「ゲストハウスを紹介する本とか雑誌があればいいのになぁ」。
数年前、全国各地に個性的なゲストハウスが増えていることを知って、西村祐子さんは「まるで他人ごとのように」考えていたそうです。その数年後に、自らの手でゲストハウスを紹介するメディア「ゲストハウスプレス」を創刊することになるとは思ってもみないで。
実は、「ゲストハウスプレス」をつくるまで、西村さんには編集やライティングの経験はほとんどありませんでした。ただひとつ、はっきりしていたのは「やり方はわからなくてもやりたいことはある」ということ。
「ゲストハウスの面白さをもっと知ってほしい」「このオーナーに会いに行ってほしい」という思いが、西村さんの前に新しい道を切り拓いていったのです。現在は「グリーンズの学校」のゲストハウスプロデュースクラスでファシリテーターも務めている西村さんに、あらためてDIYな人生について語っていただきました。
ゲストハウスプレス編集長・ワンダラーズライフデザイン代表。1971年大阪生まれ。「日本の旅をリノベーションする」を合言葉に、旅をもっと自分の暮らし方・生き方に密着したものにしたいと、12年続けたボディセラピストから何度目かのライフチェンジ。大阪市内でコミュニティスペース「あたらしい旅と暮らしの発信基地」wanderers!(ワンダラーズ)をオープン。オフィスも暮らしもDIY精神でチャレンジの真っ最中。
「日本の旅のあたらしいかたち」を伝えたい
「日本の旅のあたらしいかたち」というキャッチコピーのもと、西村さんが「ゲストハウスプレス」を創刊したのは2013年9月のこと。
ゲストハウスを営む人たちに、宿をはじめた理由や運営に寄せる思いをインタビューして掲載する、A5版4ページの小さなフリーペーパー、そしてWebサイトとFacebookページで、ゲストハウスにまつわるさまざまな情報を発信しています。
もともと、西村さんは仕事としても携わってきたため、Webサイトの制作はお手のもの。にもかかわらず、紙メディアにこだわったのは「ゲストハウスのラウンジなどで手に取って読んでもらいたい」という思いがあってのことでした。創刊当時は1000部だった発行部数も、今では倍以上の2000〜2500部に増え、全国のゲストハウスを中心に80カ所以上で配布されています。
毎号の制作では、取材・執筆を西村さんが行い、デザインは「3シキグラフィックス」代表の塩田裕之さんが担当。印刷費や送料などの経費は「サポーター制度」による支援金でまかなっています。ちなみに、サポーターには600円から参加可能。「ゲストハウスプレス」のバックナンバー送付などの特典付き! です。
フリーペーパーは、ぜひゲストハウスで読んでほしいので、PDFでの公開はしていません。「現地に足を運んで読んでください」という気持ちはこれからも大事にしたいと思っています。
「『ゲストハウスプレス』はセレクトショップ的でありたい」という西村さん。これまで紹介してきたゲストハウスオーナーさんたちは、西村さんが「心の扉を開くような何か」を感じた人たちばかりです。
セラピストと編集長という2足のわらじ
「ゲストハウスプレス」の創刊当時、西村さんは、“ボディセラピスト”としてサロンを開いていました。「もともと、とにかく旅が好きだった」という西村さんが、ボディセラピーに出会ったのは今から15年ほど前のことでした。
会社勤めをしていたとき、働きすぎによるストレスで身体を壊したことがあったんです。そんなときに、小笠原諸島で野生のイルカと泳いでいるうちに、病状が回復するということを経験して。「自分らしく生きるために、一度人生をリセットしよう」と思い立ち、2年間ハワイ島に留学。筋肉・病理学に基づくメディカルマッサージを学びました。
西村さんがハワイ島で学んだメディカルマッサージは、専門的な医療の知識から学んでいくという本格的なもの。慣れない英語での授業に苦労しながらも、1200時間以上のカリキュラムを終えて、医療を背景とした知識と技術を身につけて帰国。神奈川県横須賀市・秋谷海岸近くでボディセラピーサロン「モアナブルー」をオープンしました。
「モアナブルー」のオリジナルセラピーのキャッチコピーは「人生が変わるボディセラピー」。一回につき3時間をかけ、カウンセリングとボディケアによって、その人が抱えている人生の問題を一緒に解決していくというものでした。その評判はクチコミとネットの力で広がり、リピーターファンは順調に増えていきました。
サロンを始めたときは「一生続けたい」と思っていましたし、今でもその気持ちはあります。でも、私がやっていたセラピーは、長時間かけて精神面・肉体面の両方をひとりで施術するもので、体力勝負だったんです。
旅することで自分の疲れをクリアしていましたが、ふと「今後、自分はどう生きていきたいのか」を考えると、「このままセラピストだけで終わっていくのかな」と思いはじめたんですね。
仕事と旅を行ったり来たりする生活のなかで出会ったのが、長野・善光寺の近くにあるゲストハウス「1166バックパッカーズ」(「ゲストハウスプレス」8号に登場)。この出会いをきっかけに、西村さんは日本のゲストハウスに興味を持つようになりました。
「1166バックパッカーズ」は、女性オーナー・飯室織絵さんがひとりで始めた宿。自分でDIYできる範囲ですっきりまとめてあるのがかわいくて、オーナーやスタッフの心づかいもすばらしいんです。お客さんも面白い人が多くて、ラウンジの大きな机でなんとなく会話が始まって、一緒にごはんを食べにいったりする、偶然の出会いにもワクワクしました。
「ゲストハウスに泊まる」ことを目的に旅をするようにもなった西村さんは、冒頭で書いたように「ゲストハウスの本や雑誌をつくる人はいないかなあ」と思いはじめます。でも、当時はまだゲストハウスの存在はあまり知られておらず、待っても待っても誰もつくってくれません。
「しかたない、自分でつくるしかないか」。西村さんはついに覚悟を決めることにしました。
「編集ってどうやるの?」という疑問が解けて
Webサイトの制作経験は豊富でしたが、紙メディアについてはまったく未経験だったという西村さん。しかし、創刊号からデザインも編集も非常に洗練されていて、「ほんとに未経験だったの?」と思うほどの出来ばえです。どうして、こんなに完成度の高いフリーペーパーを最初からつくることができたのでしょう。
実は、東日本大震災の直後に被災地サポーターさんのしくみを支える、後方支援ボランティアに3年くらい関わっていました。そのときに、サポーターさん向けの会報誌やメールマガジンをつくるチームのリーダーになりまして。編集、デザインから印刷までの一連の流れを知って、「いいデザイナーさんがいたら、私にもつくれるかも?」と思うようになったんです。
西村さんが初めてインタビューをしたのは、鎌倉のゲストハウス「亀時間」(「ゲストハウスプレス」9号に登場)のオーナー・櫻井雅之さんでした。
開業した理由を聞くと、「10年くらい前は南アフリカでカフェをしていたんです」とか言うんですよ。「ムビラという楽器にハマって、ジンバブエにも8ヶ月住んでいて……」「えええ?」みたいな(笑) 意外な話ばかりでびっくりしました。
今は、家族がいるからなかなか旅にも出られないけど、ゲストハウスをしていたら旅人がたくさんくるので「旅している気分になれるのがいい」とも話してくれて。「こういうダイナミックな生き方をしている人に会いに行ってもらいたい!」と思いました。
フリーペーパーのつくり方もわかったし、紹介したいゲストハウスオーナーもいる。ここまでくるともう「あとはやるだけ」。デザイナーの塩田さんとの出会いもあり、いよいよ西村さんはゲストハウスを紹介するメディアの立ち上げに着手しました。
「ゲストハウスプレス」では、施設などの紹介よりも「誰がどういう思いをもってつくっているのか」を伝えたいと思いました。ゲストハウスの雰囲気や空間をつくっているのはオーナーやスタッフのみなさんです。彼らの人柄を紹介することで「ああ、ここに行ってみたい」というものをつくれるんじゃないかなって。
西村さんのアンテナが反応するのは、宿をつくる人の思いが伝わるゲストハウス。その思いが伝われば、相性のいいお客さんが集まってくるかもしれない――西村さんのなかには、「ゲストハウスプレスをつくることが、ゲストハウスの幸せな状況につながってほしい」という願いもありました。
「自分らしく生きる」を発信しつづけたい
創刊当時は、月の前半に旅と「ゲストハウスプレス」の取材・制作、月の後半はセラピストの仕事。バランスをとりながら、二足のわらじを両立させてきた西村さんでしたが、2016年をもってサロン「モアナブルー」を閉めることにしました。ふたつの仕事は、一見かけ離れたもののように見えますが、意外にも根幹の部分に共通項があるからです。
私は、誰かがより自分らしく人生を生きる手助けをする仕事をしたいんです。そういう意味では、個人のセラピーをすることも、「ゲストハウスプレス」をつくることも共通しているところがあって。
個人のセラピーでは一人あたりの時間もかかりますし、1ヶ月に何十人も施術するのは物理的に不可能です。一方で、フリーペーパーをきっかけに旅をして、「人生が変わった」という人が1000人、1万人になるとしたら? セラピストでいるよりも多くの人に、「自分らしい人生を生きることは誰にでもできる」ことを伝えられるかもしれないと西村さんは考えたのです。
セラピーとは全然違うアプローチにはなりますが、「ゲストハウスプレス」を通じて「面白い生き方の人にたくさん会いましょう」と発信し続けることで、もしかしたらこの人生のなかにもう少し、自分のやれることがあるのかもしれない。そう考えて、いったんセラピーの仕事をメインにした暮らし方を手放し、人生の舵取りを変化させる決断をしました。
2017年春、生まれ育った大阪に帰ってきた西村さんは、まちなかのレトロビルの1室を借りました。床を剥がして壁を塗り、数ヶ月をかけてほぼひとりでDIY。「ゲストハウスプレス」編集部を兼ねたオープンスペース「Wanderers! (ワンダラーズ)」をつくりあげました。
セラピストになる前はWebの仕事もしていたので、ネットの力はよく知っているんです。でも、フリーペーパーを出して「リアルにものがある」ということの力もすごく感じました。だから、自分の伝えたい世界観や発信したいものを直接伝えられる場所をつくりたいと思ったんです。
「ワンダラーズ」のキャッチコピーは「あたらしい旅と暮らしの発信基地」。「ゲストハウスプレス」のバックナンバーはもちろん、西村さんが出会ってきたゲストハウスやお店、地域のフリーペーパーを展示・配布。今後はイベントなども企画する予定です。
セラピーからメディアづくりへと「伝え方」をシフトさせる一方で、旅を直接伝えるようなスペースをつくろうとしている西村さん。やはり、人に関わり働きかけることは今後も大事にしていきたいと思っているのでしょうか?
ずっと憧れていた編集者やライターという仕事をやってみて思ったのは、書くことも好きだけれど、旅を企画したり、場を盛り上げたりするほうが得意なんじゃないかということ。そっちのほうが、自分の能力を活かせるし、みんなも喜ぶかもしれない。
メディアが音源だとしたら、ライブもやりたいという感じ。しかも、他の誰かのことを伝えるよりも、自分が経験したことを語るほうが自分を出しやすいのかもしれないと最近は思っています。
たしかに、西村さんのパワーは直接会うほうがバッチリ伝わるかもしれません。というか、西村さんが「ゲストハウスオーナーに会いに行ってほしい」と言うのと同じように、私もまた「みんな、西村さんに会いに行ってほしい」と言いたいです。「西村さんに会って話していたら、人生が変わるきっかけになるかもよ?」と。
私が一番伝えたいのは「旅には人生を変える力がある」ということ。どこかに旅をして、誰かに出会って、自然のなかのすばらしいエネルギーに触れて自分を解放できたら、本当に人生は変わると思うんです。
旅での小さな取捨選択を通じて、自分自身でものを考え、人生をつくっていく力を養うことだってできる。メディアだけでなく、ワークショップや旅の企画など、いろんな方法で「旅ってすごいんですよ!」ということを伝えていきたいと思っています。
日常の暮らしは、どうしても自分に居心地のいい空間、居心地のいい関係のなかに閉じていくところがあります。それも悪くないけれど、もしも「いつもの関係がしんどい」と思うときには自分とはまったく異質な人に出会ったり、いつもは絶対に見ることのできない景色のなかに身を置くことも必要なのだと思います。
そんなときこそきっと、人生最良の旅が待っているときです。
西村さんもまた、人生の節目にはかならず旅をしてきました。「ゲストハウスプレス」を経験ゼロからつくったのも、そもそもは旅がきっかけです。もしかすると、旅には人生そのものをDIYするために、自分の人生のパーツを確かめたり、ネジを締めなおしたりするような力があるのかもしれません。
もし、自分の人生をDIYするきっかけをつかみたくなったら、「ゲストハウスプレス」を手に入れて、気になるゲストハウスに泊まりにいってください。きっとその旅は、あなたの人生を変えていくあたらしい風を呼び込んでくれるに違いありません。
(撮影:浜田智則)