ほしい未来といっても、そのイメージはさまざま。たとえば同じ地域に住んでいても、人によって理想とする地域の未来像はまったく違うのではないでしょうか。
読者のみなさんのなかにも、自分の暮らす町の未来を思い描きながら、地域課題を解決するべく何らかのアクションを起こそうとしている人がいるかもしれませんね。
とはいえ、決してひとりではつくれないのが地域の未来。まずは、さまざまな地域住民とほしい未来について対話をし、ともに描ける未来を見つけることから始めてはいかがでしょう?
しかしそれには、多様な人を集めて対話する場を設計したり、その過程をリードしたりするちょっとしたスキルが必要です。なんだか難しそうな気もしますが、実は初心者でもすぐに実践可能な方法があるのです。
「イノベーション・ファシリテーターの本音」連載第2回目は、「株式会社フューチャーセッションズ」の創業メンバーのひとりである有福英幸さんから「初心者でも簡単に対話の場づくりができる方法」を教えてもらいました。
社会課題を解決する糸口は、あらゆる人が「対話」に参加できる状態をつくること
まずはみなさんに有福さんを紹介します。有福さんは現在、イノベーション・ファシリテーターとして企業や自治体のコンサルテーションに関わる一方で、地域でフューチャーセッションの担い手を育成するプロジェクトを手がけています。
そんな有福さんが仕事を通じてほしい未来は、「自分の娘に誇れる社会を残すこと」。
「株式会社フューチャーセッションズ」に参画する以前は、広告代理店で企業のブランディングやデジタルコミュニケーションに従事し、売れるためにかっこいい広告をつくり、賞を獲る! といった仕事に携わっていました。
しかし、2008年に娘さんが生まれてから、自分の仕事が与える社会への影響と責任を深く感じるようになった有福さんは、サスティナブルな社会を目指すWebマガジンを創刊し、編集長として社会課題を解決するためのアプローチを真剣に模索し始めます。
たとえば環境問題について調べていくと、結局は人間同士の対立が根っこにあるってことに気がつくんですよ。そうなるとお互いが態度や行動を変えない限り、本質的な解決ってないのですよね。
だけどそこへ仕掛けていくとなると、僕がそれまでやってきた事実を正しく伝えたり、琴線に触れる表現で感動させたり、あるいは恐怖心を煽ったりする広告的なアプローチでは、その場の感情は変わっても行動を変えるまでには及ばない。違う方法が必要だと思いました。
もっと根源的なカタチで人に変容を促すにはどうしたらいいのだろう?――そんな問いを抱いていたとき、当時富士ゼロックス株式会社で知識経営コンサルタント兼ファシリテーターとして活動していた野村恭彦さんから、対話がその有効な手段になると教わったそう。
自分とは立場や考え方の違う、あるいはふだん全く会うことのない人と対話をすると、持っていた固定観念がスルっと外れる瞬間があるんですよ。自分でそのプロセスを体感してみて、問題を改めて違う視点で捉え直す体験ができたときに、人ははじめて態度や行動を変えられるんだと腑に落ちたんです。
だったら、対話ができる人や機会が社会にもっと増えていけば、いろいろな社会課題が解決に向かうのではないかと思って、野村と一緒にフューチャーセッションズを立ち上げました。
とはいえフューチャーセッションズに参画するまでは、まさか自分がファシリテーターになるとは思っていなかったという有福さん。野村さんと違って、ファシリテーションのスキルが特段高いわけでもありませんでした。
でも逆に、ちゃんと場の設計さえすれば、ずぶの素人でもファシリテーションできるんだって示すいい機会だなと思ったんです。もちろん、スキルを伸ばしてよりプロフェッショナルなファシリテーターになる道もあるんですけど、僕はあらゆる立場の人が、それぞれの場でファシリテーターとなって、対話を促せるようになるのが大事だと思っているんですよね。
ちょっとしたフレームワーク(対話の手法や場の進め方の基本的な枠組み)を知るだけで、誰でもイノベーション・ファシリテーターになれる社会を本気でつくりたい。漁師のおじちゃんも、学生も、企業で働く人も、そしてお母さんも、すべての人が対話に参加できる状態をつくりたいんです。
誰もが対話に参加できる――そんな社会を目指している有福さんですが、2016年10月から2017年3月まで、実際に地域の人たちを集めてイノベーション・ファシリテーターを養成する講座を担当しました。
その事例から「初心者でも簡単に対話の場づくりができる方法」を紐解いていきたいと思います。
対話の場を自分たちの手でつくる。地域ファシリテーター育成講座
今回ご紹介するのは、長崎大学とともにフューチャーセッションズが企画した「五島未来会議 運営講座」です。こちらは長崎大学経済学部の学生と長崎県五島市の地域課題に関係・関心のある地元住民を対象に「市民が“主役”の五島未来づくり」を担うファシリテーターを全5回のプログラムで育成するというもの。
まずは僕がイノベーション・ファシリテーターとなって、フューチャーセッションがどんなものかをみんなに体験してもらった上で、事前準備や場づくりの考え方、進め方のコツや工夫を学びます。その後2回にわたる対話の場づくりを実践するなかでファシリテーターとしての経験値が積める講座です。
五島市では、進学や就職で若者が島から出て行ってしまうという課題を抱えています。そこで受講生同士がフューチャーセッションを通じて五島の未来を話し合うところからスタートしました。
そこで生まれた「高校生が卒業後五島で働ける仕事をつくりたい」という共通のビジョンを叶えるべく、今度はアイデアを発見するための対話の場を受講生が自ら企画します。
参加者が実践するのは、1DAYのフューチャーセッションの企画立案と当日のファシリテーション。場の設計はあらかじめデザインされたフレームワークを使います。まずは、この流れさえ押さえておけば、必ず対話が成立するという基本の型を覚えてもらうことで、初心者でもすぐに実践できるのがこの講座のポイントですね。
ファシリテーターというと、参加者の状態を見ながら会話を引き出し、マジシャンのように対話を促していくというイメージがありましたが、フレームワークに沿って場を進行していくのであれば、チャレンジへの敷居はぐっと下がりそうです。
では具体的に、受講生が企画・実践したワークショップ「五島ミライシティ計画」のプログラムを見ていきたいと思います。
フューチャーセッション成功の秘訣は、入念な事前準備にあった
「五島未来会議 運営講座」には、授業の一環として参加した長崎大学の学生と、五島の未来に危機感を持った社会人、合わせて14人が集まりました。立場も世代もバラバラなメンバーが協力し合い、ビジョンに沿ってセッションのテーマを練ります。
「高校生が卒業後五島で働ける仕事をつくりたい」というビジョンに対して設定されたテーマは「2025年戻ってきたくなる未来の五島」。次にこのテーマを話し合うべき当事者を想定しイベントの告知をします。今回は、五島高校の課外授業として開催することになり、1年⽣160名と島内で働く大人30名が参加することになりました。
フューチャーセッションでは、背景の異なる人々が集い、ともに未来を語り合うための“最適な問い”を設定します。「五島ミライシティ計画」で立てた問いは「⾼校を卒業して、島外に進学・就職した後、戻ってきたくなる五島にするために、⾃分ごとで取り組みたいことは?」としました。当事者として考えたくなる魅力的な問いを見つけることは、事前準備でもっとも重要なタスクです。
ここまで決まったら、フレームワークに沿って当日のプログラムを検討します。どんな対話の手法を使って進めるかをあらかじめ決め、進行に従って何を話したらいいのか、参加者がその時どういう状態になっているといいかをシミュレーションしていきます。
上級者だと、一人ひとりの状態を見ていきながらその場で問いや対話の手法を変えたりするんですけど、この場合は決まった型のなかで、どういう運びにするとアウトプットが出るのかをしっかり設計をしましょうと伝えています。
たとえば、高校生にいきなり問いを提示してさあ、話しましょう! と言っても、なかなか対話は深まらないかもしれません。今回は事前に「身近な大人に五島のどこがいいと思っているのかと、五島の子どもたちに残したい仕事があるのかを聞く」という宿題を出しました。対話のきっかけとなる話題があらかじめ手元にあれば、高校生も話をしやすくなるんです。
なるほど。あらゆる状況を想定し事前準備を入念にして当日に臨むことで、円滑に場をリードしていきましょうということなのですね! では次はいよいよ、セッション当日の流れを追っていきます。
「小道具がなくても、ふたり集まったら対話ができること」が理想
対話の場をつくる際に有福さんは、とにかくシンプルな運営を心がけているそうです。工夫としては大きくふたつ。ルールを最小限にすること。できるだけ小道具を使わないこと。
一般的な場づくりだと、会場にグランドルールを貼ることもありますが、参加者にどこまで伝わっているのかなー? と疑問に思うことがあります。僕の場合は、一人ひとりの想いを大切にして、違いからアイデアを出しましょうね、お互いに発言機会を提供しあってよい関係をつくりましょうね、という基本的なルールをお伝えするくらいです。
ときには意見の食い違いから言い争いが起きてもおかしくなさそうですが、これまで有福さんがファシリテートした場では一度もそういう事件は起きていないそう。
そもそも参加者全員の共通した課題に問いを設定すること、対話手法を用いることでひとつの目的に向かい協力しあって進める雰囲気が生まれること、そして過去の利害やしがらみを離れた未来の話をすることなどが上手に場に作用するため、口論が生まれにくいのだそう。
あとは、ファシリテーターが手をあげたら話すのをやめましょう、とかですね。それで場面を切り替えています。ベルなどで音を鳴らして知らせる方法もありますけど、小道具がなくてもふたり集まったら対話できるっていうのが理想だと思っているので、なるべく道具に頼らない状態にしたいと思っています。
模造紙や付箋が無かったとしても、みんなが話した内容をグループのひとりに代表で覚えてもらい、必要に応じてシェアしてもらう方法で進めることもあります。場づくりというと模造紙や付箋は必須アイテムかと思っていましたが、なくてもできるものなのですね。
イノベーション・ファシリテーターは、未来に対して責任を持つのが仕事
「五島ミライシティ計画」で使用したフューチャーセッションのフレームワークには、4つの対話手法が盛り込まれています。
相互にインタビューした内容を第三者にシェアする「ストーリーテリング」、少人数グループに分かれて対話を行ない、ときどきメンバーをシャッフルしながら対話を発展させる「ワールドカフェ」、似たような考えの人、一緒になると化学反応を起こせそうな人、そして自分の意見を捨ててもいいと思える案を書いている人とつながって対話する 「マグネットテーブル」、そしてアイデアをひとつの形にまとめて可視化する「プロトタイプ」です。
それぞれの詳しいやり方は、フューチャーセッションをやりたい人をつなぐプラットフォーム「OUR FUTURES」に載っているので、そちらをぜひチェックしてもらえたらと思います。
「五島ミライシティ計画」での対話はこんなプロセスで進みました。はじめに「ストーリーテリング」で身近な大人にインタビューしてきた内容をペアになってシェアし、次に「ワールドカフェ」で五島のいいところ/⼦どもに残したい仕事/未来の五島について小グループに分かれていろいろな人と対話をする。さらに「マグネットテーブル」で⾃分の考える「戻ってきたい五島」のアイデアを深めて、最後に「プロトタイプ」でアイデアをブラッシュアップ。
今回イノベーション・ファシリテーターを養成するにあたって、対話手法をあえて絞ってプログラム化したのには、「初心者のファシリテーターが対話の舵取りに注力できるように」との意図があったからだといいます。
イノベーション・ファシリテーターって、未来に対して責任を持つ存在なんです。その未来を選択することが、みんなにとっていいかどうか。誰にも正解がわからないことに対して、誰よりも真剣に問わなければいけない立場なんですよ。
五島に娯楽商業施設がほしいよねって意見があがってきたとして、次の対話の時間でそれをみんなで深めるかどうかはファシリテーターの選択に委ねられています。
みんなが望んでるから、とそのまま話を進めるのか。それとも、娯楽施設をつくることが果たして未来の五島にとって本当にいいことなのかを場に問えるかどうかで、対話の方向性って全く変わってくるんですよね。その舵取りに責任を持つのが仕事だと思っています。
一般的なファシリテーターの仕事は、場の中立性や客観性を保つ役割を求められる側面があります。しかしイノベーション・ファシリテーターの場合には、みんなが選ぶ未来に対して、よりよい未来にしていくために意図を持って関わっていくことが大事なのですね。
さて、「五島未来会議 運営講座」ではじめて場づくりを経験した受講生は、自分たちでフューチャーセッションを運営してみてどんな変化があったのでしょうか。
受講生が次の場をどうつくるのか熱量を持った前向きな状態で講座を終えることができました。高校生から想像以上にすばらしいアイデアが出たのを見て自信がついたのと、講座を通じて、受講生同士が支え合える関係性を育めたことが「さらに実践してみたい」というモチベーションにつながったかなと思います。
今回「五島ミライシティ計画」で出たアイデアは、実現へ向けての具体的なアクションにつなげるべく、引き続き高校の授業で扱っていくことになったそうです。また、他の参加者もそれぞれのフィールドで企画を温めているのだとか。
フューチャーセッションは、未来へのアクションを生むための対話の場です。場をつくることは始まりにすぎません。
自分が生きている間に社会がよい方向に変わらないかもしれませんが、各地でフューチャーセッションを体験する人が増えて、新しいプロジェクトや対話の場をつくる人が増えていった先に、社会がゆっくりと大きく変わっていけばいいなぁと。そんなふうに思っています。
対話に参加する人を増やしてよりよい社会基盤を育みたい
未来の選択に対する責任を持つのがイノベーション・ファシリテーターの役割――。この言葉を聞いて、フューチャーセッションズでの仕事は、有福さんのほしい未来「自分の娘に誇れる社会を残すこと」にそのままつながっているんだなと感じました。
すべての人が対話に参加する状態をつくるには、地道にあらゆるテーマでフューチャーセッションをやり続けるしかないですね、と控えめな様子で語ってくれた有福さん。だからこそ、会社として継続して取り組んでいく意味がある。その言葉には、ほしい未来に対する情熱が静かにみなぎっていました。
取材からの帰り道、よく育つものはゆっくり育つ、どこかで読んだこの格言を思い出しました。地域や社会といった基盤は、そもそも急激な変化を望まない性質を持っているかもしれません。その事実を踏まえながら、未来思考で朗らかに一歩前に踏み出す人が、地域にひとりでも多く増えたらいいなと思いました。
この連載を通じて、読者のみなさんとほしい未来への一歩を踏み出すためのヒントを分かち合えたらうれしいです。
– INFORMATION –
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