銀座にそびえ立つ、鳥の巣箱を積み重ねたような見た目の不思議な形のビル。カプセルの内部に一歩足を踏み入れると、そこはまるで『2001年宇宙の旅』の世界。コンパクトな空間には生活必需品は揃っていますが、いずれも最小限。とてもミニマルです。
真っ白な壁と大きな丸窓、そして備え付けられたテレビやラジオにはレトロフューチャー感が溢れています。
実はこの奇妙でクールな建物はギャラリーでもイベントスペースでも美術館でもなく、集合住宅なのです。つまり、いまでも入居可能!
オフィスにしたり、セカンドハウスにしたり、普通に住居として用いたり、とその利用方法はカプセルの入居者によってそれぞれです。
中銀カプセルタワービルとは?
1972年に竣工された、「中銀カプセルタワービル」は故・黒川紀章が設計した集合住宅です。地上13階建てと11階建ての2棟があり、3階から上が住宅として使用されるカプセルとなっています。1階と2階には事務所が入っています。
日本発祥の建築思想「メタボリズム」を体現した名建築として知られ、葡萄の房と実の関係のようにシャフトに取り付けられた一つ一つの部屋(カプセル)を必要に応じて取り外し、交換できるように設計されています。
メタボリズムが描いた持続可能な未来都市像
古くなった建物は壊し、また新しいものを建てる(スクラップ&ビルド)のではなく、傷んだ箇所や社会の変化にどうしても対応しきれなくなった部分のみを取り替えることで、建物自体がまるで生き物のように時代に合わせて形を変えていくというのが、メタボリズムの特徴です。
よってメタボリズムは、リサイクルという発想の先駆けと言われることもあります。時代背景が異なるとは言え、メタボリズムには今日のサステナビリティに通じる思想が息づいているのではないでしょうか。
たとえば、黒川紀章と並ぶメタボリズムの代表的な建築家である丹下健三は「東京計画1960」で都市から周辺地域にだんだん広がっていくいままで通りの都市計画では、いずれ東京は人口増加に耐えられなくなることを指摘しています。
丹下は課題に対する解決策として、「東京計画1960」で東京湾の海上都市を中心とする新たな都市モデルを提唱しています。都市をどこまでも拡大するのではなく東京湾に集約させることで既成のコミュニティを破壊することなく、職住隣接による通勤時間の短縮を実現し、かつ持続可能なまちづくりを行おうとする壮大な計画は、未だにその斬新さを失ってはいません。
このように先見性が高く評価されるメタボリズムですが、実際の施工例はそれほど多くないのが現実です。空き室次第で誰でも入居できる状態で今日まで保存されているという点において、中銀カプセルタワービルは貴重な、日本が世界に誇る建築遺産であると言えるのです。
保存? 取り壊し? 揺れる中銀カプセルタワービル
中銀カプセルタワービルが竣工されてから45年が経ち、いま建物は取り壊しの危機に瀕しています。
原因は老朽化にあります。当初は古くなったものから、順に取り替えていく予定であったカプセルは取替えにかかる費用の高さや工事の難しさから結局、一度も交換されることなく今日まで使用され続けています。
交換を前提に取り付けられていたカプセルは老朽化が早く、雨漏りのほか、給湯設備の不具合からマンション全体でお湯が出ないといった不具合が発生しています。カプセルオーナーが独自に修繕やリノベーションを行うことで通常使用への影響を最低限にし、綺麗な状態を保っているケースもありますが放置されたカプセルは廃墟同然となっていることも少なくありません。
こうした背景を受け、中銀カプセルタワービルを保存すべきか否かについては長きに渡って議論が行われています。老朽化が進むカプセルの保存には、大規模修繕工事が不可欠であることは間違いありません。しかし、修繕には多額の費用が必要です。よって取り壊しに賛同する声もあり、一度は取り壊しが決定した経緯もあります。
ところが近年、中銀カプセルタワービルを巡る動きに変化が現れています。保存を望む若手クリエイターが次々と現れ、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」とのコラボレーションによる個展やクラウドファンディングを実施し、カプセルの保存に向けて運動を展開しているのです。
チップチューンミュージシャン・TORIENAがカプセルで配信&ミニライブ!
改造した初代ゲームボーイ実機によるパフォーマンスで知られる、チップチューンミュージシャンのTORIENAも中銀カプセルタワービルに魅了された人物の一人です。
8bitカルチャーと関わりが深く、ドット絵を積極的に自身のビジュアルに取り込んでいるTORIENA。たしかに中銀カプセルタワービルの外観は、ファミコンやスーパーファミコンで使われていたドット絵ライクなものに見えなくもありません。
中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトとのコラボレーションのもと、TORIENAは3月21日にカプセルの一室から5時間に渡るストリーミング配信とミニライブを行いました。
番組では中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト代表の前田達之氏、現代美術家の石井七歩氏らとカプセルタワービルに関するトークを行った他、カプセルをモチーフとしたコラボイラストの制作などを実施しました。
番組はMotionGalleryで実施中のクラウドファンディングと連動しており、制作物は支援者へのリターンに活用されます。集めた資金は中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの活動費に充てられます。
ストリーミングでのTORIENAミニライブの模様
https://motion-gallery.net/projects/nakagincapsule2017
中銀カプセルタワービルのカプセルの一室で、アーティスト本人から直接リターンを受け取ることができるプランも用意されています。リターンの受け渡しの際には、合わせてTORIENAによるライブ演奏も行われるとのことです。
集合住宅として使用されている中銀カプセルタワービルがパブリックに公開されることは非常に少ないため、リターンを受け取ると同時に建物内部を見ることができる機会は貴重です。
中銀カプセルタワービルを保存・再生する意義
日本が世界に誇れる建築遺産を、適切な修繕工事とリノベーションを通じて保存したいというのが中銀カプセルタワービルの保存を唱える人々の願いです。
古くなった建物は壊して、また新しいものを作ればいいと考えるのではなく「古くなった部分だけを取り替え、少しずつ形を変えていけばいい」と建物を生き物のように捉えるのがメタボリズムです。
2020年に東京オリンピックの開催を控え、東京の街中ではものすごいスピードで工事が進み、昔の町並みは失われつつあります。
戦後復興が進む中、先人たちが残したメタボリズム思想と建築は私たちに大きな問いを投げかけてはいないでしょうか。
(Text: 九十現音)