『生きる、を耕す本』が完成!greenz peopleになるとプレゼント→

greenz people ロゴ

自由を取り戻すために、地方で仕事と暮らしをつくる。そんなあなたを、いすみ市とグリーンズが徹底的に応援する理由

地域の資源とつながりを活かしながら、小さく、豊かに、そして自由に、生きていく。震災以降に生まれたローカルブームとともに、いま、都会から地方に移住し、ユニークな働き方・生き方を実践する人が増えています。

地方に移住して仕事と暮らしをつくることは、自由を取り戻すための個人の生き方であると同時に、行き過ぎた資本主義とグローバリゼーションに「NO」を突きつけるムーブメントである──。そこでグリーンズは、千葉県いすみ市の「ローカル起業家」のストーリーを紹介することで、これから地方で起業したい人々を応援するための連載「いすみローカル起業プロジェクト」を、いすみ市とともに始めます。

なぜ、いま、ローカル起業家が求められているのか? 地方で仕事をつくることは、何を意味するのか? いすみ市がローカル起業家にとって魅力的である理由とは? 本連載のキックオフ対談では、2010年にいすみに移住したグリーンズ編集長・鈴木菜央と、いすみ市役所で移住及び創業促進プログラムの企画を担当する尾形和宏さんの対談をお届けします。


グリーンズ編集長・鈴木菜央(左)と、いすみ市役所水産商工課 移住・創業支援室長の尾形和宏さん(右)。対談は、今年5月にできたいすみ市のコワーキングスペース「hinode」にて行われました。撮影:磯木淳寛

「なにもない」がある

菜央 いすみ市では、もう10年も前から都会から移住者を呼び込むための活動を行っています。活動を始めた最初のきっかけは何だったのでしょうか?

尾形さん 多くの地方と同じように、わたしたちも人口減少・高齢化に歯止めがかからないという課題を抱えていました。でも最初は、移住者を増やすために何をしたらいいかがまったくわからなかった。そこで、いすみ市を気に入って移住してくれた人に話を聞いてみようと思い立ち、とにかく手探りで移住者に会っていくということを始めました。

すると、彼らはみんな、いすみのことを褒めてくれるんです。自然が多くて、不便のない生活が送れて、その気になれば東京にも通うことができる。自分たちが「なにもない」と思っていたこの場所に、こんなに素敵なことがいっぱいあるじゃん、ということを教えてくれたんです。

菜央 「『なにもない』がある」というのは、いすみ鉄道のコピーでもありますよね。

尾形さん 移住した人たちが、自分たちの地域にこんなに魅力を感じてくれているということを知って、嬉しくなりました。また「移住」をキーワードにすることで、行政の各部門同士が連携できることもわかったんです。いすみ市は2005年に夷隅郡夷隅町、大原町、岬町が合併して生まれた市ですが、まちづくり活動を行うと言っても、部門同士がまとまらずなかなか続かなかった。でも「住む」ということを考えたとき、水道課も、建設課も、市民課も、環境も観光も、子育てや高齢者のケアも、あらゆるセクションが関係するんですよね。役所の仕事はすべてが移住・定住や地域の魅力づくりにつながることがわかり、移住・定住を促進することが、とてもシンボリックな目標になったんです。その広がりは、現在では市役所だけでなく、官民連携から産学金官が連携する取り組みにまでになってきました。

7年前に移住された菜央さんは、いすみをどのように見ていますか?

菜央 とにかく圧倒的に風景がきれいですね。それから、住んでいる人がびっくりするくらいオープンだし、移住者にはファンキーな人が多い。ぼくが移住する直前、「いすみ市に移住します」とTwitterでつぶやいたんです。そうしたらまったく知らない人から「歓迎会をやるので来てください」と連絡が来た(笑) ぼくのためだけじゃなくて、その時期に移住してきた人たちをまとめてですけど。そうやって、会ったこともない人たちに歓迎会を開いてもらったことがきっかけで、一気にここのコミュニティの一員になれたんですよね。

困ったことがあっても助け合うつながりや、東京ではありえない人間関係がある。そして、ケーキやアクセサリー、靴やTシャツといったものをこだわってつくることを通して自己表現をしている人も多い。すごくおもしろい場所だと感じています。


11月に開催された「green drinks いすみ@東京」のゲストとして登壇した磯木知子さんは、いすみに移住してから店舗をもたないケーキ屋さん「Another Belly Cakes」をスタート。「東京にいたらケーキ屋ははじめていなかった」と語ります。撮影:磯木淳寛

「仕事・暮らし・社会」がつながるということ

尾形さん 今回の連載では、「ローカル起業家」という言葉をキーワードにしていますね。

菜央 地域のつながりと資源を上手に活かして起業を行う人のことを、「ローカル起業家」と名付けてみました。起業家って、すごく孤独になりやすいんです。そしてもちろん、お金を回すこととやりたいことを両立させるのも大変です。そのときに必要なのは、やはりコミュニティのサポートだと思います。たとえば、やりたいことをやりたいと言える場所があり、最初の一歩を踏み出したときや、途中で行き詰ったとき、各過程で周りの人たちが起業家をサポートできるような状況があると、その事業はより成功しやすくなると思います。

また、地域には資源も豊富です。東京で買うと値段の高い海や山の幸も、いすみでは安くアクセスできる。そうした地元の資源を活かした商売を行えるのも、ローカル起業家ならではのメリットです。

なによりも、ローカル起業ってものすごく楽しいんですよ。田舎でご飯を出せば、やってくる人はみんな友だちという状況です。友だちにご飯を食べさせて、おいしいと言ってもらえる。日々の仕事を通して人間関係が豊かになり、人間関係が豊かになると、それがまた仕事にも返ってくる。そうやってコミュニティが豊かになると、どんどん仕事がしやすくなる。それは充実した、幸せな「働く」のかたちだと思います。

尾形さん そう考えると、「起業家本人をサポートする」というよりも、「起業家を応援できる環境をつくる」ことが、ローカル起業家を増やしていくためには必要なのでしょうね。そのための最初のきっかけは、きっと些細なことでもいいんですよね。この人と話をするとおもしろいとか、あの人といるといつも新しい発見があるとか。「ワクワク」を大事にすることで、誰かを応援する場を自然とつくっていけるのかもしれません。

菜央 そもそも、仕事と暮らしが東京では分離していることが多いんですよね。東京に限らず、現代社会はその2つを分離することで効率化を進めてきた。その結果、地元とのつながりが少なくなり、隣に住んでいる人の顔もわからないという状況が生まれてしまった。

でも地方では、仕事をつくることと暮らしをつくることが、同心円上にある。仕事をつくることで、暮らしが豊かになる。暮らしが豊かになることで、仕事が生まれる。そしてローカル起業のおもしろいところは、さらにその先に、社会の未来がつながってくることです。

たとえばいすみ市では、御田勝義さんという方がやっている「green+」という畑つきのエコアパートがあります。このアパートに、ぼくの友だちが子ども3人を連れて東京から引っ越してきました。その3人のインパクトってここでは巨大なんです。いすみも他の地域と同じように少子化が進んでいます。地元の小学校では、2学年合わせて17人まで減ると複式学級になると聞きましたが、ぼくの娘が通っている小学校は各学年8人とか10人とかくらいなんです。そこに子ども3人連れて引っ越してきて各学年に1人ずつ入れば、それだけで複式学級を免れたりするわけ。

尾形さん もう救世主だ!(笑)

菜央 そう、ひとつの家族が引っ越してくるだけで、社会が変わるんですよね。都会にいると、社会の未来に貢献できる実感って、相当な規模で事業を行わない限りなかなか得られないんじゃないかと思います。でもここでは、誰にでもそのチャンスがある。社会に対して役に立ちたい、という想いが満たされるんです。それが、ローカルの面白いところ。ローカル起業には、そんな環境で社会に関われる面白さがあると思います。


ソーシャルエコアパート「green+」では、いすみのなかでもユニークな人たちが集まるコミュニティが生まれている。撮影:磯木淳寛

もうスーパーマンはいらない

菜央 ぼくがインスピレーションを受けた活動に、神奈川県藤野市による「藤野電力」という電気自給プロジェクトがあります。2012年のグリーンズの記事で知って、それから藤野という街に興味をもって調べていくと、どうやら藤野にはいろいろな部活動が生まれていて、人々がその活動をサポートする仕組みがあるらしい。

その土台になっているのが、地域通貨です。たとえば、2015年11月にオープンしたある餃子屋さんが、開店準備中に「物件を買ってお金が尽きちゃった。助けてほしい!」と地域通貨のメーリングリストに呼びかけたところ、地域通貨のメンバーが集まって、どうすればお店をオープンできるか、アイデアとスキルを出し合ったそうです。写真が得意な人や内装の設計ができる人が集まり、人々の協力によってお店が完成した。そしていざオープンしたら、案の定大行列だったと。こういうことが、もっと頻繁に起こるように地域をデザインしていきたいですね。

尾形さん その餃子屋さんはきっと、「次はほかの誰かを応援しよう」と思うはずですよね。それが、感謝の連鎖反応になっていく。

菜央 いまでは、藤野では1,000人以上が地域通貨に参加しているといいます。そして、そのマッチング率がすごい。この間聞いた話では、ある方の親戚が急に亡くなってしまい、お葬式に行く必要があったそうですが、娘が履く19cmの黒い靴がなかった。そこで地域通貨で呼びかけたところ、すぐに複数の返事が来て、1時間以内に一番気に入った靴をピックアップしてそのままお葬式に行くことができた。これはもう、アマゾンプライムより速い(笑) しかもアマゾンと違って、地域通貨を使うと友だちができます。

2016年からいすみでも地域通貨を始め、いまでは約120人が参加して、いろんなことが起き始めています。レストランをやっている参加者がデザートが余ったから、買いませんか? という連絡が来たり、漁師さんが手伝いを募集したり。ぼくもこの間、鳥小屋をつくったときに、地域通貨で募集をしたら何人も手伝いに来てくれました。そうして来てくれた人と、作業をしながら初めて深く話すことができた。そうやってまた友だちが1人増えて、豊かな人間関係ができていったんです。そんなことがいま、いすみの街中で起き始めているから、起業ももっと気軽にできるようになると思っています。

尾形さん スーパーマンのような起業家は、どこでも起業ができる。それこそ海外でも起業できます。でも、人間関係があって、地域の資源にアクセスできる田舎では、むしろスーパーマンじゃない人たちが、互いを支え合って、「ありがとう」を交換しながらそれぞれがチャレンジをしているんですね。

菜央 それは、活かし合う関係性です。靴がないとか、開業資金が尽きてしまったとか、そうした「弱み」を見せることが、実はほかの人の可能性を引き出すことになっているんです。そうした関係性を、いすみでももっと広げていきたいです。


地域通貨シミュレーションゲームを通じて地域経済を学んだ時の様子。写真:greenz.jp

「ローカル」という哲学

尾形さん グリーンズが発信してきたソーシャルな価値観は、日本では震災以降に広まり、もちろん世界でも同様のムーブメントが起きています。菜央さんは昨年にはサンフランシスコやポートランドを取材していましたが、「ローカル」という価値観は海外ではどのように広まっていましたか?

菜央 行き過ぎたグローバル経済のなかで、人間の幸せを起点にした生き方や社会の在り方をつくろうとする人たちのムーブメントが、世界中で起きています。そのムーブメントの特徴を一言で表すとしたら、「ローカル」と呼べるのではないかとぼくは思います。

たとえばサンフランシスコやポートランドでぼくが取材をした人たちは、「ローカルでつくったものを食べたい」「ローカルの人たちとコミュニティをつくって生きていきたい」と口を揃えます。そしてファーマーズマーケットにはローカルでつくられたチーズやオリーブオイル、ビールといったものが並んでいる。そして、たとえば「自転車に乗る」という行為をひとつとっても、それはクルマに乗ることは石油を使うことであり、地元の店ではなく大きなショッピングモールに出かけて買い物をすることは大企業を繁盛させることになるという認識のうえで、自転車に乗ることを選択しているわけです。

ただ地方で暮らすだけでなく、「ローカル」がひとつの価値観として、ある意味では哲学として広まっていることを知りました。まだまだ日本では、ローカルが哲学として普及するところまでは至っていないので、いすみではそうした新しい価値観をつくっていくことにも挑戦していきたいです。


バーモント州にあるシチズンサイダーのブルーパブ。バーモント州の特産であるりんごを活用し、高品質のハードサイダーを生産している。誇りをつくり、雇用を生み出し、ローカルに資する存在として、ローカルな人々に愛されている。写真:greenz.jp


ポートランドにあるリビルディングセンターの店内の様子。ごみになってしまう地域の資源を地域に戻し、DIY文化を応援する非営利型センター。扉、ランプシェードから便器まで揃う。写真:greenz.jp

菜央 今後この連載では、いすみで活躍するさまざまなローカル起業家を紹介していくことで、彼らの価値観を伝えていけたらと思います。現在人選を進めているところですが、尾形さんはどんな人に登場してほしいですか?

尾形さん ローカル起業家として実践している人はもちろん、起業家を応援する場づくりをしている人にもお話を聞いてみたいですね。いすみで活躍するローカル起業家たちは、どのように地元の人とかかわり、助けられ、いまにつながっているのかというストーリーを、ぜひみなさんにも知っていただけたらと思います。

(対談ここまで)

連載「ローカル起業家のすすめ」では、2018年3月までの間に、いすみのコミュニティ精神を育んできた宿泊施設「ブラウンズフィールド」の中島デコさん、地域の人々とともに再生を果たしたローカル線・いすみ鉄道の社長・鳥塚亮さん、ローカル起業家たちの活躍の場をつくり出す“小商いマーケットプロデューサー”の市場明子さんなど、計7人のいすみ市のローカル起業家へのインタビューを掲載していきます。それに加えて、グリーンズはさまざまなかたちでローカル起業家を応援するための場をつくっていきます。