日常は忙しく、足早に過ぎていきます。会社の仕事や人間関係のしがらみの中では、自分について考えるために立ち止まって時間をさくことも簡単にはできません。どこかでゆっくり人生を考えなおしたい…そう思ったことはありませんか?
2017年度から北海道厚真町と岡山県西粟倉村で募集を始めた「ローカルライフラボ」では、そんな珍しい時間を持つことができます。2018年4月から、地域で最長年間過ごし、自分の身の振り方を見つめなおして新しい一歩を踏み出せるプログラムです。
ローカルライフラボには、“弱虫”というキーワードがあります。このラボを立ち上げて、スタッフが相談役を担うエーゼロ株式会社の代表・牧大介さんは、こんな「弱虫仮説」を立てています。
牧さん これからは弱虫こそが地域をつくるんじゃないかと思っているんです。弱虫というのは、やりたいことはあるけれど迷っている人、次のステージに行くことは決めたけど、次の一手がわからない人。人生を真剣に考えているから、挑戦しようとするから悩む。臆病になる。そんな人です。
そういう人が移住して地域の可能性を見つけていく。ゆったりした時間の中で自分の可能性を見出していく。その結果、起業する人は起業するし、しない人にも、大事な役割がある。そんな関係性の中から本当の豊かな地域が生まれるのではないか?
連載「弱虫が地域をつくる」では、今までの環境を離れて、それぞれの地域で新しい一歩を踏み出した人たちを紹介します。今回登場していただくのは、西粟倉村に移住して、新たに森を活動のフィールドにした中井照大郎さんです。
1987年1月14日生まれ。東京都出身。大学でインドネシア語を研究し、卒業後は商社でインドネシアの天然ガス事業に従事。その後、再生可能エネルギーのベンチャー企業を経て、2016年度に西粟倉村のローカルベンチャースクールに参加。2017年現在は森林管理で創業準備中
2度の転職で
やりたいことが明確に
中井さんの第一印象は“全身リラックス”。初対面のインタビュアーとカメラマンの前でも、かしこまらずにおどけてみせる愛嬌満点の方でした。
子供の頃は合唱の指揮者に立候補する目立ちたがり屋で、だけど、ぼぉーっとしてもいる子だったそう。ずっと野球をしていて、真っ黒に焼けた肌と掘りの深い顔立ちから、ついたニックネームは“カルロス”。中井さん自身、お気に入りのニックネームです!
そんな中井さんは、大学時代にインドネシア語を研究し、大学休学中にインドネシアのアチェ州にインターン、卒業後に商社へ。インドネシアで天然ガス事業を担当します。
中井さん インドネシアのアチェ州は、天然ガスがよくとれていたんです。その天然ガスを日本は輸入して私たちが日々使う電気にしていました。でも、そのせいで地域紛争が起きた経緯があって、アチェの人たちに傷跡も残していて。「それ、よくない」と面接で熱弁して入社しました。
だけど、ひとりでは企業の論理をどうすることもできなくて。紛争自体は減ってきていても、数千億円単位の大規模投資を通して途上国の普通の人たちの暮らしを変えていることに違和感を覚えました。それで、海外の化石燃料に頼らないエネルギーのしくみが作れないか興味を持ったんです。
年半の勤務後、再生可能エネルギーを扱うベンチャー企業を知って、転職します。
中井さん 転職先の仕事に、やりがいはありました。でも、ある程度事業スキームが決まっていて、何より自分以上に再エネを広めていくことにものすごく熱意をもってやっている人たちがいっぱいいて。「自分がやらなくてもいいかなぁ…」って思うようになりました。
完成している事業を広めていく仕事は大事なんだけど、それなら僕よりももっとこの仕事にやりがいを感じる人がいるんじゃないか。「人が足りていなくて、本当は価値があるのにうまくいっていない仕事って、他にあるんじゃないかなぁ」と思ったんです。
その時、林業を知りました。再生可能エネルギーには、バイオマス発電という発電方法があって、木々が燃料になるんですね。林業で、山からちゃんと木々が運ばれてくれば、バイオマス発電が利用できます。でも、そうなっていないという話を、バイオマス発電に関わる人たちから聞いたんです。
どうして、木々が運ばれてこないんだろう? 全国の林業を調べていくうち、中井さんは西粟倉村のある取り組みを知ります。
西粟倉村は、面積の約95%を森林が占めている地域です。その森林は、今まで村に住んできた人たちが、今の人たちに残してきた資源であり、これから村に住む人たちへと引き継いでいきたい資源でもあります。
中井さんが知ったのは、そんな資源を50年、100年と残していけるようにするための取り組み「百年の森林構想」でした。
「百年の森林構想」は、これまで村の自治体が取り組んでいました。それを自治体ではなく、民間で管理できるようにしていきたい。この大事な取り組みを引き継ぐ人はいないか、という募集が出ていました。そこで中井さんは、西粟倉村で参加者を受け付けていた、「ローカルベンチャースクール」に応募しました。
夜明け後の朝日が見せた別世界
2016年冬、ローカルベンチャースクールの選考会を翌日に控えた中井さんは、初めて来た西粟倉村の夜道をレンタカーで進んでいました。村の夜は深い暗闇。1台、また1台とまわりの車が減っていきます。信号のランプは、点滅していました。
中井さん 黄色の点滅信号にあまり慣れていなくて、現れる度にかなり減速して走っていたんです。そうしたら、突然、後ろに軽トラックが現れて、早く走れ、って感じで、ギュッと車間を詰められました。もうなんだよ、とんでもねーなー、って思って。一緒にローカルベンチャースクールの選考会に臨む幼馴染と、戦々恐々としながら夜道を進みました。
やっとのことで宿泊先につき、消灯。怖さは消えないまま、迎えた翌朝のことです。
中井さん 山が、壁みたいにそびえ立っていたんですよ! 選考会場まで車を走らせる中、昨日通っていた道が、実はこんな景色だったんだって。すごいなーって。これを全部仕事にできるんだ。ぜひ、やりたい! そう思いました。
面接でも、その気持ちを全身でぶつけました。
中井さん 本で調べて発表したところで所詮付け焼刃なのは、すぐに見透かされちゃうし、だったらこのやりたい気持ちをちゃんと伝えようと思いました。
聞いている人からしたら、「誰なの」「お前やる気あるの」って、この二つを知りたいんじゃないかって。
そんな中井さんの熱意を見て、「この子に任せてみよう」と思えた村の人たち。結果、中井さんはローカルベンチャースクールに入り、村内の森林の管理会社で創業する道を進むことになりました。
でも、未経験なのに、いきなり地域が進めてきた構想を引き継ぐのは、すごいプレッシャーなんじゃないかと思います。失敗できない…という不安に駆られることはないのでしょうか。
中井さん それが、ないんです。責任感をもって取り組みたいとは思っていますが、西粟倉村の人たちは、「なるように、なるでー」って大きな気持ちを持っていました。小ちゃいことにくよくよしてもしょーがない。ダメだったらダメだったでいいやん。そんな空気感があります。
経験や専門知識が少なくても、「やりたい」という気持ちを受け入れてくれる。西粟倉村の人たちに混ざって、中井さんはわからないながらも、森林管理という新しい仕事に充実感を感じています。
中井さん 自然を相手にする仕事はやっぱり違いました。東京にいると、何か素材があって、それが工場で商品になって、コンビニに並んでいるんだっていう感覚くらいしか持てないでいました。でも、森の仕事ってその先で。自然から木をもらう仕事。
例えば木の幹にひとつ小さな傷がつくだけでも大きなことで。その傷を早く直そうとして木が傷跡のほうに成長しようとするから、その傷だけで木目が美しくなく、買い叩かれてしまう。
それに山の傾斜や方角、土壌が変わるだけでも、成長の仕方や枝の生え方が変わって材としての価値は変わっていって。だから、長く山を見て観察していないとどこにどんな木が植わっているかわからないんです。
中井さんは、山の話をするときに、とってもイキイキした表情を見せます。そんな山の話は、全部、西粟倉村の山主さんたちから教えてもらいました。
森林のしくみを継ぎ
歴史を学ぶ
中井さんは今、ローカルベンチャースクールに一緒に参加した幼馴染と二人で森林管理会社の創業準備中です。そんな中井さんが現在取り組むことは「しくみづくり」と「聞き取り」です。
「しくみづくり」では、まず創業するためにどんな法人にしようか組織のしくみを考えています。また、西粟倉村の森林を信託化するしくみも仕込み中。そして、村内の森林を一元管理するしくみづくりにも取り組みます。
東京ドーム約641個分という、約3,000ヘクタールの西粟倉村の森林では、2008年から「百年の森林構想」に沿って一元管理するしくみづくりが進んでいます。中井さんが取り組む「しくみづくり」は全部、地域が進めてきた構想を引き継ぎながら事業化するための準備です。
しくみづくりの一方で、林業未経験の移住者でも、地域の取り組みを引き継ぐために、大事にすべきことがあります。それは山主さんたちへの「聞き取り」です。山は代々受け継がれてきた自然。山それぞれの特徴や歴史にはじまり、山を管理する人たちとの関係づくりなど、いろんな面で「聞き取り」というコミュニケーションが必要です。
中井さん 山の所有者は800人います。そのうち、自分で手入れをしている方を中心に足繁く通っています。
山主さんたちが高校生の頃に植えた木は、今大きくなっていて、一緒に山を回っていると、「これは俺が植えた。こっちは死んだじいちゃんが」って、ずっと話してくれます。西粟倉の森林は、どんな成り立ちで、どんな仕事がされてきたのか。森林の過去を知っていくのは面白いですよ。
飛び込みで訪問するので、最初は「誰じゃお前はぁー」って言われることもありました。でも話が聞きたいんですって、ちゃんとこちらの思いを伝えれば、みなさんも思いがある方々なので。ちゃんと、話してくれます。
初対面でも、ひょいひょい懐に飛び込んでいけるのは、中井さんの魅力です。そんな中井さんには、西粟倉村に来た時から力になってくれている、村の人たちがたくさんいます。エーゼロの林春野さんも、その一人です。
林さん カルロスは林業未経験だけど、林業を引き継ぐだけじゃなくて、自分の関心とうまく結びついた活動にしている。そういう姿を見て、地域の人が応援してくれています。
ローカルライフラボでは、起業する力の有無よりも、中井さんのように力を抜いて柔軟に楽しく活動する気持ちのほうが大事。初めて住む地域で、しかも未経験でわからないことばかりの仕事をしながらも、ハツラツと働く中井さんの姿を、これからローカルライフラボに入る人にも見てもらいたかった。林さんはそう話してくれました。
いつか植えた木を伐って
美味しいごはんを食べてほしい
自分が植えた木が、50年、100年後に製材される。そんな世界観に中井さんはロマンを感じています。
中井さん 今まで働いてきた仕事だと、明日明後日、長くても数年先くらいの利益くらいまでしかみていませんでした。でも、林業は50年、100年後のことを大真面目に話す仕事です。こんなにロマンがある仕事は他にないです。
目の前の木を伐るだけで、もちろんいいんです。でも、その本でどんな山に変わるのか。そういう世界観で働いていることに、魅力を感じています。
中井さんの目標は、将来、補助金に頼らないで、森林を管理していけるようにすること。それは、林業が営みとして続けられるようになることで、補助金をもらえなくなったとしても、山に人の手が入るようにしたいから。
中井さんは50年後、100年後の「そこにはすでに自分がいない世界」を思う、優しい気持ちを持っています。
中井さん 50年後…たぶん、その山に僕はいないから。自分たちが手入れしてきた木が、やっと伐られることになっていて…それを伐ってみんなが笑っていたら、それで十分。
森林と人間の距離が近くなっていて、森林も人も笑っているなら、それでよくて。バイオマスで化石燃料の使用量がちょっと減っていたらいいなって、考えることもできますけど、まずは林業に真正面から取り組んでいきたい。
森林の周りで、みんなが木を伐って、美味しいものでも食べていてくれたら、それでいいなぁ。
今いる環境で、変えられないことがあって、でも自分の気持ちに嘘はつけない。だから、環境を変えていって、やっと自分の仕事を見つけた。中井さんが森林から感じている未来への肯定感は、他の誰かも、自分に合った仕事を見つけることで感じられる充実感のはずです。
中井さんには、森に関わる仕事の経験がありません。それでも、西粟倉に引っ越して組織づくりから始めています。そんな中井さんを受け入れてくれたのが、この“村”という地域でした。
見過ごしたくない思いを行動に変えるからこそ、自分に合った身の振り方のヒントを見つけられるはず。そんな行動を受け入れてくれる地域が、これからもっと日本に増えていけば、その数だけ、中井さんのように思いを持った人たちの活躍の場が、増えていくのかもしれません。
(撮影:荒川慎一)
– INFORMATION –
LOCAL LIFE LABO
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