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よそ者だからこそ地域の魅力が発見できる。澤田佳久さんが開いた「成木カフェ」で味わう、青梅愛と炭火焼きハンバーガーのひみつ

炭火焼きのハンバーガーって、食べたことありますか?

いきなりですが、そのおいしさについて少しだけ語らせてください。表面はカリッと、中はジューシー。噛めば噛むほど、炭火で焼き上げられたパテの香ばしさに圧倒されます。絶妙な加減で肉に絡まるとろけたチーズもたまりません。そんな珍しい、絶品の炭火焼きハンバーガーが食べられると評判のお店が、今回訪問した「成木(なりき)カフェ」です。

成木カフェの外観。ウッドデッキの右側にあるのが、炭火焼きグリルのあるブースです

成木カフェの外観。ウッドデッキの右側にあるのが、炭火焼きグリルのあるブースです

東京都青梅市の北部、広大な山間地を抜けるひとすじの林道に、成木カフェはあります。とても控えめな外観なので、通りがかってもうっかり見過ごしてしまうかもしれません。しかしお店には、炭火焼きハンバーガーのおいしさを聞きつけて、遠方からもお客さまがやって来ます。

川から見たカフェの様子。地元の子どもたちがここで泳ぐこともあるそうです

川から見たカフェの様子。地元の子どもたちがここで泳ぐこともあるそうです

カフェの店主、澤田佳久さんが店をオープンしたのは2015年のこと。店の名前は、この地域一帯の名を冠して「成木(なりき)カフェ」。まさか山の中にカフェを出すとは思いもしていなかったのだそうです。

今回は、群馬生まれで埼玉育ちの澤田さんが成木という土地に出会い、カフェを始めるまでのいきさつや地域への思いを伺いました。もちろん、炭火焼きハンバーガーの誕生秘話も忘れずに聞いてみたいなと思います。

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澤田佳久(さわだ・よしひさ)さん
株式会社ASRC代表。青梅市成木で、オリジナルTシャツの受注生産を行う「サムライTシャツ」と、“成木に笑顔を”がモットーの「成木カフェ」の運営をしている。会社名はびっくりすることをやっていこうという思いを込めて青梅弁(西多摩弁)の「あっさらしー(びっくりする)」から名付けた。

Tシャツに込められたさりげない青梅愛

成木カフェの入り口。店内に一歩入ると居心地のいい空間が広がっていました

成木カフェの入り口。店内に一歩入ると居心地のいい空間が広がっていました

澤田さんの本業はオリジナルTシャツの受注製作です。安く、簡単に、高品質の商品を提供するという理念の元に「サムライTシャツ」という屋号で事業を展開しています。成木カフェと同じ建物内にオフィスを構え、カフェとオフィスを行き来しながら兼業で働いています。

店内には、澤田さんが手がけたデザインTシャツがずらりと飾られていました。アメリカンテイストのかっこいいTシャツですが、よくよく見ると「DABE」「ARNY」「ササラホーサラ」など不思議な単語が並んでいるのに気がつきます。

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店内に飾られた青梅弁Tシャツの数々。かっこいいデザインに潜むさりげない青梅愛

店内に飾られた青梅弁Tシャツの数々。かっこいいデザインに潜むさりげない青梅愛

実はこれらのTシャツは、青梅(西多摩)の方言をあしらったもの。澤田さんが楽しみでつくったものが地元で人気となり、商品化することになったのだそう。

最初は、0428って入れたTシャツを5枚だけつくったんです。この数字は青梅・奥多摩の市外局番なんですよ。青梅の人って地元が大好きなんだけど、あからさまに青梅をアピールするのは嫌って人が多いんです。だから、このTシャツみたいに誰も気が付かないくらいのさりげなさがよかったんですよね。

市外局番Tシャツは、青梅・奥多摩の人にしか通じないユーモアですね

市外局番Tシャツは、青梅・奥多摩の人にしか通じないユーモアですね

実際に「渋谷まで着ていった!」と澤田さんにこっそりと耳打ちした人もいたそう。地元を愛する温かい心と、おしゃれをさりげなく楽しむ都会人っぽい気質がまぜこぜになっているのは、山間地と市街地が混在している青梅市の土地柄とどこか重なる気がします。

大好きな川のそばにお洒落なカフェを開く

青梅市と澤田さんの縁はどんなふうに始まったのでしょうか?それは、成木カフェのオープンから7年前にさかのぼります。趣味でやっていたTシャツ制作をするための作業場探しで成木を訪れたのがきっかけでした。

当時の澤田さんは横田基地でIT関連の仕事をしていました。基地から近いこともあって、青梅市はもともと親しみのあるエリアだったのだとか。友人の紹介で現オフィスを安く借りられることになり、作業場を構えた頃には、工場跡地だった建物周辺も、今より荒れて鬱蒼(うっそう)としていたといいます。

最近カフェの向かいの古い建物を借り、新たに増床したTシャツ工場の様子

最近カフェの向かいの古い建物を借り、新たに増床したTシャツ工場の様子

タバコを吸いに行くついでに、近くまで川を見に行ったりして。ここの川いいなぁ、きれいにすればもっとよくなるのになぁとずっと思っていました。

そんなぼんやりとした思いがカタチになったのは、いよいよ本格的にTシャツ制作で起業をしようと思ったタイミングでした。隣にあった雑貨屋さんが店を畳むことになり、作業場の隣がぽっかり空いたのです。

Tシャツ屋って、たいてい打ち合わせスペースが作業場の暗い片隅みたいな所なんですよね。だからはじめは「山奥のTシャツ屋にスタバみたいな打ち合わせスペースが併設されてたらおしゃれじゃない?」って(笑)

そこで、建物にウッドデッキを増設し景観を整えて、大好きな川の景色がゆったり眺められるカフェをつくることになりました。あくまでも本業はTシャツ屋さんです。奥さんひとりの人件費が賄える規模で地域にも役立つ場になればと、ゆるい気持ちで「成木カフェ」が誕生しました。

温かみのある、アメリカンテイストなカフェの店内

温かみのある、アメリカンテイストなカフェの店内

いつもの風景のなかに魅力を再発見する

カフェのお客さま第一号は裏に住む大家さんだったんです。カフェの窓から川を眺めながら「いやぁ、いいところだなぁ」としみじみつぶやかれたんですよ。

ここ、大家さんの家からも毎日見られる風景なのに、ウッドデッキをつくってちょっと見える角度を変えただけで「こんなにきれいな所だと思わなかった」って言うんです。嬉しかったですよね。

好きなことはどんどんやってみる。少年のような無邪気さがとても魅力な澤田さん

好きなことはどんどんやってみる。少年のような無邪気さがとても魅力な澤田さん

景観がキレイだったらいいなとは誰でも思いますが、実際に自分で整備までするという人は少ない気がします。しかも、地元の人に土地の魅力を再発見してもらえて嬉しくなる、というのは、いったいなぜだったのでしょうか。

母の実家が群馬の田舎の方で、小さい頃はおばあちゃん家の近くにあった川や山で遊んでいました。畑とか田んぼとか、ぜんぶ遊び場ですよね。自分にとってはそれがふつうだったから今でも自然が大好きなんです。

しかし、澤田さんが慣れ親しんできた風景は、時が経つにつれて草ぼうぼうの荒れ放題、今では見る影もなく荒れてしまったのだそう。

ショックでした。自然に手をかけられる人がいなくなってしまったんですよ。だからここも、自分の田舎みたいになってほしくないっていうのが原点にあったと思います。

川べりに降りてみました。川のせせらぎが心地よく響いてきます

川べりに降りてみました。川のせせらぎが心地よく響いてきます

そんな澤田さんから見た成木は、まだまだ可能性のある場所。都心からも近く人もいる。自然にも人の手がかけられています。みんながその価値に気がつき、がんばれば、この景観を維持できると考えています。

よそから来た人には宝のようにみえる風景でも、この場所で生まれ育った人にとっては当たり前すぎて魅力を感じづらいんですよね。だから大家さんの言葉を聞いて、成木カフェがその魅力を再発見できる場になれていたのが嬉しかったです。

「こんなに贅沢な場所で働いているのだから、せめて自分ができる範囲だけでも維持しようっていう思いがある」、澤田さんはそう語ってくれました。

おいしいハンバーガーがつなぐ交流の場

店内でハンバーガーを注文すると、ウッドデッキに設置された炭火焼きグリルでパテとバンズをジュージューと焼いてくれます。川のせせらぎに耳を傾けながら炭火の香りに包まれる。まさに至福のひとときです。

カフェを始めてからは、青梅市内で飲食店を経営する同業者とのつながりもできました。地元の生産者を紹介してもらい、今ではほとんどの食材を青梅産で揃えています。

青梅市の方って青梅愛がすごく強いんですよ。なので同業者同士でもすごく応援してくれるんです。そういうのもあって、青梅市のものをなるべく使おうと思うようになりました。

小川を眺めながらのランチは、心も体も満たされます

小川を眺めながらのランチは、心も体も満たされます

地産地消でこしらえる炭火焼きハンバーガーのレシピの元は、実は横田基地で働いていた時に誕生しました。澤田さんが鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を務めた経験から生まれたものなのです。

あるとき基地のスーパーで売られていたパテを見て、「手づくりしたら絶対旨い」と思った澤田さん。見よう見真似でつくったハンバーガーをバーベキューで出してみたところ、アメリカ人の同僚たちから大絶賛を受けました。その後、知らない人から予約が入るまでの人気メニューになったそう。

成木でカフェを始めるにあたって、「山の中で営業するからには引力のあるメニューを出さないと、お客さんがお店に来ることはない」と考えた澤田さんは、大胆にも好評だった炭火焼きのハンバーガーとホットドックの2種類に食事を絞って提供することにしました。

焼きあがるのをそばで見ることができるのも楽しみのひとつ

焼きあがるのをそばで見ることができるのも楽しみのひとつ

オープンして1年が経ち、青梅市の市街地からの地元客はもちろん、ロードバイクで付近のコースを走る愛好家や、ハンバーガーの噂を聞きつけて遠方からやってくる人など、週末を中心にいろいろな方が訪れているそうです。

東京広しといえど、炭火焼きのハンバーガーを食べられるのはここか横田基地しかないですね。お客さまのなかには、「(成木カフェの)ハンバーガー食べたい!」と泣く子どもを連れて、埼玉県からわざわざ高速を飛ばして訪れてくれるご家族もいるんですよ。

試行錯誤を重ねた結果、今は水曜と木曜が定休日でランチタイムのみの営業です。時間外には場所の貸し出しもしています。これまでに開催したイベントは、和太鼓、三味線などの演奏や、フラダンスショー、大人のための絵本教室など。いずれも青梅市近郊に住む方が企画したものです。

参加されるのも近所の方が多いです。地域にこういう拠点がひとつあると、何かやりたい時に「あそこを使えばいいや」って気軽にできますよね。そんな存在になれたらいいなと。

澤田さんは、ただ単に土地を借りて店を構えているだけではなく、地域の拠点となることも考えているのです。そのため、祭事などの地域の集まりに参加したり、青梅弁を覚えたりと、積極的に交流も深めています。ちょっぴりシャイな地元の人たちとのやりとりを、楽しそうに語ってくれます。

はじめてのお客さんはお店に入ってくるときに、みんなすっごくぶっきらぼうで、目も合わせてくれないんです(笑)

だけど「お味いかがでしたか?」って最後に聞くと「おいしかったです! また来ますねー!」と満面の笑顔で帰っていきます。そして気に入ると何度も来てくれるんですよね。

「成木カフェ」はじわじわと、青梅市の人たちからも親しまれる場所に育っているようです。

カフェ内にある薪ストーブ。冬に備えて山に枝を拾いに行くのもちょっとした楽しみだそう

カフェ内にある薪ストーブ。冬に備えて山に枝を拾いに行くのもちょっとした楽しみだそう

地域に溶け込み、地域を変える

ところで、よそから移ってきた人が知らない土地を好きになって、地元に溶け込むというのはとても難しい印象があります。昔ながらの慣習やしきたりといったものがあるのではないかと思うからです。

その質問を澤田さんに向けると、青梅という土地も例外ではなく、難しいと答えました。しかし、溶け込み方を見るとその難しさもまんざらでもなさそうな様子です。

めんどくさいと言いながらも、楽しそうに地域交流エピソードを話してくれました

めんどくさいと言いながらも、楽しそうに地域交流エピソードを話してくれました

成木では60歳までは赤ん坊扱いなんですよ。60歳になってはじめて少し発言力がつく。70歳ならそこそこ、80歳で大長老。だから、新しいことやろうよって言っても、30、40代の発言は聞いてもらえないんですよ。

だから何をするにも「めんどくさい(笑)」という澤田さん。けれども今では、そんなふうに「めんどくさい」と直接、堂々と言えてしまうほど、地元の方々と仲良くなっているというから驚きます。澤田さんは、どのように地域に溶け込んでいったのでしょうか。

俺も地元のオヤジたちも口が悪いので、もう、悪口言い合ったりするのは普通ですね(笑) 最近、ディープな青梅弁を話すようになったのは、俺がそんな感じなので、オヤジたちに「おめえおもしれえな」って飲み会に誘ってもらえるようになったから。そうなるとまた楽しくなってくるんです。

できればオヤジたちが元気なうちに変えられるところはガンガン変えていって、「若い奴らががんばってるから応援しよう」っていう雰囲気をつくりたいなと思っています。

成木の自然を守るために人を呼べる場所にする

最後に、澤田さんにこれからの構想を聞いてみました。

Tシャツ事業で収益が上がったら、雑貨屋さんやイタリアンレストランを成木でやりたいですね。使わなくなった土地を借りてドッグランやアスレチックもつくって「あそこにいくと楽しめるよ」という場所をたくさん増やしたいです。

レンタサイクルを借りてぐるっと回れるようにして、気づいたら成木で1日楽しかったね、ってなるのが理想です。それを「成木ランド」って勝手に呼んでいるんです(笑)できれば仲間を見つけて10年後くらいに実現できたらいいな。

「そうすると山に人が入るので、成木の景観も維持しやすくなるんですよ。山や川がどんどんきれいになると思う」と、澤田さんは言いました。

カフェの店内で奥様であり店長でもある律子さんと

カフェの店内で奥様であり店長でもある律子さんと

きっと誰でも、かつて自分がはしゃいだりくつろいだりできた、すごく大事な場所を持っているのではないでしょうか。

幼い頃の思い出がたくさん詰まった風景を一度失った経験があるからこそ、偶然出会った成木という土地に、澤田さんはこれほどの思いを傾けられるのだと思います。

私は澤田さんの話に触れ、「これ以上、大好きな場所を失いたくない」という思いとともに、「自分と同じ思いを味わってほしくない」という、地元の人への優しいまなざしを感じました。

よそ者だからといって物怖じせず、自分のやりたいことをやりながら、地域へもしっかりと思いを傾けるその人柄が、地元の人からの信頼を少しずつ得ている理由なのでしょう。

もしも、青梅市に遊びに行く機会があったら、ぜひ足を伸ばして「成木カフェ」を訪ねてみてください。運がよければ、青梅弁Tシャツを来た澤田さんが、おいしい炭火焼きハンバーガーを片手にあなたを笑顔で出迎えてくれますよ。

(撮影: 伊原正浩)

追記:2018年1月現在『成木カフェ』は休業中です。『サムライTシャツ』は受注生産、店舗販売を行なっています。

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