“N女”という耳慣れない存在について書かれた一冊の本があります。タイトルは、『N女の研究』(アートフィルム社発行)。ノンフィクション作家・中村安希さんの約1年半に渡るWebでの連載が、昨年11月に書籍として発売されました。
N女とは、NPOや社会的企業などソーシャルセクターで働く女性を指す言葉です。この本では、N女の中でも高学歴で大企業勤務など“ハイスペック”な経歴を持ったうえで、NPO業界に飛び込んだ女性10名に焦点を当て、彼女たちのインタビューを掲載。「コモンビート」「クロスフィールズ」「育て上げネット」など、greenz.jpにも登場するNPOで働く女性のみなさんも多く登場しています。
「N女が好きだから取材した」という中村さん。どんなところに惹かれ、取材から何が見えてきたのでしょうか。発売から約1ヶ月後の昨年12月、中村さんにお話を聞きました。
ノンフィクション作家。1979年京都府生まれ。日本とアメリカでの3年間の社会人生活を経て、684日47ヶ国に及ぶ取材旅行を敢行、その旅をもとに書いた『インパラの朝』(集英社)で、開高健ノンフィクション賞を受賞。その後も世界各地の生活を取材し、現在までに訪れた国は約90ヶ国。著書に、『Beフラット』(亜紀書房)、『食べる』『愛と憎しみの豚』(共に集英社)、『リオとタケル』(集英社インターナショナル)がある
リアリストであるN女
まずは中村さんに、N女の研究を始めた経緯について聞きました。
中村さんが、“N女”という言葉を耳にしたのは、NPOサポートセンターの職員の方と話していたときでした。NPO法人や社会的企業などのソーシャルセクターを職場に選んだ女性を総称して“N女”と呼んでいるというのです。
また、中村さんの友人がITベンチャーから東北の復興支援をおこなう非営利団体に転職するという身近なできごともありました。
N女という言葉を聞いたり、近くにもN女がいることに気づいて、N女についてもっと知りたいと思ったんですね。N女からじっくり話を聞くことで、その背景にある現代社会の問題も見えてくるかもしれないとも思いました。
本書には、4つの章に渡って10名のN女が登場します。ボランティアなどではない新しいNPOの形のひとつとして難民支援協会で働く二人を取り上げた第1章、N女のキャリアに着目した第2章、さまざまな居場所をつくり、コミュニティを生み出すNPOを紹介した第3章、そして女性としての生き方に焦点を当てた第4章。
彼女たちが取り組む問題は、日本に来る難民、路上生活者、病児保育、無業者など多岐にわたります。業務も広報や事業部、事務局員などさまざまですが、意外にも団体の代表の立場の方は登場しません。
『N女の研究』の取材対象として中村さんがこだわった点は、団体の代表ではなくて一職員であることでした。団体を立ち上げた代表者などは、「信念とか自己実現の意識がある」と中村さんは考え、純粋に就職先として選んで、NPOに携わるN女とは分けて捉えています。
N女の仕事に取り組む姿勢を評価して、N女は「リアリストだ」と、中村さんは言います。
N女は現実的で冷静なんですね。大企業よりも収入の少ないNPOの仕事を自ら選んでいるのですが、あまり感情論や精神論や根性論は出てきません。数字などを見て、自分がこういう風に立ち回って社会をよくしていくべきだと考えられる人たちなんです。
さらに、中村さんが執筆にあたり切り口として意識したのが、ハイスペックなN女の働き方、生き方を取り上げることでした。そこからNPOの活動を紹介し、ひいてはその背景にある問題について伝えることで、多くの人が手に取る本にできると考えたのです。
難民問題や無業者の問題を取り上げるとか、いつものお決まりのジャーナリスティックな切り口で書くことも考えたんですけど、それは単なる伝えたい側の都合に終わってしまう気がしたんです。
社会問題に関心を持つ人たちは、残念ながら決して多くはありません。関連書籍を購入するのもいつも同じ層の人たちだといいます。多くの人に読んでもらうためには、工夫が必要でした。
そこで、中村さんは“戦略的に”本書の切り口を選び取り、執筆にあたったのです。そういった姿勢は、「リアリスト」であるN女と重なる一面があるような気がしました。中村さんが「私はN女が好きだから取材した」と言い切るのは、共通点があるからなのでしょう。
女性の人生は正解がない
私が本書に興味を持ったのは、ライターとしてNPOに取材したり、過去には私自身がボランティアとして活動に参加した経験もあり、NPOの活動に強い関心を持っていたからです。けれども、読んでみて一番興味をそそられたのは、NPOでの仕事内容そのものよりも、4章「女の人生は変化していくもの」を中心に、全編を通して描かれている、女性としての生き方にまつわる話題です。
それまで民間企業で働いていた女性たちがソーシャルセクターに転職する理由は、もちろんその仕事への熱意もありますが、それだけではないところが、この本で取り上げられているのがN男ではなく、N女である所以です。
女性っていろいろなライフイベントがあって、ひとつの会社に勤め続けるのが難しい性ですよね。N女が民間企業から転職するのは、結婚やパートナーの転勤といったきっかけがあるという、いいのか悪いのかわからない事情がありますね。
N女が増えている背景には、正社員を降りた後に戻って行きづらいなど、優秀な女性がひとつの一般企業で長く勤め続けるのが難しいという日本特有の雇用文化があるのだそうです。
そんな現状がNPO業界に新風を吹き込んでいるというのは、正直、何とも微妙な話だと感じます。
女の人生は正解がないと言うか、多様化していますよね。どの道をとってもいいこともあるし、悪いこともある。そういう人生をどう捉えて生きていくかによって、未来は大きく変わっていきますよね。
当のN女自身は、そういったことを実に前向きに捉える傾向にあり、そのような例が本書でも紹介されています。たとえば、NPO法人「クロスフィールズ」のアカウントマネージャーである三ツ井稔恵さんもそのひとり。
彼女は結婚を機に、留職プログラム(日本のビジネスマンを新興国のNGOへ送り込み、現地の課題解決に取り組むことで人材を育成する)をおこなう「クロスフィールズ」への転職を果たしました。クロスフィールズは、活動資金の9割を事業収入で得ているビジネス型のNPOですが、一般的なNPOも含めて考えると、NPOでの収入は決して多いものではありません。常勤有給職員の年間人件費の中央値は222万円(平成25年度内閣府調査)というのが、NPO業界の現実です。
三ツ井さんは、結婚によって経済的に安定したバックアップとパートナーの後押しを得られたからこそ、「クロスフィールズ」への転職を決意できました。彼女は、結婚が自分の人生の可能性を広げたと感じています。
結婚することに対してネガティブなイメージを持っている人にとっては、とても新鮮なことかもしれません。三ツ井さん自身も、結婚するまでは、「結婚は可能性を狭める」と考えていたのですから、驚くような人生の変化です。
一方で本書には、NPOで働く中で、「自分の幸福とは何なのか」と迷うN女も登場します。社会を変えるために働いているとはいえ、それが家族の負担になっていると感じ、「自分の家族あっての社会だ」と考えて、NPOを退職する女性もいるのです。
そこには、選択肢が多すぎることや、仕事か家庭か選択を迫られることなど、多くの現代女性が直面する悩みがあります。本書に登場するN女たちの約半数が、出版時には既にNPOを退職しているという現実に、その複雑さを感じ取ることができます。ただ、それらの選択を彼女たちはポジティブに捉え、その経験をまた次に活かすために新たな道を模索されているのだそうです。そのようなところも、中村さんがN女を高く評価している理由のひとつです。
もともと自分を犠牲にして理想を持って社会貢献したいと言っている人たちじゃありません。きれいごとも言わずに、「自分に問題の火の粉が降りかかってくるから、問題処理しておかないとね」っていう考え方に共感できるんです。
そういう人が「社会を大きく変えていく」というのが、中村さんの見方。「したたかに立ち回っている一般企業が社会を動かしている。社会というものはそのようにして動いている」と、中村さんは考えています。それはきっと、リアリスティックなN女も同じなのでしょう。そんなN女たちが、これからの日本社会にどう影響を与えていくかが期待されます。
N女が救う日本の未来
これからN女が増えていった先には、どんな未来が待っているのでしょうか。
NPOは変わっていくと思います。やはり組織は人ですごく変わっていくので、いい人材が入ってくれば変わりますよね。特にNPOは経営センスが弱いところが多いんですが、逆にN女はそこが強いので、そういう人たちが増えてくれば、NPOの改革が進むと思います。
本書に登場するN女たちの考え方や活躍ぶりに触れると、NPOの今後の活動に期待がふくらみます。
外国に比べて、日本はNPOの存在感が薄いのが現状です。しかし、N女が活躍することによって、NPOが本当の意味で社会問題を解決する一翼を担う日が近づいているのかもしれません。そんな可能性を中村さんも感じています。
また、本書の中には新卒や第二新卒でNPOに就職したN女も出てきています。数年前なら、NPOが新卒の就職先の候補になること自体がなかったでしょう。けれども、今は、業務内容や環境、待遇面において就職先として十分考えられるNPOも現れています。そのようにして、NPOへの就職を考える若い世代が増えることで、NPOそのものも変わっていくのかもしれません。中村さんは、N女がそんな彼女ら・彼らのロールモデルになることを願っています。
私は、N女のような人たち以外に、たくさんの社会問題を誰に託せるのかなって思います。そのくらい、N女に期待しています。N女的な人たちの存在感が増すことで、例えば行政が動き出すこともあると思うんですよね。そういう可能性は大いにあると思います。
貧困や女性の社会進出、難民など、日本社会はたくさんの問題を抱えています。それらの問題を政府だけに任せておける時代ではありません。一人ひとりが自分の問題として考えることはもちろん大切ですが、具体的な解決策として、NPOがもっと力をつけていくことも必要でしょう。
同時に、多くの人が問題への関心を深め、よりNPOの活動を身近に感じることで問題解決の必要性と難しさを知り、そこへ自身も関わる方法へと意識が高まっていくことも望まれます。本書はそのためのひとつのきっかけとなるはずです。
greenz.jpが掲げている「ほしい未来は、つくろう」。それをNPOで働くという形で実践しているN女たちの後に続くのは、私たち一人ひとりかもしれません。