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3.11の大津波後、海辺の生き物はどうなった!? 科学者と市民が一緒に調査をする「アースウォッチ」で見つけた、“生物多様性の復興”のこと

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こちらの記事は、greenz peopleのみなさんからいただいた寄付を原資に作成しました。

みなさんは普段、自然界の美を受け取っていますか? 生物学者で作家でもあったレイチェル・カーソンは、著書『センス・オブ・ワンダー』の中で、「地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう」と述べています。

私はこの夏、ある干潟調査の手伝いを通じて、改めてこの言葉を噛み締め、多種多様な生き物が共生する惑星に生きていることに感謝しました。調査ボランティアを募集していたのは、NPO法人アースウォッチ・ジャパン。1970年代に米国で誕生した「Earthwatch」の日本支部です。

アースウォッチは、自然科学者たちの野外調査の現場に市民を派遣して、自然環境や生態系への理解を社会に広める活動をしています。その調査プログラムの舞台は、山や川や海など国内外の大自然。私が参加した回の調査地は、岩手県宮古湾の干潟でした。今回は、その体験レポートをお届けします。

見たこともない生き物との遭遇

宮古湾での干潟調査は、東日本大震災後に発足した「東日本グリーン復興モニタリングプロジェクト」の一環。東北大学を中心とする研究グループが、東北各地の干潟で、種の多様性を継続的に記録しています。大津波が干潟の生態系に与えた影響と経過を知るための調査です。

今回は、10人を超える科学者チームの調査に市民6人が参加して、2泊3日を共にしました。干潟調査は、2日目と3日目に1回ずつの計2回。全員で干潟に出て一定のルールにしたがって生き物を探し、見つかった生き物の種名を記録しました。

3.11の大津波から5年半。その影響を心配しつつの参加でしたが、思いがけず約40種もの生き物に会うことができました。特に印象的だったのが下の写真の子、名付けて「まつ毛ちゃん」です。
 
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これ、いったい何でしょう?

干潟を掘っていて、短くなった鉛筆ぐらいの長さの硬い筒を見つけた時は、プラスチックかと思いました。でも、よく見れば、筒の薄い壁を構成しているのは小さな砂粒! 「もしかして生き物?」と半信半疑のまま生物採集用の袋に入れました。
 
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なぞの筒の全貌

その付けまつ毛(的なもの)がおそるおそる出てきたのは、採集物をトレイに広げて、貝の名前を調べていた時です。視界の隅に転がっていた筒の口で、静かにまばたきを始めたのです。

思わず声を上げると、「おー、すごい」「写真撮らせて」カシャ!カシャ!と、すっかり人気モデルになったまつ毛ちゃん。私も、ゴミを取り除いたり、撮りやすいように向きを変えたりして、にわかマネージャーに。

「ウミイサゴムシ類ですね」と、科学者たちが教えてくれました。精巧な工芸品のような筒は、その小さなムシが自分でこしらえた棲管(せいかん)で、まばたきに見えたのは、海水中に漂う有機物を触手で摂食している姿なのだそう。

ウミイサゴムシ類は、釣り餌のゴカイと同じ多毛類ですが、本体がすっぽり筒に収まっているおかげで、抵抗なく指でつまめます。こんなケッタイな生き物、初めて見ました。

他にも不思議な生き物はたくさんいました。生き物を掘り当てた時のドキドキ。採集物の泥を洗い白いトレイに広げる時のドキドキ。ちょっとエグめの姿の子が出現しても、それもまた楽しいドキドキです。
 
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未知との遭遇には、大人でも胸がときめきます

ところで、干潟って、そもそも、どういう場所なのでしょうか。東北大学助教を定年退職後、自ら「みちのくベントス研究所」を立ち上げ、今も各地の干潟を巡り歩いている鈴木孝男先生にお聞きしました。

鈴木先生 干潟は多種多様な生き物がすみこんでいる豊かな場所です。ベントス(底生生物のことで、貝やカニやゴカイの仲間)の多くは甲殻類や魚類、鳥類の餌になります。食物連鎖を通して有機物や栄養塩が消費される干潟は、天然の浄化槽のような場所でもあります。

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中央が鈴木先生。移動中や懇親会の時などに、その豊かな知識を惜しみなく分け与えてくださいました

干潟に座ってじっとしていると、無数の穴からコメツキガニがわらわらと出てきます。彼らは脚を器用に動かして泥を口に入れ、食べかすの砂を丸めては干潟の上に置いていきます。

そして足元を少し掘れば、次々と現れる、海のミミズのようなゴカイ。生き物のおかげで干潟が良い状態に保たれているというお話が、ストンと理解できました。
 
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干潟のベントスは鳥たちの大好物。調査は彼らの餌場に繰り返しお邪魔して行われます。ウミネコの子も慣れたもので、逃げません

見つけた生物が科学論文に

私たち調査ボランティアの仕事は、主に、干潟の”生き物探し”。バーチャルな生き物探しアプリが流行りましたが、これはリアル版です。個体数の多さではなく、できるだけ多くの種類の採集を目指します。

初めて見る生き物を前に疑問がわいても、周囲はその道のプロばかり。的確で詳しい情報を得ながら、大自然とたわむれることができます。このマンツーマン以上のぜいたくな状況は、生き物好きにはたまりません。

でも正式な科学調査に、全くの素人が参加してしまって本当に大丈夫なのでしょうか。同プログラムの主任研究者で東北大学大学院教授の占部城太郎(うらべ・じょうたろう)先生に聞いてみました。

占部先生 調査手法を工夫して、誰がやっても均一な調査となるようにしています。ですから、みなさんに協力してもらったデータは、高い水準の科学的な研究に、きちんと生かされます。

実際それは、我々にとってはチャレンジでもあるんです。では、なぜ市民調査を行うかというと、1000年に一度の津波の干潟への影響を多くの人と一緒に調べたいと思ったからです。

守るべき生態系について伝えるには、実際に体験してもらうことが一番。現場に来て、自分の目で見てもらうことが重要なんです。

たしかに、随所に科学者たちの工夫を感じました。まず、この調査の生き物探しには、単純明快なルールがあります。広さ・人数・道具・回数・時間など、入念な予備調査を経て確立されたという調査の基本動作は2パターン。

まず干潟の上を歩き回って集めること15分間、次に穴を掘って集めること15回。これらが終わったら陸に上がり、各自が採集した生物種の名前を調べ、調査表にチェックを入れます。
 
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数十分前に潮が引くまでは海の底だった干潟での作業。ふと目を上げた時に周囲360度に広がる絶景に、しばし手が止まってしまいます

種名を決めるのは、毛の数や殻の丸みなど非常にささやかな違い。初めてだと戸惑いますが、ルーペやピンセット、図鑑や比較図など便利なツールがそろっている上に、詳しい科学者たちが周囲でサポートしてくれるので心配ありません。
 
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干潟の生き物のほとんどは専門の科学者たちにとっては顔なじみ。だいたい一瞬で種名を言い当てます

顕微鏡がないと種名を見分けにくい生き物は、研究室行きの保冷ボックスへ。その場で種名が分かった生き物たちは海に返して、調査終了です。

占部先生 とにかくこの調査には、多くの目と手があることが大事なんです。2012年から2015年までの市民との調査で、絶滅危惧種を含む希少種が33種も記録されました。

通常の科学調査は専門家だけで行い、結果を学会で発表し、英語の論文にして終わり。ほとんどみなさんに知っていただく機会がありません。でも、この調査では結果の簡単な分析を当日の夜には共有できます。

プロよりも見よう見まねの参加者が、かえって珍しい生き物を見つけたり、たくさんの種数を集めたりする場合があるのも、この調査の面白いところ。手法とサポートさえあれば、科学者でない私たちも、積み上げが大切な科学の世界に貢献できるわけです! しかも、その日のレクチャーで、結果分析の速報を聞くことができます。

レクチャーは懇親会も兼ねていて、一番多くの種を見つけた人を発表して拍手で称える一幕も。ゲームのように楽しんでいましたが、実は、科学調査に参加して成果の一部をすぐに知れること自体が、貴重な体験なのです。
 
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楽しい中にも、海辺に精通した科学者から減りゆく干潟の現状を聞いて一同はたと考え込み、真剣な質疑応答になる場面もありました

占部先生 いろいろな参加者の反応が、研究の大きなヒントになります。私たちが普段は当たり前と思っていることでも、市民のみなさんに問いかけられて「あっ!」と気づかされたり、「なぜ?」と質問されることで、私たち自身も解決すべき課題として捉えるようになったりします。このように、みなさんの素朴な問いかけにインスパイアされることも少なくありません。

科学者側も多面的なメリットを感じているとなれば、市民参加型の科学調査は、一石二鳥以上の意味がある試みと言えそうです。

干潟の生き物の強敵はヒト!?

干潟は酸素が豊富で温かく、海洋生物の卵や赤ちゃんを育むゆりかごでもあります。それなのに、浅瀬にある広大な干潟は、常に開発の犠牲になってきました。日本の干潟は20世紀の後半だけで40%も減ったそうです。

東北には、都市部に比べると干潟が残っていて、南方ほどではないけれど、たくさんの生き物がすんでいました。それが、3.11の大津波で大量の土砂が沖合に運び去られて、生物の多様性も失われてしまったのです。

鈴木先生 震災前と比較すると、津波によるかく乱が大きかった干潟では種数が大幅に減りました。でもそれは一時的で、その後は、ある種が急に増えては消えるといった不安定な状態が続いています。

1000年に一度の津波の影響は、まだ誰も調べたことがありません。どのように生態系が回復するのか。回復を促す条件や疎外する要因は何なのか。今回の調査も、それらを知るための長期的な定点調査の一つというわけです。

同調査の科学者たちが多数執筆に参加した『生態学が語る東日本大震災—自然界に何が起きたのか—』(日本生態学会東北地区会編、2016年、文一総合出版)を読むと、自然界は案外たくましく、回復は思いのほか早かったことが分かります。

レクチャーで見せてもらった種数の推移グラフ(未公表のもの)も、2011年を底とするV字を描いていました。震災後1年も経たないうちに急速に生物の多様性が戻ったようです。

鈴木先生 この地域には過去に何度も大津波が襲来しているから、津波が絶滅を促すことはあまりないのかもしれません。津波後に初めて出現した種もあります。

むしろ懸念されるのは、自然災害よりも人為的な環境の改変なんです。

大津波以上に人間が脅威かもしれないなんて……。実際、震災前からの調査地のいくつかは、既に防潮堤工事や埋め立てなどで消失しています。人に乱されない自然をどこかに残さなければ、調査さえ続けることができません。でも、干潟を管轄する行政による保全策は、まだないそうです。

鈴木先生 ベントス(底生生物)の幼生(赤ちゃん)の多くはプランクトンとして海中を漂っているから、良い環境さえあれば、どこからともなくやってきて増えます。幼生の供給源となる干潟と、彼らが定着できる多様な環境を残しておくことが重要です。

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表層に散らばっているのはウミニナ類(小さな巻貝)。干潟の向こうに伸びるのは震災後に東北の海岸で急増中の大きな防潮堤です

鈴木先生は、宮城県環境アドバイザーでもあります。県内の防潮堤建設についても、生物群集保全の立場から提言しているそうです。「積極的に研究者の意見を取り入れ、環境への影響が少なくなるように尽力してくれる現場の方もいる」という先生のお話には、少し救いを感じました。
 
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アサリの赤ちゃん見つけた! 干潟はおいしい水産資源も育んでいます

多彩な面々との交流も楽しい

今回はプログラムを通して、多くの専門家から貴重な知見を分けていただきました。年中、海に通い詰めている生物学者ならではの視点や、長年の研究の結晶のような言葉に感動したり、多国籍料理づくりやバンド活動など科学者たちの意外な趣味に驚いたりもしました。

市民枠の参加者も、ほとんどが初対面。海好き・生き物好きから、協賛企業の社員さんや科学調査ボランティアのベテランまで、参加動機も年齢も職業も異なる面々が出会い、刺激的なおしゃべりを存分に楽しみました。
 
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干潟調査の後は、海の幸。この日は観光地の浄土ヶ浜で豪華なランチをいただきました(食事内容は開催回によって異なります)。今回の参加費は2泊3日で1万6000円。往復交通費は別ながら、食事代・宿代・調査中の移動費は込み。そして、専門家によるマンツーマン講義はプライスレス!

たくさんの学びがあり、ちょっとした観光や新鮮な地元の食も味わえるアースウォッチの調査ボランティアには、リピーターも多数。今回の干潟調査に限らず、いろいろなプログラムに出没する「アースウォッチ・マニア」的なツワモノもいます。

「東日本グリーン復興モニタリングプロジェクト」の市民参加型の干潟調査は、数社の企業の支援を得て、2016年には計6回開催されました。来年は5月から再開予定です。

他にも、アースウォッチ・ジャパンではサンゴやカメやチョウなど、いろいろな生き物の野外調査ボランティアを募集。現在、国内調査はシーズンオフですが、海外調査プログラムの参加者は、随時募集しています。

もし日々の生活に行き詰まりや窮屈さを感じたら、アースウォッチに参加して、生き物たちとたわむれたり、自然科学を探求するナチュラリストたちと語り合ってみませんか? そこで得た視野の広がりが、きっと、その後の人生を、よりハッピーにしてくれるはずです。

– INFORMATION –

 
アースウォッチ・スペシャルトークに参加しよう!
「自然に学ぶ心豊かなものつくりと暮らし方のか・た・ち」
石田秀輝先生(東北大学名誉教授、
アースウォッチ・ジャパン副理事長)
日時:2016年12月10日(土) 14:30~16:00
東京大学大学院にて定員40人※要申し込み

募集中のアースウォッチ調査プログラムを見てみよう!
アースウォッチ・ジャパン公式サイト