けて、常に仲間と共にディスカッションしながら、常に自分を進化させるために必要な学びの場」に、年齢上限はありません。社会経験値や学びにコミットできる時間の違いを考慮して、一般の大学生向けのプログラムや、社会人向けプログラムなどを現在開発中です。
【取り組むプロジェクト(過去の例)】
下記の例は最初の1〜2年の軽めのプロジェクトイメージ。少しずつサイズとレベルを上げて、卒業時は、地域での起業も視野に入れます。
など。これらの一部は、信岡さんが実際に取り組んだ例です。
【評価】
ペーパーテストは無く、事務局のメンターらが、「ルーブリック」と呼ばれるアクティブラーニングなどに用いるオリジナルの評価指標に基づいて普段の活動を評価します。「地域の人の話を聴く」「取り組みたいテーマを決める」といった項目ごとに数段階で評価されますが、落第はありません。プロジェクト推進という目的のために、到達したレベルを自覚したり、互いに確認したりするためのツールとして評価があります。
【学費】
詳細未定ですが、3カ月の短期コースが15万円、半年コースが40万円、年間コースが80万円と国立大学程度の学費になる予定。寮が格安で、農家手伝いや物々交換で野菜も手に入りやすいので、都市の大学ほど生活にもお金がかからない見込みなのだとか。
【今後のスケジュール】
いずれは4年制の学校法人として、高校生が受験する一般の大学と肩を並べる予定ですが、まずは通信制大学や一般の大学と組んで、他大学生が単位を取得できるような短期プログラムを計画中。2019年春から、3地域3人ずつぐらいの短期留学「市民大学プログラム(大学によっては単位互換留学制度)」をスタートしようとしています。
【今後の拠点増設】
下記のインタビューシリーズなどを通して、全国各地の受け入れ可能地域とつながりつつあります。
より良い働き方や生き方を求めて
以上、ユニークな「さとのば大学」構想を、詳しく突っ込んで見てきました。ここで私は、ふと、ややビターな質問を思い付いてしまいました。というのも、身近な高校生が「みんな横並び志向で、そこから出るのが怖い」と言っていたのを思い出したからです。
「周りが行く大学と全く違う大学って、今の高校生にとっては、どうなんでしょう?」という問いに対する、信岡さんの答えが、こちら。
同質の人しかいないような教室に放り込むから、目立っちゃいけないと気にして横並びになるんです。逆に、開かれた場では、ちゃんと自分のことを表現できないと相手にしてもらえません。僕らの下の世代は、とても優秀だと思います。オープンな場さえあれば、彼らは力を発揮できるはずです。
空気を読んで全員が自分を抑えている環境は、一見おとなしくて安全だけど、たくさんの個性が黙殺されていて、出る杭を打ったり、少数派をひとくくりにして否定したり、ちょっと陰険で危険でもあります。そこに生きづらさを感じる人のほうが、よほど健全ではないでしょうか。信岡さんも、「今の日本のままでは結構、未来は苦しいのでは」と懸念しています。
大学生って、元気な子ほど休学してバックパッカーとかしちゃうんですよね(笑) それだったら、地域のプロジェクト留学をしてみない? と誘いたい。全然違う体験ができますから。
新卒一斉採用には、まだ学歴差別がありそうですが、転職時には全く関係ないですし、誰もが「自分を生かしたい」と願って生きていると僕は思います。「さとのば大学」も、未来を自分でつくりたい!と思う人に対して、開かれた学校になるはずです。
特に「少子高齢化」の世界最先端を走る日本にとって、今後の人材育成や働き方の選択は、ますます重要な意味を持つでしょう。過疎化する地域をテーマとする活動は、なおさら大切です。
歴史好きの信岡さんによると、「貿易上、経済上、一番メリットが高いのは『平和』であり、土地が荒れると平和も乱れ、生産性が非常に落ちる」とのこと。地方にパワーを注入して分散型のシステムを積極的に維持する「さとのば大学」構想は、日本を元気にする壮大な計画の一環でもあるわけです。
学生も地域も、学び合いで育つ
大学となると、卒業後のキャリアも気になりますよね。「さとのば大学」では、プロジェクト参加学生と提携企業の交流を図ることで、就職先とのマッチングも促進する考えです。
企業の平均寿命も短くなっていますし、長期・終身雇用を求めて会社に入る生き方や働き方は廃れていく一方ではないでしょうか。僕は、これからは仕事そのものがプロジェクトベースになっていくと思っているんです。
舞台俳優たちが監督のもとに集まり1年や5年といったスパンで作品に参加して去っていくように、柔軟で開かれた働き方が、地域でどんどん出てくるはずですから。
信岡さんは、地域と信頼関係を結んだコーディネーターが学生を地域のプロジェクトとマッチングして、課題解決型の人材を育てる「さとのば大学」に、大きな可能性を感じています。AIの普及で従来の仕事は無くなり、変化に対応できない人材は淘汰されていくと言われる昨今、会社の中で雇用しきれなくなっていく人たちの再教育の場としても、地方という舞台は使ってもらえると言います。
地方には高校以上の学校がなく、人を育てる文化が欠落している場合が少なくありません。育成に慣れていないからこそ、いきなり高い目標を相手に求める場合もあります。
そこで、地域コーディネーターたちが間に入って、短期間の小さな目標を設定したりすると、うまくいく。人を雇ってまで新規事業開発はできないという地方の零細企業が、さとのば大学の学生と組んで試作品づくりを始めることもできる。学校として関わるから、謙虚に学び合う関係を築けるし、双方にメリットがあるんです。
さとのば大学は、大上段に構えた「大学」ではなく「みんなで一緒に学べる仕組み」であり、講師は「教える人」ではなく「刺激を一つずつ投入して、考え方として提案する人」です。そのポリシーの心地よさが、すでに提携を決めたという岡山県の西粟倉村や、担当者を付けると約束してくれたという宮城県の特定非営利活動法人アスヘノキボウをはじめ、多くのサポーターを引き寄せています。
「教えたい」という欲より、「人とつながって学び合いたい」という欲のほうが断然強いと語る信岡さん。さとのば大学でのご自身の立ち位置を問うと、「校長ではないから、事務局長? 面白い講師を呼んでくるよ、みんなで学ぼう! って言っているだけなんです」とニッコリ。
友だちと会っても本気の未来の話って、案外できません。でも、ほしい未来づくりをするには仲間が必要です。そのための学校を創出しようと奮闘してくれているのが、信岡さんたちなのではないでしょうか。いいね! と思ったそこのあなた、下記のサイトから彼らの活動に参加してみませんか?
– INFORMATION –
2018年7月31日現在、支援者は130人を超え約550万円に到達。目標は1000万円で、2018年8月27日の23時59分までに達成すれば、ファンディングが実行されます。別途、金融機関や投資家にも支援を呼びかけ、2019年春に短期留学コースから開校予定。