子どもの頃、サンタクロースへ、プレゼントのお返しをしたことはありますか? もらったことはあっても、お返しをしたことはないという人は、多いのではないでしょうか。しかし、いつしか大人になり、今度は自分がサンタクロースになって、子どもへプレゼントを贈る日がきっと訪れるのです。
このように、世代から世代へと思いのバトンを受け継ぐような、あたたかく、かつ新しいコミュニケーションのスタイルが今、大阪府南部・堺市南区にある「泉北ニュータウン」で広がっています。
ニュータウンとは、1960年代から都市の郊外に開発された市街地のこと。泉北ニュータウンは2017年に、まちびらき50周年を迎え、住民・企業・行政が連携して「泉北ニュータウンまちびらき50周年事業実行委員会」を結成。新しい市民主体の取り組み「SENBOKU TRIAL」が進められています。
greenz.jpでは、そんな泉北ニュータウンで起こっているさまざまな事例を通して、これからの暮らしについて考える連載「これからのニュータウン入門」を展開しています。
今回ご登場いただくのは、みんなで遊ぶことでつながりをつくる「あそびでつなげる”ひとつむぎ”」プロジェクトの小林晶子さんと、音楽で泉北ニュータウンを盛り上げる「堺でスタイリッシュなアコースティック民族音楽プロジェクト”Skylish”(サカイリッシュ)」の上沼健二さんです。おふたりは、泉北ニュータウンまちびらき50周年事業の市民委員として活動を展開しています。
おふたりの活動の場でもある「いずみがおか広場」を運営する南海電気鉄道株式会社泉北事業部の与野薫さんにもご同席いただき、泉北ニュータウンまちびらき50周年事業をどう盛り上げているのか、それぞれの視点から語っていただきました。
「あそびでつなげる”ひとつむぎ”」発起人。仕事や子育ての中で、チームで動く面白さと難しさに気づく。「遊ぶ」ことでたくさんの人をつなぎ、チームワークの喜びや創造性を生み、新しい発見につながるイベントを企画している。泉北ニュータウンまちびらき50周年事業では、一般財団法人大阪府タウン管理財団の支援を受けて同活動を展開。
泉北ニュータウンの赤坂台出身。パーカッション・ドラム・フィドル奏者。西欧、北欧の伝統音楽を取り入れたライブ活動やイベント出演を行う。また、演奏の指導者や音楽サークルの主宰など、音楽を通じたさまざまな側面を持ちながらつながりを広げている。泉北ニュータウンまちびらき50周年事業では、堺市の支援を受けて「Skylish(サカイリッシュ)」を展開。
泉ケ丘駅前の「いずみがおか広場」の運営・管理を行う南海電気鉄道株式会社プロジェクト推進室泉北事業部課長。
「みんなでやる」ことの喜びを遊びながら学ぶ
小林さんのプロジェクトである「あそびでつなげる”ひとつむぎ”」で行われている、”むれ”あそび。
年齢や立場などあらゆる垣根を越えて、たくさんの人たちと楽しく”群れ”て、「なにをつくろう?」「どうやって遊ぼう?」と考え、身近なものを使ってつくり、最後には壊す。そんなシンプルな遊びです。
これまでは、駅前広場や公園で数百個のダンボールを積み上げて大きなオブジェをつくる「ダンボールつみき」をしたり、チョークで地面に壮大な落書きをする「メガらくがき」をしたり。聞くだけでワクワクするような”むれ”遊びで、たくさんの人をつないできました。
小林さんが「ひとつむぎ」をはじめたきっかけには、以前、PTAの活動をしていたときに感じたモヤモヤがありました。
小林さん PTAって本来は、地域の誰かとつながる、良いきっかけの場なんですよね。でも今の世の中じゃ、つながりを義務感と捉えてしまい、そもそも関わることを敬遠したり、せっかく関わってもお互いの気持ちがすれ違ったりしがち。それって、もったいないことだなと思っていました。
そんな時、PTAの活動のなかで、単純な作業こそ、みんなで取り掛かっているうちに一致団結して、面白くなることがあると気付いたんです。普段の暮らしでも、たとえばゴミ拾いなど、親子だけでするより、子どものお友達やママ仲間を集めて大勢でするほうが、すごく楽しい。
そこに遊びの要素を加えると、なおさら楽しくて。終わったあとの達成感も強い。友人と一緒にあれこれ試しているうちに「こんなふうに遊びを通じて、もっとたくさんの人たちの気持ちをつなげられないだろうか?」というアイデアが生まれたんです。
そこから小林さんは持ち前のリーダーシップと人懐っこさを発揮し、「こんなことしようと思うんやけど、面白そうやと思わへん?」と、PTAのつながりや近隣に住む友人・知人など、どんどん周囲を巻き込んでいきます。
最初に行ったのは「サンタ帽をかぶってみんなでゴミ拾いをする」という企画。その名の通りの、とても単純な活動でしたが、なんと30人が集まる結果に。このとき改めて「みんなでやると、こんなにおもしろいんだ!」と強く実感したことから、やがて「ダンボールつみき」へと広がっていきます。
小林さん サンタ帽をかぶるだけでこれだけの人が集まるなら、もっとおもしろいことをしようと思いついたのがダンボールのつみきです。
ダンボール箱をもらってきたらそんなにお金もかからないし、それを家族でやったら絶対に途中で投げ出してしまうやろうから嫌ですけど、知らない人も集めて大人数になったらできるんちゃう? って思って始めたんです(笑)
知り合いのおじさんに相談をしたところ、おじさんがダンボールを引っ越し屋さんから集めてきてくれたので、今度は、そのダンボールに色を塗ってみようと。ダンボールを組み立てて、色塗りをして遊びましょうっていうのが、ひとつむぎのダンボール遊びの最初だと思います。
「遊び」を通じて人々がつながるきっかけをつくる「ひとつむぎ」。2017年12月までに7回のイベントを開催しています。
彼らの活動は、ただ遊んでいるだけに見えるかもしれません。しかし、その裏には、きちんと小林さんなりの哲学があります。
小林さん 私はこれまでずっと、リーダーの隣でサポート役を担うような仕事をしてきました。その経験のなかで思ったのは、いいチームをつくっていくには、リーダーの力よりも、リーダーを支える人たちの力の方がより重要だということ。軸となるリーダーがいて、その人の指示にただ従うのではなく、その人をみんなで支えることで、初めていいチームができると思うんです。
今の子どもたちが、みんなでチームをつくるという経験を積むことができたり、その経験の中で成長する子どもたちの姿を見た大人たちが、仕事で直面している課題を乗り越えるヒントを見つけることができたり。そうなったらいいなと思って、「むれあそび」をやっています。
そのためにも「ひとつむぎ」では、遊びがきっかけであることを常に大事にしたいと思っています。遊びと捉えることで、「やらなくちゃ」という義務感ではなく「一緒に楽しもう」という前向きな心持ちで取り組むことができる。そうやって遊びを交えながら、ひとりひとりが自主的に関わるチームづくりの経験を重ねていってほしいですね。
音楽で泉北ニュータウンに恩返しを
泉北ニュータウンの赤坂台出身の上沼さんは、音楽家です。パーカッション・ドラム・フィドルの奏者で、アイルランドの民族音楽をベースにしたライブ活動を行う傍ら、カホンという民族楽器のサークルを運営したり、ワークショップを開いたりと、泉北ニュータウンに根付いた音楽活動も積極的に行っています。
上沼さんが行っているのは、音楽プロジェクト「Skylish(サカイリッシュ)」。ステージと客席を分断するのではなく、観客も演奏者とともに、プロもアマチュアも関係なく一緒に楽しめる。そんな音楽による場づくりに取り組んでいるのだそう。
実際、フィドルやフルート、バウロン、カホンなどの民族楽器をみんなで奏でながら会場内を練り歩いたり、子どもたちも一緒になって演奏したりします。
上沼さん ステージがあると、どうしても距離ができてしまいがちになるので、そうじゃなくて、いろんな人に積極的に見てもらい楽しんでもらうっていう形で、僕の生徒さんと一緒に10年くらいライブをやってきてるんです。
今回お声がけいただいて、故郷である泉北に恩返しをしたいと思い、8月に開催された「みどりのつどい」ではイベントに華を添える役割として、ステージ演奏だけでなく大人も子どもも一緒になって会場全体を演奏しながら練り歩き、パレードをしたりしました。
そのときは20人くらいのセッションで、同じ人がいろんな楽器をやるんですが、「セッションしましょう」「パレード行きましょう」とみんなで盛り上がって。
これからは、もっといろんな人や人数に対応して盛り上がれるようにしていこうというのが目標です。
音楽家としてのプライドと泉北ニュータウンへの愛を持って、日々活動している上沼さん。その活動は「ミュージシャンとして泉北に恩返しをしたい」という思いから始めたのだそう。
上沼さん もともと僕はすごく地元のことが好きで。
学生時代に新檜尾台(しんひのおだい)の体育館でライブをしてたんですけど、そのときに地域のおじちゃんおばちゃんたちと仲良くなってみんなで集まってワイワイしてるうちに「地域を盛り上げていこう」ということで、青年団をつくって、地域の人たちが手掛ける催しに出たんです。今でも毎年、その催しだけは、ボランティアで一住民として関わっています。
僕が影響を受けたアイルランドの伝統音楽家って、土地に根ざした音楽を大事にしていて、音楽の文化を、次の世代に伝える役割を果たしています。だから僕も、地域愛を持ったミュージシャンになりたいと思っているんです。
決められた枠ではなく自分たちで自由に責任をもって行う
小林さんと上沼さん、おふたりのプロジェクトはともに、屋外でたくさんの人と一緒に盛り上がるものです。しかし、音の問題や集まれる場の広さなどを考えると、なかなか良い開催場所が見つからないのも事実。
そんな問題を解決したのが、南海電気鉄道株式会社の管理する泉ケ丘駅前の「いずみがおか広場」。まちのにぎわいづくりの一環として、この広場は泉北ニュータウンまちびらき50周年事業における市民委員の活動を、「場所」の面からサポートする大切な役割を果たしています。
与野さん 「いずみがおか広場」は、3年ほど前に南海電鉄が取得した泉ケ丘駅前商業施設のなかにあります。ニュータウンも50年、この施設も開設から45年超を経ています。老朽化も激しかったので耐震工事などが必要で、そのときにこの広場もリニューアルし、2016年4月に完成を迎えました。
広場をどう使いこなしていこうかと考えていた矢先に、泉北ニュータウンまちびらき50周年事業への参加が決まり、ぜひこの場所を活用していただこうと思いました。
小林さんの「ダンボールつみき」や「メガらくがき」、上沼さんのライブ演奏も、この広場で開催されました。
小林さん まさか駅前で私たちが活動をさせてもらえるなんて、かけらも思っていませんでしたから(笑) 最初「ダンボールつみき」をはじめたときは、「じゃまになるから公園がいいかなぁ…」なんて言っていたので、泉ケ丘駅前のいずみがおか広場でやれると聞いたときは驚きました。
上沼さん 泉北ニュータウンの駅前のお祭りやイベントで出させてもらうときって、普段できないようなところでできる開放感がいいんです。それに、駅前というたくさんの人との接点が生まれる場所でライブができることは、僕らにとって貴重な機会なんですよね。
与野さん 広場を管理している立場から言うと、つい規制をしがちになるんですが、そうすると「楽しさ」というものが生まれず、人があまり寄り付かなくなってしまう。それはやはり悲しいことです。もちろん安全面や衛生面など、環境維持の責任もあるので、ある程度の規制は必要ですが、そこは事前に利用者の方としっかりと打ち合わせをしたうえで判断しています。
今回の泉北ニュータウンまちびらき50周年事業の市民委員の方たちは、それぞれがきちんと主体性と責任をもって事業を行うということを実行委員会に約束している人たちなので、そういった面でも安心です。理想は、利用者の方々がそういう規制など一切無しで、きちんと秩序をもって楽しく使ってもらえる広場にすることだと思っています。
まちづくりをしていく上で必ずぶつかるのは、まちの規制。アイデアがあってもそれをクリアできず、実現が遠のいてしまうこともしばしばありますが、駅前の広場でこんな壮大な「遊び」ができるなんて、すごいですよね。
でも、それも、すべての関係者の間に「信頼」があってこそ行えること。密で温かいコミュニケーションが根底にあるからこそ、おふたりのプロジェクトは実現しているのではないでしょうか。
次の世代にバトンを渡すために
小林さんと上沼さんがともにおっしゃるのは、今の市民委員としての活動のモチベーションが「恩返し」であるということ。その背景には、泉北ニュータウンに受け継がれてきた心のバトンがありました。
小林さん 私の両親は、堺の出身ではなく地方から来た人たちです。泉北ニュータウンに住む、私たちの親世代には、そういう方がたくさんいて、何代も続くお家や、昔から住んでいた方もいらっしゃいます。
そんな多様な方々が一緒になって、いろんなことをしているのを子どもの頃から見てきたので、私だけが頑張っているわけじゃないと思っているんですよ。そういう地域のつながりをずっとつくってきてくださった人がいて、その方たちと接してきたことによって、私はそういう「種」を持っていると思うんです。
たとえば、親である私も気づかないような子どもの側面を見つけて褒めてくださる方、心配してくださる方がいると、私も気が楽になります。行事があった時に、家族や地域に関する何気ない対話を通じて、私だけが子どもを育ててるんじゃない、私だけが親の介護をしてるわけじゃないと気づかされることも多い。
その延長線上で、私だけがみんなの真ん中に立って何かをしないといけないと思ったわけじゃない。周りでたくさんの方が同じような思いで関わってくださるから、自分の暮らしが成り立ってるんだっていうのを感じたので、頑張れるんです。
上沼さん 以前、小学校のお祭りが諸事情から中止されました。でもその後、地域の小学生を子どもに持つ親御さんたちが、有志でお祭りを再開させたことがありました。
そのときのテーマが、「子どもたちに思い出を」でした。当時学生だった僕は、そういうことを考えてくれている大人を見て、これは泉北ニュータウンのひとつの伝統なのかなって思いました。そういう昔からある伝統を引き継いでいきたいっていう気持ちはすごくあります。
地域に育ててもらったことへの恩返しとか、そんな大それたことではなく、身近な人とつながって、大事にしていたら、自然と起きてくる現象だと思うんですよね。
地域における「恩返し」とは、世代を超えて「つながり」を持つことで、きっと自然と生まれてくるもの。小林さんも上沼さんも、ご自身がもらったバトンを次の世代に受け渡すことを、それぞれの表現方法でごくあたりまえに行っているんですね。
与野さん つながりはすごく大事だと改めて思いました。我々鉄道会社や施設の運営をしている会社にとって一番怖いのは、人口の流出や減少です。そういう意味でも人と人とのつながりがあって、人と地域とのつながりも同時に広がっていくといいなと思っています。
泉北ニュータウンまちづくり50周年事業を通じて、上沼さんと小林さんとのつながりが生まれました。三者とも単独だったら、解決しがたい課題があったり、心細さや状況の変化から足踏みしてしまうことがあるかもしれないですが、つながりがあれば続けられるのではと思います。
「つながり」と一口に言っても、ひとつのつながりから生まれるものは、時間や空間をこえて、無限に広がっていく可能性を秘めています。
小林さんと上沼さんとのつながりも、1人+1人+1人=3人ではなく、そこから何十人、何百人という人々を笑顔にするまでに広がっています。今回取材をさせていただいた3名は「遊び」、「音楽」、「場所」というそれぞれのアイデアや強みで、つながりを飛躍的に広げた方々でした。
そして「つながり」は伝統を生み、その地域ならではの文化になります。
つながることでしか得られない知恵や思いやりやご縁が次のまちをつくっていくと思うと、「まちづくり」は「つながりづくり」でもあるのかもしれませんね。