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不安いっぱいの大学生、クルミドコーヒーで働く。 “贈る”ことからはじめる毎日の中で出会った”自分らしさ”とは?

カランコロン。軽やかな音とともに扉が開くと、コーヒーの香りに混じってどこか森のなかにいるようなぬくもりを感じます。それは、お店に流れる時間や、お店にあつまる人々のつくるホッとするぬくもり。

東京・西国分寺にある小さなカフェ「クルミドコーヒー」へ、ようこそ。

はじめまして、greenz.jp編集部インターンの森野日菜子と申します。私は就職活動中の半年前にクルミドコーヒーと出会い、アルバイトを始めました。

「クルミドコーヒー」は、某グルメサイトのカフェ部門で1位を取った実績もあり、休日にはたくさんのお客さんで賑わうかわいらしいお店。

人気の秘密は、丁寧に落としたコーヒーや地元国分寺で育った野菜“こくベジ”を使ったメニュー、本物にこだわった店内。そしてもう一つお客さんを引き付けるのは、『ゆっくり、いそげ』の著者である影山知明さんを中心に築かれてきた“その人らしくいられる空間”かもしれません。

朝の窓辺には、あたたかい光に包まれた、ゆっくりとした時間が流れます。すうっと深呼吸して、朝のマグコーヒーを。

今回私がこのコラムをお届けする理由、それは、まるで“森”のようなクルミドコーヒーで働くことによって“私らしさの種”が見つかり、社会人になることに不安を抱いていた私の心も、少し前向きになることができたから。クルミドコーヒーと出会い、自分らしさを見つけ、自分らしく働ける場所を自分からつくるヒントを得るまでのお話を、みなさんと共有したいと思ったからなのです。

就職活動で悩む私の後輩さんたちや、自分らしく働く場をつくりたい人、忙しい毎日のなかでホッとした時間を持ちたいみなさんの心に、届きますように。

“ゆっくり、いそげ”との出会い

おひとつどうぞ、と席にはくるみが。
毎年スタッフが長野県東御市に収穫応援に行き、農家さんの想いを受け取ります。

クルミドコーヒーで大切にされていることの一つに、「贈ることから始める」という心持ちがあります。クルミドコーヒーにとって“贈る”とは、目の前の人を大切に、その人にどんな気持ちになってほしいかを考え、行動に想いを込めるということです。

私たちは忙しい毎日の中で、“贈る”ことを考える余裕もなく日々を過ごしているかもしれません。相手にどんな気持ちになってほしいかを考えるより、どんな成果や利益が上がるかを考えて行動することもあると思います。また普段お店に入った時、“贈られている”というよりは“搾取されている”と感じることも多いのではないでしょうか。

私自身もそうでした。半年前の私は就職活動中で、誰かを想い“贈る”ことよりも競争し利益や成長を求めていくことが当たり前と思い、疑問を持つ余裕もありませんでした。自分のやりたいことや自分らしさはどこにあるのかと、周りは見ずに自分自身と先の未来を見てばかりの日々。

でも、心は苦しさも感じていて、自分のやりたいことを探せば探すほど、わからなくっていました。

「自分らしさって? 私らしさの種はどうしたらみつかるのだろう?」という問いを持ち始めた頃、クルミドコーヒーの歩みが綴られている、オーナー影山知明さんの著書『ゆっくり、いそげ』と出会います。人を想う、“贈る”ことから始める経済を体験してみたいと思い影山さんに連絡するには、時間はかかりませんでした。

“どう贈るか”を考える。

こうしてアルバイトとして働き始め、私は日々、“贈る”ことから始める現場を目の当たりにするようになりました。

お客さんをあたたかい言葉でお迎えし、時間と想いを込めたケーキや、水出しでじっくり落としたコーヒーをお出しする。ここまでは、どのお店でもやっていることかもしれませんが、象徴的なのは、スタッフ全体のミーティング。月に一度、スタッフ全員が顔を合わせるこの場所では、お店のこと、これからのこと、スタッフ一人ひとりがお店という場所で表現したいことなどがじっくり話し合われます。

たとえば12月の話題は、シュトーレン。「12月の定番であるシュトーレンを、どうお客さんに贈るか」をみんなで話し合いました。

お店のメニューに写真はなく、文章だけが添えられています。これは、お客さんとメニューとの出会いを大切にしているから。言葉から想像して、さらにスタッフとの会話を通してメニューをイメージすることを楽しんでもらいたいのです。よって、スタッフにはメニューについて自分の言葉で話せることが求められます。

ミーティングの中では、クルミドコーヒーでシュトーレンがメニューになった理由や想いを、つくり手の沖居未佳子さんが語ってくれました。

沖居さん シュトーレンは、お店のくるみ割り人形のルーツでもあるドイツでクリスマスに食べられるお菓子。ケーキなどの生ものと少し違い、外側のお砂糖の甘みやバターの風味、そして2ヶ月ブランデーに漬けたドライフルーツの香りが日を追うごとにシュトーレンに染み渡っていく、時間を味方にしたお菓子なのです。

お店で提供される小さく切り分けたシュトーレンには、「家族や大切な人と、一つのシュトーレンをみんなで分けてみんなで食べるあたたかさを感じてもらいたい」という想いがあるのです。一日一日、ゆっくりと味が変化してゆくシュトーレンを食べながら、それぞれの一年を振り返る時間を過ごしてもらえたら、と願っています。

流れてゆく時間が愛おしくなるほど、一日一日味わいが変わってゆくシュトーレン。

スタッフ同士でこれらを共有することによって、一つのシュトーレンに物語を乗せてお客様の元へ届けることができます。誰か一人がすべてを決めてマニュアルをつくるのではなく、みんなで考えてみんなで贈ることを大切にしていると感じます。

ミーティングの後、私も自分の言葉でシュトーレンに込められた物語をお話しすることを心がけていたら、お客さんの反応も自然と良くなりました。スタッフとお客さんという枠を超えて、「人と人」として気持ちを共有することができ、“贈った”ものを受け取ってもらえたと感じた瞬間でした。

もし、“贈る”ことではなく利益などの成果を最も大切なものだと考えていたら、お客さんとの関わりもスタッフの心持ちもまったく違ったものになります。シュトーレン一つとっても、メニューに写真を載せてわかりやすくし、手っ取り早く注文してもらった方がいい。割に合わなさそうな作業や動き、気遣いはやめて、お客さんにはさっさとお金を払って出てもらう。そんなお店になるのではないでしょうか。

もちろん、利益はカフェを続けていく上で大切です。しかし、“贈る”ことから始める経済は、実はお店にとってもお客さんにも、そしてスタッフにとっても良い循環になっているのだと、私は感じています。かけられた時間や想いがわかるコーヒーを口にしたお客さんは、その日を優しい気持ちで過ごせたり、他の人にその体験を話してくれたりします。その気持ちが地域に巡り、お店にも還ってくるのです。

まわりをいかす、まわりにいかしてもらう、自分をいかす。

時間とともに古さや傷が味になるように、テーブルには無垢の木を。 子どもたちが本物に触れられるようにと願い、店内は本物の木や鉄でできています。

また、“贈る”ことが土台にあるこのお店では、スタッフ一人一人が“贈り・贈られる”存在です。

オーナーの影山さんはスタッフ採用時に、お店でどんなことを表現してみたいか、また同時にお店にどんな貢献ができると思うかを聞きます。就職活動真っ只中で「自分は何がしたいか」を考えてばかりいた私は、どちらの質問にもうまく答えられませんでした。その時思い出したのは、『ゆっくり、いそげ』の一節。

自分が何をやりたいのか、自分は何に向いているのか、迷って動けなくなるくらいなら、まわりのがんばっている人を応援することから始めればよい。

私は、この言葉の通り、仲間を精一杯応援してみようと思いました。でも、働き始めたばかりの頃は仕事を覚えることに必死で、応援する心の余裕もなく過ごす日々…。

そんな私が大きな気づきを得たのは、2017年10月のはじめに行われたスタッフ全体でのミーティングでのこと。夏の間、多くのお客さんが来てくれたことによりお店が混み合ったことや、スタッフの疲れが出たことなど様々な要因が重なって、ミーティングはどんよりと重い空気に包まれていました。スタッフの間で信頼関係が揺らぎ、チームが変わってしまうかもしれない。そんな局面で、ポツリポツリと語り始めたスタッフの言葉に、私は驚きました。

その人の可能性を絶対的に信じ、難しいけれど、その人らしさを応援しながら、一緒にやっていく道を探していきたいという想いを、心から感じました。時間はかかるかもしれないけれど、森が育つように、ゆっくりと関係を育てていきたいという想いを。

その人らしさの種を、大切に。

「greenz.jpでクルミドコーヒーの記事を書きたい」。

私がそう思ったのは、仲間を応援する手段の一つとしてでした。今まで記事なんて書いたことはないし、表現力に自信もない。自分から書こうと思ったのは初めてのことでした。

それでも、greenz.jpでライターさんや素敵な読者の方たちを見てきた私にとって、クルミドコーヒーの仲間の想いや私が働く中で得たことを発信できたら、私を応援してくれた方々への恩返しになるのではないかと思いました。

そこからは、「書く経験をたくさんしておかなければ!」と思い、たくさんの方にインタビューをして記事づくりに没頭する毎日。いつの間にか、人の想いを受け取って、その想いをまた次の誰かに伝えることの面白さに夢中になっていました。

「これが、私らしさの種かも。誰かがその人らしく伸びてゆくところを、応援したい。私はそういう人の想いを受け取って、必要とする人の心に届けたいのかもしれない」。

そう思った時、これまでクルミドコーヒーで感じていたすべてのことがつながりました。

目の前の人を大切にし、“贈る”ことを大切に毎日を過ごしてみる。すると、“贈る”ものや方法に私らしさが現れてくる。それが“私らしさの種”になり、まわりとともに生きる喜びになるのだ、と。

「私らしさ」を貫くことには、もちろん困難や葛藤も伴いますが、私はこの“私らしさの種”をじっくりと育ててみたいと思っているのです。

もし今あなたが、人生の途中で“自分らしさ”が何かわからなくなっているのなら、“まわりの人らしさ”に自分だったらどう力になれるかを考えてみるのはどうでしょう。その方法の中に、小さな種が見つかるかもしれません。

次回の記事では、クルミドコーヒーで日々働く個性豊かなスタッフに、“自分らしく働くことのできる場づくり”のヒントを聞いていきます。

(Text: 森野日菜子)