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物事の関係性が途切れない速度で、生きる。 会社員、旅人、農家、そして食堂オーナーへ。「食堂andカフェひとつむぎ」前田寛さんが知多半島から発信する、“スロー”の本質とは

”もっと社会がこうだったらいいのに”と思ったことはありませんか。

「難民のいない世界をつくりたい」といった世界規模のことから、「ゴミを減らしたい」といった暮らしに身近なことまで。よりよい社会のあり方について、きっと誰もが一度は考えたことがあるはずです。

なにかの社会問題に取り組もうとした時、NGOやNPOで働き、直接問題を解決することもひとつの方法です。しかしあえてそのような選択をせずに、「自分たちの暮らしから、社会へ貢献したい」と、小さな食堂をオープンした方が、愛知県・知多半島にいます。「食堂andカフェひとつむぎ」オーナーの前田寛さんです。

前田さんは2009年に「食堂andカフェひとつむぎ」をオープンするまで、会社員、旅人、農家、カフェ店員とさまざまな経験を重ねてきました。キーワードは”スロー”。前田さんの半生とともに、自分たちの暮らしから、社会を変えていくヒントを探っていきます。

前田寛(まえだ・ゆたか)
愛知県知多郡東浦町生まれ。金融・ファッション業界で働いた後、会社を退職し、地球一周の船旅へ。帰国後、環境に負荷をかけないライフスタイルを模索し、農業に従事。東京にあるオーガニックカフェ「カフェスロー」で働きながら、食や農をテーマにしたイベントやマーケット、フェスを手がける。2009年にUターンし、「食堂andカフェひとつむぎ」をオープン。妻、3歳の子どもと3人暮らし。

ここに行くと、笑顔になる
知多半島の”おいしい”を発信する食堂

訪れたのは、名古屋駅から車で約30分、知多半島の付け根にある人口約5万人のまち、東浦町。名古屋へも通勤圏内でありながら、田畑が広がり、少し登ると遠くに海を眺めることができるまちです。

澄んだ空気を思いっきり吸い込みながら、ゆっくりまちを歩くと、「食堂andカフェひとつむぎ」が見えてきました。

「食堂andカフェひとつむぎ」は、地元の農家さんがつくった野菜を使った、手間ひまかけたごはんやおやつを食べられるお店です。

ランチはご飯セット、パンセット、カレーセットの3種類。畑や直売所にその時々にある野菜からメニューを考えるため、2週間ごとに内容が変わります。

なかでも人気なのが、季節野菜のそうざいを味わえるご飯セットです。取材に訪れた12月初旬には、「さつま芋のもっちり揚げ白味噌風味」、「大根とブロッコリーの柚子胡椒マヨネーズ」、「里芋と青菜のおから煮」などがお盆に並んでいました。

家庭料理のあたたかみを大切にしながらも、”いつもの野菜をひとひねり”してつくられる料理は、絶品! どれも驚きと感動に満ちていて、箸を口に運ぶたびに、「おいしい!」、「こんなに野菜がおいしくなるんだ」と思わず声が出てしましました。

季節野菜のそうざい4品・お味噌汁・ご飯が付く「さわのはなご飯セット」

またカフェタイムには、素材の味をいかした甘さ控えめのおやつと、フェアトレードコーヒーをいただくことができます。おやつにも地元の野菜や果物、卵が使われており、知多半島の食材のコラボレーションを楽しめます。

蒸したジャガイモをマッシュして生地に練り込んだ「じゃが芋のココアケーキ」

ランチとカフェのほか、お弁当・おやつのテイクアウトもあり、お店の前では、近所の畑で採れた野菜の販売もしていました。

「食堂ひとつむぎ」がどんなお店かイメージしていただいところで、早速、前田さんにお話をお伺いしていきましょう。

ハッピーに生きられるライフスタイルはどこにある?

社会人として働く中で、型にはめられていく感じや、窮屈さを感じたことがある人は多いかもしれません。前田さんも、以前はその一人でした。

愛知県の大学を卒業後、いったん金融関係の仕事に就いたものの、「人をお金で計るような仕事は自分にはあわない」と考え、すぐ逃げ出します。そして大学生の頃にアルバイトをしていたファッション関係の会社に転職しました。しかし働く会社を変えても、これからの社会に対する不安、そして自分の人生への不安は拭いきれなかったと振り返ります。

社会の速度がどんどん早くなっている気がしました。僕は仕事のスピードについていける方でしたが、仕事仲間の中にはついていけない人もいて。このまま加速していったらどうなるんだろうと、息苦しさを感じていました。世の中はなんでこういう風なんだろう、もっと気楽にできないのかなって。

「子どもの頃から、戦争や貧困など世の中にある問題が気になっていた」と振り返る前田さん。自分らしく希望をもって生きていくにはどうしたらいいかを考えつづけるなかで、会社を辞める決意を固めます。

会社の先輩を見て、”僕も5年後くらいには店長になって、あんな感じで仕事をしているんだな”とイメージしてみても、その未来の自分の姿にまったく興味が湧きませんでした。

少なくとも僕は、そういう風に生きたいんじゃない。この会社で働く今のライフスタイルの延長線上には、自分が納得のいく、ハッピーでいられる生き方はないと気付いたんです。

この話は約20年も前のこと。今より退職も転職も一般的ではなかった時代に、会社を辞めるプレッシャーは強かったと想像できます。しかし前田さんはレールから降りる怖さを感じながらも、「居心地の悪さに気付いたままではいられない」と、会社を辞め、旅に出る選択をしました。

会社を退職し、旅立ちの日まであと2ヶ月となった頃、前田さんはひょんなことから、お兄様の紹介で、岐阜県の山に住むあるおばあちゃんの畑を手伝うことになりました。そして、瓦葺きの古民家に一人で暮らすおばあちゃんと過ごすなかで、都会でどんなに探しても見つからなかった”安心感”を手に入れることになります。

おばあちゃんの家と畑は、山の傾斜地にありました。家があって、それを囲むように段々畑があって。複雑な自然のロケーションのなかで、自然と人間がともに暮らせるよう、家も畑も作物も、どこに植えたら育てやすいか計算された配置になっていました。

これからどう生きていったらいいか? どんな仕事をしたらいいか? これからの世の中を生き抜くためにどうしたらいいか分からなくて不安で、気の小さい僕は、資格をとったり、勉強をしたりしたんですけど、何一つ安心できませんでした。

でも、おばあちゃんと話をしたり、自分の蒔いた種が作物になって食べたりするうちに、ある時ふと、すごく深いところで、「生きていける」という安心感を得られたんです。

加速しつづける社会に不安を覚え、息苦しさを感じ、どうしたら自分はハッピーに生きられるのか考えつづけてきた前田さんが探し求めていた答えのヒントは、スキルや資格を得ることではなく、自然とつながることにありました。そんな感覚を持ったまま、前田さんは「ピースボート」で世界一周の旅に出ます。

旅人から農家、そしてカフェ店員へ
暮らしから、社会問題を解決するには?

「ピースボート」に乗って、アフリカで出会った人たちと記念撮影

前田さんが旅をしたのは、アフリカなどの開発途上国が中心でした。旅に出る前、「なにか手助けできるのではないか」と考えていた前田さんでしたが、実際にアフリカを訪れてみると、そこには力強く生きる人々の姿があったといいます。

彼らからは、生き物としては僕なんかよりもずっと凛とした力強さを感じました。そういう人たちに対して、「なにかできる」と思っていた自分がすごく恥ずかしかったです。

約3ヶ月の旅を終え、日本に帰国。しかし前田さんの目に映ったのは、満員電車で乗客がみんな下を向いている様子や、生き物として強いエネルギーを感じない日本人でした。「世の中を住みやすくするアクションをしつつ、自分もどうしたら活き活きと暮らしていけるのか」を考え、一つの仮説にたどり着きます。

世の中に問題はたくさんあるけれど、それらを解決するために僕がなにかできるのかと言われると、なにもできない。どこかのNGOやNPOに参加して、一つの問題に取り組むのもなんか違うと思いました。

そうじゃなくて、僕らは各問題を引き起こす社会の仕組みに対して、日々の暮らしを変えていくなにかをしなくちゃいけないと思ったんです。しかも楽しく続けられる方法で。

自分たちの暮らしから、社会を変えていきたい。旅に出る前、畑仕事で得た感覚を手がかりに、「新しいライフスタイルのヒントは、自然のなかにあるのではないか?」と考えた前田さんは、約2年にわたり地元・愛知の農家さんで畑仕事と直売所での販売を学び、今度は「自然とともに生きるライフスタイルを伝えていきたい」と考えるようになります。

そんなとき友人に教えてもらったのが、東京・国分寺にあるオーガニックカフェ「カフェスロー」のスタッフ募集。

カフェスローは、自然を感じながら、ゆっくり、のんびり、食事やコーヒーを楽しめるお店。店名にもなっている”スロー”を”つながり”ととらえ、持続可能なライフスタイルを提唱しています。「カフェスロー」に自分が求めている生きかたのヒントがあるのではと感じた前田さんは、2003年、上京することにしました。

当時、東京・国分寺にあった「カフェスロー」にて

当時は、オーガニックや食への関心が少しずつ高まりだしてきた頃でした。しかし、高層ビルが立ち並ぶ東京では、食に関心をもつ人が増えてきてはいるものの、土から離れている分、農的な視点がないことに気付き、前田さんは食と農をつなぐ取り組みを仲間たちと始めます。

大豆を収穫して味噌をつくる「地大豆カフェ」や、農的な暮らしを考える「半農半X」といったイベント、さらに、都心で生産者と消費者がつながる「東京朝市アースデイマーケット」や、農的なフェス「土と平和の祭典」など、食と農をつなぐ場づくりに参加してきました。

「カフェスロー」で働いて3年がたち、農家さんの知り合いもたくさん増え、場づくりの経験も積んだ前田さんは、「そろそろ自分の場を持ちたい」と考えます。

東京でお店を持つことも考えましたが、ピンとこなくて。ちょうどその頃、“半農半X”の提唱者である塩見直紀さんから、「東京で勉強したら、みんなどんどん散っていこうよ」とメッセージをいただきました。地元に帰ってお店をする想像したらすごく腑に落ちましたね。

まちや人のつながりを織って
ひとつのつむぎ目になるように

2008年、前田さんは地元・愛知に戻りました。そして翌年、「食堂andカフェひとつむぎ」をオープンします。店名には、前田さんのこんな思いが込められています。

僕にとって”スロー”とは、関係性のこと。物事が途切れない速度で、生きよう、考えようってことです。自分のお店をつくるにあたって、”スロー”の言葉の解釈を考え直したら、つながるよりも、つながっていたものを織っていく、つむぐという形の方がしっくりきました。

このお店が、ひとつのつむぎ目になるようにとの思いから、「食堂andカフェひとつむぎ」と名付けました。

自分たちの暮らしから、社会を変えていきたいと考えた前田さんが、旅人、農業、カフェ店員を経てたどり着いたのは、食堂のオーナーでした。さまざまな手段がある中で、なぜ前田さんは、食堂を選んだのでしょうか。

僕が積み上げてきたスキルや経験のなかで、家族を食わしていける可能性があるのが、飲食店だったということが1つ。また、「食は人の暮らしに影響を与えられる」という確信があったことが2つ目の理由です。

農業をしていた時、食事をする際の「いただきます」が、体の奥底から出てくるようになり、考え方や生き方がずいぶんと変わりました。農や食への感謝の気持ちを世界中の人が持てたら、世の中変わるだろうと本気で思っていたんです。今はそんなこと起こるわけないと思いながらも、心のどこかで信じていますね。

「食堂andカフェひとつむぎ」で使われている野菜は、前田さんのお父様や地元の農家さんがつくったもの。開店以来オーガニックも取り入れているものの、それよりもずっと大事にしていることがあります。

お店にとって一番大切なことは、お客様が来店して帰られるまでに少しでも心を軽くしてもらうことです。

嫌なことがあって落ち込んでいたり、なんか力が出ない時に、僕たちの料理を食べて少しでも元気になったり、気持ちが軽くなったりして帰ってくれるたら、いつもは聞かない話に耳を傾けられる余裕ができたり、誰かに優しくできたりするかもしれません、そう思うとわくわくするし、それができたら少しは世に中の役に立てるんじゃないかって思うんです。

東京の「カフェスロー」で働いていた頃、前田さんは「オーガニックはただただすばらしいものだ」という強い思い込みがあったそうです。でも勉強し直すなかで、慣行栽培や有機栽培といったくくりで線引きせずに、一人ひとりの農家さんの考えや仕事ぶりを見て、お付き合いするようになりました。

その契機となったのが、3.11です。

自分が信じていたさまざまなことを根本から問い直す必要に迫られ、その多くが何の根拠もない思い込みにあることに気付きました。同時にあまりにも僕自身に知識や知性が足りていないことを痛感しましたね。

それから畑のことや社会のことを学び直し、以前は白黒ハッキリしていると思っていた世界が、実はもっとよくわからないぐちゃっとしたものだと気づいて、それまで明確に線引きができていたこともできなくなりました。

でも、明確な線引きが無くなったぶん立ちづらくはなったけど、生きやすくはなりましたね。

拡大よりも深度を大切にしたい。
20年かけてたどり着いたスタートライン

「今後は畑仕事もしていきたい」と前田さん。東浦町は冬も過ごしやすい温暖な気候。やわらかな空気が流れていました

2008年に「食堂ひとつむぎ」をオープンしてから、ビジネスとしてきちんとお店を成り立たせることに注力してきた前田さんですが、2018年からは活躍のフィールドをお店から知多半島へと広げようとしています。

「知多半島を再編集する」というテーマで、ポップアップでイベントを開催して、農家さんも含め手仕事をしているつくり手の方と、人々をつなげる場を作っていこうと思っています。

つくり手の人たちの仕事が成り立つにとどまらず、お客様や地域ともつながることで、なにかしら発展していくようなことがあればな、と。そんな僕たちを見て、「知多半島がおもしろそう」外から遊びに来てくれたり、いったん地元を出た人が帰ってきたらいいですよね。

実は、こうした文化的な活動をはじめようと決める前は、多店鋪展開を検討していたそう。しかし、理想のライフスタイルを見直してみると、売上や規模を大きくすることは、前田さんにとって苦しいことだと気付いたそうです。

新しく事業をつくるのは大変なこと。そこに労力をさくよりも、ずっとやりたかった知多半島をフィールドに文化的な活動をしていくことのほうが今後の人生が楽しくなりそうだと思えたそうです。

知多半島には、日本六古窯の一つである常滑焼や酢、醤油、味噌などの発酵文化がありますし、愛知県の伝統野菜をつくっている農家さんもいます。そうした方々と組んで、イベントを開催し、情報発信をしていったらおもしろいんじゃないかなって。

自分たちの暮らしから、社会を変えていきたい。そう願った前田さんの思いは、旅人、農家、カフェ店員、そして食堂オーナーをへて、少しずつ実りつつあります。

ご近所のみなさんが気軽に訪れてくれて、「おいしかったよ」と言って帰っていく。そんな「食堂andカフェひとつむぎ」であることが前提で、オーガニックの食材を取り入れたり、社会的な活動に取り組めるなら意味があると思うんです。
オープンして9年、ようやくスタートラインに立ったところです。

2017年のgreenz11周年のピープルギフトキャンペーンでは、豆腐マフィンをご提供いただき、大好評でした!

実は前田さんとgreenz.jpの出会いは、greenz.jp創刊前まで遡ります。「カフェスロー」で働いていた頃にメディアが立ち上がるらしいと噂は聞いていて、創刊後に編集長・鈴木菜央をフェスの会場で友人から紹介されたことがきっかけでした。それ以来ずっと読者であり、greenz people制度開始以降はピープルとしてグリーンズの活動を支えてくださっています。

前田さんの狼煙。
知多半島をおもしろくしていく仲間募集!

「知多半島を再編集する」。この言葉にピンときた方は、ぜひ前田さんとつながりませんか。これからイベントを開催していくにあたり、ライターやデザイナーなど、一緒に知多半島をおもしろくしていく仲間を探しています。

メール : siawasegohan.88@icloud.com
Facebook : https://www.facebook.com/yutaka.maeda.980

ほしい未来のために自分の暮らしをちょっと良い方向に変えることは、誰にでもできることです。私たち一人ひとりの、一つひとつの選択によってこれからの社会はつくられていくのですから、まずはあなたとあなたの周りがハッピーになる選択を積み重ねていきませんか。その小さな一歩一歩がきっと、”スロー”なライフスタイル、さらには心地よく生きられる社会につながっていくはずだから。

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そんな前田さんも参加している、ほしい未来をつくる仲間が集まるグリーンズのコミュニティ「greenz people」。月々1,000円のご寄付で参加でき、あなたの活動をグリーンズがサポートします。今ならPeople’s Books最新作『NPO greenz Annual Report 2017』を、すぐにお手元にお届け。ご参加お待ちしています!

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