いま、豊かな暮らしをするために地方に移住するという選択をする人が増えているように思います。同時に「これからは地方の時代」と、様々な地域活性化の取り組みが行われています。ひとつ疑問に感じるのは、それ自体はいいことだと思うものの、地方でなければ豊かな暮らしは送れないのか、ということです。
私は東京生まれ東京育ちで、都市以外の生活を知りませんし、日本で都市生活者が増加したのは戦後(おそらく集団就職以降)だと考えても、都市での生活が二代目三代目になってきている人が多く、都市こそが暮らしの土台になっている人も多いのではないかと思うのです。
そんな都市で豊かな暮らしをつくるにはどうすればいいのでしょうか。
ところで、現在の文脈における豊かな暮らしというのは、グローバル経済下における大量生産大量消費に対抗するカウンターカルチャーに位置づけられるものが多いように思います。自給自足的な暮らしであったり、ローカリゼーションであったり、手づくりであったり、省エネであったり。グローバル経済によって失われた「豊かさ」を取り戻そうというのが現在の流れであると思うのです。
そのことをわかりやすく話してくださったのは、文化人類学者で環境活動家の辻信一さんで、こちらの記事に内容がまとめられています。
今回は、その辻さんが中心となって開催された「しあわせの経済」世界フォーラムに登壇した元ブリストル市長のジョージ・ファーガソンさんに、都市部でも豊かな暮らしをつくるヒントを聞きました。
2012年11月にブリストル市長に選出。建築家、環境活動家及び社会実業家としての経歴を経て、市長選に無所属で立候補し選出されたイギリス初の市長。 ブリストル市は2015年度の「ヨーロッパ・グリーン・キャピタル」に選ばれ、ヨーロッパで最も住みやすく創造的な都市として世界に知られるようになった。都市とコミュニティの再生と持続可能な地域づくりにおいて、世界的なオピニオン・リーダーとして知られる。2010 年には建築とコミュニティへの貢献が認められ、大英帝国勲章を受章。
人々を第一に考えれば、地域を大企業から守るべき
都市は、経済がグローバル化していく過程で生産と消費の効率を上げるために(あるいは効率が上がっていくことがよしとされていた事による必然として)肥大化していきました。当時は、それこそが豊かさであり、人々は都市で生活することを求め、そこに満足を得ていたわけです。
だから、価値観が転換し、グローバル経済に豊かさを奪われたと考える人が増えた今、その人たちが「地方」に価値を求めるのは当然なのかもしれません。でも私は、都市生活に愛着があるし、成長を遂げてきた都市が持つ価値は非常に大きなものだと考えているので、この都市の中で失われたものを取り戻すのではなく、新たな豊かさを見つけたいと思うのです。
その新しい豊かさを見つけるために何をすればいいのか、そのヒントを得るために、まずはイギリス・ブリストルにおいて、グローバル経済に対抗する地域経済をどう築いたのかを聞くことにしました。
ファーガソンさんが市長を務めたブリストル市は、ロンドンから西に約170キロにある、人口60万人ほどの中規模都市。ファーガソンさんは2012年に無所属で市長選に立候補し、市長になりました。
もともと建築学科の学生だったというファーガソンさんは「学生時代にブリストルの建物に象徴される歴史の重要性と、それを守ることが大事だということに気づいた」と言います。
そして、ニューヨークで大企業による破壊からまちを守る活動を行っていたジェイン・ジェイコブズさんの活動と著書『アメリカ大都市の生と死』(1961年刊行、都市の多様性の魅力をもとに近代都市計画に対して強烈な批判を行った”都市論のバイブル”)に感銘を受け、ブリストルのまちを守ろうと考えます。
ブリストルはもともといくつかの小さな町が集まってできていて、それぞれの町には特徴があって、それがブリストル全体の活力の源でした。しかし、自家用車が急激に普及する中で、人々は郊外に引っ越して、自家用車で大きなスーパーに買い物をしに行くようになり、中心部は店も少なくなり、貧しいエリアになっていました。
問題は、まちの中心部の活気がなくなることだけではありません。大きいスーパーは、まちの外からさまざまなものを仕入れてきます。したがって、まちの人々がスーパーで買物をすることで、お金がまちから出ていってしまうのです。例えばロンドンやニューヨークに。
私は、建築を勉強する学生だった頃からまちの中心部の建物や歴史や人々の生活に惹かれ、それを守りたいと思うようになっていました。それが自家用車と大きなスーパーに脅かされていることに気づいて、私の人生のテーマは、まちの小さな商店を大きな企業から守ることなんだとわかったんです。
これは、まさにグローバル企業が築いてきた均質化されたグローバル経済と、歴史の中でつくられてきた独自性を持つ地域経済との対立で、人々が便利さと効率に惹かれてグローバル経済へと流れていこうとするのを、ファーガソンさんは建築家としての視点から、食い止めたいと思うようになったのです。
ファーガソンさんは、1994年に建築家として、ブリストル南部のベドミンスター地域にあった1900年頃に建てられたタバコ工場を映画館やシェアオフィスなどからなる複合施設にリノベーションし、注目されます。この取り組みは、ブリストルの中の一つの小さなまちの中心をよみがえらせるものでした。
小さなまちの活気がなくなることで、中心部の活力も奪われてしまいます。それは、中心部がそれぞれのまちの人たちが集まるセンターコミュニティとして機能しているからです。私は建築家として、いつも人々を第一に考えてきました。建築家の役目は、雑誌に載る建築写真の見栄えをよくすることではなく、人々の人生を豊かにすることだからです。
ファーガソンさんにとって、建築を考えることは人々の人生を考えることであり、それは人々が暮らすまちについて考えることでもあったことが、建築家から市長へと転身するきっかけとなったのかもしれません。
大都市で地域経済を守るには
そして、この小さなまちの活気がまち全体の活気につながるという考えは、ブリストルより大規模な都市においても有効な考え方だと言います。
ブリストルほどの規模でも、一つのコミュニティには大きすぎます。都市の規模にかかわらず、重要なのは近所の人と顔の見える関係を築くことです。
パリを例に取ると、パリは大きなまちですが、マーケットを中心に近所の人たちと顔の見える関係を築いているエリアが集まってできています。そして、そのマーケットによってエリアが特徴づけられ、そこにはない食べ物は他のマーケットに買いに行くというかたちでコミュニティ間の行き来もあります。
私はこのポリセントリックシティ(polycentric city:複数の中心を持つ都市)というアイデアが気に入っています。これはどんなサイズのまちにも当てはめることができます。
つまり、大都市全体を対象にするのではなく、都市を小さなエリアに分け、それぞれのエリアのコミュニティについて考えることから始めるべきだということです。しかし、東京を例にとって考えてみると、そもそも顔の見える関係のコミュニティなど存在しません。その場合はどうすればいいのでしょうか。
重要なのは、コミュニティが暮らし、働き、買い物をし、遊ぶという様々な機能を持つことです。そういった複数の機能を持つことでコミュニティは自己充足し、レジリエントなまちになります。そして全てのコミュニティがそのように自己充足すれば、都市全体もレジリエントなものになっていくはずです。
レジリエントという言葉は「強靭な」などと訳されますが、都市や社会について言う場合、災害や経済危機のような将来の急激な変化に対応できる柔軟性を持っているという意味で使われます。都市がレジリエントになるためには、食料、エネルギーなどさまざまなものが自己充足していることが重要になります。その意味で、コミュニティが様々な機能を持つことが鍵になるのです。
それに対して、郊外に住み、都市の中心部に通勤するという生活スタイルでは、住宅地、オフィス街というように、それぞれのエリアが一つの機能しか持ちません。
このようなモノカルチャーなエリアで構成される都市は、グローバル経済の発展とともにつくり出されてきたものです。私たちは経済成長と引き換えに、そのようなモノカルチャーな複数のエリアを行き来する生活を余儀なくされてきたのです。
私たちは、毎日、コミュニティから離れて朝から晩まで働くという生活を、やめなきゃいけない。人々が仕事に行くのは、自分がやりたいことをするためのお金を稼ぐ目的ですよね。でも、もっといいのは、人々がやりたいことをやるために仕事に行くことでしょ。
そのためには、例えば、コワーキングスペースをつくるといい。いろいろな企業の人たちがコミュニケーションを取りながら働けるスペースを。そして、そのようなスペースができると、そこで働く人たちのために様々な機能も必要になるから、人々がローカルビジネスを始めるといいと思うんです。
何かをつくるとか、何かを売るとか。そうやって小さな経済圏ができれば、大企業の独占支配に挑戦することができます。
つまり、住む場所の近くに働く場所をつくることで、ビジネスのための備品も必要になるし、食事をする場所も必要になるし、もしかしたら新しい取引相手の企業も必要になるかもしれない。そのようにして周辺にさまざまなビジネスが生まれていく、ということなのです。
だから、今あるグローバルな構造に挑戦していかないといけない。リーダーたちはローカルな仕事を増やすために、もっと努力しなければいけない。テクノロジーが働き方を変えることを可能にしているんだから、やろうと思えば人々はローカルで仕事ができるようになるはずです。
すでに技術的には可能なのに、制約があるためにできない働き方を実現するためには、政治家や経営者のようなリーダーが制度を変えていく必要があります。そしてそれは働き方だけでなく、あらゆる仕組みをグローバル経済に向けたものから地域経済に向けたものに変えていかなければならないということも意味するのです。
地域通貨の普及
リーダーに変革を求めるファーガソンさんは、自らブリストル市長としてさまざまなことに取り組んできました。その一つとして大きな成果を上げたのが、地域通貨です。
地域通貨をうまく使えば、地域経済を守ることができます。日本でも各地で取り組みが行われている地域通貨を、どうすればうまく活用し広めていくことができるのでしょうか。
ブリストルポンド(ブリストルの地域通貨)を始めたのは地域のアクティビストで、その目的は地域の中での買い物を促進するためでした。私はその主旨に賛同して、市長選挙の際に、給与を100%ブリストルポンドでもらうことを公約にしました。
そして市長になって、地方税をブリストルポンドで収められるようにしました。それから、電気やガス料金も払えるようにして、地域のバス会社や鉄道会社を説得して、ブリストルポンドを受け取るようにさせて、食料品店やレストラン、マーケットなどでも使えるようにしました。大きかったのは税金と地元のエネルギー会社で使えるようになったことでした。
税金や電気、ガスといった誰もが支払うお金に使うことができるようにすることが普及に役に立ったわけですが、それによって得する仕組みなどがあるわけではなく、重要なのはメッセージだと言います。
重要なのは、お金の使い方が重要だというシグナルを市民に出すこと。お金はブリストルの中で循環させる。この重要性をわかってもらうことなんです。
電力会社などは、受け取ったブリストルポンドをイギリスのポンドに変えるのではなく、そのまま地域の企業からの備品調達などに使うことで、地域内で経済がまわるように取り組みました。また、税金として収められたブリストルポンドは貧困層向けの超低利子(ときには無利子)の少額ローンの原資にもされるといいます。
つまり、ブリストルポンドを使うことが地域社会に貢献することになるので、地元に愛着があれば同じお金を使うならブリストルポンドを使おうとなるというわけです。また、紙のお金だけでなくデビットカードやテキストメッセージでの決済も可能で、クレジットカードを扱わない小さなお店でもキャッシュレスで買い物ができるなどの利便性もあるようです。
「外国から地域通貨について学びに来る人も多い」と成功したように見えるブリストルポンドですが、それでも使っている人はまだ少数派だそうです。
5年かけてやってきても、マイノリティなのはストレスですね。まだ多くの市民は大きなスーパーで買い物をし、イギリスのポンドを使い続けていて、経済活動のあり方を変えることができたとはいえません。
でも難しいからといってあきらめる気はありません。「千里の道は一歩から」ということわざがあるでしょ。これは私たちがやるすべてのことに当てはまります。どんな長い旅路も一歩から始まるんです。
地域通貨が普及することによって、地域経済の重要性がより多くの市民に認識されることになる。だからこそ地域通貨が重要なのだ。ファーガソンさんはリーダーとして、地域通貨を市の経済構造に組み込もうとしたのです。
ローカリズムと環境、エネルギー
これまでの話を聞いて、ファーガソンさんが重要視しているのは地域のレジリエンスであることがわかりました。そして、それは私たちがこれからも豊かな生活を送るために必要なものでもあるのです。
グローバリズムが奪ったもの、それは私たちの豊かな生活のあり方そのものではなく、私たちの経済的自立性であったのではないでしょうか。それが失われることで、変化に弱くなり、レジリエンスも失われ、豊かな生活を奪うことに繋がった、そう考えることができるのではないでしょうか。
そうならば、豊かな生活を取り戻すために必要なのは、レジリエンスを取り戻すことです。考えてみれば、自給自足や地域の助け合いという、豊かな生活を取り戻すための動きも、レジリエンスを高めるものです。だから、都市の中でもいかに自分の暮らしのレジリエンスを高めるか、それを考えれば豊かな暮らしを取り戻すこともできるということです。では、そのために何をすればいいのでしょうか。
まずファーガソンさんが指摘したのは、多くの機能を持ち自己充足した顔の見えるコミュニティをつくることです。ただ、都市では食料やエネルギーを始めとした、生活に必要なものの一部はその内部でまかなうことは難しくなります。そこでさらに、都市とその周辺とのパートナーシップというアイデアを提唱します。
都市のコミュニティに重要なのは、田舎のコミュニティとのパートナーシップだと思います。周辺の食料生産者と直接の売買契約を結んで、それをコミュニティのマーケットを通して都市の人たちに買ってもらうことです。
これは食料についての話ですが、エネルギーにでも何にでも適応可能な考え方です。そして、パートナーシップは双方のコミュニティのレジリエンスを高め、それがネットワーク化されることで全体のレジリエンスも高まっていきます。
簡単なことではありませんが、まずは始めてみることが重要です。
働き方を始めとする現在の状況に変化を起こすことは、2年、3年でできることではないかもしれないけれど、始めなければいけないのです。
私たちはまず、今置かれている状況を認識しないといけない。
そして、そこから次の世代に向けての変化のプランを立てなければいけない。なぜなら子どもたちは悪い空気を吸って、家に閉じ込められ、ジャンクフードを食べて太る…。だから今こそ次の世代のためのプランを立てなければいけないのです。
ブリストル市長を退任したファーガソンさんは、千里の道を一歩でも進むために今、何をしているのでしょうか。
ローカリズムは突き詰めると、グローバルに活動することで実現できます。だから、私が今やっているのは、世界中を旅して他のリーダーや市長と話すことです。日本では2016年5月に富山市長と会って、いい関係を築くことができました。
富山市もブリストルも「100レジリエントシティ」(ロックフェラー財団等によって認定されたレジリエンスが高い世界の100の都市)の一つなので、一緒にいろいろなことを取り組んでいきたいと考えています。小さな変化かもしれませんが、それが世界に大きな変化を生む唯一の方法なのです。
ファーガソンさんの行動や主張の全てに共通するのは、「小さな変化を起こすこと」の重要性です。その変化が人々の意識を変え、少しずつ広がって、最終的には大きな変化につながっていく。それを信じて自分にできる変化を起こすことをやらなければいけない。それがファーガソンさんを突き動かしているような気がするのです。
私たちには、ファーガソンさんのような大きな変化を起こすことはできないかもしれません。でも、どんな小さな変化でも起こしてみること、始めてみることが重要なんだ、とにかくやってみればいい、そんなふうに勇気づけられているように感じました。
さて、みなさんは、まずは何から始めますか?
(撮影: 鈴木菜央)
(通訳: 加藤彰)