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スタディホールは“スループット”を加速させる!? 中原淳さんと兼松佳宏さんが語る、”これからの”スタディ

9月末に完成した「ソーシャルデザイン白書2016」。greenz.jpを寄付で支えてくださる「greenz people」にだけお届けしていますが、読者のみなさんにも一部をお見せします! 今回は第3章に掲載されている「これからのスタディ対談」です。

「私を主語にして語ろう」
「みんなの違いを楽しもう」
「いま感じていることを大切にしよう」

これらは「グリーンズの学校」などの冒頭で必ず紹介している“3つのマナー”です。その元となったのが、2011年に出版された『知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける“ラーニングバー”というしくみ』という一冊。

「People’s Books」でのコラム執筆を機に、greenz.jpシニアエディターの兼松佳宏さんがどうしても会いたいと思った人こそ、その著者、東京大学大学総合教育研究センター准教授・中原淳さんでした。

「経営学習論」を専門とする中原さんは、「『大人の学び』を科学する」をテーマに、公開研究会「ラーニングバー」などのプロデュースや、経験学習に関する研修開発、ワークショップ開発、ツール開発などを手がけてきた、「learning」分野のスペシャリスト。

そもそも「study」と「learn」の違いとは?兼松さんのマイプロジェクト「everyone’s STUDYHALL!」の本質的な価値とは?勝手に兼松さんが“グリーンズの学校のお兄さん”と慕っていた学びの場づくりの大先輩である中原さんに、たっぷりお話を伺いました。
 

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中原淳(なかはら・じゅん)
東京大学大学総合教育研究センター准教授。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は経営学習論(Management Learning)。単著(専門書)に『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)。単著(一般書)に『知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける“ラーニングバー”というしくみ』(英治出版)、『研修開発入門』(ダイヤモンド社)、『駆け出しマネジャーの成長戦略』(中公新書ラクレ)など。

スタディホールは、勉強空間/時間のDIYするための手法である

兼松 初めまして! 今日はよろしくお願いします。

中原さん こちらこそ、よろしくお願いします。兼松さんのコラム読みました。内容を整理すると、studyという言葉が持つ「研究」や「探究」というニュアンスにもっと光を当てたい、ということですよね。

兼松 そうなんです。その観点から「勉強」に対するネガティブなイメージを変えていきたいと考えています。

中原さんの本にも、「学びはコンフォートゾーン(快適空間)ではなくストレッチゾーン(背伸び空間)で起こる」と書いてありますが、まさに「強いて勉める」ことこそ学びの基本ですよね。ただ、今までの勉強は先生に強いられることが多かった。これからはもっと自分の可能性を信じて、「自ら強いる」ということを当たり前にしていきたいなと。

もうひとつ、近頃は学びの場に投資する人が増えていますが、「参加者は何を買っているのだろう?」ということを最近よく考えるんです。「刺激的なインプット」というのもあるけれど、どちらかというと「勉強するための時間」を買っているのかもな、とか。「外食」ならぬ「外“学”」が多くて、まだ自分でつくるという発想はそれほど広がっていませんよね。

もちろん、それだけの価値がある講義もたくさんあるとは思いますが、期間が終わると学びが止まってしまうパターンも多いように思います。そうしたときに、誰もが自分たちで勉強空間や時間をDIYできるようになれば、個人の勉強も持続するだろうし、社会全体の勉強時間も増えていくのではないかなと。
 

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「学びとリスク」に関する、快適空間、背伸び空間、混乱 空間の概念図(中原さんのブログより)

中原さん なるほど。まず「時間を買う」というのはあるでしょうね。他にも「勉強するための言い訳」を買っている、といった側面もあると思います。

兼松 そうですね。「講座の課題だから」という方便があることで、未経験の挑戦が許される、みたいな。

中原さん もちろん、そもそも「何を勉強したらいいかわからない」「自分には何もない」という人もいると思いますが、そういう学生に対して僕は、「人のためになることをしなさい」と言うようにしています。

それで伸びる時は伸びるし、ダメならダメで「とりあえず感謝されるからいいじゃん」って。

最近ちょっと思ったのは、ドラッカーのように「自分の強み」を伸ばそうという話もあるけど、それがハードルを上げているのかも。そういうときは逆に「自分の弱み」をきっかけに何かを始めてみるのもいいと思います。

兼松 弱みですか。

中原さん 弱みって素直になれるんですよ。だって本当にわからないから。そうすると「世の中広いなあ」って純粋に思える。

あるいは、当たり前とされてきたことに違和感を持てたり、物事の意外な共通点を見つけられたり、そういう気付きが結果的に強みにつながることもあるんです。

兼松 好きと嫌いが裏返しになっているように、弱みと認識できた時点で何かしらの意味があるんでしょうね。

中原さん そう考えると、志だけでなく弱みさえも共有できる「仲間と出会う機会」も買っているのかもしれません。

例えば参加者30名、全10回の連続講座があったとして、その期間中に学べることはほとんど基礎的なことですよね。だからこそ大切なのは、その30人が仲間になること。一人ひとり勉強会を1回主宰するだけで、30回も継続できることになります。

兼松 まさにクラスメイト的な。
 
nakahara_a「「自分の弱み」をきっかけに何かを始めてみるのもいい」と中原さん

中原さん 研究は個々の情熱が出発点ですが、絶対にひとりではできないんです。教授や研究仲間がいて、客観的に査読する人がいて。だからスタディホールは、小さな“マイ研究室”をつくることなのかもしれませんね。

実際、大学院でも学生一人ひとりに指導できる時間は、月に1時間くらいなんです。いくら僕が頑張っても指導は点にしかならないけど、いったん研究室が動き出せば、相互にみんなでフィードバックし、磨き合ってくれます。

時間はかかりますし、とても手間がかかることですが、研究の質を高めていくには、そういう環境をつくった方がいい。

兼松 おそらく“市井の研究者”を増やしていくのがスタディホールの目的ですが、「2年間は研究室に必ずいる」みたいな約束事があるわけではないので、一期一会でいかに“ポップアップ研究室”をつくっていくのかというのは、ひとつの課題ですね。

そのアプローチとしていま考えているのは、ちょっと壮大ですが、ハリソン・オーウェンが提唱した「オープンスペース」(1985年)や、アニータ・ブラウン&デイビッド・アイザックスによる「ワールドカフェ」(1995年)のように、対話の場づくりのひとつの手法としての「スタディホール」を構築していくことなんです。

まだ漠然としていますが、家族でやるならどうか、地域おこし協力隊でやるならどうか、みたいに、いろんなバリエーションが生まれることが理想としています。

中原さん いいですね。僕自身も「ラーニングバー」という学びの場を広げてきましたが、大切にしてきたのは、「徹底的にオープンソースである」ということです。

手法の発展やそれによって生まれる変化を一番のゴールに、自由なカスタマイズをどんどん推奨していく。発案者としては、誰かの手によって変わっていくことに寛容であることが何より大事でしょうね。
 
yosh「study を再定義したい」と兼松さん

スタディホールは”スループット”を加速させる

中原さん そもそも「learning」という言葉が注目されるようになったのは、一方的な知識の伝授を辞めて、学習者自ら課題を見つけて解決していこうという、「teachingからlearningへ」の流れからだったんです。そういう意味で「learning」には、兼松さんの言う「study」という要素は含まれているんですよね。

ここで気をつけたいのは、安易に二項対立だと捉えないこと。

何もインプットがない段階で、「課題を解決しよう」としても、無理がありますよね。「teaching」があって「learning」が成り立つわけで、本来対立していない。

「teaching」をなくそうというのではなく、その質を変えていくことが大事なのに、「learning」の人は「teaching」を否定したりします。自分が研究していることを際だたせるために、敢えて対立させようとするのはよくない。

兼松 そうですね。僕も「learning」と対抗するものではなく補完するものとして、「study」を再定義したいと思っています。
 
learning_innovation慶應丸の内シティキャンパス(慶應 MCC)で中原さんが開催している「ラーニングイノベーション論」

中原さん そのためには「learning」を分解してみるといいかもしれませんね。効果的な学びにはインプット、スループット、アウトプットという3つのフェーズがあります。

インプットとは知識を得ること。スループットは頭の中で考えること。そしてアウトプットは得た知識を使って何かに働きかけていくこと。

兼松 なるほど! インプットやアウトプットはよく耳にしますが、スループットは盲点でした。でも、よくよく考えてみると、インプット即アウトプットなんてことはないわけで、スループットの段階を支えることはとても重要ですよね。むしろそのために、学校や研究室のような場所があるわけで…。

中原さん そうですね。

兼松 とはいえ、普通に暮らしていて、本を読んだり、トークイベントで誰かの話を聞いたりといったインプットの機会、ブログを書いたり、勉強会や「ペチャクチャナイト」などで発表したりといったアウトプットの機会はそれなりにあります。でも、みんなで集まってスループットするような機会は、それほどバリエーションがない。

そう考えると、僕がスタディホールを通じてやりたいことは、スループットの機会をつくることかもしれない。うーん、何だかゾクゾクしてきました(笑)

中原さん よかったです(笑)

スループットで大切なのは、「脳がちぎれるほど」考えること。まずはひとりになって、何度も何度もデータや文献を読み直しながら、「どないしよう」ってとことん問いと向き合う。

そこまでいっていよいよ「打開策が見つからない」というときに、誰かと話をしたり、一緒に何かをつくったりしてみる。そして、またひとりで考える。その繰り返しによって、ふとブレイクスルーが訪れるんです。
 
books兼松さんが京都から持参した本たち

兼松 となると、スループットの時間を充実したものにするには「どんな問いを持つのか」が鍵になりますね。

中原さん まさにそうです。研究が進むに連れて問いも変わっていきますしね。

例えば最近アイデア創出のためのワークショップで、仮定法を使った問いが増えています。「もしあなたがいなくなったとしたら、職場はどう変わりますか?」みたいなものですね。それは、枠を取り払って新たな視点を獲得するには有効ですが、そこからさらに進むためには、必ずしも本質的な問いとは言えません。

兼松 最近、印象的だったのが『たった一つを変えるだけ:クラスも教師も自立する「質問づくり」』という本で。そこには「主体的な学びを促すには『質問づくり』の段階から学生に関わってもらうことが大事である」と書かれていて。先生の仕事はいい問いを与えることだと思っていたので、目からウロコが落ちました。

例えば、社会の授業で「拷問」について扱うとき、教師はまず質問の焦点、つまり質問をつくり出すための引き金として、「拷問は正当化できる」という命題を提示するんです。価値判断はいったん置いといて。

それをもとに学生はグループをつくって「拷問の定義って何だろう?」「拷問は今も行われているか?」「正当化するのは誰か?」など、さまざまな問いを発散しながら考える。そして最後に「いま一番考えたい問い」を絞って、それについて調べて発表する。

そういう一連の「質問づくり」は15分程なのですが、与えられた質問ではなく、自分たちで設定した質問に取り組むと、目に見えて集中力が上がるそうなんです。

中原さん それはいいですね。教師側からみても、問いをつくらせることで「どれくらい理解しているのか」ということがわかるんです。いい問いをつくるためにはいいインプットが必要ですし、わかっていない人の質問は明後日の方を向いてますから(笑)

兼松 そういうとき、中原さんならどうフィードバックしますか?

中原さん 何も答えません。その上で「それは愚問だ」と言います。問いの設定がおかしい。

兼松 それは不安になりますね(笑)

中原さん 愚問に答える必要はありません。それは愚問だと申し上げて、問いの再設定をしていただきます。国語教育の研究者だった大村はまさんも「愚問は頭を悪くする」と言っています。

兼松 なるほど。大学の研究室が、自ら問いをつくる能力を磨く場所だとすれば、スループットを支えるスタディホールにおいてもますます「質問づくり」を大切にしていきたいですね。
 
nakahara_b「スループットで大切なのは、脳がちぎれるほど考えること」と中原さん

スタディホールは、企業の余剰資源を生み出す

中原さん 僕は企業や組織における人々の学習やコミュニケーション、リーダーシップについて研究しているんですけど、それによって、働きがいを感じる社員が増えたり、働きやすい職場が増えたりすることで、社会をよくしていきたいと思っているんです。世の中の99%の人は企業で働いてるわけですから。

ただ、会社員にとってのスタディという話になると、「個人的な探求」は会社への裏切りで、「組織への貢献」にはつながらない、みたいな負のイメージもありますよね。あるいは「あいつは自分のキャリアしか考えてない」みたいな。

兼松 冒頭に「言い訳を買っている」という話もありましたが、そういう空気が、自分のスタディをオープンにできない背景なのかもしれませんね。

実際、「グリーンズの学校」でも、転職を考えているという受講生が割と多いんです。みんな素晴らしい方々ばかりなので、「会社の中を変えていくのもありなのでは?」といっても、「出る杭は打たれますから」みたいに諦め感がある。

そうすると、やりたいことをやるためには、会社とはまったく違うパラレルキャリアを持つか、辞めるしかない。そんな究極の選択しかないとすれば不健全だなあと。

中原さん 会社員だと特に「私を主語にして語る」のは難しいようですね。「世の中がどうあるべき」とか「うちの会社はこうするべき」という議論はできるんだけど、「じゃあ、あなたは何がしたいの」ってなると急に黙ってしまう。

兼松 どうすればいいと思いますか?

中原さん それはシンプルに「個人的な探求」が「組織への貢献」になるような仕組みをつくることかもしれません。例えば経営学に「余剰資源」を意味する「スラック」という言葉があります。本来は非能率的という意味だったんですが、最近では「スラック」が持つ「ゆるみ」こそ、イノベーションの源泉ではないかと注目されているんです。

そういった余剰資源をつくるために、社内で公式にスタディホールを支援して、それぞれの「個人的な探求」を本業で生かせないかみんなで話し合うような機会が生まれると、面白いかもしれませんね。
 
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兼松 それはいいですね! 実はお会いするまで、実践しようとしている人が、その準備段階としてスタディに取り組むという「マイプロジェクトの前のスタディ」だけを思い描いていました。ですが、今日のお話を伺っていて、必ずしも実践者と研究者が一致しなくてもいいのだな、と発想が広がりました。

スループットの段階でも、勇気を持って自分のスタディを発信してみると、誰かのインスピレーションにつながる。そうしてさまざまなコラボレーションが生まれ、革新的なアウトプットにつながっていく。自分のもがきとしてのスループットが、他者が創造するためのインプットになりうるというのは、希望だと思います。

中原さん 本来、実践者と研究者は役割が違いますからね。プロフェッショナルであるにせよ、アマチュアであるにせよ、研究者の立場に立つときに何より意識してほしいのは、「自分の研究の宛先は誰なのか」ということです。

自分の研究が誰に好かれて、どんな状況に変化を与えたいのか。そのことを念頭に入れると、何を明らかにするべきか、どこまで彫り込むべきか、間違うことはなくなると思います。

(対談ここまで)

 
・スタディホールは、勉強空間/時間をDIYする手法である
・スタディホールは、市井の研究者を増やす
・スタディホールは、ポップアップ研究室をつくる
・スタディホールは、スループットを加速させる
・スタディホールは、問いを磨く場所である
・スタディホールは、企業の余剰資源をつくる。

念願だった中原さんとの1時間半の対談で、「スタディホールとは●●である」という命題がこんなにも生まれ、同時に「スタディホールが●●であるためには、何が必要か?」という次に進むべき問いもたくさん生まれました。

きっとこの幸運な体験こそ“ポップアップ研究室”の本質だとすれば、greenz.jpで記事を企画したり、編集したりする行為そのものが、ライターやエディターにとってのスタディホールであり、「読者にとっての贈り物」としての記事を書くということも含めて、「everyone’s STUDYHALL!」というマイプロジェクトは、今までの仕事の延長線上にあるのだなあと、あらためて確信を持つことができました。

今後はその成果をグリーンズに持ち寄って、ライターさん一人ひとりのスループットを伝える「スタディ記事」という新たな型の発明につなげてゆきたいと思っています。どうぞ、お楽しみに!
 

「ソーシャルデザイン白書2016」を読みたくなった?

この記事でご紹介している「これからのスタディ対談」ほか、ソーシャルデザインの過去・現在・未来を1冊にまとめた『ソーシャルデザイン白書2016』は、People’s Booksチームが、これまでの以上の苦難を乗り越えて手がけた本です。「気になる、読んでみたい!」という方は、これを機に「greenz people」に参加してくださると嬉しいです。そして、本を手に取りながら、一緒にソーシャルデザインについて考えませんか?

『ソーシャルデザイン白書2016』の目次

■第1章 ソーシャルデザインの歩み
ソーシャルデザイン進化論 by 鈴木菜央(greenz.jp編集長)
■第2章 ソーシャルデザインの現在地
暮らし×ソーシャルデザイン by 増村江利子(greenzシニアエディター/シニアライター)
選択×ソーシャルデザイン by 赤司研介(greenzシニアライター)
未来へ残す言葉×ソーシャルデザイン by 磯木淳寛(greenzシニアライター)
自分らしさ×ソーシャルデザイン by 池田美砂子(greenzシニアエディター/シニアライター)
スタディ×ソーシャルデザイン by 兼松佳宏(greenzシニアエディター/シニアライター)
移住×ソーシャルデザイン by 平川友紀(greenzシニアライター)
パーマカルチャー×ソーシャルデザイン by 鈴木菜央(greenz.jp編集長)

■第3章 ソーシャルデザイン 未来への仮説
対談:暮らしの未来[わたなべあきひこ×徳永青樹×増村江利子] by 石村研二(greenzシニアライター)
対談:言葉の未来[島田潤一郎×磯木淳寛] by 新井作文店(greenzシニアライター)
対談:スタディの未来[中原淳×兼松佳宏] by 兼松佳宏(greenzシニアエディター/シニアライター)
対談:日本の未来[鎌田華乃子×鈴木菜央] by 村山幸(greenzシニアライター)


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