「ほしい未来は、つくろう」。greenz.jpではこの言葉を合い言葉に、社会課題を自分ごととして捉え、アクションを起こす人を紹介しつづけています。でも、読者のみなさんの中には、こう考えている方も多いのではないでしょうか。
私にも「こんな未来がほしいな」というビジョンはあるし、解決したいと思っている社会課題もある。でも、具体的なアイデアはないし、ビジネスセンスやリーダーシップもない。正直greenz.jpに出てくる人は自分とは違う世界の人たちに思えてモヤモヤする。
そう、みんながみんな起業家になれるわけではないし、革新的な解決方法をすぐに思いついたら苦労はしませんよね。だからといって、傍観者のままではいたくない……そんな人はどうしたらいいのでしょう?
もしかすると、その答えは「フューチャーセッション」にあるかもしれません。フューチャーセッションとは、簡単にいうと「多様な人が集まり、ほしい未来について対話する場」です。
異なる背景を持った人が同じ問いかけの元に集まることで、似たような考え方をする人同士では思いつかなかったアイデアが生まれます。そして、さまざまな立場やスキルの人が協調することで、アイデアの実現可能性も高まるのです。
社会起業家の世界では、2012年のフューチャーセッションウィークで開催した「子どもの視点で社会・世界を見てみよう」フューチャーセッションがきっかけとなり、greenz.jpでも何度か紹介しているasobi基地が生まれました。
ビジネスの世界では、異業種・NPO/NGOの多様な知を活かしたフューチャーセッションで、NECソリューションイノベータ株式会社が「アプタマー」というバイオテクノロジーを活かした、新規のビジネスモデルを生み出しています。
「株式会社フューチャーセッションズ」を経営する野村恭彦さんは、こうした過程において“うまくことが運ぶように舵取りをする人”のことを「イノベーション・ファシリテーター」と呼んでいます。
ファシリテートとは、「促進する」「物事を容易にする」という意味の言葉です。参加者同士が互いに理解しあって信頼関係を築き、イノベーションが生まれる土壌をつくる。それがイノベーション・ファシリテーターの仕事です。
場の熱量を劇的に高めていくイノベーション・ファシリテーターたち。彼らは場づくりの際にどんなことを心掛けているのでしょうか。そして、彼ら自身は社会や未来に対して、どんなビジョンを描いているのでしょうか?
そんな「イノベーション・ファシリテーターの本音」を聞き出す連載を、「フューチャーセッションズ」との共同企画で始めることにしました。
第1回に登場いただくのは、野村恭彦さんご自身。イノベーション・ファシリテーターという仕事の本質について教えてもらいました。
人が変わると組織が変容し、それが社会変革につながる
まずは野村さんについて簡単にご紹介しましょう。野村さんは「富士ゼロックス株式会社」で知識経営コンサルティング事業を立ち上げ、コンサルタント兼ファシリテーターとして活動していました。そして、2012年に独立し「株式会社フューチャーセッションズ」を設立します。
東日本大震災後の世の中の動きを見ていて、「企業が主導でイノベーションを起こす時代ではなくなってきたな」と感じたんです。
社会起業家のビジョンに複数の企業が共感して一緒に考える、同じ地域内の企業・行政・NPOなどが集まって課題を解決する。そういった事例を目にして、「セクターを越えて協力関係をつくるための会社をつくろう」と考えました。
主な事業内容は、企業や行政をクライアントとしたイノベーション・コンサルティング。さまざまなステークホルダーを縦横無尽につなげたフューチャーセッションを実施することで、企業の組織変革や新商品・サービス開発、まちづくり、社会問題の解決などをサポートしています。
また、イノベーション・ファシリテーターを育成するための講座や研修を開いたり、フューチャーセッションの企画運営・実施を支援するウェブプラットフォーム「OUR FUTURES」を提供したり、といったこともしています。その背景には、「僕らが提供しているフューチャーセッションを誰でもできる状態にしたい」という想いがあるそう。
と、その言葉を聞いて、「誰でもできるようになったら、野村さんの商売上がったりになっちゃうのでは……?」と思ってしまいましたが、野村さん、そこのところ、どうなのでしょう?
今の世の中は、多くの事柄が古いリーダーシップによって決定され、多くの人が意思決定に関われずにいる状態です。もし、さまざまな場所にイノベーション・ファシリテーターの考え方を持った人がいたらどうなるでしょう。
たとえば学校にイノベーション・ファシリテーターがいてクラスの目標を決めたら活気あるクラスになるでしょうし、政治の世界にいたら今まで納得のいく合意形成ができなかった課題が前進するかもしれません。僕はそういう未来がつくりたいんです。それができれば、最終的には僕らの仕事がなくなっても構わないと思っています。
目を輝かせ、熱く語ってくれた野村さん。仕事を通して「人が変わると組織が変容し、それが社会変革につながる」事例をいくつも見て、「イノベーション・ファシリテーターは社会を変える可能性がある」と確信しているようです。だから自信を持ってイノベーション・ファシリテーターの考え方を世に広めたいと考えているのですね。
地域を限定し異なるセクターの人がつながることで、新たな動きが生まれる。「渋谷をつなげる30人」
少し抽象的な話が続いたので、ここからは具体例を元に教えてもらいましょう。例として紹介していただいたのは、2016年10月から2017年2月まで開かれた「渋谷をつなげる30人」というプログラムです。
これは、渋谷区に関係する企業・行政・NPO・市民などさまざまなセクターから30名が集まり、地域の社会的課題を解決するアイデアを立案・実行するというもの。渋谷区の協賛を受け、「フューチャーセッションズ」が主催しました。
僕は今、「自治体がイノベーションの旗を立てるのが最も面白い」と思っているんです。日本全体で考えると大きすぎてわからなくなるけど、地域を限定するとその中で必要なビジネスが見つけやすいし、顔が見える距離感で実行できるんじゃないか、と。
イメージしたのは、「渋谷区の同期生をつくる」こと。マルチステークホルダー30人が関係性をつむいで、「何でも相談できる仲間」がさまざまなセクターにいる状態になったらものすごく面白いことになると思い、渋谷区に提案しました。
参加者は前半で「イノベーション・ファシリテーション」「オープンデータ」「コラボレーション能力」の研修を受け、後半では6つのグループに分かれ、それぞれが所属する組織の力を活かす形でアイデアを企画立案します。一連のプログラムの中で、参加者にはどんな変容があったのでしょうか?
印象的だったのが、セコムに勤める井内さんが、スペースの壁に「井内が変わる、セコムも変わる」と書いてくれたこと。会社員は会社に対して従順な人が多いものですが、「自分が会社を変えるんだ」という意識を持ってくれた人が何人もいて、嬉しく思いました。
異なるセクターの人と話すと、俯瞰して自分たちの仕事を見られるようになるし、自分が属している組織のロジックが偏っていたことに気づくんですね。
このプログラムには、greenz.jpプロデューサーの小野裕之も参加しました。少々遠慮がちな雰囲気が漂う中、言いにくいこともズバズバ発言する小野さんの姿にほかの参加者は驚いていたようで……。
あれはいい刺激になりましたね。最初は大企業の社員同士で集まって、「小野さんの言うことは正しいけど、手続きというものが……」と愚痴を言うんです。でも、話しているうちに「そんなことを言っていても仕方ないな」「あんな風に理想を追求して実行できる人になりたいな」というムードになっていく。
大組織にいると、どうしても他責思考になりがちです。「これでは上が通してくれない」と人のせいにしてアイデアを否定する癖、自分で判断しない癖がついている。
今回も、「うちの会社でこれはできない」と話していた人に「自分はどう思っているのか」という質問を何度も重ねていったら、「実は、このアイデアはいいと思わないんだ」という本音が出てきました。自分の判断よりも先に、他人の判断を気にしてしまうような思考の癖があることに気づくことも大事なんです。
確かに、それに気づけば「どういうアイデアだったらいいと思うだろう?」と前向きに議論することができますもんね。ただ、そこで画期的なアイデアが生まれたとしても、上司が同じように「自分がどう思うかではなく、上がどう判断するか」で考える人だった場合、実行するのは難しい気がするのですが……。
今回は上司への報告会を開催してもらい、僕が同行して掩護射撃しました。「とりあえずアイデアを考えて誰かにやるかやらないかを決めてもらおう」という態度でいたら何も決まらない。自分の時点で「やる」と決めて、上には「どういう条件だったらやれますか」と持っていく。新しいアイデアを形にしていくにはそれしかない、と。
そ、そこまでするとは……。会議やイベント等で進行係を務める「ファシリテーター」は、一歩下がって冷静に議論を眺め参加者の意見を引き出すのが仕事で、ぐいぐい自分の意見を主張することはあまりしないものですよね。ちょっとびっくりしてしまいました。
それが一般的なファシリテーターとイノベーション・ファシリテーターの違いですね。「場の進行をサポートする」のがファシリテーターなら、「イノベーションの道筋を描く」のがイノベーション・ファシリテーター。
僕たちのゴールは会議を進行し合意形成に導くことではなく、イノベーションを起こすことなんです。だから、相手を愛した上で、相手の変化を信じて揺さぶります。
ただ、何でもかんでもすぐ形にしなければいけないということはないし、会社を動かすにはタイミングを見計らうことも重要です。10年後にはこの30人がそれぞれの組織で上の立場になっていて、「何だ、今なら簡単にできるじゃん」となっているかもしれない。長期的に見守りたいと思っています。
プログラムは2月で一旦区切りを迎えましたが、各チームとも立案したアイデアを実現すべく動きつづけているといいます。
最終日はものすごく活気に満ちていて、人がつながるパワーを再認識しました。初期の頃だったらちょっとしたことで「実現するのは難しい」と言っていた人も、終わりの頃には「なんとか実現できないだろうか」と考えるようになったんです。「この30人がいたら何でもできそうだよね」という信頼感、効力感がある。
「渋谷をつなげる30人」は、2期、3期と続ける予定です。渋谷というひとつのエリアの中に、こうした体験をしたイノベーション・ファシリテーターがたくさん集まって網の目のようになると、きっと新しい動きが生まれるはずです。
イノベーション・ファシリテーターが1万人を超えるまで続ける、と豪語する野村さん。これから渋谷でどんな面白いプロジェクトやムーブメントが始まるのか、注目です!
どんな仕事の中でも使えるイノベーション・ファシリテーターのスキル
さて、そろそろ第1回を締めようと思います。フューチャーセッションとはどういうものなのか、イノベーション・ファシリテーターとはどんな仕事なのか、少しでもイメージできましたか?
最後に、野村さんに連載全体にかける意気込みを話してもらいました。
Googleのエリック・シュミット会長が、「自由な表現と自由な情報の流れを可能にするインターネットは第5の権力だ」と言っていますが、私は「対話にはネットを超える力がある」と思っています。
ネットは似た意見の人が集まる傾向がありますが、フューチャーセッションは多様な意見の人を集め、対話によって新たな可能性を発見することができるからです。その過程で、元々の意見や態度を変える人もたくさんいます。そうすると、今まで無理だと思っていたアイデアが可能になったり、今までにない商品やサービスが生まれたりするでしょう。
イノベーション・ファシリテーターは特殊な仕事ではありません。明確なゴールを示すことが難しい現代に必要なリーダーシップのあり方ではないでしょうか。どんな仕事の中でも活きるスキルのはずです。多くの人に、イノベーション・ファシリテーターの考え方を共有したいと思っています。
この連載では、「フューチャーセッションズ」のイノベーション・ファシリテーターに登場してもらい、今回のように事例を元に「本音」を語ってもらいます。前半ではまちづくりに関する事例を、後半では企業の新商品開発や組織変革に関する事例を紹介する予定です。
さまざまな形でイノベーションを起こしたいと願っている方に、学びと刺激を届ける連載にしたいと思っています。楽しみにしていてくださいね!
– INFORMATION –
フューチャーセッションズがイノベーション・ファシリテーター講座を開催します!
組織や社会に変革を起こしたいと思っているみなさん、対話とアクションを生み出す手法を学びませんか?
第11期 開催日時
Day1: 2017年7月29日(土)11:00〜18:00
Day2: 2017年7月30日(日)10:00〜17:00
Day3: 2017年8月26日(土)11:00〜18:00
Day4: 2017年8月27日(日)10:00〜17:00
Day5: 2017年9月30日(土)11:00〜18:00
概要や説明会などのお知らせは、フューチャーセッション専用Webサイト、
“OUR FUTURES”の次のURLをご覧ください。
https://www.ourfutures.net/groups/78