「これから新しく作るキャンプ場の支配人になって!」
ある日突然そう言われたら、みなさんはどうしますか?
専門誌が選ぶ人気キャンプ場ランキングで7度も1位に選ばれている「大子広域公園オートキャンプ場 グリンヴィラ」の始まりも、そんなスタートでした。
このキャンプ場を運営するのは一般財団法人大子町振興公社。公営というと勝手なイメージで、民営にくらべて安定をとって、挑戦を避けたり、無難な経営を選んでいそうな気がしますが、一体どんな秘密があるのでしょうか。
その理由に迫るため、茨城県北西部にある大子町(だいごまち)を訪れ、支配人の小松和人さんにインタビューしました。
五ツ星に認定された、キレイ快適なキャンプ場
「グリンヴィラ」は61haの「大子広域公園」の中にあります。公園内には多目的温泉プールや、テニスコート、アスレチックなどもあり、満喫するには1日では足りないくらいのレジャー施設です。
テントサイト(個別サイト・43サイト、キャンピングカーサイト・7サイトほか)、キャビンサイト(4〜5人タイプ6棟・8〜12人タイプ9棟)や、炊事場などが揃った施設で、温泉施設やシャワー、各サイトの電源も整っていてとっても便利そう。
おじいちゃん・おばあちゃんはキャビンに泊まり、子どもたちはテントサイトを使うなど楽しみ方はさまざま。キャンプシーズンの夏場は予約の申し込みが殺到し、なかなか予約が取れないほどの人気ぶりです。
水回りも綺麗でキャンプ場とは思えないほど清潔感があります。これなら国内に8箇所しかない、日本オートキャンプ協会が選ぶ「五ツ星」に認定されたことも頷けます。
「わぁ〜!これに泊まってみたい!」
ひときわ目を引くトラベルトレーラーを見たとき、きっとこのファンタジックな車体に、そう言ってしまう人も少なくないでしょう。シルバーのボディはピカピカで、大事にされているのがぱっと見ただけでもよくわかります。
小松さんは、ぽろり「これも最初は大変だったんですよ、アメリカ製なもので電気系統がみんなアメリカ式だから故障すると修理も難しくて…」とこぼしました。
きっと五ツ星に選ばれるまでにはいろんなことがあったんでしょうね。そっと紐解いてみましょう。
始まりは突然に訪れた
グリンヴィラがオープンしたのは2002年7月。小松さんは、その1年ほど前から携わり始めました。それまでは大子町森林組合の職員として、林業を営む人たちのサポートや調査などを担当していたそうです。
小松さん 実は、町にキャンプ場ができると聞いて、他人事みたいに「こんなのできたって、人は来てくれないんじゃないかな」なんて、ちょっと冷ややかに見ていたんです。
ところがオープンの1年前にキャンプ場を森林組合が運営することになって、私が担当に任命されて。当時32歳くらい。キャンプや登山は趣味程度にしていたけれど、運営のノウハウもなく困りました。
県と町がハコをつくるまでを担い、運営にはコンサルも関わって、暗中模索のスタートでした。
スタッフの採用や、備品の購入、体制づくりなど1年の間にやらなければならないことが山ほどあり、「素人には無理じゃないか」と周囲に言われながらも、小松さんはなんとか食らいついていきます。不安やプレッシャーはかなりのものでした。体重もかなり落ちたといいます。
がむしゃらに準備を重ねる中、岩手県や福島県のキャンプ場へ泊まり込みで視察・研修に行き、運営スタイルの基本や設備などを学びました。その中で定まってきたのが、「誰もが楽しめるキャンプ場をつくりたい」という、現在もグリンヴィラの軸になっている思いでした。
何もないところから、つくり上げていく感動
それまではサービス業が「自分には向いていない」と思っていたはずの小松さん。オープン前の研修や準備期間など、キャンプ場での時間を積み重ねていく中で、自然と「好き」や「楽しい」という気持ちが増していったそうです。
スタート時のメンバーは4人。お客様がどうしたら喜んでくれるか意見を出し合い、少しずつ形になっていく度に、喜びや感動が湧いていきました。そして、さらにより良くしたい欲が湧いて、設備やサービスに落とし込んでいきました。
1年間の猛烈な準備期間を経て、ついに迎えたオープン。そこからはメンバーに加えて、お客様との場づくりが始まりました。
イベントを開き、オープンから1年で専門誌の1位に輝く
現在「グリンヴィラ」の定評となっているのが、年間を通して企画されるさまざまなイベントです。初めて開催したのは、オープンしてまだ2カ月しか経っていない頃でした。
右も左もわからない1年目。普通ならば「まずは安定」と通常営業を回すことを最優先にしたいはず。まして当時は民営のキャンプ場こそイベントを開いていましたが、公営で行っているところはほとんどない状況でした。ですが、グリンヴィラのスタッフはあえて挑戦することを選びます。
背景にあったのは、「来た人に楽しんでもらいたい」という気持ちでした。
自分たちが忙しくなること、大変になることがわかっていても、取り組みたい。「全員が同じ方向を向いている」とスタッフみんなが感じたといいます。
10月にはハロウィン、11月にはグリンヴィラ独自の「秋のキャンプ大会」、12月にはクリスマス、年越しも開催。スタッフも手一杯だったため、「イベントを提供する」というよりは、お客様やアウトドアメーカーが一緒に手伝って開くような形で行われました。
小松さん 簡単なゲームや交流会だったんですけど、お客様は喜んでくれました。自分らも不慣れな中で、お客様と一緒に何もないところからつくり上げていったので、今でも特別なものだと感じます。
頑張りは少しずつ、でも確実にお客様の心を掴んでいきました。その結果、オープンからわずか1年で、専門誌の人気ランキング1位に大躍進したのでした。
小松さんの場づくりは、まるでレシピのないアウトドア料理のよう。そこにある、モノ・コトを、そこにいるひとたちが相談して協力しあってつくり上げていくのです。
交流を深めて、常連さんは家族みたいになっていく…けれど
グリンヴィラは「交流」をとても大切にしています。スタッフとお客様や、お客様同士の交流だけでなく、地元のパン屋さんなどが販売に来て交流するなど、たくさんの人が交差します。
お客様の中には「常連さん」もあらわれ、アットホームな空気が生まれていきました。旅先や地元のお土産を買ってきてくれたり、中にはイベントで魚の解体ショーを開いてくれるツワモノもいるそうです。それも、何の見返りも求めずに。
小松さんやスタッフも、よく来てくれていた家族の子どもが長期入院することになったときに遠方までお見舞いに行ったり、大子町を気に入って移住を検討しているお客様の家探しを手伝ったりと、「キャンプ場のスタッフとお客様」とは思えないほど親密なつきあいをしている様子です。
でも、その距離の近さには逆にとても気をつけているのだといいます。
内輪感が出過ぎずに、初めてのお客様も「また来たい」「もっとやりたい」と思えるように。小松さんの軸となっている、「誰もが楽しめるキャンプ場」の信念が垣間見えました。
小松さん 初心者だったお客様が、だんだん秋・冬にも来てくれるようになって、いつの間にか上級者みたいになっていくのを何人も見てきました。そういった姿を見るのは嬉しいですね。
オープンから15年間の中で、はじめは子どもと一緒にキャンプをしていたファミリーが、だんだん子離れしていく姿も目にするように。
そこで2014年から、そんな「ちょっと寂しいお父さん」を対象にした「おやじキャンプ」を企画。評判を呼び、第1回は23人だった参加者が、第2回で48人、第3回では63人と、どんどん増えています。今冬開催の第4回にはすでに100人の予約が入っているそう。
昨今の「アウトドア女子ブーム」の斜め上をいく、お客様のニーズをがっちり掴んだ企画ですね。
現在イベントは、年間を通して約10回の企画が行われています。「おやじキャンプ」の他にも、極寒シーズンに身を寄せ合う「越冬キャンプ」などユニークなものも。
スタッフの間ではいつもお客様を楽しませるために議論が行われていて、「こんな企画はどうですか」など、何度ボツになろうとも積極的に提案が上がるそうです。
「何度もボツになっていますが、懲りずにまた提案します」と、にこやかにスタッフの皆さんが話してくれました。
アンケートでいただいたお客様の声が、サービスの教科書
2002年オープンのグリンヴィラの施設は、決して新しいとは言えません。でも施設はどこをとっても清潔で、大切に使いたくなるし、初めて触れた時の感動にもなります。
小松さん ハードに頼らないサービスはグリンヴィラの人気の理由のひとつですが、それにつながるポイントとしてはお客様からいただくアンケートをとても大事にしています。夏だけで700〜800の回答をいただくので、とても貴重なアドバイスになっています。
アンケートに寄せられた意見を元に、改善点を洗い出しすぐにアクション。夏季は1日5回水回りの清掃をし、コストはかかれどすべてのトイレにウォシュレットを設置、赤ちゃんのいるお客様も安心して眠れるようにキャビンに畳スペースをつくるなど、お客様の声を常に真摯に受け止め、何が最優先かを考えてきました。
「マニュアルにとらわれない対応をする」という姿勢は、もしかすると、天候や人などによりケースバイケースであるアウトドア施設でのサービスの真骨頂なのかもしれません。
森林組合から断腸の思いで振興公社へ
オープンから5周年の2007年には利用者15万人を達成しましたが、実は小松さんは7年目の時に苦渋の決断をしました。キャンプ場の管理運営者が森林組合から一般財団法人大子町振興公社に変わることになったのです。森林組合に残りグリンヴィラはほかの人に任せるか、森林組合を離れ公社の職員になるか。2つの選択肢の間で、小松さんの気持ちは揺れ動きました。
小松さん 土日祝日が休みだったそれまでとは全く逆になりますし、自分の家族にも影響する。本当に悩んで悩んで、苦渋の決断でした。
高校卒業後ずっと携わってきた森林組合への思いや、目の前でキャンプをする幸せな家族の姿を見て、仕事を優先させてしまった自分の家族の顔が小松さんの頭を何度もよぎります。悩みに悩んで、一度はキャンプ場を離れて森林組合に戻ることを決めたものの、「一緒に成功させてきたキャンプ場だから」と話してくれたスタッフや、お客様のことが振り切れず、小松さんは古巣を離れて振興公社の道を選びました。
ただ、小松さんは「家族をないがしろにしてしまった」と話していたものの、小松さんの家族もグリンヴィラでキャンプをしたりする中で、感じるものがあったようです。
森林組合とキャンプ場の支配人の道を選ぶ際には、2人の子どもたちは「キャンプ場にいてほしい」と話したそう。現在大学生の長女はアルバイトとしてキャンプ場に勤め、中学生の長男は小学校の卒業アルバムに「グリンヴィラの支配人になりたい」と書いたといいます。
お父さんがつくり上げたキャンプ場の魅力を、もしかしたらいちばんわかってくれているのかもしれませんね。
人に恵まれたからこそ、つかむことができたお客様の心
公営・民営問わず、サービスの質を上げていくのは、スタッフ一人ひとりの心意気ではないでしょうか。小松さんは、グリンヴィラが思い描いた通りになったことについて「人に恵まれたおかげなんです」とくり返し口にしていました。
小松さん 元々大工さんだったスタッフはメンテナンスに秀でているし、デザインが好きなスタッフのおかげでとても華やかにできるし、司会が上手な人やマジックができる人もいます。みんなお客様を楽しませるために一生懸命で、何というか「スレてない」んですよね。同じ方向を向いてくれているな、と感じます。
冒頭のアメリカ製トレーラーハウスのメンテナンスも、スタッフの自発的なスキルアップにより助けられながら、中の仕様を国内メーカーの設備に変えて少しずつ快適度を上げてきました。
センターハウスの飾り付けやオリジナルグッズなども、「好きこそ物の上手なれ」と個々のスタッフが思考を巡らせては提案し、形になりました。
副支配人の伊藤久さんがお客様と「ノリ」で始めたマジックが、いつの間にか「ミスターイトウ」としてグリンヴィラの名物になり、ついにはオリジナルグッズまで登場。年末にはおきまりのマラソン「ラストラン」を盛り上げるために常連のお客様が横断幕やゴールテープをつくって盛り上がっているそうです。
サービスはそこにいる人にしか成せないもの。だからそこにしかなくて、会いにきたくなるもの。グリンヴィラの人気の秘訣がわかった気がします。
自然豊かな大子町で、「ヨソモノ」が集まる場所
グリンヴィラは、茨城県北西部の大子町にあります。
大子町は、都心から車で3時間ほど、新幹線とローカル線またはレンタカーでもアクセスでき、「ほどよい田舎」感の距離。日本三大名瀑の「袋田の滝」があり、そのほかにも「月待の滝」や「久慈川」、県内唯一の温泉郷など、自然資源に恵まれた町です。
大子の清水とおいしい空気の中で育った特産品のりんごやそばは絶品。また、弾力のある肉質で卵まで美味しい「奥久慈しゃも」は、「育ちのよさは味に出る」という言葉がしっくりくる、国内屈指の地鶏です。
大子の中では袋田の滝と同じくらい外から人が集まるグリンヴィラは、ポテンシャル豊かな大子の環境と、小松さんの言葉を借りると「スレてない」人たちが、同じ方向を見た時に発せられるパワーで抜きん出ました。大子には、小松さんのように未経験でも、熱意や工夫次第で国内屈指の場所になれる可能性が眠っています。
また、行政が移住者の企業をバックアップする支援制度も充実していて、農業や宿泊業、食品加工業など新たなスタートを考える人を積極的に支援しています。
興味を持たれた方は、ぜひ一度足を運んでみてください。
豊かな自然と、温かい人々、美味しい食など、たくさんの出会いが待っています!
(Text: 笹山真琴)
(撮影: 松永光希)