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生活の葛藤の中で考える”日本の理想の暮らし” 資本主義を超えた、最先端の生き方はどこにある?

オーガニックな食事を、フェアトレードな服を、環境にやさしい住まいを。

それがいいのはわかっている。だけどコンビニはいつだって便利で、冬は暖房、夏は冷房の効いた部屋で過ごしたい。季節が変わるたびに、ちょっと気が利いた安価な服をつい買ってしまう……。

ソーシャルグッドな理想と快適な生活を支える便利な現実の狭間で、誰しもちょっとした葛藤を感じているのではないでしょうか。この原稿を油の匂いが充満するファストフード店で書いている私もそんな一人です。

この抜け出しがたい資本主義の中で暮らす私たちは、どうやって”ソーシャルグッドな理想の暮らし”に近づいていけばいいのでしょうか。

そんな現代の人々が抱える問いの答えを探るのが、2017年9月に日本で発売された書籍『壊れた世界で”グッドライフ”を探して』。アメリカ社会の中で「資本主義を超えた新しい生き方」を模索する3組の家族の姿を通し、著者がグッドライフについて思索を巡らす様が記されています。


昨年12月13日には、本作を題材に日本におけるグッドライフのあり方を探るトークイベント「僕たちの”グッドライフ”を探して 〜資本主義を突き抜けた世界最先端の生き方〜」が開催されました。

登場したのは、作家でジャーナリストの佐々木俊尚さん、本作の編集を担当したNHK出版の松島倫明さん、日本語解説を担当したgreenz.jp編集長の鈴木菜央、REVorg代表の鯉谷ヨシヒロさん、Cift発起人の藤代健介さん。従来型の暮らしや生き方に疑問を持ち、異なるあり方を模索する実践者たちが集いました。

現代のグッドライフ実践者たちはフライドチキンの葛藤の中にいる

佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家・ジャーナリスト 1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジ・メディア・社会・ライフスタイルなど幅広く取材・執筆している。近著は『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)。総務省情報通信白書編集委員。TABI LABO創業メンバー。TOKYO FM「タイムライン」MC。フジテレビネット放送・ホウドウキョク「あしたのコンパス」アンカー。テレビ東京「未来世紀ジパング」レギュラーコメンテーター。

第一部では、佐々木俊尚さんをモデレーターに、松島倫明さん、鈴木菜央がトークセッションを行いました。自身も都会と田舎の二拠点生活を送っているモデレーターの佐々木さんは、本作をどう読んだのでしょうか?

佐々木さん 僕がこの本で一番驚いたのが、グッドライフの実践者たちが、めちゃくちゃ迷って悩んでいたところ。これまでのグッドライフの実践者たちはあまり悩む人はいなかった。延々と放浪して迷い続ける実践者の姿は、変だけど新しい。

本作は、著者のマーク・サンディーン氏自身が、「フライドチキンを食べるかどうか」を逡巡する場面から始まります。

僕は健康万歳の安息地に背を向け、消費万歳の敵地へ向かうことにした。惣菜コーナーを経由すると、揚げたてのフライドチキンの香りが、我が行進の足どめを図った。フライドチキン! どれほどフライドチキンが好きだったか!

(中略)

僕が小腹満たしに肉を食べたことを、婚約者は責めるだろうか。いずれにしても知られたくはなかった。チキンの袋にお手ふきもつっこんで、悪事をまるごとゴミ箱に捨てた。禁断のガソリンを注入した僕は自転車にまたがり、炭素排出を相殺すべく、文明のはじっこへ、シンプルライフへと逃げ帰った。(書籍『壊れた世界で”グッドライフ”を探して』より引用)

担当編集者の松島倫明さんも、この葛藤に理解を示します。

松島さん 著者のマークさんは、スタンフォード卒のインテリで、自分たちの食べる野菜をちゃんと育てる半農半Xな生活をしている人。でも、パソコンや飛行機の使用などの自身のあり方について悩む。僕はそこに共感しました。

松島倫明(まつしま・みちあき)
NHK出版 放送・学芸図書編集部 編集長。主に海外翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを幅広く行う。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』や『SHARE』のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や、『〈インターネット〉の次に来るもの』がある一方、世界的ベストセラー『BORN TO RUN』の邦訳版を手がけてミニマリスト系ランナーとなり、いまは地元の山をサンダルで走っている。また、『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』『マインドフル・ワーク』『JOY ON DEMAND』など身体性に根ざした一連のタイトルで、新しいライフスタイルの可能性を提示している

日本語解説も担当した鈴木菜央は、大学卒業後に1年間自給自足の生活を学び、greenz.jpを立ち上げました。現在は、千葉県いすみ市のタイニーハウスで暮らしながら、地域を巻き込み小屋を建てたり、「パーマカルチャーと平和道場」を開いたりと、新しい時代の暮らしを考える取り組みを続けています。菜央さんの目に、この本はどのように映ったのでしょうか。

鈴木菜央(すずき・なお)
NPO法人グリーンズ代表/greenz.jp編集長。76年バンコク生まれ東京育ち。2002年より3年間「月刊ソトコト」にて編集。独立後06年「ほしい未来は、つくろう」をテーマにしたWebマガジン「greenz.jp」創刊。千葉県いすみ市在住。家族4人で35㎡のタイニーハウス(車輪付き)に住んで、暮らしとコミュニティづくりの実験中。著作に『「ほしい未来」は自分の手でつくる』(講談社 星海社新書)。

菜央 僕もまさに自分が日々悩んでいることが書かれてあり、「自分のための本か!」と思いました(笑)

私たちの多くが環境問題は大切だ、と思っていながら、実際のところ、環境を壊しているのはほかでもない僕らが送る、日々の生活なわけです。では、テクノロジーから離れて、自然の中で暮らすことが理想なのか? ほとんどの人はそんなことできない。子どもがいるとなおさらできない。では、どこらへんに答えがあるんだろう?と。日々考えています。

自然とテクノロジーとは、二元論ではない

こうした話から連想されやすいのが、1960年代後半から70年代にかけてアメリカの若者の間に広まったカウンターカルチャーでしょう。これは、豊かで安定したアメリカ中流社会の価値観を物質主義と批判し、資本主義やテクノロジーから離脱することで精神的な自由と満足を得ようとしたムーブメントでした。しかし現代では、そうした極端なあり方も大きく姿を変えているようです。

松島さん 本作の最後に出てくるモンタナで暮らす年配の方は、まさにカウンターカルチャー出身者です。ただ太陽光で起こした電気は使うなど、地域社会や経済ともすごくうまくつながっているのが面白いですよね。

菜央 60年代、70年代にはいわゆるエコビレッジが世界各地につくられて、今でも続いているものもあるんですが、近年の動きは、むしろ町をエコビレッジ化していこうという動きが盛んですよね。ポートランドのシティリペア運動、世界中に広がっているトランジションタウン運動など。

僕が住んでいるいすみでも、地域から隔絶したエコビレッジをつくるのではなく、地域の資源を活かしながら、既存のまちをエコビレッジにしていこうという動きがはじまっています。

菜央さんが言うように、2000年代以降、人々のつながりを重視する新しいタイプのコミュニティのあり方が広がっているようです。この動きは同時期に起こったSNSの発達を抜きにしては語れません。

佐々木さん “Stay Hungry, Stay Foolish”というスティーブ・ジョブズの有名なフレーズは、当時ヒッピー文化を象徴しているといわれた『ホール・アース・カタログ」の最終号に載っている言葉です。その頃のヒッピーはテクノロジー自体ではなく、テクノロジーが大企業だけが使うものだったのを否定していたんです。だから解放された精神とテクノロジーを、二元論で語るのはおかしいですよね。

さらに、「日本ではまだまだグッドライフとテクノロジーを分けて考える人が多いのではないか?」と指摘する佐々木さん。それに対して菜央さんが一つのあり方として例に挙げたのが、リーマン・ショック後にアメリカで盛り上がりを見せた「タイニーハウスムーブメント」です。

菜央  「タイニーハウスムーブメント」は単体の小さな暮らしではなく、コミュニティをいかにつくるかから、自分が生きる哲学やグローバル経済の荒波に飲まれて生活が不安定になった人をどうするかまでを問うムーブメントでした。たとえば移動手段を考えるときも、戦争の原因になっているガソリンを使う自動車ではなく自転車に乗る。街中で出会った自転車乗り1人1人がそんなことまで考えている地域もあります。

日本の”シンプルライフ”の中では、自転車がカッコいいから乗るという人はいても、戦争の原因まで考えて選択する人は少数派ではないでしょうか。松島さんは、「ライフスタイルとは政治性を孕むもの、ということが必ずしも意識されない日本社会において、本作を刊行することで何が起こるかを見たかった」と出版動機を語りました。

今、日本で動き始めた2つの新しい生き方とは?

それでは実際に日本ではどのような動きがあるのでしょうか。イベント後半のトークセッションではREVorg代表の鯉谷ヨシヒロさん、Cift発起人の藤代健介さん、そして鈴木菜央の3人が、日本における”グッドライフ”の先進事例とその現状を紹介しました。

日本に27カ所ほどあるとされるエコヴィレッジやオーガニックファーム、パーマカルチャーセンター、リトリートセンターといった「Coビレッジ」。

鯉谷ヨシヒロさんは昨年9月、日本と世界にあるそれらのコミュニティをつなぐプラットフォーム「NuMundo JAPAN(ニュームンド ジャパン)」を立ち上げました。利用者はNuMund JAPANを通じて、これまでなかなか出合う機会のなかった世界中のCoビレッジにアクセスし、宿泊の予約をしたりワークショップに参加したりすることができます。

鯉谷ヨシヒロ(こいたに・よしひろ)
REVorg CEO and Founder. メキシコ在住13年。現在、東京、熊本、メキシコ3拠点生活。2005年、メキシコにて遊牧民のように、中南米の名もなき山、ジャングルを馬30頭20人でサバイブ。13年間継続する定住しない、移動するNPO法人ノマドコミュニティ「NomadsUnited」を共に立ち上げる。中南米の「エコビレッジ」やヒッピーの祭典「レインボーギャザリング」と出合い、社会に縛られない「人間らしい自由な生き方」に現代社会の先を見る。現在、新しい暮らしを実践する「Coビレッジ」のグローバルネットワーク「NuMundo Japan」を運営。グアテマラで開催される、マヤ先住民とサイケデリックトランスの融合した最先端フェス「Cosmic Convergence Festival」の共同企画を行う。

鯉谷さん 僕は13年間、メキシコで馬に乗って暮らしていました。30頭と20人で国境を渡りながら暮らしている時にエコヴィレッジやヒッピーカルチャーと出合い、生きる本質と向き合う原体験を得たんです。

これから先、そういった経験がどんどん必要になると思う。けれど、現代の日本ではその機会がほとんどないことがNuMund JAPANの立ち上げにつながりました。これからはCoビレッジで多く使われている地域通貨などとも絡めつつ、仮想通貨を使って衣食住を担保できるような新しい経済圏もつくろうと考えています。

藤代健介さんが発起人を務める共同コミュニティ「Cift」は、本イベントの会場でもある渋谷キャストの13階を使った取り組み。ほとんどのメンバーは立地の良さや家賃といった条件ではなく、Ciftの掲げる「拡張家族」というコンセプトに共感して集まっているそうです。

藤代健介(ふじしろ・けんすけ)
prsm 代表取締役。1988年、千葉県生まれ。東京理科大建築学科卒。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科在学中に、理念を場に翻訳するデザインコンサルティング会社prsm(プリズム)設立。TEDxTokyoの空間デザイン設計、東日本大震災被災地でのコミュニティ設計などに多重的に携わる。「世界経済フォーラム」のGlobal Shapers Communityに選出され、2016年度Tokyo Hubのキュレーターを務める。SHIBUYA CAST.にはコンセプト設計から参画し、2017年5月より自ら創設した「Cift」の住民となる。

藤代さん どんどん自由で便利な理想の社会を追求すると、社会は個別化していきます。「Cift」では、共に暮らし、共に働いて、社会とつながっていく。そして世界中のみんなが家族になれば、きっとそれが世界平和の状態になる。「Cift」が目指す拡張家族は、自分を拡張し、広く深く家族を拡張するあり方そのものです。渋谷という都会のど真ん中から、本当に新しいシンプルライフをどうやってつくるかに挑戦しています。

「新しい生き方」の中で、経済はどう回っている?

鯉谷さんの関わるCoビレッジでは、多くのメンバーがスマートフォンやSNSを使いこなし仕事を得るなどをしているそうです。あまり語られることのないCoビレッジでの経済活動は一体どのようなものなのでしょうか?

鯉谷さん エコヴィレッジには、ヒッピームーブメントの潮流で来た人と、都会からいち早くリモートワークに切り替えて移って来た人の2タイプがいます。前者は主に農業や小売業をやっていて、後者はウェブサイトや映像をつくったりしていますね。たとえば熊本のエコビレッジ「サイハテ」では、平日は福岡・東京で仕事をして、Coビレッジの外でお金をつくる人もいます。

Coビレッジと異なり都会の真ん中で暮らす『Cift』では、収入・支出ともに自立した人が大半で、メンバー同士の交流から新たな仕事が生まれることも多いそう。

藤代さん 現状、39世帯中36世帯は自営業で、ほとんどのメンバーが時間と空間を自由に自分でデザインできる自立したメンバーです。だからCiftの中で新しい会社がいくつかできたり、その周辺で数え切れないほど新しい仕事が生まれたりしています。

これからCiftでやっていきたいのは、文化のマネタイズです。Ciftでの生活文化が、そのまま観光という形でコンテンツになったり、シンクタンクという形でサービス開発の気付きになったりすればいいと思っています。

100年後の共同体はどうなっているの?

イベントの最後には、これから先の未来、100年後の共同体はどうなっているかについて、それぞれが見解を共有しました。

藤代さん 書籍『僕たちの”グッドライフ”を探して』に登場する3組の家族のように、左と右とか自由と権力とか、常に迷い続ける、問い続けたところに進化がある。今も、100年後も変わらない。だからむしろ割り切らずにやっていきたいし、そのプロセスが大切だと思っています。

鯉谷さん みんなが暇な生活をしていると思いますね。江戸時代は結構みんな暇だったと言われていて。江戸は100%自給自足の100万人都市。そういう未来になるのではないでしょうか。

菜央 100年と言わず、僕もそれがいいですね(笑)これまでは、「こうやって生きていけばいい」という道筋がありましたが、今は何が幸せかを、それぞれが自分で決めなくてはいけない。そのために勉強しないといけないし、自分の行動の責任も取らないといけない。ある意味ハードな時代ですね。

それをコミュニティの中で、みんなでやる動きが始まっていく。地域単位でつながりながら、みんなの幸せをみんなで考えていく未来をつくりたいと思います。

あなたにとっての「グッドライフ」はどんな姿?

一般的な生活からはまだまだ遠い事例が語られた今回のイベント。ここまで読んだ方のなかにも「自分にはそんなことはできないし、周りでは理解されない」「一部の人のものに過ぎないのではないか」と思った人もいるのではないでしょうか。

イベントではそうした声に対し、佐々木さんが「そう思われても、まだ仕方がない段階」と答えていました。

佐々木さん これらの事例は、まだまだ先端的でエリート主義だという批判もたくさんあります。しかし今はまだ起業家、つまりアントレプレナーの段階だから。彼らが失敗や成功を経て時間が経つと、ロールモデルになっていく。そうしたら他の人も真似ができるようになり、だんだん新しい暮らし方、働き方、仕事の仕方が世界中に広がっていくんだと思います。

自分の当たり前の生活を変えるのは、簡単ではありません。私自身、今の生活を変えられるかと聞かれれば、難しいというのが本音です。

しかし世界は私たちの意思にかかわらず、どんどん変わっていくもの。今すぐ実践者にはなれなかったとしても、考え方やムーブメントは”自分のグッドライフ”を選択するヒントになりそうです。

どんな生き方を選ぶにしても大切なのは、あなたが本当はどんな暮らしをしたいのか、どんな未来をつくりたいのか、それはなぜなのか、こういった思考を続けることではないでしょうか。

アントレプレナーたちがつくる新しい生き方や本作をヒントに、「あなたの考える理想の暮らし」を少しだけ想像してみませんか?