忘れられなかったり、何度も読み返したりする「大切な本」。
あまり本を読まないという人でも、そんな大切な一冊はあったりするのではないでしょうか。ちなみにその本とは、いったいどこで出会いましたか? 近所の本屋さんや古本屋、図書館や学校、友人宅の本棚…。よくよく見渡せば、日常のさまざまな場所に、本との出会いは溢れています。
しかし今、全国で1日に1軒のペースで新刊書店がなくなり、5分の1の自治体には、書店が1軒もないとさえ言われています。目当ての本はインターネットで気軽に購入できるようになりましたが、大切になるかもしれない本に出会える“偶然”の機会は減るばかり。子どもや高齢者など、インターネットを使わない人にとっては特に、本がどんどん遠い存在となりつつあります。
長野県上田市に拠点を置くオンライン古書店「株式会社バリューブックス」は、この状況をなんとかしたい、人びとが本と出会う機会をつくりたいと、書店のない地域や要望のあった場所に移動式本屋として本を届ける「ブックバス・プロジェクト」をスタートさせました。
けれどもいったいなぜ、オンライン販売を主軸とする古書店が“バスで本を届ける”というアナログなプロジェクトをスタートさせることにしたのでしょうか。そこに込められた思いを、ブックバス・プロジェクト担当の取締役、中村和義さんに伺いました。
社会と本の未来を考えるオンライン古書店「バリューブックス」
バリューブックスという名前、アマゾンで古本を購入したことがある人なら、1度は目にしたことがあるのではないでしょうか。あるいは、読み終わった本を買い取ってもらったことがある、という人もいるかもしれません。2016年度の売上は約16億円。オンライン古書店としてはかなりの大手にあたります。
一方でバリューブックスが、本で社会に貢献し、本と出会える環境づくりにチャレンジし続けているということは、一般にはあまり知られていないかもしれません。
たとえば、販売することができず古紙リサイクルに回すしかなかった大量の本を、本のまま活用(リユース)できないだろうかと始めたのが「ブックギフト・プロジェクト」。必要としている提携施設に本を届け、再活用してもらうという取り組みです。
一方、「チャリボン」というプロジェクトでは、読み終わった本やDVDなどを寄付として送ってもらい、買取査定額相当を社会課題に取り組むNPOや大学、自治体に届けています。こちらでは、約6年間でじつに1300万冊、総額約3億円の寄付が集まりました。
さらに近年は、お客さんの顔を見ながら本を販売したいと、上田市内に「BOOKS & CAFE NABO(ネイボ)」をオープン。誰でも利用できる私設図書館「LIBRARY LAB」も実験的に始めています。また長野県諏訪市では、同じ通り沿いにある5つの酒蔵と協力し「くらもと古本市」というイベントも、毎年開催しているそうです。
僕らにできることは何か?
「うちの会社は、何かできることはないか、どんなことができるんだろうということを絶えず自問自答しています。そして、小さくてもできることから始めてみようという形で、ずっとやってきているんです」と和義さん。
ブックバス・プロジェクトもそんな自問自答の中から生まれたもの。書店がどんどん閉店し、リアルな場で本を手に取る機会が減っている現状に、できることはないだろうかと模索した結果“移動式の本屋”というアイデアが生まれました。
ネットの力はもちろん感じてるし、ネットが変えてきた世界はやっぱりあると思います。でもたまたま行った店でこの本に出会ってしまったとか、実際に手にとって感じることって、ネットでの出会いとはまた違うと思うんです。
昔はそんなに本を読まなかった僕だって、学校近くの本屋でサッカーの本を読んだりはしてました。でも今は、そういう偶然の出会いの場がなくなっちゃってるんだな、ってすごく思うんですよね。
じゃあ僕らにできることは何か。さすがにNABOみたいなお店をそこらじゅうにつくるって大変です。でも、僕らが本を持っていって本と触れ合う機会をつくる、それぐらいだったらできるよねっていう話になったんです。「じゃあ車で持って行ったらいいんじゃない?」っていう、最初は本当にそんな感じで始まったんですよ。
たくさんの人の協力で生まれるブックバス
移動式の本屋をつくろう。そう決まって動き出したのが今年の2月のこと。しかし、当然ながら移動式本屋のノウハウはバリューブックスにはありません。そこで移動式本屋の大先輩「BOOK TRUCK」の三田修平さんに相談し、手伝ってもらうことになりました。
三田さんはすぐに協力を快諾し、トラックやトレイラー、ワゴンやバスなどさまざまな移動式本屋のプランを考えてくれたそうです。その中から、ある程度の冊数が積めて運転もしやすいバスをベースにすることに決めました。
リユースの会社だから、新車ではなく中古車を活用しようと探して見つけたのが、かつて岩手県のとある市で使われていたという移動図書館車でした。販売している車屋さんへ見に行き、状態も良かったことからすぐに購入。内装は「リビルディングセンタージャパン(以下、リビセン)」にお願いすることにしました。
リビセンは古材をレスキューして、通常なら捨てられてしまうものを世の中に戻していくっていう循環をちゃんとやっています。同じリユースをビジネスにする自分たちとも感覚が似ていて、共感するところがありました。
しかもリビセンがあるのは、くらもと古本市の会場の近くだったんですね。そっちでも協力を頼みたいと思っていたこともあって、ブックバスもぜひリビセンにお願いしたいねっていうことになりました。
リビセンの東野さんはすぐに「面白いね! やろう!」と引き受けてくれました。さらに外装はどうしようかと相談してみると「自分たちで塗れるんじゃない?」と言われたのだそう。
ちょっとしたDIYならともかく、車の塗装などという本格的なDIYはまったくやったことのなかったバリューブックスの面々。言われて初めて、自分たちでやるという選択肢が生まれたそうです。以前、特殊車輌をつくる会社で働いていたというスタッフも見つかりました。
思いきって挑戦した塗装の結果はみごとこのとおり。バスは、すっかりきれいに生まれ変わりました。
クラウドファンディングで仲間をつくる
ブックバスに限らず、バリューブックスのプロジェクトには、たくさんの人や団体が関わっている印象があります。今回も、わずか数ヶ月の間にブックトラックの三田さん、リビセンの東野さん、イメージイラストを描いてくれたイラストレーターの兎村彩野さん、そして塗装を手伝ってくれたスタッフなど、多くの人の協力を得ていました。
現在挑戦中のクラウドファンディングも、そんなふうにプロジェクトを通じて多くの人とつながりたいという思いから始まったものです。
もちろん改修費を集めるということも重要な目的ですが、それ以上にブックバスを応援してくれたり、楽しみにしてくれる仲間を増やしたいと思ったのが大きかったです。本を届けに行く場所も、自分たちで勝手に決めるんじゃなくて、求められていけたらすごくうれしいと思いました。
そのため、オリジナルグッズや本の福袋、リビセンがつくる本箱などの豪華リターンに加えて、ブックバスの呼び出し権がついてくるコースも用意。地域ごとに金額に違いはありますが、いちばん近い関東・甲信越地方であれば、5万円のファンドで希望する場所にブックバスが来てくれるそう。
仲間内の集まりに呼ぶもよし、地域のイベントに呼ぶもよし、さまざまな利用の仕方が考えられそうです。プロジェクトを応援したい! という本好きの方、ブックバスに来てもらいたい! という方は、ぜひクラウドファンディングの記事もチェックしてみてくださいね。
“価値ある行動”をビジネスにつなげていく
今回の取材で上田市を訪れ、いくつかの倉庫やNABO、LIBRARY LABなどを見学させてもらいました。巨大な倉庫にずらりと並ぶ本棚、働くスタッフさんの多さに圧倒され、たとえきれいな本でもオンライン販売に向かないものは古紙リサイクルに回されてしまう実情については、とても考えさせられました。
しかし一方で、これだけの規模の事業を展開し、収益をあげ、チャリボンなどで大きな社会貢献も果たしているバリューブックスが、なぜ今、1台のバスを走らせるのか、ちょっと不思議にも感じました。
僕たちの企業ミッションは「日本および世界中の人々が本を自由に読み、学び、楽しむ環境を整える」ということ。そのためだったら、ネットも使うし、リアルでも本を届けたいし、バスでも届けに行く。とにかくいろいろなことをやってみたいし、書店や図書館など、本が手に取れる環境をつくってくださっている人たちに対しては、バリューブックスの仕組みを使ってもらったり、何かお手伝いができたらうれしいって思います。
自分たちが生み出せる価値をシェアしていくことで、より多くの人が本を手にとれる環境ができていく。それが、僕らの目指している世界です。だからブックバスも、僕らがやりたいことを実現する手段のひとつなんですね。
「でもこうした活動をやっていることはそこまで知られていないですよね」と聞くと「そうなんです。本当はもっとPRしていかないといけないんですけど(笑)」という答えが返ってきました。
古書販売は、みなさんが本を売ってくれないと商売として成り立ちません。だから買取の宣伝にはどうしても広告費がかかってしまいます。でも、寄付(チャリボン)のほうはほとんど広告費をかけていないんですよ。なぜかっていうと、チャリボンはパートナーのみなさんが支援者に古本の寄付を呼びかけてくれるから、自然と本が集まるんです。
だから本当は、会社の思いや活動をちゃんと知ってもらって、バリューブックスのファンになってもらうことが大切なんです。それに、そうやって本が集まるようになったら、今まで広告にかけていたコストはお客さんや社会とシェアできます。
コストが浮けばその分はお客さんや社会とシェアできる。
サラッと出てきた和義さんの言葉でしたが、必要以上の利益は還元しようと考えるのが、バリューブックスという会社なのだなと思いました。しかしそれも、ただのきれいごとではなく、結果的に会社の事業そのものにプラスに働くものなのだと言います。
たとえば、ブックバス自体で得られる利益は全体から見ればわずかかもしれません。でもブックバスで全国に本を届けることは、自分たちの活動を伝えるきっかけになって、バリューブックスのことをいい形で知ってもらう機会になると思います。
そうしたら、買取をお願いするならバリューブックスにお願いしようと思ってもらえたり、どうせ買うならバリューブックスで買おうって選んでもらえたり、全体のビジネスとしては持続可能になっていくと思うんです。
僕らは“価値ある行動”をちゃんとビジネスにつなげていくっていうことをやっていきたい。それで利益を立てていくことができれば、やりたいことや伝えていきたいことがもっと表現できるようになるはずです。
1台のバスは、本に出会う機会が少なくなった地域に、本を手に取り、買い物する楽しさをもたらします。本を実際に手に取りたいと望む人が多ければ多いほど、ブックバスが走り回る距離もどんどん増えていくことでしょう。
それと同時に、バリューブックスが取り組むさまざまなプロジェクトやミッションを知り、その思いに共感する人たちも大勢現れて、取り組みはますます広がりを見せるかもしれません。
課題解決に向けた「10PROJECTS」スタート!
バリューブックスが古書販売以外で最初に取り組んだのは2010年に始めた「ブックギフト・プロジェクト」でした。これは、代表取締役の中村大樹さんが、アルバイトの女の子が辞めるとき「なんのために働いているのかわからなかった」と言われたことにショックを受け、どうしたらバリューブックスで働くことに誇りをもってもらえるかを考えた先に生まれた取り組みだったそうです。
バリューブックスは、代表の中村がたまたま家にあった本をネットで売ったら高く売れたっていうところからスタートした会社でした。別に、こういう世界をつくりたいっていう崇高な思いがあって始まったわけではなかったんです。
だけどその都度、気づいたことや、こんなんじゃダメだよなって思ったことや、こういうことができたらいいのになって思ったことについては、見て見ぬふりをせず、ちゃんと形にしてきたっていうだけなんです。
そうした1歩1歩が積み重なって、バリューブックスは社会に貢献し、本のある未来を考える企業へと成長してきました。
2017年7月6日、創業10周年を迎えたバリューブックスは、「10PROJECTS」と題し、これまでに感じてきたさまざまな課題に対して10の取り組みをスタートさせることを、特設サイトで宣言しました。
その記念すべきひとつめのプロジェクトが、じつはこの「ブックバス・プロジェクト」。1台のバスは、なにやら後ろにいろいろなものを引き連れているようです。残り9つのプロジェクトを楽しみに待ちつつ、まずはブックバスの旅が先陣を切ってスタートします。
ちなみに、現在も急ピッチで改装が進むブックバスは、2017年7月28〜30日に長野県大町市で開催される「ALPS BOOK CAMP 2017」で初お披露目される予定。実物を見てみたいというみなさんはぜひご参加を。バスの中に並べられる本も、在庫数約200万冊を誇るバリューブックスならではのすてきなラインナップに、きっと仕上がっているはずです!
– INFORMATION –
たくさんの本を詰め込んで、日本各地に本を届けたい。 時には家々が立ち並ぶ住宅街に、時にはたくさんの家族が集う公園に、そして、本屋さんがなくなってしまった街に。 全国各地を自由に走り回る、移動式の本屋さんを僕らはつくります。