地面に落ちている葉っぱ一枚に目を丸くしたり、道を横切った猫に大興奮したり。
子どもと遊んでいると、彼らが、目に映るもの、耳に聞こえること一つひとつに好奇心を持ち、感情を表現することに驚かされます。
でも、入院している子どもたちは、友だちと自由に遊ぶことはできません。自由に身体を動かして、好奇心のままに行動することも……。そして、「病気だからしかたがない」と我慢することを覚え、表情の乏しい「ケアを受ける専門家」になってしまうこともあるのです。
そんな入院中の子どもたちに「こども時間」を届けるのが、クリニクラウン(CliniClown、臨床道化師)。病棟に笑顔の花を咲かせる人たちです。日本では、greenz.jp でも以前ご紹介した「NPO法人日本クリニクラウン協会」がクリニクラウンの育成や派遣を行っています。
昨年、「日本クリニクラウン協会」は創立10周年。オランダでの視察研修のほか、さまざまな国際交流を行ったそう。世界中のクラウンたちとの交流を経験した、事務局長補佐の熊谷恵利子さんにお話を伺いました。
1975年生まれ。甲南女子大学在籍中にパントマイムに出会い、フジイオサム氏に師事しパントマイム劇団「北斗七星」に入団。退団後は女性3人のユニットやソロで公演活動を続ける。2005年「NPO法人日本クリニクラウン協会」主催の第一期オーディションに合格。養成課程を経て2006年3月クリニクラウンに認定される。2009年より同協会の事務局スタッフを兼務。現在は、事務局長補佐として協会の組織基盤を強化するために奔走している。
オランダでは「国民の人気者」、クリニクラウンって?
クリニクラウンの故郷はオランダ。1992年、国民の寄付をもとに「クリニクラウンオランダ財団(以下、オランダ財団)」が設立されました。現在はオランダ国内の小児医療施設のほとんどを訪問しており、クリニクラウンを知らない人はいないほどです。
日本にクリニクラウンを紹介するきっかけをつくったのは、当時「オランダ王国総領事館」の文化部担当であり、現在は「日本クリニクラウン協会」の理事を務める、ヨルン・ボクホベンさん。
「日本には小児病棟にクリニクラウンがいない」ことに驚き、同総領事館主催でオランダ財団の理事長とアーティスティックリーダーのハンス氏を招聘し「クリニクラウンワークショップ&講演会」を開き、協会の設立にも尽力しました。
2015年10月、クリニクラウンオランダ財団視察研修で、10年前に来日したアーティスティックリーダー ハンス氏と感動の再会を果たした、理事の石井裕子さん(トンちゃん)
クリニクラウンは、入院中の子どもの心理や衛生管理など、病院訪問に必要な専門教育を受けています。
道化師の象徴である赤い鼻をつけますが、衛生面の配慮からメイクはせず、病棟に持ち込む衣装や道具、おもちゃはすべて消毒。
二人一組で病棟を訪問し、子どもたちの体調やその時の気持ちなど、今の状況を感じ取りながら遊びを提案し、子どもの反応により関わり方を変えていきます。ときには、病棟スタッフや家族ともコミュニケーションをしながら、子どもたちに「こども時間」を届けています。
10年の節目に、クリニクラウンの本場を訪ねる
2015年10月、設立10周年を迎えた「日本クリニクラウン協会」は、オランダ財団で視察研修を行い、本場オランダでのクリニクラウンのさまざまな活動を見学しました。
オランダ財団では、80人のクリニクラウンと50人のオフィススタッフが働いています。クリニクラウンは、病院訪問のほかに、病気や障がいを持つ子どもたちを対象とした活動も展開。オフィスには、病気や障がいを持つ子どもとその家族のための施設「クリニクラウンカレッジ」を併設しています。
クリニクラウンカレッジは2階建ての建物で、クリニクラウンとコンシェルジュ(各1名)がプログラムを進行。病状や個性に合わせて進行を変えたり、子どもの体調に合わせて、部屋の照明の明るさまで調節します。具合が悪くなった時に休める部屋まで準備されていて、ベッドに横になりながらも楽しい気持ちになれるように工夫がされていました。
引き出しに隠された材料をみんなで探し当てて(混ぜずに)オーブンに入れると、なんと本物のケーキが出て来たり、まるで魔法の家のよう!
隠し扉の向こうにも部屋が現れると、大人たちも大興奮。お鍋をヘルメットに隠し扉の向こう側を探検します
他にも、障がいを持つ子どもたちのいる小学校を3名のクリニクラウンで訪問し、子どもたちと一緒に即興演劇をするプログラム「一緒に遊ぼう」や、障がいを持つ子どもたちのために開発された「サーカスクリニクラウン」なども見学したそうです。
サーカスクリニクラウンでは、自然とサーカスが楽しめる工夫が盛りだくさん。フィナーレでは、興奮した子どもたちが舞台に上がっても、クリニクラウンが「自然に対応する姿が素晴らしかった」と熊谷さん
もちろん、オランダの病院訪問も見学。熊谷さんは「オランダでどれだけクリニクラウンが愛されているのか」を実感したと言います。
病棟で出会った人たちは「あ、クリニクラウンがいる!」って、ハッピーな感じになってニコニコしていました。
私が同行したのは、音楽好きな男性2人のペア。音の活用などもすごく勉強になりました。ゆっくり動いているのに、圧迫感はなくすごく存在感があるのも興味深かったです。
このほか、ファンドレイジングやマネジメントについての情報交流を行いました。たとえば、ヨーロッパでは、12カ国から13の病棟訪問をする道化師の団体が参加する「EFHCO(European Federation of Hospital Clown Organizations)」という組織もあるそうです。ここでも、クリニクラウンオランダ財団が中心的な役割を担っています。
「EFHCO」では、クラウンのトレーニングや、各団体のプログラムについての情報交換のほか、ファンドレイジングや運営マネジメントの勉強会も行っています。ヨーロッパではこうしたつながりがあるだけに、「アジアでの動きはどうなっているの?」と関心を持っているようでした。
オランダでの視察研修を通して、「自分たちが大事にしていたことは間違っていなかったと思えた」と熊谷さんは言います。とりわけ、子どもとの接し方については、クリニクラウン同士で言葉の壁を超えて意気投合したようです。
子どもは、言葉で発信することができないこともあるので、クリニクラウンには、体の発信やしぐさで子どもの状態を察知する能力が必要です。そのためにも、自分の気持ちの動きをちゃんと捉え、身体の動きにつないでわかりやすく感情を表現していくことも大事にしています。
オランダで受けたトレーニングを通して、同じことが大事にされていることを実感でき、すごく自信になりました。
日本からアジアへ、クリニクラウンの活動を伝える
オランダでの視察研修に先だって、「日本クリニクラウン協会」は、2015年6月にタイ、9月には韓国に親善訪問を行いました。
タイでは、東南アジア諸国の小児医療関係者が集まる「The 16th Annual Pediatric Meeting of National Child Health 2015」という学会のオープニングセレモニーで、クリニクラウンの活動を紹介。タイ最古にして最大の病院「Siriraj Hospital」など3施設を訪問しました。
アジア諸国で、入院中の子どもたちの療養環境を考えてもらうため、クリニクラウンの活動を紹介
「Siriraj Hospital」に訪問するクリニクラウン。はじめは目を丸くしていた子どもたちの顔は、すぐにほころんで笑顔になりました
タイ唯一の小児専門病院「Queen Sirikit National Institute of Child Health」にて。外来にいる子どもたちや家族にレッドノーズをプレゼントした後で病棟を訪問しました
タイの子どもたちは、初めて見るクリニクラウンにビックリ。最初のうちは、目を丸くしてあっけにとられていたそう。
10年前の日本を思い出しました。初めて病棟に入ったとき、子どもたちは本当に「ぽかーん」とした表情をして、ご家族も「きょとーん」として、病棟のスタッフも一瞬「何が起きたの?」という何とも言えない顔をして(笑)
タイの子どもたちも同じ。「なんだろう?」から、「うわー」「あれ? どうなっているの?」と、驚きと期待に満ちた表情になって、笑顔がこぼれていくんです。むしろ、言葉が通じないことが「一緒に楽しむ」ことを面白くするんじゃないかという発見もありました。
韓国での病院訪問の様子。身振り手振りでコミュニケーションをとりながら子どもと遊びました
韓国では、ソウルにある国内最大規模の4病院の小児病棟(血液腫瘍病棟)を訪問。医療の集約化が進み、療養環境の向上が進む韓国ですが、病院を訪問する道化師の活動はほとんどありません。やはり驚きをもって迎えられましたが、すぐに子どもたちは打ち解けて大喜び。「次はいつ来てくれるの?」と別れを惜しむ子もいました。
あるドクターには、「小児科の医師として長年子どもを見て来たけれど、こんなに子どもたちが笑うのを初めて見た。隣国で小児がんと闘う子どもたちのために来てくれて本当にありがとう」と言っていただきました。
どの国でも、どんな環境でも、入院している子どもたちにとって、子どもらしく過ごせる時間の大切さを改めて教えてもらいました。
オランダから日本にやってきたクリニクラウンの文化を、これからアジアに伝えるのは日本のクリニクラウンたちの役割なのかもしれません。
リスボンで、世界中で活躍するクリニクラウンたちに出会う
オランダでの研修中に、「今度リスボンでHealthcare Clowning International Meeting(HCIM)があるから来ない?」と誘われた熊谷さん。「勉強になるから行きたい!」と自費で渡航し、学会にもクリニクラウンとして参加することにしました。
2016年3月、「HCIM」に参加。スピーチする熊谷さん
「HCIM」のCLOWN PARADEでは初となる日本の国旗を掲げました
8分間のスピーチでは、世界的に珍しい「NICU(新生児集中治療室)」を訪問する日本のクリニクラウンの活動を紹介。世界中から集まった病院訪問をする道化師たちとディスカッションしました。
クリニクラウンの活動は世界中でニーズがあり、こんなにたくさんの人が熱い思いを持ってがんばっていることを目の当たりにしました。
また、「クラウン文化のない日本でどうやってクリニクラウンの活動をスタートさせたのか知りたい」と言われ、最終日に日本クリニクラウン協会の活動紹介を行うことになって。病院を訪問する道化師の源流となる活動で知られる、マイケル・クリステンセン氏と一緒に登壇する機会もいただきました。
発表後、オランダ財団のメンバーに「I am proud of you(あなたたちを誇りに思う)」と言われて、思わずハグしながら涙があふれました。
「まさか、海外の学会に行って英語で発表する日がくるなんて!」と熊谷さん。クリニクラウンの活動を通して、広がっていく世界とそこで成長する自分自身を実感しています。
10年続けていたから受け取れる“ごほうび”があった
「法人設立10周年を祝う会」も開催。訪問先の病院スタッフ、寄付支援をしてくれている企業、グループや個人、会員など約100名が集まりました
もちろん、クリニクラウンも大集合!楽しい場にならないはずがありません
クリニクラウンは、時として子どもとの別れも経験します。訪問するたびに、子どもの笑顔や声が弱々しくなり、やがてかすかな反応だけになったりすることも。ときには「旅立ちました」という知らせを受け取ることもあるのです。
10年の長い年月のなかには、旅立った子どものお母さんと再会もありました。
私たちは、子どもたちや保護者の方と一緒に心躍る経験を共有して、ものすごいパワーをもらっています。たしかに、楽しい時間は過ぎ去って終わりになってしまう。だけど、ちゃんとお互いの記憶に残っているんですね。
お母さんはお子さんを亡くして、ものすごくつらいときもあっただろうし、今もそうかもしれません。でも、楽しかった時間を覚えているから、お母さんも、私たちも「またがんばろう」と思えるのは一緒なのかなと思って。これは、10年続けたから受け取れたごほうびだと思います。
「日本クリニクラウン協会」の10周年は、熊谷さんが「クリニクラウンになって10周年」。しばらく事務局の仕事に専念していた熊谷さんは、3年のブランクを経て現場に復帰しました。ひさしぶりにクリニクラウンとして子どもたちに会いに行くのは、どんな感じだったのでしょう。
至近距離で子どもやお母さんの目を見て、心の交流ができるクリニクラウンでいられることの喜びが大きいです。
うまくいかないことがあっても、「次はこうしたらいいんじゃないか」と考えられることがまた幸せで。やはり、病院訪問を中心に活動していた時期に比べると状況を察知してから反応する速度が少し落ちていたり、ブランクを感じることもあります。でも、冷静に全体を見る力は以前より増したかもしれない。今できるベストを尽くすことは変わらないですね。
熊谷さんは「たぶん、私はクリニクラウンの一番のファンですよ」と目を輝かせます。クリニクラウンがつくる世界が好きだから、クリニクラウンにまつわる人や仕事も全部好きなのだ、と。
応援してくれる人ともっとつながれるように
これまでの「日本クリニクラウン協会」は、病院を訪問するクリニクラウンの育成と派遣に力を入れて来ました。寄付金などの収入を優先的に病院訪問に当てることによって、10年間で、64の病院を2262回訪問し、約7万人の子どもたちがクリニクラウンに出会うことができました。
その成果もあって、「病院を訪問する道化師がいるらしい」という認知は広がりましたが、「具体的にクリニクラウンが何をしているのか」についてはまだまだ理解されていません。なかには「病院のスタッフが仮装している」と誤解している人もいるほどです。
クリニクラウンの活動は一人ではできません。これからは、クリニクラウンの活動の目的と内容の理解を深めてもらうことにもっと力を入れたいと考えています。
クリニクラウンになりたい人、ボランティア参加してくれる人など、いろんな人が入院中の子どもたちに「こども時間」を届けたいという思いでつながれると思うのです。今年11月には、認定NPO法人に認定されましたので、寄付をいただいた際に所得税などが控除対象になります。今まで以上に寄付しやすいしくみをつくることで、応援してくださる方を増やしたいですね。
今は、クリニクラウンの訪問を希望する病院は多いけれど、財政的な制限やクリニクラウン不足で、訪問を待ってもらっている状態だそう。今後は、安定した運営基盤づくり、クリニクラウン育成のしくみづくりが大きな課題です。
クリニクラウンは定期的な訪問を大事にしています。たとえ、年に一回の訪問になっても「また来てくれた」「また会えたね」と言える関係をつくりたい。同じ病院を訪問することは、スタッフの励みにもなりますし、子どもたちが再入院することもあるんです。そんなときに「またクリニクラウンが来てくれる」と思えることが大事ですから。
次の10年に向けて、もっと大きな環のなかで「こども時間」を共有するために、熊谷さんたちは、できることからひとつずつ課題を解決していこうとしています。もし、この記事を読んでクリニクラウンの活動に共感したなら、その思いを誰かに伝えることだって彼らを応援することにつながります。
病院で一生懸命病気と闘っている子どもに「こども時間」を届けられるように、小さなアクションを起こしてみませんか?
– INFORMATION –
「特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会」の「Social Design+」でのチャレンジを応援しよう!
もっとたくさんの病院に「クリニクラウン」を派遣して、子どもと家族の笑顔を増やしたい。
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/social/social20.html