最近、台東区、墨田区、江東区、足立区、荒川区などの一帯は“東東京”と呼ばれ注目を集めています。江戸の風情漂う浅草や美術の中心地・上野、オタクカルチャーのビオトープ・秋葉原に、下町文化が熟成した谷根千(谷中、根津、千駄木)などが有名です。最近だと、新たなコーヒーの街・清澄白河が人気。
さらに、革製品、ファッション雑貨、ニット、印刷、金属、化学製品など、問屋と工場の集積地でもあります。ここ10年間、地域で大事にされてきた「顔が見える商い」に背中を押されて、自分のアトリエやお店を構える個人がポツポツ現れてきました。
そうした変化を起こした立役者のひとりが、ファッションデザイン関連創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」の鈴木淳村長です。
「台東デザイナーズビレッジ(デザビレ)」インキュベーションマネージャー。13年間で、支援したクリエイターやデザイナー81組が卒業し、4割が台東区内にショップやアトリエなどをオープン。デザビレは毎年10月に入居申請を受け付ける
2016年に、鈴木村長は、仲間と一緒に創業支援ネットワーク「Eastside Goodside(イッサイガッサイ)東東京モノづくりHUB」をスタートしました。
そんな鈴木村長と、イッサイガッサイのみなさんに、東東京10年の移り変わりと、「顔が見える商い」について聞きます。
変化のきっかけは
施設公開イベント
東東京の変化は、台東区南部の旧校舎からはじまりました。きっかけとなったのは、台東デザイナーズビレッジの開設1周年で企画された、施設公開イベントです。
鈴木村長 デザビレは、旧台東区立小島小学校の校舎に開設しました。地域に昔からある施設を活用したので、地元の人から「クリエイターがどんな仕事をしているのか見たい、知りたい」という声をもらったんです。
これは一種の文化祭。毎年続けて、徐々に地元の人たちが集まるようになり、仕事場を見ながらの交流を喜んでくれました。
デザビレは、創業5年以内のクリエイターを3年間支援して、独立できるように応援する施設。卒業クリエイターの多くは、台東区内でショップをオープンしていきました。
鈴木村長 せっかくだったら、デザビレを見にきてくれた人に、卒業生のお店も見てほしいと思いました。そこで、施設公開イベントの会場を施設の外へ広げることにしました。
こうして台東デザイナーズビレッジが、台東区南部の地域とつながりはじめます。
一方その頃、台東区北部でも、地域のつながりを生む芽が育っていました。
縦のつながりを
横につなげる動き
新しい歴史は、異文化が溶け合うことで生まれます。
2009年、浅草に、カルチャーやクリエイティブを切り口にまちづくり事業を起こしたいと考える一人の男性がいました。のちに、鈴木村長とイッサイガッサイをはじめる今村ひろゆきさんです。
まちづくり会社ドラマチック代表社員。クリエイター向けに場の運営を通して、活動支援をする。主なプロジェクトにシェアアトリエ「インストールの途中だビル」「reboot」、現代の公民館「SOOO dramatic!」、フューチャーセンター「ならしのスタディーズ」など
今村さん 当時の浅草には、靴、金具、革といった組合の、縦のつながりはありました。でも、業種をまたぐような横のつながりはなかったんです。
隣り合う墨田区は、まちづくりの歴史が深く、濃いつながりがあって、ぼくの周りの人たちは、どこかそれをうらやましく感じているようでした。
ここでなら、まちづくりを仕事にするチャレンジができるかもしれない。自分の価値を発揮できるかもしれない。そう思ったんです。
2010年、今村さんは1軒の旧サンダル屋で浅草をつなぐ交流空間「LwP asakusa(ループ・アサクサ)」をつくりました。
日替わりオーナーによるランチタイムや、浅草の面白い人をゲストに招く夜のイベントを企画して、LwP asakusaは台東区北部に横のつながりを生んでいきます。
こうして台東区全域に、横のつながりをつくるプロジェクトがそろい、加速していきました。
2011年、台東デザイナーズビレッジの施設公開は、旧小島小学校出身の社長たちが加わり、台東区南部のものづくりを見て歩く「モノマチ」という地域イベントに成長します。
1年目は16社だった「モノマチ」の参加企業は、半年後の2回目に60社へと増えました。同じ頃、台東区北部でも、ものづくりを披露するイベント「浅草エーラウンド」が誕生しました。
その後も「モノマチ」の参加企業は増え、3回目に120社、4回目に250社に上りました。
現在、台東区全域は、墨田区にも負けず劣らず人のつながりがある地域になりました。そんな地域のある東東京は今、地域で商いを起こす人にとって、どんな特長を持つエリアになったのでしょう? ここからは、鈴木村長、今村さん、有薗悦克さん、小林一雄さんとの座談会でお届けします。
問屋や工場、職人と
一緒につくる文化
新井優佑(greenz.jpシニアライター) 歴史ある問屋・工場エリアだった東東京に、台東区北部と南部、それぞれの動きで「人のつながり」が生まれました。そんな地域の今を教えてください。
鈴木村長 一言で表現すると、「等身大でモノづくりする地域」になりました。台東区で自分のブランドショップやアトリエをオープンしたクリエイターの多くは、身の丈にあったものづくりをして、人のつながりを活かして販売しています。
どこかから仕入れた商品をただ並べるだけではなく、昔からこの地域にいる問屋の素材や工場の職人と一緒につくる。だから、商品にどこの誰が関わっているのか、店頭を通じてお客さんに伝えることもできるのです。
新井 「顔が見える商い」ですね。ものの先にいる人を連想することができる、地域全体にストーリーが生まれているように感じました。
今村さん 「等身大でつくる地域」を踏まえると、「挑戦しやすい」ということもキーワードとして挙げられます。例えば墨田区には、格安の家賃で、1階をカフェに、2階を住居にDIYで改修して、自分らしい人生を歩みはじめた人がいます。
今村さん まるで地方都市で創業するように、東京で自分の仕事をつくっていけるんです。
鈴木村長 また、ものづくりを体感できるお店が増えてきたので、それを目当てに訪れるお客さんが増えたので、さらにつくる姿勢が鍛えられる環境にもなりました。
一方で、昔からつくり手を受け入れてきた材料屋さんや道具屋さんも多いため、新しくはじめた人たちに、アドバイスしたり、お節介で助ける空気もあります。
新井 自分の好きな仕事をはじめやすく、磨いていける状況までそろっているんですね。そんな地域で、代表的なお店を挙げるとしたら、どちらですか?
東東京に自分でモノづくりを
体験できる店も増えている
鈴木村長 たくさんありますが、強いて挙げるとしたら、カキモリやMAITO/真糸です。カキモリでは、お客さん自身が自分の好みに合わせて1冊ずつノートをつくることができます。MAITO/真糸は、お客さんがオリジナルのストールを染められるワークショップもしているお店です。買う人も参加できるものづくりが生まれています。
今村さん ものづくりだけでなく、ぼくのように場づくりをしている人にも素敵な人がいますよ。
谷中にある文化複合施設「HAGISO」は、建築家の宮崎晃吉さんが学生時代を過ごした築60年の寮を残したくて、大家さんと相談して生まれた施設です。
今村さん HAGISOに遊びに寄ると、宮崎さんのご家族を見かけることもあって、運営する人の暮らしまで感じられます。
そんな3組のように、この地域には、「顔が見える商い」が増えています。商品にストーリーや人の思いを込めた商いを、長く続けていきやすい地域になりました。
鈴木村長 リーマンショックや東日本大震災を経て、買い物するだけではなく、モノをつくる人やその背景への関心や、ものづくりへの参加意識が高まる中、この地域はそれに答えることができるようになってきました。
つくる人の顔が見えて、なぜつくっているのか知っていけて、地域を楽しむことができます。
新井 時代の流れとも重なって、お買い物を介した、人と人とのつながりを生む文化も育ったんですね。
誰に命令されるわけでもなく、自分に合った仕事で創業できて、お客さんと思いでつながる商いができる。東東京が、そんな素晴らしい地域に変わった今、あえて、イッサイガッサイをはじめたのは、なぜですか?
鈴木村長 いくつか目的はありますが、きっかけは、台東区内にとどまっている人のつながりを、外にも広げたいと思ったからなんです。
台東区の外にいる人の
創業支援もしたかった
鈴木村長 東東京には、台東区や墨田区以外にも、江東区、足立区、荒川区といった面白い街があります。それぞれとつながって区内の盛り上がりを外に伝えたり、区外の面白い人とつながりたいと、今村さんと一緒に開いた飲み会が、最初のイッサイガッサイでした。
今村さん 幹事を各地域の持ち回り制にして、それぞれの人が紹介したい人を呼んで、つながりを広げていきました。
「co-lab墨田亀沢:re-printing」の有薗悦克さんと、「ベンチャーステージ上野」の小林一雄さんにも幹事に加わってもらい、今の中心メンバーがそろいました。
有薗さん 2016年に、東京都がものづくりによる創業支援チームを公募していることを知り、おこがましいですが、「ぼくたち以外にできる面子はいない」と思って手をあげました。
それが転機になって、イッサイガッサイは今のような創業支援ネットワークになりました。
鈴木村長 台東デザイナーズビレッジへの入居倍率は平均6倍で、1組受かっても5組は落ちてしまいます。でも、せっかく面接で話を聞いたのだから、その5組もサポートしたいと思っていました。
また、台東区の施設なので、区外の人から相談を受けても、サポートすることが難しく、もっと広い範囲でクリエイターを応援したかったんです。
新井 現在、イッサイガッサイでは、どんな活動に取り組んでいますか?
今村さん まだはじまったばかりですが、創業準備期の人を対象にした創業スクールや、自分の活動を発信したい方向けのライター・カメラマンによる書き方・撮り方講座、創業者の経験談を聞くセミナー「Speak East」を開催しています。
今村さん また、創業初期の人には、事業アイデアを固める個別相談会や、商品販促に関係するアドバイス、カタログやチラシの作成サポートもします。
事業の成長段階では、東東京の工場やクリエイターとつながる機会の提供と、ショップやアトリエの開店に向けた不動産情報の提供、DIYの改修サポートもしますよ。
新井 台東区からはじまった、東東京の新しい変化にぴったり合った支援がそろっていますね。地域の外にいる人でも、自分の好きなことで、「顔が見える商い」をはじめる、スタートラインにつけそうです。
これから東東京に来る人と
どんな地域をつくりたいか
新井 みなさんは、これからイッサイガッサイとつながって、「顔が見える商い」をはじめたい人たちと、東東京をどんな地域にしていきたいですか?
鈴木村長 新しい文化やコミュニティ、世界に発信できる新しい事業が生まれてくる、そんな予感がする地域にしていけたらいいなと思っています。
でも、自分の夢や好きなことを叶えて食べていきたい人は、アルバイトを掛け持ちしたり、苦労している人も多いですし、独立すると会社のように先輩が教えてくれることもありません。
そんな人たちをイッサイガッサイでサポートして、夢を叶える応援をしたいと思います。
有薗さん ぼくや小林さんは地域の企業の三代目で、職人さんのすごい技術を知っています。
でも、下請けとして磨いてきた技術だから、新しい使い方を見つけられずにいることが多くて。新しく入ってくる人たちのアイデアで、そんな技術が活かされないかな、と思っています。
小林さん 職人さんの技術には、仕事に対する魂や思いがこもっています。それは目に見えない価値だから、新しい人と一緒に残していけたら嬉しいです。ここに来れば、古き良き技術も、最新の技術も、どちらもそろっていますよ。
今村さん そうですね。ぼく自身は、まちづくりを仕事にしたいと思ってここにきました。最初、すごく悩みながら、自分の力を発揮できる仕事をつくろうとがんばっていて、やっと叶ったのが東東京でした。
ここは、ぼくみたいに好きな仕事をはじめる人の背中を押してくれる地域です。だから、みんなもここで、もっと好きなことをやったらいいのにって思います。
東東京にはいろんな人がいて、若い人も、おじちゃんも、ごちゃまぜのカオス。そんな多様性をずっと受け止めていられる地域を、これから来る人たちとつくっていきたいですね。
お話を伺って、「顔が見える商い」なら、疲れてしまったり、弱ってしまったりした時に、つながりあった人たちから、元気をもらえそうな気がしました。
みなさんは、誰と、どんな仕事をしたいですか? パッと思い浮かぶ人たちが喜ぶ、等身大の商いをはじめたいなら、イッサイガッサイや東東京が味方になってくれるかもしれませんね。
この記事が、ワクワクできる仕事に一歩踏み出す人の背中を押す追い風になったら、嬉しいです。
(撮影:吉田貴洋)
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