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全国のお寺に集まる“おそなえ”をひとり親家庭のもとへ。NPO法人「おてらおやつクラブ」から広がる”お寺というセーフティネット”の可能性

お寺にお参りして、ご本尊(仏さま)に向かい合うとき。
仏前に供えられた、お菓子やくだものなどの「おそなえもの」を見たことはありませんか?

「おそなえもの」は、もちろん仏さまが食べるわけではありません。ご住職がお勤め(読経や礼拝など)したのち「おさがり」としていただき、住職の家族やお寺にお参りする人たちに「おすそわけ」されるのが慣例でした。

「でも、私たちよりもおすそわけを必要としている人たちがいるのでは?」。

そんな、お寺・お坊さんたちの思いからはじまったのが、「おてらおやつクラブ」の活動。2014年1月、奈良・安養寺の住職 松島靖朗さんが発起人となりスタートしました。

現在では、母子家庭支援団体や子ども食堂、児童養護施設、社会福祉協議会、DVシェルターなど、約350の団体と提携しながら、817の寺院からの「おすそわけ」を、全国の約9000人の子どもたちのもとへ届けています(2018年4月現在)。

2017年5月にはNPO法人化。事務局とお坊さんを中心とするメンバーのチームワークも強化され、より大きな活動に成長していこうとしています。前回のインタビューから2年、あらためて松島さんにお話を伺いました。

松島靖朗(まつしま・せいろう)
安養寺住職。金戒光明寺布教師。NPO法人おてらおやつクラブ代表。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、新卒で入社した株式会社NTTデータで投資育成事業を担当。投資先でもあった株式会社アイスタイルへ転職しベンチャー経営とWEBプロデュースに従事。上京して十数年の家出生活から一念発起して実家に戻り、現在は出家(とは程遠い…)生活を送る。座右の銘は「笑いのある人生」。

「何かしなければ」とうずく気持ちにスイッチを入れた新聞記事

「おてらおやつクラブ」誕生のきっかけは松島さんが愛読する「日本経済新聞」。2013年7月27日付の朝刊記事で、同年5月に起きた「大阪天満母子死亡事件」をきっかけに支援団体を立ち上げた女性が紹介されているのを見て、松島さんの行動力にスイッチが入りました。

実は、松島さん自身もひとり親家庭で育った子どもでした。「母子が餓死状態で見つかった」という報道に、「何かしなければ」という気持ちがうずいたのです。「すがるような思い」で記事で紹介されていた団体に連絡をとりました。

まずは、その支援団体の活動に参加しながら、「お寺にできることは何か」を考えはじめた松島さん。試行錯誤の末、お寺に集まる「おそなえもの」をシングルマザー家庭に「おすそわけ」することを思いつきます。インターネットを通じて呼びかけたところ、全国の寺院が賛同を表明。あっという間に、全国47都道府県の寺院が参加する活動に成長しました。

おそなえが子どもたちに届くまでの仕組みを表した図。活動に賛同したお寺と支援団体をマッチングするのが、「おてらおやつクラブ」事務局の大切な役割です

「おてらおやつクラブ」の活動の特徴は、「ひとり親家庭を支援する枠組みをサポート」する“後方支援”として行われていることです。

僕たちには当初から、「おすそわけ」を届ける活動を「貧困支援」と言ってしまうことに違和感がありました。問題を解決するための知識や方法をご存知であり、その経験を持っているのはあくまで支援団体さん。僕たちは、既存の団体さんをサポートすることに徹しようと考えました。

活動スタートから4年が経ち、参加寺院数は814か寺、提携する支援団体さんの数も350団体にまで増えました(2018年4月現在)。春と秋のお彼岸、夏のお盆、年末年始など、お寺にお参りする人が多い時期には、たくさんのお供えものが集まるため、「おすそわけ」もたくさん、全国へと送られていきます。

事務局の坂下佳織さんと、お寺で英会話を教えるなどのチャレンジをしている岡本くん(18歳)。「おてらおやつクラブ」をきっかけに安養寺にも新しい風が吹いています

ところが、活動の広がりを「喜んでばかりいられない現実もある」と松島さんは言います。活動の広がりと共に、今はどんなことを課題として感じられているのでしょうか?

「貧困家庭なんてあるんですか?」
なかなか理解されない“現実”

テレビや新聞など、メディアの露出が増えたおかげで、今では「おてらおやつクラブに」と食品を送ってくれる人もいます。また、松島さんはあちこちで「おやつのお坊さんですね」と声をかけられるようにもなりました。

一方で、講演などの機会に「貧困家庭なんて本当にあるんですか?」というご質問をいただいて愕然とすることがあります。一番何を知られていないかというと、身近なところに困窮するシングルマザー家庭がいて、食べることにも困っている子どもたちがいること。そこが伝わっていないのが一番の課題だと思いますし、しっかりお伝えしていくことが大事だと今は感じています。

7人に1人の子どもが貧困状態にあること、約120万世帯のシングルマザー家庭があり、そのうち約4割が年収133万円以下の不安定な就労状態で暮らしている……というデータだけでもすごいインパクトです(厚生労働省「平成23年全国母子世帯等調査」)。

7人に1人の子どもが貧困状態。また、ひとり親世帯の相対的貧困率は50.8%で、2人に1人が貧困状態にある(厚生労働省「平成29年 国民生活基礎調査」)

でも、やっぱり、数字だけでは現実の姿を捉えることは難しい。

一人ひとりの子どもは何に絶望し、どんな希望を探しているのか。お母さんたちは何に追い詰められ、どんな助けを求めているのか。行動によって「貧困問題」という言葉をひらいてはじめて、よりくっきりした“現実”の姿が見えてきます。

去年、ある看護学校の講演に呼んでいただいたときに、先生から「困窮する世帯で育ち、手に職をつけようと看護師を目指す学生は少なくない」と教えていただきました。

講演後の質疑応答でも「私は、おてらおやつクラブが『おすそわけ』を届ける家庭よりも、しんどい思いをして今ここにいます。何かできることがあったらすぐに行きます」と涙ながらに話してくれた学生の方もいました。

障がい者を支援する施設では、障がいを抱える子どもを育てる世帯の約半数が、ひとり親家庭で困窮していると知りました。子育てがしんどくて離婚され、お母さんが引き取られてひとりでがんばっておられる。毎日のように、想像もしなかったところにいろんな苦しみがあるのを感じています。

正直言って、誰だって人の苦しみに向き合うのはしんどいです。

でも、仏教は「人は必ず死ぬんだよ」「この世のすべては苦しみだよ(一切皆苦)」と説いています。「おてらおやつクラブ」のお坊さんたちは、自らその苦しみに出会いながら、その活動を通して仏教が説くことを体感し、伝えようとしているのです。

仏さまのセーフティネットは「すべての人を救う」

メディアによる露出は、「おてらおやつクラブ」の活動に変化ももたらしています。たとえば、2016年11月、フジテレビ系の情報番組『Mr.サンデー』に取り上げられたときは、「おてらおやつクラブ」ウェブサイトのアクセスが急増し、多くのメールが寄せられました。

「求職活動中でしんどい時期なので……」「パートで働いているけれど食べるものに困っています」というお母さんからのメールもあれば、「お母さんが体調を崩していてどうにもできないから、何か送ってくれませんか」という娘さんからのお問いわせもあったそうです。

事務局のある「安養寺」には、お檀家さんだけでなく、全国のお寺や個人、企業からも「おそなえもの」が送られてくる

現在、事務局から発送している「おすそわけ」。共通のカバーレターにメッセージを書いて同封する

しかし、先述したとおり、「おてらおやつクラブ」の活動目的は、「ひとり親家庭を支援する枠組みをサポートする」こと。まずは最寄りの支援団体を紹介することに努めましたが、近隣に支援団体がないケースも……。

かといって、「団体さんにつなげられないからムリ」とこのまま手を離していいのだろうか?「おてらおやつクラブ」事務局内の議論は白熱しました。

社会福祉の現場では、課題解決の方法として「自助」「公助」「共助」の3つを掲げています。

僕たちは僧侶ですから、3つの「助」からもこぼれ落ちてしまう人を救いとれるのは仏さましかいないと思い、それを「仏助」と呼んできました。「今まさに、3つの『助』からこぼれ落ちた人の声を聞いているのだから、『仏助』として応えるべきじゃないか」というメンバーもいました。

一方で「僕たちは支援団体の後方支援に徹するべきだ」という意見もあり、それはそれで正しい。議論の末、「団体さんにおつなぎできるまで」というスタンスで、事務局から「おすそわけ」を直接送ることに踏み切りました。

今は、「おてらおやつクラブ」事務局を置く「安養寺」から3か月に1度のペースで、お母さんたちに「おすそわけ」を送っています。「おすそわけ」を送らない月はお手紙を届け、お母さんたちがヘルプのサインを出しやすいように配慮します。

3つの「助」からこぼれ落ちる人は本当にたくさんいて、パターンも一様ではありません。たとえば、母子家庭でぎりぎりの生活をされていたら、お母さんが病気になったらアウト。娘さんがインフルエンザに罹り、仕事を休まなければいけなくなってもアウトなのです。

誰に助けを求めていいかわからないときに、藁にもすがる思いで綴られたメッセージは、今もときどき事務局に届きます。「おてらおやつクラブ」から直接「おすそわけ」を送る家庭の数は増え続け、ついに100件を超えました。「対応できる間はがんばる」という松島さんのセリフは、事務局メンバーの存在に支えられています。

法人化したことで、事務局メンバーは以前よりもさまざまな意見を出し合い、議論を交わし合ってくれるようになりました。僕が提案するアイデアよりすばらしいことも多く、それがとてもうれしくもあり、心強くもあり。「がんばる」という気持ちが沸き起こってくるのです。

数万の“ふつうのお寺”が動けば、絶対に問題は解決に向かう

今、日本には約7万5000か寺のお寺があります。

お寺は全国どの地域にもあり、コミュニティの教育や福祉を担ってきた歴史があります。今もなおコミュニティの精神的な支柱となっており、東日本大震災などの災害時には、自然に人が集まり避難所となるケースが見られています。

「おてらおやつクラブ」の活動もまた、お坊さんだけでなく、お寺を守ってきた檀家さん(特定のお寺のサポート会員)や地域の人たちによる“お寺コミュニティ”の力によって支えられています。「おてらおやつクラブ」の参加寺院の多くは、有名な観光寺院ではなく、地域にあるごくふつうのお寺です。

たくさんの「おすそわけ」をできるのは、地域のお寺のご本尊にお供えをしてくださる方がいるから。なんでもない、ふつうのお寺のなかにある信仰の姿が注目され、知られていくことが大切だなと思っていて。そういうお寺の動きが大きな力になっていくことを発信していきたいです。

200か寺に設置されている募金箱。「おてらおやつクラブ」の年間活動資金の3割を支える大きな力になっている

全国のお寺の掲示板をジャックできたら広報効果は絶大!おてらおやつクラブの「寄付つき伝道ポスター」を持つ、事務局の野田芳樹さん

各宗派の本山も、「おてらおやつクラブ」の活動に賛同。「お寺がこれから取り組むべき活動」として取り上げられる流れも生まれています。2017年11月には、東京・築地本願寺で開催された「仏教×SDGs 次世代リーダーズサミット」のシンポジウム『誰一人取り残さない』に、松島さんもパネリストとして登壇。浄土真宗本願寺派に「教団として推奨する活動」と認められました。

このシンポジウムへの登壇がきっかけとなり、本願寺派の寺院から講演のご依頼や、「おてらおやつクラブ」説明会開催のご相談が増えていて、とてもありがたいです。浄土宗でも、全寺院に配布する「宗報」で「浄土宗が推奨する活動」としてページを割いてご紹介いただきました。日蓮宗、仏教伝道協会からは、助成金というかたちで応援いただいています。

新聞を手に「何かしなければ」という気持ちをうずかせていたときから、5年。
今の松島さんは、どんな苦しみを前にしても落ち着いて対処しているように見えます。そう伝えると、松島さんはこんなふうに応えてくれました。

「おてらおやつクラブ」の活動を通して、あらためて「すべての人を必ず救う」という阿弥陀さまの本願のすごさを強烈に感じました。

阿弥陀さまは「この人はハンディキャップが大きすぎるからムリ」というのはなくて、絶対に救う。自分の信仰上、阿弥陀さまの宮仕えとしてやっているから、「必ずなんとかなる」と絶対にあきらめないで考えることができます。

苦しみに出会えば出会うほどに強烈に揺さぶられるし、信仰に触れている自分がありますね。

「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げる「誰一人取り残さない」というメッセージも、阿弥陀仏の「すべての人を必ず救う」という本願も、あきらめずに現実に向き合い続けるために必要な言葉です。

「おてらおやつクラブ」の賛同寺院にお供えをする人たち、募金箱にコインを入れる人たち、支援団体の人たち、支援団体に手を伸ばしたお母さんたち、そしてお寺とお坊さんたち。「誰一人取り残さない」「すべての人を必ず救う」という言葉に息を吹き込むのは、数えきれないほどの人々の思いと行動の積み重なりだと思います。

特別な才能や力がなくても、この世界を良き方向へと導く力は、私たち自身の手のなかにある。そう信じることから、「誰一人取り残さない」あるいは「すべての人を必ず救う」という世界はつくられていく。「おてらおやつクラブ」の取材を重ねながら、その思いは強くなるばかりです。

まだまだ、「おてらおやつクラブ」の活動はより多くのお寺に広がっていくと思います。もし、近くのお寺で「おてらおやつクラブ」のポスターや募金箱を見かけたら、ぜひご住職に話しかけてみてください。「知っていますよ」と伝えることも応援になります。

きっと、そのひとことから変わるあなたの世界もあるはずです。